株式会社バンダイナムコホールディングス:経営統合から「融合」を目指していく人事制度づくり
株式会社バンダイナムコホールディングス 総務人事部 人事担当 シニアエキスパート 林徳文さん
人事とは、人が人を評価する、人が人の人生を左右するかもしれない、大変な仕事である。 その重責に、現役人事部員たちはどう向き合っているのか?(聞き手=ジャーナリスト・前屋毅)
- 林徳文さん
- 総務人事部 人事担当 シニアエキスパート
はやし・のりふみ●1969年生まれ。93年中央大学商学部卒業後、一部上場機械メーカー入社。以後、電器メーカー人事部、人事コンサルティング会社経営企画、ベンチャー企業営業統括などを経て、2003年10月、バンダイ入社。2005年9月、バンダイナムコホールディングス設立に伴い、転籍。現在、総務人事部シニアエキスパート。
バンダイとナムコの2005年9月の経営統合から半年が経って、
やっとホールディングスの人事制度づくりが落ち着いたところです。
前屋:林さんは、「シニアエキスパート」という肩書きですね。最近ではカタカナの肩書きが増えていますけど、その意味がわかるようでわからないんですよね。
林:それが狙いだったりして(笑)。じつは「シニアエキスパート」というのは役職名ではなく、バンダイナムコホールディングスでは「階層名」としてとらえているんです。
バンダイナムコホールディングスは、2005年9月29日にバンダイとナムコが経営統合し、共同持株会社として設立されました。その両方から人が集まってきていますが、社員数は24名しかいません。出向で来ている者を含めても30名、役員まで入れて50名くらいの所帯です。バンダイは日本的な部長級、課長級といった組織でしたが、ナムコでは数年前にフラットな組織を標榜して、言ってみれば「部長級」と「それ以外」といった組織だったんですね。経営統合するにあたって、この違う組織をそのままにしておくわけにもいかないので、ある程度、役割と給与のレベル感を統一しなければならない、となったわけです。
ただ、一度はフラット化した組織を階層化するのもよくないので、わかるようでわからないような階層にしたんですね(笑)。いわゆる役職は「ゼネラルマネージャー」だけで、「シニアエキスパート」と「エキスパート」、そして「スタッフ」という分け方にしています。
前屋:林さんの肩書きには「人事担当」ともありますが、人事にもいろんな仕事がありますよね。具体的に林さんが担当しているのは、どういう仕事ですか。
林:人事担当は2人いて、私はバンダイ出身なんですが、もう1人はナムコ出身者です。
持ち株会社ですから、採用はないんです。ですから人事の仕事は、ホールディングスとグループの人事制度をどうするか、とか、いいグループ・カルチャーをどうやってつくっていくか、といったことが中心になっています。経営統合から半年が経って、今、ようやくホールディングスの人事制度づくりは落ち着いたかなというところです。グループについても4月末に、だいたいの統一した考え方を示しています。
バンダイは、ともかくやってみる、スピード感を重視する会社です。
ナムコは組織の力でじっくりと仕事をやっていこうとする会社です。
前屋:2つの企業が統合して1つになるというのは、人事からすると、どういう意味を持っているのでしょうか。そのあたりが、非常に興味あるのですが。
林:統合は、私も新聞で知ったんです(笑)。そこから各セクションに分科会ができて、統合に向けて走り出したわけですが、人事でも分科会ができて、私もメンバーになりました。
最初はカルチャーが似ているかな、と思っていたんです。ナムコのフラット制度にしても、考え方としてはバンダイに近いものでしたから。だから統合へ向けての作業は、意外にサクサクと進みました。しかし、そこには「総論賛成、各論反対」みたいな部分も出てきて、進めていくうちに違うところが出てきて、その都度違いをつぶしていくという作業に追われることになりました。
とはいえ日本の会社ですから、人事制度で大きくずれるものはなくて、法律もありますからね。その範囲のなかで、いいところを残して、悪いところを捨てていく。なおかつ、コストが増えないようにも考えました。
前屋いろいろな業界で再編が起きるなかで、合併した企業どうしで、お互いのカルチャーに引っ張り込むせめぎあいが起きています。異なるカルチャーの会社どうし合併するわけですから、すんなりと融合できないのは、当然といえば当然と思います。バンダイナムコホールディングスでも、そういうせめぎあいはありませんか。
