職場のモヤモヤ解決図鑑【第55回】
ミスは気を付けてもなくならない?
ミスを引き起こす人の認知システム
自分のことだけ集中したくても、そうはいかないのが社会人。昔思い描いていた理想の社会人像より、ずいぶんあくせくしてない? 働き方や人間関係に悩む皆さまに、問題解決のヒントをお送りします!
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志田 徹(しだ とおる)
都内メーカー勤務の35才。営業主任で夏樹の上司。頼りないが根は真面目。
部下である山田さんのミスを発見した志田さん。「気を付けて」と注意はしたものの、根本的な解決につながるのか悩んでいます。なぜ、ミスが発生してしまうのでしょうか。ミスが起こりにくい職場づくりのため、ケアレスミスが起こる人の認知の仕組みを説明します。
ヒューマンエラーとは
「ヒューマンエラー」とは、人の思い違いや確認漏れなどによって発生するミスや事故のこと。労働災害の8割は、うっかりミスや失敗、不注意、誤認、誤判断など、人の不完全な行動が関係していると言われます。人が意図せずに行った行為のほか、作業環境・教育訓練・企業の安全の取り組みなど、非常に多くの要因が複雑に絡み合ってエラーが生じます。
ヒューマンエラーは原因ではなく結果
社会や職場のシステムやルールのなかで、人の行動につながる特性や、その人を取り巻くさまざまな要因(作業環境・研修・同僚・機械等)を「ヒューマンファクター」と呼びます。ヒューマンエラーを防止する上で重要な要素です。医療やインフラなど、一つのミスが大きな事故につながりかねない業界では、学術的な研究に基づきヒューマンエラーの防止に取り組んでいます。
ミスを根絶するのは非常に難しいことです。しかし、「〇〇さんがミスをしたせいだ」などと、ヒューマンエラーを事故やトラブルの「原因」と考えていては、ミスの予防にはつながりません。ヒューマンエラーを「結果」と捉え、その結果に至るまでのさまざまな要素であるヒューマンファクターは何だったのかを見極め、失敗がおきにくい環境を整えることが大切です。
- 【参考】
- ヒューマンエラー|厚生労働省
人はなぜミスを犯してしまうのか? 人の認知システム
ミスを防ぐ対策を考える前に、人がミスを犯す仕組みについて知る必要があります。ミスの発生には、人の認知システムが関係しているからです。
たとえば、人は以下の図を見ると、右のオレンジの丸の方が、左のオレンジの丸に比べて小さく見えます。しかし、実際には二つのオレンジの丸は同じ大きさです。これは「エビングハウス錯視」と呼ばれる、物の大きさの相対的な知覚からなる一種の「見間違え」です。
こうした見間違えは、人の認知システムの特性によって発生します。しかし、それは認知システムに欠陥があるためではありません。人の認知システムは、たとえ不完全な情報でも、前例や状況などあらゆる関連情報をもとにアウトプットを出すという特性を持っているのです。
もう一つわかりやすい例を見てみましょう。
この ぶんょしう は にげん は もじ を にしんき する
とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとてる
この文章では、いくつかの言葉の最初と最後の文字以外が入れ替わっていても読めてしまう「タイポグリセミア」という現象を体験できます。タイポグリセミアも、人の認知システムにより発生するもので、誤字の見落としというエラーを引き起こしています。うっかりミスには、不完全な情報でも読み取ってしまうという、ある意味素晴らしい人の認知システムが関連しているのです。
ヒューマンエラーの分類
「スリップ」「ラプス」「ミステイク」
ヒューマンエラーの分類や定義には、発生原因や人間の行動に基づくものなど、さまざまなものがあります。その中でも、よく使われる認知心理学での3分類を紹介します。
認知心理学では、ヒューマンエラーを「意図せぬ行動」と「意図的行動」の二つに分類します。そのなかで、「行為のうっかりミス」はスリップ、「記憶のうっかりミス」はラプスと呼ばれます。意図的行動の中で、行動の計画が間違いだったものは「ミステイク」、ルールに違反した行動は「違反」とされます。
ヒューマンエラーの分類(1)
スリップ:実行段階での失敗のエラー
