留学経験者は転職に不利?
語学力アップは入社後でも大丈夫?
頑張っている人もいるのですが… 意外に厳しい留学の評価
国際的な業務の拡大や外資系企業の増加に伴い、仕事に語学が求められるケースが増えている。語学が堪能な人材は、転職時にも有利であることは間違いないが、まず思い浮かぶのが「海外留学経験者」だろう。実際、長期・短期問わず、何らかの形で留学したことのある人材は多い。しかし、留学とその成果について、企業側はかなりシビアな目で見ているようだ。
留学経験者は不利になる?
「そうですね、Aさんはちょっと難しいと思います。すみません…」
何人かの候補者の書類を見てもらっている時のことだった。採用を担当するNマネジャーがその場でAさんの履歴書を返してきたのだ。書類をサッと見ただけで不合格というのは、何か大きなミスマッチがあったということだ。しかし、Aさんのキャリアは決して悪くはない…。
「Aさんは大学時代に留学されてますよね。これがネックなんですよ。実は、当社の社長が大の留学経験者嫌いなんです。ですから、社長面接の段階で通らないと思うので、最初から進めない方がいいかなと。それ以外のご経歴は立派な方だと思いますが…」
Nマネジャーの話は意外だった。しかし、オーナー会社であるこの企業では、社長の意向は絶対なのだという。
「留学先でしっかり勉強している方もいるとは思うんですけどね。社長に言わせると『留学なんて遊びに行っているようなもんだ』ということなんですよ」
Nマネジャーが苦笑いしながら説明してくれた。そういうことであれば、私も受け入れるしかない。
「分かりました。Aさんには他の候補者との兼ね合いで、今回はご縁がありませんでしたとお伝えしておきます」
ここまではっきりと話してくれる会社は少数派だが、企業の「留学経験に対する評価」というのは意外に高くないのが実情だ。一定の語学力は認めながら、それ以外のマイナス面を見ていることが多いのである。特に、いったん社会人になってから退職して海外留学しているような場合には、よほど明確な目的を持っていないと、「モラトリアム意識が強いのではないか」「海外かぶれして権利ばかりを主張する人物ではないか」といった目で見られてしまうことも少なくない。
「TOEIC700点くらいの語学力なら、別に留学しなくても地道に語学教室に通っていれば身に付けられますよ」
オーナー社長ほどではないが、Nマネジャーも留学経験者に好意的というわけではないようだ。
百人百様の留学体験
留学経験者の大半は当然のことながら、「海外での経験を高く評価してほしい」と考えている。Tさんもその一人。会社を退職して、米国の大学に留学した経験を持っている。
「もちろん語学力はレベルアップしました。でも、いま思うと留学して一番良かったのは、異文化の中で暮らすという経験ができたこと、日本とは大きく違う環境の中で頑張り、自分に自信がついたことですね。これは今後、日本でのビジネスに活かしていけると思います」
「留学=語学」のように考えられているケースは多い。しかし、実際に経験した人に聞くと、語学よりも異郷で頑張ったことでたくましくなった…という点が最大の収穫と考えている人の方が多いようだ。
「ただ、MBAのような高度な学歴以外は『これを身に付けた』と形にして示しにくいんですよね。ですから、明確な目的を持たずに行ってしまうと、単にブランクとして評価されてしまう可能性があります」
留学先では、さまざまなレベルの留学生がいたという。
「真剣に勉強しにきている人もいれば、遊びにきているとしか思えないような人もいますよ。留学先の語学学校で知り合った日本人ばかりと交流している人も珍しくないですし…。そういう意味では、企業の方には留学経験者かどうかではなく、“何を身に付けてきたか”で判断してほしいですね」
要は、「留学で生じた実務のブランクを埋められるだけの“価値ある経験”を積んできたかどうか」ということだろう。私は同業のあるキャリアコンサルタントの一言を思い出していた。
「転職するのに語学力が少し足りないから留学でも…と考えている人には、絶対行かせたくないですね。不利になるのが目に見えているから…」
「入社後、勉強すれば大丈夫」といわれても…
外資系企業では、募集条件として一定の語学力が必須となっているケースが珍しくない。社内の書類や本社とのやりとりなどで語学が欠かせない場合が多いからだ。しかし、語学さえできればそれでよい…というわけでもないのが難しいところ。実務も語学も両方できる人となると、条件にあてはまる人材はかなり少なくなる。それでも企業としては採用を進めなければならない。そこで、さまざまな条件緩和策を提示してくるのだが…。
今やるべきことは英語の勉強なのか?
