イケア・ジャパン株式会社:
イケアはなぜ「同一労働・同一賃金」「全員正社員」にできたのか
“本気で人を大事にする会社”に学ぶ人事制度改革(後編)[前編を読む]
イケア・ジャパン株式会社 人事本部長
泉川玲香さん
“We believe in people”――「イケアは人の力を信じている」を旗印に、さまざまな施策を展開するイケア・ジャパンの人事改革。その陣頭指揮をとる人事本部長の泉川玲香さんの視線は、10年後、20年後の、わが国の超高齢社会を見据えています。現実的に、しかしあくまでポジティブに。インタビュー前編では、“本気で人を大事にする会社”イケアならではの、独特のカルチャーやベースとなる考え方についてお話をうかがいました。後編では、新しい働き方のモデルケースを提示しようとする同社の先進的な取り組みについて、さらに詳しくうかがいました。誰もが“上”を目指して昇り詰められるわけではなく、また昇り詰めることだけが人生の成功でもない――そんな時代にあって、企業の人事担当者は人と組織をどう活性化し、成長させればいいのか。心に響く言葉がきっと見つかるはずです。
- 泉川玲香さん
- イケア・ジャパン株式会社 人事本部長
いずみかわ・れいか●大学卒業後、アナウンサーとして放送局に入社。その後、教育ビジネスで海外の企業買収を手がける。英国で長男を出産。エンターテインメントビジネスに転職し、人事総務本部長を務めた。2004年、イケア・ジャパンに入社。船橋店(千葉県)の人事マネジャー、新三郷店(埼玉県)のストアマネジャーなどをへて、12年から現職。長男はいま大学生。余暇には絵画などの美術鑑賞や、家族3人と愛猫との温泉旅行を楽しんでいる。
カルチャー、環境、成長の機会――人事の要は目に見えない
2014年9月に行われた人事制度改革によって、具体的に何がどう変わったのか、改めてポイントを説明していただけますか。
給与システムや福利厚生、働き方に関して、大きく次の四つの点が変わりました。まず、従来は正社員、非正規のパートタイマーなど雇用形態によって給与体系が異なっていましたが、これを「同一労働・同一賃金」に改めました。以前、パートタイムで働いていた人の賃金は、時給に換算すると、正社員と同水準まで引き上げられます。ボーナスや休暇などの福利厚生も統一し、労働時間などに関係なく、全員が平等に享受できるようにしました。雇用期間については、半年毎に契約更新する有期雇用を廃し、無期雇用化へ。繁忙期に限って雇用する一部の派遣社員を除き、誰でも65歳の定年まで安心して働けるようになりました。社会保険にも全員が入っています。こうした制度改革が、全従業員の“正社員化”を実現したわけですが、一方で、勤務時間の長さなどを会社との合意の上で選択できる点は、これまでと変わりません。短時間正社員という働き方も、もちろんアリです。先に述べた「人の力を信じる」という理念に基づき、「ダイバーシティ&インクルージョン」(多様な人材の受容と活用)「セキュリティー」(長期的な関係構築の保障)「イクオリティー」(平等な機会創出)の三つの施策の柱を具現化した結果が、この新制度だということです。
ところで、イケアではもともと正社員も非正規雇用も、フルタイムもパートタイムも関係なく、雇用者全体を「コワーカー」と呼んでいますね。
イケアの社内公用語は英語ですが、口頭であれ文書であれ、「社員」や「従業員」などの言葉は一切使いません。そこはすべて「コワーカー」。昔からそうなんです。
呼び方を統一し、徹底することで、何か効果があるのでしょうか。
普段発する言葉や日常的に使う文字には、人の心を少しずつ、でも確実に変えていく影響力がある。私はそう信じています。自分たちを「コワーカー」、つまり「ともに働く人々」と呼び習わすことで、「ともに働く」ということの意味が初めて理解できる。トップダウンのない、平等でフラットな環境づくりや自らが手本になるリーダーシップのあり方といったイケアのカルチャーが、個人と組織に自然と浸透していくのです。
そうした企業のカルチャーやバリュー(価値観)は、目には見えません。今回、弊社では人事制度改革を実行したわけですが、制度やシステムといった目に見える部分は、極端な言い方をすると、すぐ、どうにでもつくりかえることができます。しかし目に見えない部分を構築したり、改革したりしていくのは大変だし、一度壊れたら、元に戻すのはもっと大変でしょう。図2でいうと、右側の部分の「職場環境」や「成長する機会」もそうですね。そして、それらを下支えしているのが、イケアが培ってきた「カルチャーとバリュー」。こうした目に見えないところを、私たちは、会社としてきちんと用意していかなければいけません。それが会社の将来を決める、人事の一番大切な仕事だと、私は考えています。
だとすれば、泉川さんにとって、今回の制度改革は、まさに目に見える部分をつくりかえただけ、大きな仕事の最初のワンステップといったところですね。
おっしゃるとおりです。そもそも私たちがいま進めている改革は、冒頭でも触れたように、昨今の採用難への対応だとか、そういう現在進行形の課題を解決するためのものではありません。10年後、日本は、65歳以上の人口が全体の4割以上を占める超高齢社会に突入します。そのとき、イケアが持続的成長を続けているために、今人事としてどういう手を打っておくべきかというのが私たちの基本的な問題意識で、同一労働・同一賃金の仕組みはその糸口にすぎません。