ルーティン化された行動で発生しやすいエラーが、スリップです。たとえば、システムに300万円の受注内容を繰り返し入力しているうちに、800万円の受注があったのに300万円と入力してしまったなど、行動がルーティン化された業務で注意力が低下している際に起こりやすくなります。対策としては、指さし確認などが推奨されています。
ヒューマンエラーの分類(2)
ラプス:実行の途中でルールを忘れてしまう、思い出せないエラー
記憶に関連するエラーがラプスです。たとえば、取引先に送るはずだったメールを忘れてしまったミスなどが当てはまります。覚えたはずなのに思い出せず、結果としてミスにつながります。メモをとったり、事前にTodoリストを作ったりするなどの対策が必要です。
ヒューマンエラーの分類(3)
ミステイク:正しく実行できたが計画自体が間違っていたもの
ミステイクとは、行動は正しく実行できていたけれど計画そのものが間違っていた結果、発生するミスを指します。作成したパンフレットが発注者の意図と異なるデザインだった、というのが一例です。新人など、経験や知識が不足しているがゆえに発注者の意図を性格にくめなかった場合や、ベテランが過去の経験から誤った判断をしてしまう場合などがあります。経験や知識が不足している人向けには基本的知識の習得の研修、ベテラン向けには過去の経験にこだわらず柔軟な判断力を養うための事例研修などを行うと、防止につながります。
労働災害を引き起こすヒューマンエラーの発生要因
そのほか、労働災害を引き起こすヒューマンエラーの発生要因に着目した分類として、以下の12項目があります。
危険軽視・慣れ | 不注意 |
無知・未経験・不慣れ | 近道・省略行動 |
高齢者の心身機能低下 | 錯覚 |
場面行動本能 | パニック |
連絡不足 | 疲労 |
単調作業による意識低下 | 集団欠陥 |
何がヒューマンエラーにつながるのかを知っておくことで、労働災害対策を考える際に役立ちます。
企業のヒューマンエラーで起きた事故・トラブル事例
ヒューマンエラーは、ときとして大きな障害につながり、企業に多大なダメージを与えます。過去の企業事例を紹介します。
証券会社での取引注文入力ミス
証券会社の誤発注に関連するトラブルです。本来であれば「〇十万円、1株」で入力する売り注文を、担当者が誤って「1円、〇十万株」と入力してしまい、証券市場が混乱し、最終的に400億強の売却損を証券会社が被る大事件となりました。
取引システムでは、注文内容をチェックする機能があり、入力基準が一定を上回ると警告メッセージが表示される仕様になっていました。しかし異常値の水準は自由に設定でき、法人顧客の取引は大口注文が多いことから、警告メッセージは日頃から頻繁に表示されていました。そのためメッセージが表示されても「YES」を選択し、取引を実行することが常態化していた可能性が指摘されています。「スリップ」や「危険軽視・慣れ」に分類される事故と考えられます。
作業ミスによる大規模通信障害
大手通信会社での通信障害トラブルです。全国規模で2日間にわたって、音声通話・データ通信に障害が発生しました。この通信障害は過去最大規模のものとされ、約3000万回線・20万社以上に影響が及び、通信会社は契約約款に従って数百万人に補償を実行しました。
通信障害の原因となったのは、ルーターの定期交換における作業ミスです。ルーターのメンテナンス作業時に、担当者が経路を誤って設定したため発生した障害であり、管理ルール、確認項目、承認方法など作業の事前準備が不十分であったと報告されています。
番号誤入力による固定電話の通信障害
東京都内を中心に発生した固定電話の通信障害です。大手通信企業による、人為的ミスが原因と報告されています。ワクチン接種の予約を巡り、自治体に殺到する電話へ通信制限の設定を行うなかで、担当者が誤って裏番号と呼ばれる電話サーバーにひもづけられた番号を入力し、60万件を超える電話番号がつながりにくくなりました。
二つの番号は両方とも「03」で始まり、同じ10桁。さらに同じ列に二つの番号が並んでいるため、ミスを誘引したと指摘されています。
【まとめ】
- ミスは原因ではなく結果として捉え、ミスを誘引する要因を排除して対策をとることが重要
- 見間違いなど、人の認知システムでは多くのヒューマンエラーが発生する仕組みになっている
- ヒューマンエラーの仕組みを知り、直接的な要因、潜在的な要因に目を向けることが対策に役立つ
自分のことだけ集中したくても、そうはいかないのが社会人。働き方や人間関係に悩む皆さまに、問題解決のヒントをお送りします!