仕事さえできたら年齢は問わない、
というわけにはいかない
前向きな転職なら繰り返しても大丈夫、
というわけにもいかない
人材紹介アドバイザー
小中敏也
「本音」と「建前」に挟まれた企業のケース
「募集要項」から年齢制限の表示を外したけれど……
欧米では職務経歴書(Resume)に写真も貼らなければ、生年月日など年齢がわかる項目も書かない。業務を遂行する能力に、年齢や性別は関係ないという考え方が浸透しているためだ。日本でもこの流れを受けて、募集要項から対象年齢の表示などを外す企業が増えてきている。しかし、採用にあたって年齢を考慮しなくなったわけではないから、話はちょっと複雑だ。
「本当は募集要項に書ければいいんですけど…」
「本当は募集要項に書ければいいんですけどね。でも、最近の流れとして書けないので、申しわけありませんが、うまくお断りしていただけないでしょうか」
外資系メーカーA社の採用担当、S氏は電話口で申しわけなさそうに言った。
そもそもの発端は、私たちの人材紹介会社に登録しているBさんからの依頼だった。 「外資系のA社なんですが、あの会社のホームページに私の経験を生かせそうなポジションの募集が出ているのを見ました。もし御社で取り次いでいただけるならお願いできませんか」 「A社は私どものお取引先ですし、その求人もいただいていますよ。一度ご相談いたしましょう」
Bさんと話をしてみると、A社と同じ業界での経験が豊富で、優秀な人材だった。私はさっそくA社に推薦状を送った。
すると、A社からは「残念なんですが、あの募集は20代の若手限定でお願いしているんです。しかも、できれば女性のイメージで探しているんですよ」という答えが返ってきたのだった。30代の男性であるBさんは今回の対象にならないというのだ。
「そうなんですか。 女性限定というのはたしかに雇用機会均等法があるから表現できないことはわかりますが、年齢制限も書かれてないですよね」 そう食い下がると、担当のS氏は、自分たちもそれについては100%納得しているわけではないと言った。
「それを見て応募してきてくれる人たちには、かえって申しわけないことをしている気になることもありますよ。現実には、性別や年齢で限定されている場合も多いですからね。手間をかけて応募してくれても、最初から対象外ということもあるわけですから」
「経験が合わないなら、仕方ありませんね…」
たしかに、現在の流れは男女だけでなく、それ以外の条件でも「仕事に対する能力以外の要素で限定しない」ことが望ましいという方向になっている。
しかし、現実には、企業の各部門から、その組織構成に対応して、中途採用者の年齢や性別の希望を出しているケースも少なくない。仕事ができれば誰でもいい、というわけにいかない。日本的なチームワーク重視型の組織の特色と言えるかもしれない。
本音と建前のギャップ。世の中は何でもこの両方があって動いているようなものだろうが、さて、そういう舞台裏を不採用になった人にどう伝えたらいいのか、紹介会社の担当者の悩むところである。
その対応は紹介会社の担当者によって違っているようだが、一般的には「ご経験が合わなかったようです」などと無難な理由を伝えているようだ。一般的に表記できない理由での不採用は、その企業イメージにとってもあまり良いことではない、という配慮が働くからだろう。 「そうですか。仕事内容はいいと思ったんですけどね。でも、それじゃ仕方ないですね。また何かいい仕事があったら紹介してください」
Bさんはこのときの結果を素直に理解してくれた。しかし、なぜ採用されなかったのか、本当の理由をBさんはご存知ない。何となくモヤモヤしたものを感じながら私は電話を置いたのだった。
希望の仕事を追い求めすぎた人材のケース
「前向きな転職」は何回までなら許される?
自分のやりたい仕事を追求していく「前向きな転職」が定着して久しい。しかし、いざ転職してみたものの、そこでは希望していた仕事ができなかったということも、現実にはある。「転職のリスク」と言われるものの一つだが、「次こそは…」と思って再挑戦しても、今度こそうまくいくという保証もない。熱心に一つのことを追い求めている人ほど、その深みにはまってしまうこともあるようだ。
「ぜひ今度の会社では上場を実現したい…」
「IPO(株式公開)の準備については、かなり経験・知識を持っているつもりです。このキャリアを生かして、ぜひ今度の会社では上場を実現したいと思っているんですよ」
こう話してくれたCさんは、いかにも経験豊富なビジネスマンといった雰囲気の人物だった。有名大学を卒業して、新卒で入社した大手企業では営業や財務を経験。そして30代で経営企画室に配属となり、関連会社に出向。子会社の株式公開プロジェクトを手がけたのである。
「この仕事は大変でしたが、おもしろかったですね。まさに天職だと思いましたね。ただ、とても残念だったのは、親会社の意向で上場の計画が中止になってしまったことでした」
そのため、本社(親会社)に戻ることになったCさんだったが、株式公開を目指して寝食を忘れて働いた日々が忘れられない。 「そのとき、たまたま登録していた人材会社から、IPOを目指しているベンチャー企業があるから話を聞いてみないかと誘われたんですね。社長と話をしてみると、先方も気に入ってくれて、公開準備室長というポストで転職しました」
「ところが、入社してから財務内容を詳しく見てみると、かなり厳しい状況だということがわかったんです。それでも、1年以上がんばったんですが……監査法人から公開は無理だという判断をされた時点で、見切りをつけざるをえませんでした」
しかし2社で上場準備を経験したCさんには、そのキャリアを評価してくれる企業がいくらでもある状況だった。 「再度紹介会社のお世話になりまして、別のベンチャー企業に入社しました。社長室長というポストですが、それまでと同じく公開準備の責任者のポジションです」
「この人を採用したらウチの上場もダメになる?」
ところが、ここでも、入社してみると思った以上に財務内容がよくないことが判明する。結局、1年ほど社長と二人三脚で努力したが、監査法人の判断はまたしても、公開は無理、というものだった。
「次回こそはしっかり株式公開できる企業に行きたいと思って、少し時間をかけて企業を探しました」
そしてCさんは半年後、知人の紹介で再就職する。役職は経営企画部長となり、さっそく株式公開準備に取りかかったのだが、今度は、入社後、急速に業績が悪化、もはや上場準備どころではない状態となってしまった。
それでも、さらに現在の会社の社長から声がかかって転職に成功したのは、会って話せばCさんの人柄の良さや公開準備のための経験の豊富さが伝わるからだろう。
しかし、じつはCさんはまたしても、人材紹介会社に登録して転職の準備を進めている。
「本当に株式公開というのは難しいですね。いろいろな事情を考えると、現在の会社も公開は無理そうなんですよ。転職回数もかなり増えてきましたし、今度こそは間違いなく上場を実現できる企業に行かないと…と思っています」
株式公開という仕事への情熱を持ち、転職を重ねてもそのエネルギーを失わないCさんの姿勢は素晴らしいものだ。しかし、これだけ似たような理由での転職が続くと、そのこと自体が採用側の意欲にも影響を与えてしまうものらしい。
「ゲンをかつぐとか、ジンクスとかは信じないほうですけど、今までの流れを考えると、この方を採用したらウチの株式公開もどうなるんだろう…とか思ってしまいますよね」
ある企業の採用担当者が冗談めかして言った一言を、まだCさんには伝えられないでいる。