働き方改革から学び方改革へ
キヤノンが実践する人生100年時代に
必要な「変身力」の育て方
須藤由紀さん(キヤノン株式会社 人事本部 人材・組織開発センター 人材開発部長)
山田修さん(キヤノン株式会社 人事本部 人材・組織開発センター 技術人材開発部長)
社内版リカレント教育「研修型キャリアマッチング」
「研修型キャリアマッチング制度」の概要についてお聞かせください。
山田:従来の「キャリアマッチング制度」は、自律的なキャリア形成と適材適所の考え方からできた、自ら手を挙げることのできる異動の制度でした。これに研修の要素を加え、挑戦したい部門で必要となるスキルを習得するため、異動前に3~6ヵ月の研修を受けられるようにしたのが「研修型キャリアマッチング制度」です。リカレント教育を社内でもできないかと考え、始めた試みです。未経験の分野に飛び込んでいくには、勇気が必要です。自分の専門・専攻や過去の経験にとらわれず、自らの可能性を切り開いて新たな領域にチャレンジできる点が従来との違いです。
いきなり応募するのはハードルが高いので、研修型キャリアマッチングに応募しようとしている人は迷っている人も含めて、まずキャリアカウンセリングを受けてもらいます。応募するか否かの段階からとことん話し合い、本人のキャリア観を深く掘り下げます。今の部署でもその人の思いが叶えられるケースもあるので、相談した結果「応募しない」こともありますが、自分のキャリアについて考えた時間は無駄にはなりません。
実際に研修型キャリアマッチング制度を使って、新しい仕事に挑戦している人はいらっしゃいますか。
山田:もともと機械設計を専門にしていた人や国内の生産現場にいた人がソフトウェアエンジニアになっています。また、研修後の配属には、対象者の力量を確認した部署へのジョブマッチングを行っています。
須藤:研修型キャリアマッチング制度には、リテンション効果も期待しています。仕事に行き詰まったとき、転職を検討する前に、社内で挑戦したい仕事がないかを探ってみる。会社も仕事も一気に変わるより、同じ会社の慣れ親しんだカルチャーの中で新しい分野に挑戦するほうが、本人にとってもメリットはあるのではと考えます。
働き方改革に、学び方改革、そして教え方改革へ
「学び方改革」というキーワードもありましたが、どのようにして生まれたのでしょうか。
須藤:当社は2012年から、生産性向上とワークライフ・バランスの両輪で働き方改革を推進しています。総実労働時間を削減できるなど、プラス面も多かったのですが、課題もありました。みんな、生産性を上げるため日中は濃密に働いています。自分が研修で抜けると誰かがその穴埋めをしなくてはならず、言いだしにくい。上司の側も、部下を研修に行かせるときは、別の誰かにその仕事をさせなければならない。その結果、今の業務には直接関係ないビジネススキル研修に足を運びづらくなった、という声がありました。しかし、今の時代は「変身力」が求められています。学ぶ意欲がある社員のやる気に応えるため、2017年からスタートしたのが「学び方改革」です。
具体的にどのようなことを行っているのですか。
須藤:「就業時間中に研修を受けづらい」との意見に対して、三つのソリューションを用意しました。土日研修、アフター5研修、インターネットを活用した研修です。内容は、語学・技術・ビジネススキルなど多岐にわたります。これらは業務ではなく、本人の自発的意思によって受講するものなので、上司の承認は不要。受講料も必要ありません。ただし、交通費は自己負担で、休日出勤や残業扱いにもなりません。家事などのすきま時間や通勤時間を活用してもらおうと、スマホで学習できる動画コンテンツも作りました。コンセプトは「いつでも・どこでも・何度でも」。こうした仕組みを作ったことで学習意欲が高い社員が活用し、2019年の受講者はのべ5,000人以上にのぼりました。
コンテンツの質を上げるために工夫していることはありますか。
須藤:講師やエディターの内製化です。ビジネススキル系の講師は、主に人材開発部門の社員が担当し、学び方改革における内製率はだいたいほぼ100%。中国語や手話ができる社員も在籍しているため中国語や手話など、多様な種類を用意しています。
山田:技術系の講師は6割くらいが内製です。技術的な話は専門性が高く、社内にまだない新しい技術を学ぶ必要もあるので、外部も活用しています。
須藤:講師を内製化することにより、キヤノン独自の課題を理解した上で学びに結び付けることができます。世の中の潮流や外部からの刺激も大切なので、外部の講師も一部残しますが、コンテンツにより当社のDNAや「三自の精神」を理解している講師のほうが社員の学習効果も高まると思います。
いろいろな研修の仕組みを取り入れてから変わったことはありますか。
須藤:学び方改革と合わせて「教え方改革」が進んだことですね。研修といえば、一つの場所に講師と複数の受講者が集まって実施するのが従来のやり方でしたが、Web会議システムで各所をつなぎ、サテライト中継での「他拠点双方型遠隔教育」を実施するようになりました。また駅前の公共施設など、会社以外の利便性の高い施設も活用するようになりました。この場所じゃないと研修ができないとか、一堂に会することで一体感が生まれるとか、従来の方法に執着していると、受講者層が広がっていかないと考えたからです。
特に力を入れているのが、研修のモバイル化です。すきま時間に効率よく学んでもらいたいという意図があるので、マイクロラーニングの手法を用いて、1本あたり3分程度のシリーズものにしています。また、講師や動画撮影・編集も既存の社員が担当しています。それまでまったく経験のない社員が、動画撮影・編集を一から学びながら担当しているのですが、周囲から見ても編集スキルがぐんぐん上がっているのがわかります。社内にクロマキー布を背景にした動画制作スタジオも開設したのですが、そうすることでキヤノン独自の課題に則ったコンテンツが制作でき、配信までのスピード感も速く、修正にも対応しやすくなります。
インターネットの遠隔研修に対する社員の反応はいかがですか。
須藤:自分の好きな時間に学べるので、土日研修やアフター5研修と比較すると、圧倒的にインターネットを活用した研修の利用者が多いですね。土日研修は子育て中の社員に好評です。時短の社員は残業ができない分、より一層日中の生産性を上げて業務に取組まなければならないし、退社後は子どものお迎えなどで自分のために時間を使えないこともある。一方、土日はパートナーに子どもを預けることができるので、安心して学べるようです。副次的に育児支援にもつながっています。