「これで内定がほぼ出そろいましたね。あとはどの会社にするかじっくり考えましょう」
良い知らせを伝えるのはやはり気持ちが良いものだ。Kさんは人事のスペシャリストである。転職活動は順調に進み、この日、希望していた3社すべてから内定通知が届いていた。
「いろいろとお世話になり、ありがとうございました」
電話の声からもほっとした様子が伝わってくる。
「年収面で一番ステップアップできそうなのは外資系のP社ですね。ポジションもマネジャークラスですから、仕事内容の面でもKさんのご希望通りではないでしょうか」
Kさんはこれまでも外資系企業に勤務していた。外資の風土にも慣れているし、すんなりP社に決めるのかと思っていたのだが…。後日、Kさんから意外な答えがかえってきた。
「いろいろ考えたんですが、P社ではなく、日系のH社に決めようと思います。P社から提示された条件はたしかに魅力的ですが、問題は語学なんですよ…」
「P社から内定が出たということは、Kさんの語学力で問題ないという判断をしたからだと思いますが…」
「ええ、今の会社も外資系ですから、ある程度は英語ができます。最初はそのレベルでいいということで内定をもらったのですが、P社が最終的に求めているレベルは実は非常に高いんですよ。1年以内にTOEIC850以上の英語力を身に付けないといけないんです…」
Kさんは、“自分が1年でそのレベルに達するには、毎日相当勉強しないといけないだろう。おそらく専門の人事の仕事もそこそこに、英語に取り組む1年になるのではないか。しかし、今自分が本当にやるべきことは英語の勉強なのだろうか…”と考えたという。
「いまはやはり人事としてのキャリアを伸ばしていきたいんですよ。H社の年収はP社ほど高くはありませんが、任せられる仕事の範囲はP社と変わりません。英語の勉強も特別しなくていいですから、人事としての実力をより伸ばせるのはこっちかな…と思ったんですよね」
実際にこんなケースがありましたから…
「自分も人事として採用を行っていたので分かるんですが、企業として、まずは人材を確保しないといけない場合がありますからね。語学力は入社後に勉強して伸ばしてくれればいい、という採用を私もしたことがあります。でも、そういう条件で入社した人は後で大変なんです」
実際にKさんはそういうケースを見てきたのだという。
「いまの会社は技術系ですから、エンジニアの採用を行っています。しかし、ただでさえ採用が難しいエンジニアに対して“語学力必須”…と条件をつけてしまうと本当に採用できなくなるんですよね」
そこで、入社の時点では語学力は不問とし、入社後に研修で覚えてくれれば良いという条件で人員を確保したのだという。入社後は、英会話学校と契約して無料で授業を受けられるようにもした。
「でも、仕事が始まってしまうと、そうそう語学の勉強をしている余裕なんてないんです。実際の仕事を通じて覚えた方が早いくらいですよ。結果的に、その時に採用したエンジニアについては、部門長から『やはり英語が使えないと厳しい』と言われてしまいました。結局、“語学力必須”という条件に変更して再募集することになったんです」
そんな経験があったからこそ、Kさんは「人事の仕事」と「英語の習得」が両方とも中途半端になってしまうことに大きなリスクを感じたのだという。
「私もそう何回も転職するわけにはいきません。年収は平均的でも、より人事としてのキャリアを充実させられる方を選ぼうと思います」
もちろん私に異存があろうはずもない。一時的な年収アップではなく、地に足のついた選択をしたKさんの冷静な判断を素晴らしいと感じたのだった。