ソフトバンクグループ株式会社:
「志を共感できる人間」を獲得していく人材戦略
ソフトバンクBB 人事統括 人事総轄部 人材開発部 採用企画課 課長 土屋大輔さん
人事とは、人が人を評価する、人が人の人生を左右するかもしれない、大変な仕事である。 その重責に、現役人事部員たちはどう向き合っているのか?(聞き手=ジャーナリスト・前屋毅)
- 土屋大輔さん
- ソフトバンクBB 人事統括 人事総轄部 人材開発部 採用企画課 課長
つちや・だいすけ●1974年生まれ。97年桜美林大学文学部英文科卒業後、1年間オーストラリアへ留学。出版制作会社、インターネットサイト運営会社での営業業務を経て、2002年3月アットワーク入社。ソフトバンクグループの採用業務を担当。2003年3月ソフトバンクBB人事部に兼務出向により現職に至る。
営業職で目標をクリアしても会社にどう還元されるか見えづらい。
組織全体を知ることができる人事の仕事がしてみたかったんです。
前屋:土屋さんは何年入社でいらっしゃいますか。
土屋:私は中途採用で、2002年に入社しました。その前に2社経験していますが、いずれも職種は営業でした。ソフトバンクへの転職を機に、人事の仕事を始めたということになります。現在はソフトバンクBBに出向のかたちになっていますが、本籍はソフトバンクグループで人事と総務を専門にしているアットワークという会社にあるんです。
前屋:営業職だった土屋さんが、人事の仕事に興味を持った理由はなぜですか。
土屋:もともと人と話すことが好きなんですね。だから営業の仕事も好きで、やりがいも感じていました。ただ、営業を続けて、前の会社で29歳になったときに、「自分は会社のことを何も知らない」ということに気づいたんです。営業の目標をクリアしても、それがどのように会社に還元され、自分の仕事が会社のどの部分を担っているのか、そういったことがなかなか直接的には見えづらい。だから、もっと会社全体のことを知ることができる、組織に必要な管理部門の仕事もしたいと思うようになったのです。
とはいえ、経理や法務のような深い専門知識を必要とする仕事は今からの自分には無理だろうと思いました。そもそもそういった仕事をしたいのか考えてみると、「あまり興味がもてない」と思った。それで短絡的に、「人が好きだから人事をやってみよう」という選択になったんです。前の会社での異動も考えましたが、従業員100人弱の小さなベンチャーで、人事の部署への異動というのは難しい環境だったんですね。それで、思い切って転職したわけです。
前屋:でも人事の仕事は未経験だったわけですよね。経理と同じで、人事にも経験や知識が必要でしょう。
土屋:経理などの他の仕事に比べたら、人事の仕事はどうにかなるんじゃないかと思っていたところがありました。正直、知識が必要なのかどうかさえもわからなかったので、とにかく面接に行って、話を聞いてみようと思ったんですね。もちろん、営業職の経験しかないわけですから、人事の経験も知識もないことは気にしていたし、不安でしたね。
前屋:そういう土屋さんに対して、面接官の対応はどうでしたか。
土屋:本格的な人事の知識について問うような対応は、なかったんです。履歴書を送った段階で、私が営業しか経験してないということはわかっていたからかもしれません。それよりも、それまでの営業の仕事でどういう働き方をしてきたのか、何を考えて転職をするのか、どんな仕事をしたいのか、どういう将来を描いているのか、などを聞かれました。私が人事を経験したことがないということを、面接していただいた方は気にしていなかった。
入社後、「私は未経験者なのに、よく採用していただきました」って上司に言ったんです(笑)。そうしたら、「経験があったほうがいいこともあるけど、人事とは別の経験をしていたからこそ新しい戦力として考えやすかった。これから何をしていきたいか、それが重要だったんだ」ということでした。
前屋:過去ではなくて、これからが重要だということですね。面接のときに、これから人事でどういう仕事をしていきたいと言ったのですか。
土屋:人事の細かな仕事はわからないから、全般を知りたい、会社全体がわかるような仕事をしたいと言いました。それが転職の理由でもありましたから。ともかく、「何をやりたい」じゃなくて、「何でもやります」と言った覚えがあります(笑)。
入社して3日目からいきなり採用の面接官の仕事を始めたとき、
