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働く意欲のない「ニート」は10年前から増えていない

東京大学大学院情報学環助教授

本田 由紀さん

職探しも通学・職業訓練もしない若年無業者――「ニート」は今年の流行語大賞に選ばれてもおかしくないでしょう。社会秩序や国家財政を脅かす危険な存在としてクローズアップされたり、「急増するニート」などとメディアでセンセーショナルに書き立てられたり。小泉内閣も「働く意欲のない若者が増え続けているのをもう放置できない」と、「骨太の方針」に「ニート」という言葉を初めて使い、対策の強化を盛り込みました。でも、実際に「ニート」とはどんな若者なのか判然としない、とか、いろいろなデータを見せられても「ニート」像が結べないという声も少なくありません。巷間言われるように、「ニート」とは学力・学歴が低く、希薄な人間関係の中で生きているタイプの若者なのでしょうか。今も、本当に増え続けているのか。近著『若者と仕事』(東京大学出版会)で、若者の教育と仕事をめぐる今日的状況を鋭く分析した本田由紀さんに聞きます。

Profile

ほんだ・ゆき●1964年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。教育学博士。94年から日本労働研究機構(現労働政策研究・研修機構)研究員として数々の調査研究プロジェクトに従事。2001年東京大学社会科学研究所助教授を経て、2003年から東京大学大学院情報学環助教授。主な編共著に『女性の就業と親子関係――母親たちの階層戦略』(勁草書房)『学力の社会学――調査が示す学力の変化と学習の課題』(岩波書店)など。著書に『若者と仕事――「学校経由」の就職を超えて』(東京大学出版会)など。

若者の「働く意欲」の問題として語られ過ぎている

『女性の就業と親子関係――母親たちの階層戦略』(勁草書房)

職探しも進学も就職訓練もしていない若年無業者(15~34歳)、いわゆる「ニート」が全国で約85万人に達するという推計を内閣府が発表しました。10年前は約67万人だったので、約18万人も増加したことになります。この数字をどう見ればいいでしょうか。

内閣府の「青少年の就労に関する研究会」(委員長=玄田有史・東京大学助教授)の中間報告が3月にありましたが、その中で示されたデータですね。あれで「ニート」に対する社会の関心がひときわ高まりました。もともとのデータは総務省が5年ごとに実施している「就業構造基本調査」を特別集計したものです。どのような若者を「ニート」と呼ぶかは議論のあるところですが、内閣府の調査では無業の人を3つの類型に分けて、(1)求職活動をしている人、いわゆる失業者ですね、これを「求職型」と呼び、(2)求職活動はしていないけれども働きたいという希望がある人を「非求職型」、(3)働きたいという希望すら持っていない人を「非希望型」と名付けています。ヨーロッパでは失業者と「ニート」を区別していませんが、この中間報告では、(1)「求職型」の失業者以外の (2)「非求職型」と(3)「非希望型」を合わせて「ニート」と呼んでいます。

内閣府の「若年無業者に関する調査」(中間報告)から転載

そこで量的な趨勢を見ますと、確かに無業者全体は増えています。1992年に130.7万人だったのが、97年には171万人、2002年には 213.2 万人です。しかし、その詳細を見てみると、増えている無業者は(1)「求職型」、つまり仕事を探していらっしゃる失業者なんですね。(1)「求職型」は10年間で約65万人も増えています。また、仕事を探す行動はとっていないけれども、働きたいと思っている(2)「非求職型」も15万人ほど増えています。でも、いちばん「ニート」的なイメージに近いと思われる、働きたいという希望すら持っていない(3)「非希望型」は増えていません(上のグラフ参照)。

働く意欲のない「ニート」は増えていない?

