タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第11回】
今、必要なのは、キャリア戦略会議!
法政大学 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
変化に翻弄されず、プロティアンな日々を過ごしていますか? プロティアンとは、人生100年時代を精神的にも経済的にも豊かに過ごしていく、生き方と働き方の実践的な作法です。
プロティアン・キャリアゼミも今回で11回目。著書『プロティアン』を読んでない方は、そろそろ手にとってみてくださいね(笑)。プロティアン・キャリアの全体像を把握して、このゼミで部分理解を深めるようにして欲しいのです。
それでは、質問です。
Q. ダグラス・ホール教授が提唱するプロティアン・キャリア論と、
タナケン教授が提唱する現代版プロティアン・キャリア論の違いは何ですか?
即答できた人は、プロティアンの理解が進んでいます。マニアックな質問ですよね。
答えは、何か。キャリア資本論にあります。1976年にボストン大学のダグラス・ホール教授によって提唱された理論に、私は、キャリア資本論を組みあわせ、プロティアン・キャリア論を現代版にリバイバルさせました。
さて、本題に入っていきましょう。
私は、キャリア論に関する研究者でありながら、ビジネスシーンの現場にも立たせていただいています。企業顧問として経営者や社員の方々と戦略会議を重ねています。これまで19社の社外顧問を歴任しています。IT企業、人材会社、飲食・観光業など、中小ベンチャー企業から大企業まで顧問先は多岐にわたります。
ビジネスシーンで必須なのは、戦略的思考です。経営戦略、事業戦略、部署戦略、人事戦略、採用戦略などなど。いかなる規模や業種の企業であれ、戦略会議は欠かせません。
戦略会議では、問題の本質を把握し、解決策を練り出し、事業をスケールさせていくために中長期で戦略設計をしていきます。戦略とは、「過去」を的確に分析し、「現在」の置かれている状況を把握し、「未来」を構想するのに必須の実践的な思考フレームなのです。
しかし、決定的に大切なことが一つ見落とされています。
キャリア戦略会議です。経営戦略や事業戦略について定期的に会議が実施されているのに、キャリア戦略会議が行われていないのです。私はそのことを必ず伝えるようにしています。
この問題解決の鍵を握るのが、人事の方々です。離職率の低い企業や、採用がうまくいっている企業、そもそも、社員が楽しくやりがいを感じながら働いている企業は、必ずと言っていいほど、キャリア戦略会議を重ねています。「キャリア戦略会議」という呼称ではないかもしれませんが、人材開発部やキャリア開発部を中心に、次の3点が明確に練り上げられています。
- キャリア開発の人事戦略の策定(組織開発の中長期視点―構造)
- 企業と個人の関係性の向上(組織開発の関係的視点―関係)
- 主体的に働く社員の支援(キャリア形成の自律型視点―主体)
この「構造」「関係」「主体」の視点を有機的につなげていく、キャリア戦略の設計が勘所になります。私は企業研修の依頼を受けると、企業研修の「内容」よりもまず、企業研修の「位置づけ」を確認しています。
この社内研修は、キャリア戦略の中で、どのような意味を持つのか。中長期的視点でみて、何が期待されているのか。
明確に言語化できない人事の方もいらっしゃいます。研修の「内容」に焦点を当てすぎなのです。研修の「内容」をより良いものにしていくことは、プロとして「あたりまえ」のことにすぎず、大切なのは、キャリア戦略の全体設計を練り上げ、位置付けることなのです。
この全体設計の中に、これまでみてきた「組織内キャリア」を前提とする人材開発なのか、「プロティアン・キャリア」にフォーカスするキャリア開発なのかも、明確にしておくべきなのです。
では、キャリア戦略会議の導入で重視すべき点をお伝えしていきます。
キャリア戦略で検討すべきは、社員のキャリア形成、キャリア選択、キャリア資本の三つになります。
- ① いかなるキャリアを選択し、どこのフィールド・部署・職種を選択するのか
- ② どのような強みを武器にいかなるキャリアを形成するのか
- ③ いかなるキャリア資本を蓄積し、これからのキャリアに転換していくのか
キャリア戦略 | ||
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キャリア選択 | キャリア形成 | キャリア資本 |
このように企業が組織的にキャリアを支援していくことを戦略的に考えていくべきなのです。そこで、「過去−現状−未来」分析を行い、中長期でのキャリアの方向性を練っていきます。目標という明確なゴールを設定しなくてもかまいません。方向性を見据えて、キャリア形成を行う方が、方向性が見えていない人より、やりがいや生きがいを感じる職場で働く確率が高くなります。
社員それぞれが、キャリア形成をしていく過程では、さまざまなキャリア選択の場面に遭遇します。企業経営や事業運営の際に直面する意思決定と同じように、キャリア選択においても、中長期でビジョンに沿うものを選んでいくことが望ましいのです。副業・兼業など、キャリア選択が柔軟にできる人事施策を構築していくことも、この点から求められていると言えます。
キャリア戦略では、自分がいま置かれている状況をつくりだしている、「外部環境要因」と「内部環境要因」をその都度、把握しておく必要があります。また、キャリア資本については、第4回で詳しく取り上げています。復習しておいてくださいね。
このようにキャリア戦略会議とは、組織の理想のみを語ることではなく、今までの自分、これまでの自分、そして今置かれている状況、それらを取り巻く社会トレンドとの関係性を緻密に分析した上で定めていくことのできる中長期での「働き方と生き方の行動指針・計画」を策定していくための会議なのです。
そのためキャリア戦略会議は、社員を均一化し、統制・調整することを狙いとしません。社員の多様性を認め、それぞれのやりがいを大切にしながら、ポテンシャルを最大限に発揮させるための会議です。個々のパフォーマンスを高めていくことで、組織の生産性向上にもつながるのです。
組織内キャリアの時代から、キャリア自律型の時代へ
組織内キャリアからプロティアン・キャリアへ
組織と個人のより良い関係を構築していく
経営戦略、事業戦略は、このキャリア戦略とセットで練っていくべきものなのです。
さあ、今日からキャリア戦略会議に取り組んでみてください。
- 田中 研之輔
法政大学 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専門はキャリア論、組織論。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。社外取締役・社外顧問を18社歴任。新刊『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。