「まず自分がこの会社を好きになるように」と上司に言われました。
土屋:そのときの面接は3回ありましたが、私のほうからも質問をしたんですね。人事の仕事は1人でやるのか、グループでやるのかといった単純なことから、人事の仕事が会社の何の役に立つのか、といった質問もしました。
前屋:人事の仕事は会社のどんな役に立つのでしょうか。
土屋:人事とは会社の中のサービス事業部的な役割だ、と。そんな説明を受けたと思います。人事にとってのお客様は社員であって、その人たちに対してサービスを行う。営業と根本的には変わらない、との説明でしたね。その説明で、それまで自分が人事に抱いていたイメージが変わって、「今までどおり、営業の感覚も生かして仕事をすればいいんだ」と思ったんです。
前屋:では、それまでどんなイメージを人事に持っていたのですか。
土屋:正直に言うと、営業に比べれば、「人事は楽だろうな」と(笑)。社内に向かっての仕事だから、営業よりきつくないだろうと考えていましたね。それと、同じことを毎月繰り返していくルーティンの仕事が多いのではないかというイメージもありました。
前屋:実際に人事の仕事をやられてみて、「人事という仕事は、会社のどういうところに役に立っているのか」と訊かれたら、どういう答えになりますか。
土屋:人事の中でも部門によって違うと思いますが、今、私は採用と教育研修を担当しているんですね。そこで感じることは、「人」がいないと物事は動かないということ。マネジャーの立場でいろいろなプロジェクトをやってみて、そのことは実感します。ですから、人事がいかに優秀な人を採用できるか、それが会社全体の発展へと結びつくだろうと。
入社して3日目には、採用面接に同席させられたんです。さらに入社4日目には「質問しろ」となりまして(笑)。それで質問したのですが、思ったのは「営業と同じだな」ということです。営業でも初めての会社の方にお会いするときは、その会社で何が求められているのか下調べして、それに対して、こちらがどういうサービスができるのか提案内容を考えて行きます。採用面接も同じで、目の前の方が「何者なのか」を見きわめなければいけないし、「欲しい人材だ」と思ったら、今度はこちらの会社を売り込まなければならない。「○○さん、あなたはうちの会社のこういうところと合っています」というふうに伝えなければいけないんですね。
前屋:営業の場合も、商品についての知識がないと売り込めませんよね。人事として入社4日目に面接されたとき、売り込むべき商品である自分の会社の内容を理解できていましたか。
土屋:できていなかったと思います。もっと言うと、面接の仕方もきちんとできていなかったと思います。
私は採用面接には2つのポイントがあると考えています。一つは、アセスメントという評価ですね。面接に来られた方が会社にとって必要な人材かどうか、この会社でやっていけるのかどうか。それをじっくりと見きわめていくことです。もう一つは、「この人はこの会社に合うな」と思った瞬間から、フォローの段階になることです。
最初の頃の採用面接では、このフォローの部分が私はできなかった。アセスメントについても、ただ質問しているだけで、評価はできていなかったと思います。今は経験とともにできるようになっているとは思いますが。
前屋:他社にとっては不要な人材でも、自分の会社にとっては必要な人材である場合がありますよね。そこを見きわめて採用を決めるためにも、自分の会社を理解していることが、人事にとっては大事ですね。
土屋:そのとおりだと思いますね。私が採用の仕事を始めたとき、「まず、自分の会社のことを好きになれ」と上司に言われました。「営業でも、好きでない商品は売れないだろう」ってね。たしかに営業をやっていた頃、「どうかな」と自分が思う商品というのはお客さまに勧めにくかった。
ですから入社1年目の頃は、自分の会社のことを知ろうと思って、ソフトバンクの歴史から、サービスの内容、孫社長の生い立ちまで、ありとあらゆることを勉強したんです。社内セミナーにも積極的に出席して、いろいろな方の話も聞きました。
「この学生が欲しい」と求める人材像がどの会社でも似てきました。
新しいものを創り出せる人の獲得をめぐって争奪戦が起きています。
前屋:自分の会社について勉強していくと、好きな部分もあれば、嫌いな部分も出てくると思います。ソフトバンクの嫌いなところが見つかったということはなかったですか。
