日本ヒューレット・パッカード株式会社:
グローバル企業・HPの「世界共通の人事制度」と「人事営業」(後編)[前編を読む]
取締役 執行役員 人事統括本部長
有賀誠さん
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人事は「場」を用意し、「環境」を整える
人事はそうした「場」を用意すること、環境をつくることが大事なわけですね。
人事部門も、機能別に分かれています。日本で人事に関わる仕事をしている人間は、九つのレポーティングラインに分かれています。私にレポートする人間は、そのうちのいくつかでしかありません。そのため、放っておくと人事の中ですら、バラバラになりかねない組織形態です。だから人事全体として、日本で行うべきことを、常に議論しています。そのため人事の人間、総勢60人全員集まって、頻繁に議論を行っています。
私が5年前に日本HPに来た時、とても優秀なスタッフが揃っていることはすぐにわかりましたが、このような組織形態の難しさも感じました。そこで、人事部門全体として「旗」を立てようと思いました。「我々は人事スタッフとして、何のために会社に来ているのか。HPで何の仕事をすべきなのか」ということを、各チームの全員に問い掛けました。そして、各チームでその内容を議論してもらい、その結果を吸い上げ、海辺でのオフサイトミーティングなどを含め、この作業を3回行いました。このような濃厚な議論のプロセスを経て、絞り込んでいったのが、「HP Way」ならぬ、人事のミッション・ステートメント「HR Way」です。
ここでは、「社員がお客さまであること」をうたっています。それを定義した上で、自分たちが行うべきことは「人材の価値の最大化」としました。そして、最終的には「ビジネスと社会に貢献する」ことを掲げたのです。
実は、「HR Way」をつくるに当たっては、この間に東日本大震災が起こったこともあり、60人ものスタッフが議論を重ねて、結論を出すのに3ヵ月を要しました。しかし、これは役員など、上から降りてきたメッセージではありません。皆で力を合わせてつくったもので、そこには一人ひとりの意見や思いが色濃く反映されています。その結果、人事の人間、一人ひとりによる“オーナーシップ”を持った「HR Way」ができたのです。だから、何か迷った時や壁にぶつかった時には、ここに戻ろうとします。今、人事部門は九つのチームに分かれていますが、この「旗」の下、皆がまとまるよう心がけています。
今後の展開について、どのようなことをお考えになっていますか。
今まで行ってきたことは、正しかったと信じています。ただ、先ほど言いました「エバンジェリスト」「ワンHPアーキテクト」「輝き」のプログラムは、まだ1回目を終えただけなのです。こうした取り組みは、1回目を成功させること以上に、継続、発展させていくことが大事だと認識しています。また、人事が大きな役割を担っていると思います。引き続き将来のリーダーを発掘し、彼らを横でつなげ、それぞれが気づきや学びのきっかけをつくることです。
さらに今、そのための“Learning Café”という勉強会を仕掛けています。就業後にカフェテリアを使って、「ミニMBA」のようなことを行っています。堅いテーマでは「戦略論」や「マーケティング」。柔らかいテーマでは、「メークアップ教室」を開催しています。ビジネスパーソンとして、顧客と接する時の“見栄え”は大事であるためです。
ビジネスパートナーとしての「人事営業」では、現場に良い仕事をしてもらうために、いろいろな「場」を用意して、そこで気づきや学び、新たな人と人の出会いを生むことが大事になってきますね。
現場で起きるいろいろな問題、例えば、労務問題や賞罰に関わるようなこと、パフォーマンスに課題のある社員へのサポートなども全て含めて、対応します。あるいは、組織における長期的な世代交代をどうするか、といった問題もあります。「サクセッション・プランニング」は、まさに世代交代の仕掛けです。
そうしたテーマや問題に、各事業部が独自に対応できるようになれば、人事部門は不要になるのでしょうか。
その通りです。HPは創業者が「人事部門は要らない」「人や組織のことは、マネジメントが考えればいい」と言っています。実際、社員が5000人を超えるまで、人事部門はなかったそうです。そのような考え方がベースにある会社なので、今でも「人事部門は小さい方がいい」という考え方です。それは、経理・財務、法務、購買などのスタッフ部門も同様です。