林:うーん、ゼロではありませんね(笑)。バンダイとナムコでも、何が違ったかな……。わかりやすく言うと、バンダイはスピードを重視する会社です。若手社員にも現場の権限も予算も与えて、仕事のスピード化をはかるという面がありますね。年間8000アイテムほどを発売しますから、スピード感がないとやっていけないんです。一方のナムコは大型のゲームソフトや業務用ゲーム機器、アミューズメント施設の運営を行っており、自分たちの技術やロケーション網を生かして、じっくり育成していこうという会社でした(※2006年3月31日付で旧ナムコは、新設分割により施設運営を行う新生ナムコと、バンダイのゲーム事業と統合を行ったゲーム事業を行う会社バンダイナムコゲームスに分かれました)。だから、ナムコは、どちらかといえば組織で仕事をやっていこうとする会社です。同じエンターテイメント業界でも事業へのアプローチ方法や得意とするノウハウが異なる会社ですから、人事分科会でも、スピードや社内の決定プロセスの違いをお互い肌で感じました。
そのあたりは、まだ折り合いがついていないかもしれません(笑)。でも、どちらにもいいところがありますから、無理に揃える必要はないと思います。スピード感があるというのは、ともかくやってみて、後で整理していくところがありますよね。逆にナムコの場合は、最初にある程度時間をかけ、でも、いったん結論が出ると変わらない、という無駄のないメリットはあります。その、お互いの良さを生かしていくようにしたいと思っています。ただ、むずかしいことなので、まだ「道半ば」ですね。
それと、両社では給与制度が大きく違っていたんですね。とくに、賞与の面が違っていて、バンダイは営業利益の一定割合を分配するという制度です。だからバンダイには賞与という言葉自体がなくて、「利益分配金」なんですよ。ナムコは、どちらかというと年俸制に近い考え方で、固定賞与の比率が高く、業績に連動する賞与は給与の、最近の実績だと1~2カ月分くらいでした。結果、年6カ月くらいでしょうか。これがバンダイだと、業績が良ければ連動部分がさらに上がります。ここ最近の実績は、ナムコの年6カ月の水準をかなり上回っています。
これは、ホールディングスにおいては決着をつけました。折衷的なところがあって、バンダイには「保証年賞与」というのが、事実上なかったのですが、ホールディングス会社ですのでミドルリスク・ミドル・リターンということで、固定賞与の部分をぐっと広げました。現状は5カ月で、これに業績賞与がつきます。ナムコは4カ月の固定賞与だったのが、1カ月分増えたことになります。結果として、業績連動が1カ月つけば、以前と水準としては同じになります。バンダイも理論的な年間賞与からすると、固定が5カ月で業績連動が1カ月もしくは2カ月、もっと業績がよければ増えるので、以前と一緒です。
前屋:理論値は変わらないわけですね。でも現実的には、どうなのでしょう。
前屋:ナムコからの社員は固定が増えて、以前より上がるわけですよね。人件費が増えるというのは、会社として見た場合には、好ましくないことだと思いますが。
林:あまり固定が上がりすぎると、たしかによくないでしょうね。去年の段階だと、どれだけ統合効果が出てくるのかわからないので、固定5カ月は、ある意味で最大公約数をとったと言えますが、これから、そのあたりは見直す可能性もあります。持ち株会社とはいえ、ある程度は業績連動にしていこうという経営方針なので、比率としては下がっていくかもしれません。
ナムコに残っている運用的な年功給与も、より成果主義的なものにしていくようにお願いはしていきます。旧ナムコはバンダイナムコゲームスとナムコに分かれて、新しいナムコは施設運営事業を展開しています。このロケーション事業には業績連動は馴染みにくいので、おおよその考えを統一したうえで、ある程度、運用は任せることになります。
いま社内では「ナムコ出身」とか「バンダイ出身」は禁句ですが、
人の流動率が20%になればそれも気にしない環境になると思います。
前屋:給与制度と同じように、グループ内の何を統一し、何を統一すべきではないのか、そのあたりを考えていかないと、混乱するでしょうね。
林:そこが非常に難しいところです。グループを単純に統一化できないんですね。だから、前屋さんへのお答えがどうしても総論的なことになってしまいます(笑)。
その中で、どういう考え方をしていくかということです。たとえば育成については、22歳の新卒者なら、会社が責任を持って育成するのは30代前半までの10年間くらいだと考えています。それからは、ある程度、個々で考えながらやってもらいます。そのために、まだ実現できるかどうかわからないのですが、新卒3年目くらいの社員はある程度、強制的に異動させようというプランもあります。その一方では公募や選抜もあります。そのような異動を経て、最終的に経営に近い層は、指名で動かしていくことも検討しています。
前屋:異動や公募はグループ全体として行うのですか。たとえば、ナムコ出身者がバンダイに行くような異動を活発に行おう、ということなのか、それとも枠を設けての異動や公募になるのでしょうか。