土屋:こんなこと言うと、「ホント?」って思われるかもしれませんが、ソフトバンクについて嫌いなところはないんです。すごいな、おもしろいな、というところばかりなんです。
転職するまでは、ソフトバンクについては何も知りませんでした。孫正義社長の名前を知っているくらいだったんです。でも入社してみて、「この会社に入ってよかったな」と、ほんとうに思いましたね。スピード感や展開力が感じられるんです。会社が次々に新しいことをやっていると、そこに乗っているだけでも自分も新しいものを吸収できる。私は、新しいことが好きなので、その意味でも絶好の場所であり、絶好の会社ですね。
ただ、ソフトバンクはあらゆる面において変化が激しいので、その場その場での経営の大きなディシジョンがあります。それに応じて現場も急激な対応を迫られるようなケースも多少ありますね。それも今は、だいぶ慣れましたけど(笑)。
前屋:でも大きな変化がなくなったら、ソフトバンクではなくなりますからね。
土屋:そうなんですよ。どっちが好きかと問われれば、私は、速く大きく変わっていくほうが好きなんです。
変化の激しさは、人事、とくに私がやっている採用の仕事に大きく影響してきます。何か事を起こすときに必ず「人」が必要になってきますので、たとえば新しいビジネスを始めるにあたっては必要な人材をすぐに採用しなければなりませんからね。
それって、もともと私がやりたかった仕事でもあるんですよ。どうやって会社が動いているのか知りたいと思っていたわけですから、ビジネスが始まるところからかかわっていると、それがわかりますから。
前屋:新卒採用の様子も、土屋さんが担当してこられた4年間で、ずいぶん変わってきたでしょうね。2006年度の4月入社での新卒者は何人くらいですか。
土屋:ソフトバンクグループ全体では1000人弱ですね。応募者の数で言うと、ソフトバンクBBだけで2万人弱の応募がありました。
前屋:ソフトバンクは学生の人気が高くなっているでしょう。
土屋:意外と、と言うとおかしいかもしれませんが、人気という点では、そうでもないんですよ。ソフトバンクは何をやっている会社なのか、まだわからない学生が多いのかもしれません。プロ野球や携帯事業への参入の話もあったりして、メディアの露出は多くなっているので、確実に知名度は上がっています。ただ、学生に大人気のJTBとかソニーなどと比較すると、まだまだ知名度は低いと思います。
今の学生の目に、ソフトバンクは「大企業」と映るのか、それとも「ベンチャー企業」と映るのか。それを、セミナーを開くたびに、学生に訊いてきました。そうすると、ちょうど半々くらいなんです。私が新卒採用をやってきた4年間で、「ベンチャー企業」という割合が減って「大企業」という学生がかなり増えてきているのですが、今、ちょうど半々くらいになったところなんですね。
だから、大勢の学生を面接していくと、それぞれがソフトバンクについて持っているイメージや情報に格差があることがわかります。ソフトバンクのプレスリリースを調べ上げていて、こちらより会社のことを知っているような学生もいれば、孫社長にすごく傾倒しているような学生もいる。そうかと思うと、「私は実家が福岡で、貴社がホークス球団を持っているので面接にうかがいました」というような学生もいます。
前屋:それだけ志望学生に幅があると、面接での評価基準をどこに置くか、難しいでしょう。
土屋:2005年度入社では約2200人の大規模採用をやったんですね。そのとき、とても人事部だけでは面接官の数が足りなかったので、現場の社員にも面接を担当してもらいました。そのときに痛感したのが、面接官が多くなると、どうしても評価の基準がブレるんです。それではダメだということになって、現在では、採用、教育研修、配属に至るまで共通の評価基準を立てています。
前屋:学生の質が低下して、「欲しい人材が集まらない」という話を耳にします。実際の新卒採用の現場で、それを感じますか。
土屋:いえ、私は学生たちの質が低下しているとは思っていません。以前と根本的に変わってきているとは思いませんね。ただ、この人が欲しいと求められる人材像が、どの会社においても似てきているような気がします。一昔前なら、銀行にはこういうタイプの人材、出版社にはこんなタイプの人材と、そんな人材像がありましたよね。ところが今は、銀行でも出版社でも、その他の業種の会社でも同じタイプの人材を欲しがっている。で、欲しい人材の「奪い合い」が起きているんです。