ええ。数字で見ると(3)「非希望型」の無業者は1992年41.2万人、97年42.5万人、2002年42.1万人と、この10年間驚くほど安定した人数でした。これは非常に重要なことだと思います。

メディアでは「ニートが増え続けている」とセンセーショナルな論調の報道が多いので、これから大変なことになると思ってしまうのですが、実態を見てみると少し違うんですね。

「ニート」が約85万人というのは、(2)「非求職型」と(3)「非希望型」を足した数字です。その中で増加傾向にあるのは、希望しているが仕事を探すところまではいっていない(2)「非求職型」なのです。「ニート」は「働く意欲のない若者」の問題と見なされがちですけれども、「働く意欲はあるがそれが実現していない若者」のほうが増えてきているのです。このような動向は、どう見てもディマンドサイド(労働需要側)の変化、労働市場の問題と切り離せないと思います。少なくとも10年前から見る限り、(1)「求職型」と(2)「非求職型」がこれだけ増えているのですから。(3)「非希望型」の人は従来から一定数存在しており、最近とくに増えているわけでは決してないのです。

本田 由紀さん  東京大学大学院情報学環助教授

昨今の「ニート」についての議論や世論にやや疑問を感じるのは、若い人の側(サプライサイド)の問題として語られ過ぎているのではないかということですね。もっと広い視点に立って、ディマンドサイドからも捉えることが必要でしょう。「ニート」本人の意識とか、コミュニケーション能力、学力、働く意欲などという視点から見るだけでは、実態からずれてしまうのではないでしょうか。

私自身はどちらかというと、「ニート」よりも「フリーター」のほうがより重要な問題だと思っています。若い人の労働市場が全体としてものすごく過酷な状況になっているのは確かです。そうした中で働かなくては生きていけないので働こうとしているのが「フリーター」、働くという行動に踏み出していないのが「ニート」です。そして「フリーター」が急増した背景には、労働市場だけでなく社会や家庭、教育などさまざまな問題が指摘されています。それらの多くは「ニート」にもかなり当てはまります。「ニート」は人数的にも「フリーター」より少なく、問題構造においても「フリーター」の派生系と思っています。「フリーター」や「ニート」が抱えている困難を個々人の問題に帰すのではなく、社会レベルで対処すべき構造的な問題として捉えるべきです。

ひきこもりのような不活発な生活を送っているわけではない

いま話題になっている『ニート――フリーターでも失業者でもなく』(幻冬舎)という本を読んでも具体的な「ニート」像がうまく結べません。「ニート」とはいったいどんな若者なのか、判然としないと感じている人は少なくないようですが。

本田 由紀さん  東京大学大学院情報学環助教授

内閣府の「青少年の就労に関する研究調査」の最終報告書がまもなく出ます。この報告書で、4000人ぐらいの若い人たちを対象として行われた調査データを使い、その中に含まれる無業者について詳しい分析をするという作業を担当しました。このデータの無業者をやはり (1)「求職型」と(2)「非求職型」と(3)「非希望型」に分けて、内部にどういう人がいるか見てみますと、とくに(2)「非求職型」と(3)「非希望型」、つまりいわゆる「ニート」とされる人々の中には非常に多様な人が含まれていることがわかります。たとえば、現在の主な活動内容を訊いたところ、一部には確かに「とくに何もしていない」という人はいます。でも、それは「ニート」の中の3分の1にすぎません。それ以外の3分の2の「ニート」は、進学や留学の準備とか、資格取得の勉強とか一生懸命に何かをしているんですね。

中には結婚準備中という人もいますし、(2)「非求職型」や(3)「非希望型」の全員が全員、「ひきこもり」のようなかたちで不活発な生活を送っているわけではありません。ある状態から次のステップを踏み出すまでのひと休みの期間だったり、リフレッシュの期間だったりするんです。高校を出たばかりの浪人も、この中に含まれています。ですから、ひとくちに「ニート」と言っても、その中には多様な人たちが含まれていて、それを一括りにして、本人のやる気がどうだとか、能力がこうだとか議論はできないと思うんですね。こんなことを言うと、具体的な「ニート」像がさらに結びにくくなるかもしれませんが(笑)。

一般に考えられている「ニート」像というのは、学力や学歴が低くて、希薄な人間関係の中で生きている。そんなタイプのようにも思えるのですが、本当にそうなのでしょうか。

「ニート」の学力について言えば、この調査でも中学3年生の時のの成績を聞きました。そうすると「ニート」と名付けられている(2)「非求職型」や(3)「非希望型」の人というのは、それほどはっきりと成績が悪いという傾向はありませんでした。