林:今度の異動でも、会社をまたいだ公募をやりました。しかし、本格的には、2007年4月の異動期にはグループ内の各戦略ビジネスユニットの主幹会社を中心とした社員を対象に行うことになるのではないでしょうか。その後、全グループ間で本格的にやっていく予定です。社員にしてみれば、かなり選択肢が広がることになります。バンダイとナムコでエンターテイメントに関してはかなりの分野を網羅することになりましたので、この分野に興味のある人は、我々のグループに入れば選択肢が広がることになりますね。
逆に、どう選んでいいか迷うかもしれません。バンダイには、自分が仕事したい部署は自分で探せ、というカルチャーがありました。だから公募があっても、すでに根まわしが済んでいたりすることもありました。しかしナムコでは10年近く公募が行われていましたから、制度として認識され、運用もされていました。まだ構想段階なんですが、各部署が自分の仕事を紹介する、「ジョブ・フェア」みたいなものをグループ内でやっていこうかなと思っています。
人材確保の考え方でも、いきなり中途採用を考えるようなことはしないで、まず自分たちの会社に人材はいないのか探し、次にグループ内にいないのか検討してもらいます。それでもダメなら、中途採用も仕方ない、というのが基本です。ホールディングスとして「採用しろ」とか「採用するな」といった権限を持つつもりはありません。グループの総人件費、総要員数のモニタリングはしていこうと思っているので、「必要な人材のグループ内でのリサーチはやりましたか」といった提案はしていこうと考えています。
人材の流動率については、3年後に20%という数値目標も定めているんです。我々の業界は変化が速いので、5年で10%くらいの流動率ではサイクルについていけません。そこで、3年後の2009年4月で20%くらいを動かしたいと考えています。5人いたら1人くらいは出身が違う、たとえば4人がナムコ出身で1人がバンダイ出身というようになれば、カルチャーも融合していくだろうと思っています。いま社内では「ナムコ出身」とか「バンダイ出身」は禁句にしていますが、20%くらいの流動率が実現したところで、ほんとうに出身を気にしない環境ができるんじゃないでしょうか。
私の経験から思うのは、「人事で、会社は変わらない」ということです。
「経営」と「社員」のニーズを人事がマッチングしないといけません。
前屋:ホールディングスの人事部では、どんな仕事が中心になっていくのでしょうか。
林:持ち株会社というと事業会社と持株会社を同じ担当が兼務している場合も多いようなのですが、我々の場合は組織を持って運営していますので、その意味では日本でも初めてに近い試みではないでしょうか。だから、まだ手探りでやっているような状態です。権限を持ちすぎてもよくないし、持たなすぎても「何をやってるんだ」ということになりますからね。そのバランスに非常に苦慮しています。
前屋:ホールディングスの人事部と、事業会社の人事部との連絡は、どういうかたちで行われているのですか。
林:ホールディングスで考えていることがあると、私はバンダイ出身なので、バンダイの人事担当者に相談しに行きます。週に2回くらいは行っています。同じように、ナムコ出身者はナムコに行って相談しています。ただ、あえてお互い逆に行くこともあります。
まだ始まったばかりで固まってはいないのですが、イメージとして、ホールディングスの人事が事業会社の人事のコンサルティングをやるようなかたちを目指しています。
前屋:経営統合といっても、事業会社は同じように仕事しているわけですよね。そうすると、「今までと同じでいいじゃないか」という空気もあるんじゃないかと思いますけど。
林:それは、あると思いますね。私はバンダイ出身なのでバンダイの話が多くなってしまうのですが、とくにバンダイは各部署が独立独歩でやってきて、「自分たちでメシを食っているんだから文句は言わせない」というカルチャーがありました。しかし、そこは改めてもらわないといけない側面もあります。これまでのバンダイでは「全体最適」という言葉は禁句だったんですが、そこを考えてもらわないと困るわけです。変な言い方ですが、「どこまで協力してもらえるか」またはグループ全体の大きな方向性のもと人事にも動いてもらうか。こちらとしても言葉を選びながら、そっちへもっていく努力はしているつもりです。事業会社としても戸惑っているでしょうし、ほんとうに手探り状態です。
私もそうだし、もう1人のナムコ出身の人事担当者もそうですが、出身会社の利益代表にならないように気をつけています。「ナムコはこうだから、こうやれ」とか「バンダイではこうやってきたんだから、こうする」とか、言いたい場面もたくさんあるんですけど、そういう発想は抑えるようにしています。そうではなくて、持ち株会社の人事として何を優先すべきかを常に考えるようにしています。結果として、ナムコ的になったりバンダイ的になったりすることもあるのですが、最初からナムコ方式やバンダイ方式を考えてやることはありません。
前屋:林さんはバンダイで、どれくらい人事をやっていたのですか。
林:私はバンダイにはいって、まだ2年半なんですよ。中途採用で、実は何度も転職しています。バンダイは7社目か8社目だと思います。大学を卒業して最初に就職したのが1993年ですかね、それも忘れちゃった(笑)。