今の人事部門は、人事として採用したメンバーだけではありません。元エンジニア、元営業担当といった社員も多く集まった所帯です。現場の実情を知っていることが、人事の仕事をする上でも大事なことです。また、私は、HPの優秀なマネジャーは人事の仕事もできるはずと考えています。それは、メンバーをよく見て、やりたいことをサポートし、成長を促し、組織としての生産性を高めることができるリーダーであるはずだからです。
もちろん人事部門には、労働法や社会保険などに関するエキスパートも必要です。ゼネラリストとエキスパートがバランスよく存在している人事部門こそが理想でしょう。私自身を振り返ると、生産管理、営業、企画等、人事以外にもさまざまな分野を経験してきました。それらすべてが肥しになっていると思っています。
そうですね。有賀さんはさまざまな企業で人事を経験されてきましたが、人事の業務を行う上で大切にされていることをお教えください。
組織の大きな目標に向けて、組織の構成員(社員)のモチベーションのベクトルを一方向に向ける仕掛けをつくること。あるいは、社員が組織(チーム)として、「1+1=3」になるように、目標に向けて、パフォーマンス・成果を上げるような仕掛けをつくることです。
ただ、大組織では多くの場合、社員が自分の上司を見て仕事をしてしまいます。また、その上司も自分の上司を見て仕事をしてしまいます。こうなると、HPでも30万人の社員が同じベクトルを向くことができなくなり、皆、バラバラになってしまいかねません。そのため、30万人が大きな一つの目標に向け、個人としてもチームとしてもしっかりと努力をして結果を出した人が、正しく評価され、正しく処遇されること。そのような仕組みが担保されることが大切です。
そうした際にバイブルとしての「HP Way」があれば、どの国に行こうが、どの部門で仕事をしようが、迷うことがありません。HPという会社の価値観の中で、正しいことをやった人が、正しく評価される。その仕組みを担保するのが人事の仕事です。
人事の仕事をする上では、頭脳の優秀さよりも重要な要素があります。私が必要不可欠であると考えるのは、次の三つです。一つ目は「常識」。会社として、人事としての判断や行動が、社員が納得できるものでないといけません。そのためには、常識がとても大事になると思います。二つ目は「正義感」。「インテグリティ」と言ってもいいですね。どんなに頭が良くても、正義感や誠実さに欠けている人は絶対に人事の仕事をしてはいけないと思っています。そして三つ目が「公平性(フェアネス)」。全員を均等に扱うということではなく、機会(チャンス)を均等に与えるという意味です。要は、パフォーマンスを上げた人には、高い処遇で報いる。これが公平性です。全員を、一律に処遇することではありません。この三つの要件を持っていれば、人事の仕事は誰でもできるとさえ思っています。
最後に一言。実は、グローバルな人事制度を構築する際の参考に、多くの企業が当社にヒアリングにいらっしゃいます。そこで申し上げるのが「当社のマネをすることはない」ということです。前提となる条件、環境が大きく異なるからです。HPの中で良いと思われた部分をピックアップし、日本流、あるいはその企業なりの素晴らしい仕組みをつくっていただければいいと思います。
HPでは、170ヵ国、同じ人事制度を運用しているので、窮屈な面があるのも事実です。実際、雇用を保証しなくていい国もあるわけで、それらの国では「パフォーマンスが悪い人はすぐに辞めてください」ということになります。日本では雇用関係の解消はそう簡単にいきません。しかし、今のままでは伝統的な日本企業が生き残れないのも事実です。その企業なり、その国なりのベストハイブリッドを考えることが大切です。その意味で、人事の見識と力量が問われています。
日本HPの人と組織に対する考え方、そして「人事営業」の意味するところがよく分かりました。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
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