日本ヒューレット・パッカード株式会社:
グローバル企業・HPの「世界共通の人事制度」と「人事営業」(後編)[前編を読む]
取締役 執行役員 人事統括本部長
有賀誠さん
日本HPでは、HPのグローバルなプログラムを活用しつつ、一方で日本独自の展開を行っています。『前編』では、HPの人事制度の全体像についてお話を伺いましたが、『後編』では、人事が現場のビジネスパートナーとなる「人事営業」を中心に、具体的な施策を聞いていきます。
- 有賀誠さん
- 日本ヒューレット・パッカード株式会社 取締役 執行役員 人事統括本部長
ありが・まこと ●1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理等に携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズ人事部マネージャー。部品部門であったデルファイの分社独立を遂行し、その日本法人を立ち上げる。その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。アジア域内での職務制度の統合を行う。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。ブランド構築、店舗網拡大、インターネット事業強化に取り組む。その後、人事分野の業務に戻ることを決意。2009年、日本IBM人事部門理事を経て、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
人事が現場のビジネスパートナーとなる「人事営業」
HPでは、人事が現場のビジネスパートナーとなる「人事営業」を推進しているそうですね。
前半でもお話ししたように、HPではグローバルな採用チーム、教育チーム、給与・福利厚生チームというように、人事の機能別にグローバルで組織が存在します。それに対して「人事営業」が、現場とのインターフェイスを大切にしながら、アドバイスを行います。さらに人事でも、採用チームを例に取ると、新卒、キャリア、エグゼクティブとグローバルで三つに分かれています。こちらも、その中での効率を追求します。
このような「人事営業」的な組織の成り立ちは、アメリカに本社があるグローバル企業では当たり前です。「HRアカウントマネジャー」「HRパートナー」など呼び方が異なるケースもありますが、HPでは「人事営業」を「HRゼネラリスト」と呼んでいます。社員を顧客ととらえ、「人と組織のことなら私にお申し付けください」というスタイルは、「営業」にほかなりません。
また、人事がこのようなスタイルであるため、人事権は現場のマネジャーにあります。人事の役割は、それをサポートすること。ですから、計画的、定期的な異動(ローテーション)を人事が考えることはありません。社員が自ら手を挙げる、あるいは現場のマネジャーが考えて行うのです。
外資系企業では現場に採用権があるという話はよく聞きますが、ここまで現場に人に関する裁量権を与えることについて、多くの日本企業の人事の方は驚くのではないでしょうか。
そうかもしれません。そのような状況だから、日本では経営者が育ちにくいのだと思います。人事のことを人事部門に任せてしまうから、現場のマネジャーが人や組織のことを学ばないのです。これは経理や財務に関しても同様。現場に強い権限を持たせて実践させないと、単にその事業を回すだけのスペシャリストしか育ちません。現場で人やお金のことまで担って苦労するから、担当がマネジャーに、マネジャーが経営者に育つのです。
ビジネスがグローバル化する現在、職能資格的な人事制度の下にある多くの日本企業では、HPで行われている「人事営業」といったスタイルを、どのように受け入れていけばいいのでしょうか。
言うまでもありませんが、日本企業の伝統的な人事制度の中にも良いところはあります。例えば、年功序列の人事制度の企業では、社員がキャリアをイメージしやすい。私も大手鉄鋼メーカーに十数年間勤務していましたが、先輩を見ていれば自分の数年後がイメージできました。仕事を見る視点が長期的、大局的になります。仮に今、自分が一担当だとしても、毎日が係長や課長のように仕事や組織を考える訓練の場になります。
また、定期的なローテーションがあるので、セクショナリズムが生まれにくくなります。自分さえ良ければいい、自分の部署さえ良ければいい、となりません。次の年度では立場が代わるかもしれないからです。あるいは、先輩が後輩の面倒を見る慣習。その後輩がいずれは先輩になり、技術・技能を継承する文化が根付いています。これらは、日本企業の良さであり、特にメーカーの現場はその部分が「生命線」となっています。むやみに捨てる必要はないと思います。