ソフトバンクも含めて、多くの会社がどんな学生を欲しがっているかというと、いわゆる「創出型」の人材ですね。今まであるものをしっかりやっていく、そういうタイプの人材を求めていた会社でも、これからは新しいものを創り出していく人材が必要になってきます。なぜなら、会社自体が新しいものを創り出していかないと生き残ることができないからです。「創出型」の人材がいないと、これからの会社はどうにもならない。そういう人材を確保するのは人事の仕事ですから、責任重大です。
ソフトバンクの求める人材像について孫社長が強く言うのは
「志を共感できる人間」が欲しいということなんです。
前屋:昨年、別の媒体で孫社長にインタビューさせていただいたのですが、やっぱり「人が重要だ」と強調されていましたね。孫社長からの要望が人事に直に下りてくることはないのですか。
土屋:私に直に降りてくることはありません(笑)。もちろん、総轄部長や人事部長には、直の要望があるんじゃないかなと思います。人材の質などについてはもちろんですが、この事業を起こすために、これくらいの人数が必要なんだ、というリクエストもあるはずです。
前屋:最近の孫社長は、哲学的な発言が多いようにも思います(笑)。人事に対しても、哲学的なリクエストがあったりしませんか。
土屋:ソフトバンクの求める人材像について孫社長が常に強く言うのは「志を共感できる人間」が欲しいということです。
この孫社長のリクエストは、ものすごく抽象的で哲学的で、それでいて非常にコアな言葉なんですね。それを、いかに具現化するかが、私たちの仕事だと思っています。ですから、採用面接で必ず訊くんです。「ソフトバンクを希望するのは、なぜ?」と。いくら学力優秀な方でも、それに対する答えにこちらが共感できるものがないと、一緒に働きたいとは思いません。
前屋:土屋さんご自身が孫社長と共感できる志とは、どういうものでしょうか。
土屋:「デジタル情報革命をもって世の中を変えていく」「デジタル情報革命で世の中に貢献する」という会社の経営理念です。新しもの好きな私にはそれを本気で実現しているこの会社は、やっぱりおもしろいと思います。
前屋:今日はありがとうございました。
(構成=前屋毅、取材=2006年1月6日、東京・汐留のソフトバンク本社にて)
インタビューを終えて 前屋毅
プロ野球の球団買収、携帯電話への参入、そして大学設立と、相変わらず話題の絶えないソフトバンクグループの人気はうなぎ登り、と思いきや、「そうでもない」という土屋氏の答えに驚いた。しかし、「何をやっている会社かわかりにくい」という理由を聞いて、「なるほど」と思ってしまった。
現在のソフトバンクBBは、昨年暮れに旧ソフトバンクBBがADSL事業だけを引き継いで社名変更を行ったため、旧ソフトバンクBBのFTTH事業やコンテンツサービス事業、パッケージの流通事業などを行うために新しく設立された会社なのだ。この経緯からしてわかりにくい。それが、ソフトバンクの変化の激しさを物語ってもいる。
こうした「激しい変化」の中で必要とされる人材の条件は、「特定の仕事への適応力」ではないのかもしれない。変化の中で違う仕事を任されても期待に応えていける能力、それこそが要求されるのだろう。まさに、「志」だけが重視されてくる。これを基準にするとなると、採用する側としては非常に困るはずだ。
しかしソフトバンクBBの土屋氏には、それを楽しんでいるところがある。「志のある人間」を採用することに、ソフトバンクBBの人事部も喜びを感じているのかもしれない。それは、自分たちと同じ仲間を集めることに通じるからだろう。
変化の時代と言われる中で、業種に合わせた人材の採用も無意味になりつつあるようだ。それよりも、同じ志で変化に対応できる人材を採用していくことが重要になりつつあるのかもしれない。問題なのは、志のある会社かどうか、ということである。
まえや・つよし●1954年生まれ。『週刊ポスト』の経済問題メインライターを経て、フリージャーナリストに。企業、経済、政治、社会問題をテーマに、月刊誌、週刊誌、日刊紙などで精力的な執筆を展開している。『全証言 東芝クレーマー事件』『ゴーン革命と日産社員――日本人はダメだったのか?』(いずれも小学館文庫)など著書多数。