ただ、「ニート」の中には不登校や学校の中退など人間関係の挫折を経験した人が一般の人よりも多いのは確かなようです。たとえば、中学時代に病気や怪我以外の理由で学校を何日くらい休んだかを尋ねた質問の結果を「不登校」経験と解釈すると、若い人全体の中で長期(1カ月以上)の不登校経験のあった人は約3%でした。ところが(3)「非希望型」や(2)「非求職型」の男性は1割から2割が長期の不登校を経験しています。具体的には「病気やけがなど以外の理由で学校を休んだ経験はありますか」と聞いて、これを分析者が「不登校」としているのですが、とくに(3)「非希望型」の人は短期(1カ月未満)を含めると約4割が不登校を経験しています。

本田 由紀さん  著書

もう一つ、これだけを強調されると誤解を招くかもしれませんが、「ニート」にはお父さんやお母さんと離別したり死別したりした経験を持つ人が相対的 に多い、という特徴がありました。先の不登校という点とも合わせて考えると、これまでの人生の中で何らかの辛い目に遭ったという人が多いのは確かです。た とえば受験の時など重要な節目に、家庭や学校で大きなマイナスのショックをもたらす出来事に出くわし、それ以降、元気や自信を失ってしまったという人も含 まれています。

なお、「ニート」が豊かな家庭に多いかどうかという点については、まだはっきりしたことは言えません。冒頭の「青少年の就労に関する研究会」の中間報告では、(3)「非希望型」がいる世帯の4割弱が年収300万円未満であることが強調されています。つまり本人の甘えなどの問題ではなくて、経済的に苦しい家庭から「ニート」と言われる人がより多く出てくるのではないかということが、このデータからは読み取れます。しかし別の調査では、仕事を探している (1) 「「求職型」の人のほうが家庭の経済的状況が悪いという結果も出ていて、ここでもはっきりした「ニート」像を結ばないのです。

「負の連鎖」に巻き込まれて自信と意欲を阻害されていく

では、「ニートとは誰か?」という問いに対する答えはどうなるのでしょう。

これまで述べてきたように、「ニート」には多様な人々が含まれているのですが、その中で最も不活発な状態にある層に注目してその特徴をあえてひとことで言うならば、「これまでの人生経験の中で『負の連鎖』に巻き込まれた結果、社会や仕事の世界に踏み出せない状態に陥った若者」ということになるかもしれません。

「負の連鎖」というのは、たとえば最も典型的なパターンを思い描いてみるならば、家庭に不和や不幸があったりしたために学校で明るく前向きにふるまえなくなり、その結果として友人関係もうまくいかなくなり、勉強にも熱心になれず、さらにその結果、学校を中退してしまい、そのような経歴では社会や職場で受け入れてもらえないだろうと投げやりになってしまう…というようなケースです。

そうした「負の連鎖」に巻き込まれた若者は、今の労働市場のきわめて高い選抜基準の前で、はじき飛ばされてしまいがちです。また、「負の連鎖」をいっそう悪いほうに増幅させるように働く圧力のようなものが、最近の若い人たちの仲間集団や対人関係の中で大きくなっているように思われます。つまり、人生の中で何か元気を失わせるような出来事があった場合に、若者集団や職場の中で生きていきにくくなる度合いが、以前よりも高まっているようなのです。これに関連する興味深い指摘を社会学者の佐藤俊樹さんがされています。佐藤さんによれば、最近「ガリ勉」は絶滅の危機に瀕しているそうです。一昔前だったら、暗くても地味でも野暮ったくても勉強ができれば、「ガリ勉」タイプの若者でもそれなりに周囲から認められていたのが、今はそうではなくなっているそうです。今の若い人の間では、仲間内でおもしろい話をして場を盛り上げることができたり、音楽や服装・髪型など洗練された消費文化によるセルフ・プロデュースの能力がとても重視されるようになっている。こうした状況のもとでは、ちょっと無口だったり元気がなかったりするだけで、その子はとても生き辛くなります。その結果、「負の連鎖」がいっそう増幅されかねないのです。

最近、おとなしくて普通の「いい子」が突然、大事件を起こすケースが目立ちますが、何か関連性はあるのでしょうか。

一つの出来事だけでそれが世の中の全体的傾向であるかのように見なしてしまうのは危険ですが、その危険を自覚したうえであえて言うと、ごく最近、教室に爆発物を投げ込んだ山口県の高校生がいました。あの高校は進学校で、その子は中以上の成績でしたが、誰ともほとんど話をすることがなかったと言います。うまく話ができない、交われない、それで周囲からみればちょっとしたことで内面を傷つけられる。自分を追い込んで、突発的行動をとる「いい子」が出てくるような環境要因が、若い子たちを取り巻いているのかもしれません。若い子たち全体を平均して見ると、対人関係を築く能力はむしろ以前よりも向上しているし、友人関係も増えています。今の若い人たちは全体的に対人関係能力が低い、ということではありません。ただ、その中の「格差」が大きくなっているがゆえに、対人関係の苦手な子の自信というか意欲みたいなものが、すごく阻害されかねないような状況になっているのです。