「人事営業」が導入された背景についてお教えください。
HPでは現場のマネジメントが、人・組織関連の業務を全て行います。人の採用から育成、ローテーション、労務的な問題までを含めてです。とはいえ、日本の労働法や労使慣行、労働組合との関係などは、現場の忙しいマネジャーではなかなか精通できません。そこに、アドバイザー役として人事が必要となります。これが、日本HPの「人事営業」としてのHRゼネラリストの役割です。また、マネジャーは自分の組織しか見えていないことが多い。それに対して、人事の人間は会社全体のことが見えています。全体のバランスの中からアドバイスができます。
このような「人事営業」のスタイルは、日本HPの当初からあったのでしょうか。
当初は、日本企業と同じようなスタイルでした。それが10年くらい前に、現在のスタイルへと変わりました。「グローバルな企業であることの強みを生かそうとしたら、人事はどうあるべきか」という議論があったからです。その際に、「一般的な日本企業における人事のスタイルでは、グローバルで戦うことが難しい」という結論になったのです。多くのグローバル企業から見ると、日本企業が異質。そもそも、マーケットがグローバルなのに、日本の中で完結することはあり得ません。だから、組織、人事を世界共通としたのです。
ただ、他のグローバル企業と比べた場合、HPの「自分でキャリアを考える」という人財開発の考え方は、かなり特異なものです。多くは、会社に主導権があります。特に、人財を育成する側面ではその傾向が強くなっています。社員の自律性を求めるのは、HPの大きな特徴と言えます。
日本HP独自の取り組みはありますか。
グローバルでさまざまなプログラムを実施していますが、日本では英語力が足りないなど、不足している部分があります。グローバルなプログラムを活用しつつ、それを補完するような形で日本独自のものを研修や福利厚生などで行っていこうと考えています。
日本HP独自で行っている特徴的なプログラムが三つあります。一つ目が、「エバンジェリスト(伝道者)」。グローバルのHPには、HPの技術の看板になる人がいます。そこで日本の顧客に対して、日本人が日本語で語り、同じような役割ができる存在をつくることを考えました。例えば、「ムーンショット」という次世代のサーバーがありますが、その顔となる「ミスター・ムーンショット・イン・ジャパン」、あるいは、「インディゴ」というデジタルプリンターにおける「ミズ・インディゴ・イン・ジャパン」など、日本でそれぞれの技術の顔になる人をつくる。こうした存在を「エバンジェリスト」と称しています。
二つ目が、「ワンHPアーキテクト」。損益責任を負っているのは各事業部なので、これまではその中でしか人を育ててきませんでした。ただ、顧客としては、問題を解決してくれればどの事業部でもいいわけです。そのためには、全ての技術を分かっている幅の広いエンジニアが必要となります。「ワンHPアーキテクト」として、顧客、特にCEOやCIOの相談相手になれるような人をつくっていく取り組みです。
三つ目が「輝き」というプログラム。これは、マネジャー一歩手前の人たちを対象とするものです。アメリカに本社のあるグローバル企業は、マネジャーになってから詰め込み教育を行います。そうではなく、マネジャーになった時に即戦力で動き回れるよう、その前から育成するため、日本で独自に始めたものです。
実はこの三つのプログラムは、経営や人事部門が主導したものではありません。現場の若手社員の声からつくられたものです。自分たちが事務局となって経営会議でプレゼンテーションを行い、その内容と熱意に役員が心を打たれて、予算を付けて実現したものなのです。三つのプログラムとも、第1期生が卒業し、第2期をスタートさせるところです。
キャリアの話でも言いましたが、「自ら考え、自らつくる」ことは、社内の制度やプログラムでも同じです。これがHPの大きな特徴だと思います。逆に、受け身で待っていては、何も起こらない会社です。その点からも、人事部門がプログラムをつくって社員を参加させるより、社員自らが何かの気づきや学びを持って提案するようになる、あるいはそのような気持ちにさせることが、人事部門の役割だと思っています。
実際、今回のプログラムの中で人事が行ったことは二つしかありません。一つは、各分野のエースを集めたこと。日本HPは大きな組織ですから、日常的には彼らは直接つながっていません。それを部門横断的に、横串でつなげたのです。もう一つは、彼らの提案を経営会議につなげたこと。要は、「場」をつくったのです。人事が行ったのはこの二つだけで、中身は全て彼らのオリジナルです。