前屋:それくらい転職してみて、転職はしてみるものだと思いますか。
林:やってみるものだと思いますね。結果論なんですけど、今、数社を経験した中で、いちばんおもしろい仕事ができていると思っているんです。7社とか転職してきた30代半ばの人間を、普通は採用しないですよね。私も採用を担当したことがありますが、そういう人が応募してきたら「なんだ、こいつ」と思いますよ(笑)。
ところが、そういう人を面接して、採用してしまう会社なんですよ、バンダイは。しかも経営統合にあたって、そういう人間を、いわば会社代表としてのポジションにつけるわけですからね。なかなか度胸のある会社です(笑)。そういう会社にめぐりあえたのも、転職したからです。
転職をしながら、いろいろな会社の人事を経験してきたのですが、その経験で思ったのは、「人事で会社は変わらない」ということです。会社を変えるのは、生意気な言い方ですが、やはり経営なんですね。いくら素晴らしい賞与制度をつくっても、儲からない経営をしていては賞与を払えません。私の知るかぎりでは、その理解が欠落している人事担当者が多いんです。だから、経営を巻き込める人事担当者でないと、どんな制度をつくっても「絵に描いた餅」で終わってしまう。社内人事や制度には詳しい「人事屋」と呼ばれる人たちは経営には無関心なことが多いですね。それは、私の目指す人事担当者ではない。やはり経営を巻き込んでいける人事担当者になりたいと思っています。
前屋:経営を巻き込まない人事部ということは、自社の状況を把握していないわけで、モノマネの制度づくりに突っ走ってしまうわけですね。それが現状にそぐわないので失敗することになる。
林:そうです。よく「他社はどうなっている」という話をするじゃないですか。同じだと安心しますが、それは思考停止の状態です。たとえばソニーの制度がいいからといっても、バンダイナムコにはそぐわなかったりするわけです。目指すものはきちんと追いながら、今の課題を正確に把握して、自分で知恵を絞りながら解決していかないと、ほんとうに根づいた改革になっていかない。そのためには、思考停止にならないで考えつづけていくことが大事ですし、経営をまきこむことが不可欠な要素です。
前屋:その場合、経営もしっかり求心力を持っていなくてはいけない。合併や経営統合の場合、両方の経営陣が主導権争いをしている場合が少なくありません。お互いに牽制し合って、その結果、どっちつかずになってしまうことも珍しくありません。新社名が、ただ両方をくっつけただけとかね(笑)。
林:バンダイナムコの経営と人事のコミュニケーションについては、うまくいっているかどうかは別として、その「密度」は非常に高いと思います。少人数の会社だし、同じフロアに会長、社長を含めて役員もいますので、電話1本で呼ばれて行くのは日常茶飯事です。
ホールディングスの社長である高須(武男)は、今年の年頭のあいさつで、「3S」という言葉を発信しているんです。スピードの「S」、責任感の「S」、そして社員の思いの実現の「S」を合わせて「3S」。これを人事として実現したいと思っているのは、社員が自分でやりたい仕事ができ、それを公正に評価し公正に処遇する、そこですね。どこの会社でも同じようなことを言うんですけど、それを経営と一緒になってバンダイナムコホールディングスとしては実現したいなと思っています。
前屋:ありがとうございました。
インタビューを終えて 前屋毅
人事制度改革というと、とかく「かたち」だけをつくって、それを社員に押しつけるものが多かった。「かたち」にこだわるものだから、「新しい」とか「ユニーク」といったことが重視されがちでもあった。そうしたものを未消化のままに「かたち」にするものだから、社員は消化不良を起こすしかなかったのだ。 人事制度改革の目的は、「制度」を変えることではなく、「人」を変えることにある。そこのところを人事制度改革のプランをつくる側が間違うと、いくら大がかりな改革をやっても、時間と労力、そして費用のムダに終わってしまいかねない。 アサヒビールの人事部も、「かたち」にだけこだわったような人事制度改革をやってこなかったわけではない。やった経験があるからこそ、「かたち」だけではいけない、という反省も出てきたのだろう。 そして現在、「人」を変えること、しかも自発的に「変わる」ための人事制度改革を模索し、実行しつつある。人事部には、こうした「長い目でみる視点」こそが必要なのだと思う。
(取材は2006年5月31日、東京・墨田区のアサヒビール本社にて)
まえや・つよし●1954年生まれ。『週刊ポスト』の経済問題メインライターを経て、フリージャーナリストに。企業、経済、政治、社会問題をテーマに、月刊誌、週刊誌、日刊紙などで精力的な執筆を展開している。『全証言 東芝クレーマー事件』『ゴーン革命と日産社員――日本人はダメだったのか?』(いずれも小学館文庫)など著書多数。