すべての普通高校を「専門性に特化した高校」へと再編する

若者が「負の連鎖」に陥りやすい状況になっているとすれば、社会や家族はどのように対応していけばいいのでしょうか。

本田 由紀さん  東京大学大学院情報学環助教授

一つには、とくに過酷な状況に追い込まれる恐れの大きい一部の若者層をターゲットにした手厚い支援が必要です。一部の家庭では、精神的にも経済的にも子供のケアをする余裕がなかなかありません。親が悪いというのではなく、生活を維持していくだけで精一杯だからですが、そういった家庭ではさまざまなリソース(資源)が少ない。その結果として「負の連鎖」に巻き込まれるリスクが高い子に対しては、その存在を見つけてあげて、できるだけ早い時期からサポートする必要があると思います。

そうした特定のターゲットへの支援とは別に、もっと幅広く、若い人たちのほぼすべてを対象にできるような施策も必要です。これは最近出した『若者と仕事』という本にも書いたのですが、現実の生活に役立つ知識を学校教育の中で子供たちに与えることが確かに必要です。とくに高校の段階では、職業的な意義のある教育を与えることにもっと重点が置かれるべきだと思います。今4人に3人は普通高校に進学していますが、そこで教えているような抽象的な知識、たとえば古文や漢文、サイン・コサインに全然興味が持てない、という子がかなりいるんですね。高校教育は、彼らが将来社会で、とくに仕事の世界で生きていくうえでの実質的な力付けを与えてあげられていません。

私は最近「そんな普通高校なんて廃止して、すべての高校を専門高校にしましょう!」と言って、いろいろなところで失笑を買っています(笑)。でもそれは本気で言っているのです。私が普通高校をやめようと言っているのは、たとえば全員が全員、旋盤をやったり簿記をやったりという狭い意味での職業技能を身につけるというのではなく、逆説的な言い方になりますが、一般教育、教養教育としての専門教育を、すべての若者に対して高校段階で提供すべきだと考えるからです。何らかの分野の基礎的な専門知識とスキルを身につけていることは、若者にとって自信の源になるとともに、専門性ということが若者相互の共同的な人間関係の基盤となります。ニート問題への対策の一つとして、中学生に5日間の「職場体験学習」を実施することの有効性が提唱されていますが、そんな単発的で短期間の学習体験よりも、教育課程全体を実生活や仕事としっかり結びついたものにしていくべきだと思います。

私が高校に着目するのは、そこへその年代の9割以上の子が通っていて、改革を行えば日本の若者に影響を及ぼす範囲がすごく広がると思うからです。これまでは高校が就職先の企業を見つけてきて、(生徒を)引き渡す「学校経由の就職」というシステムが成立していました。だから教育の職業的な意義などは深く考えなくて済んだわけですが、昨今のフリーターやニートの増加は「学校経由の就職」がスムーズに成立しなくなったことを意味しています。これからは、高校は就職斡旋の機能をジョブカフェなど外部の機関に徐々に移していきながら、高校自体は職業的意義のある教育を行うという本題の課題に真剣に取り組む必要があると思うのです。

本田 由紀さん  東京大学大学院情報学環助教授

ただ、はじめのほうで述べたように、企業が若者を見る目や働かせるやり方がきわめてシビアになっており、その中で若者がくじけてしまったり擦り切れてしまったりしている状況が、「ニート」や「フリーター」の問題の根本にあります。企業は若者をもっと大事にする責任がある。「負の連鎖」に巻き込まれかけている若者であっても、人間らしい働き方ができる機会が確保されていれば、前向きに自分を立て直していけるはずです。若者を育てるという全社会的なプロジェクトの重要な一翼を企業が担ってくれることを、心から願います。

(取材・構成=天野隆介、写真=中岡秀人)
取材は6月13日、東京・本郷の東京大学にて

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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非認知能力
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