ジェンダー平等のカギは、男性含む「全員」の当事者意識
日本企業に求められる役割とは
UN Women (国連女性機関)日本事務所長
福岡 史子さん
女性活躍推進やDE&Iに取り組む企業が増える一方で、なかなか成果を実感できていない企業は少なくありません。日本は「ジェンダーギャップ指数2024」で146ヵ国中118位と、低迷が続いています。企業が女性活躍推進への取り組みを結実させるためには何が必要なのでしょうか。UN Women (国連女性機関)日本事務所長の福岡史子さんに、日本社会や企業が進むべきジェンダー平等への道筋についてうかがいました。
- 福岡 史子さん
- UN Women日本事務所長
ふくおか・ふみこ/中学校英語科教諭、国際協力機構(JICA)研修監理員を経て、国際環境NGOコンサベーション・インターナショナル(本部米国ワシントンDC)日本代表を務める。2003年から国連開発計画(UNDP)のシリア事務所常駐副代表・臨時常駐代表。その後、本部ニューヨーク政策局地球環境ファイナンシング・コミュニティ開発担当上級顧問、アラブ局本部広報・パートナーシップ上級顧問などを歴任。2023年11月より現職。横浜市立大学国際関係学士、米国ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題大学院(SAIS)修士。
日本社会は着実に変化している
今年6月に発表された「ジェンダーギャップ指数2024」において、日本は146ヵ国中118位でした。特に女性管理職比率の低さが目立ちます。日本のジェンダー平等の現状をどのように捉えていますか。
日本はとてもユニークな国です。今でも経済規模は世界的に最も大きい国の一つですが、日本社会で女性が重要なポジションに就くケースはまだ多くありません。
高度経済成長期の日本は、男性ががむしゃらに働き、女性は家庭のすべてを担う完全分業制で成り立っていました。みんなが同じ方を向いて、同一性を強みに成長してきたのです。その経験があるからこそ、「女性が活躍しないと経済は発展しない」という論理が浸透しにくく、新しいモデルを確立しきれずにいるのでしょう。
一方、この数十年で変わった面もたくさんあります。1980年代には、国連が採択した「女子差別撤廃条約」を日本も批准し、男女共同参画社会基本法や女性活躍推進法など、就労条件の男女差を解消するための国内法が整備されました。システム的には、日本も進化してきたのです。
それでも結果が伴っていないのはなぜでしょうか。
制度だけでは社会は変わらない、ということです。制度が整っても、それを実施するための社会環境の変化に至っていないのです。すべての人の平等をうたう憲法が制定されても、日本では家父長制が重んじられてきており、それをベースに社会システムが成り立っています。どの時代にも変化の先端に立つ人がいて、それに続く人たちが少しずつ現れることで、じっくりと社会が変わっていくものです。
例えば選択的夫婦別姓。法制化を望む声は1990年頃から高まっていましたが、いまだに導入されていません。一方、最高裁で審理されたり経団連から提言が出たりと、メインストリームの動きになりつつあります。NHK朝ドラ「虎に翼」でもお茶の間のエピソードになりました。社会の変化は、このように複数のものが影響し合ってもたらされると言えるでしょう。
日本でも着実に進んでいるということでしょうか。
私は2023年年末、20年ぶりに日本に帰国したのですが、「DE&Iの専任部署を設けている企業がすでにこんなにあるのか」とよい意味で驚きました。投資家から選ばれるためにESG経営を強化する必要があったり、政府から女性管理職比率向上の要請があったりと、複合的な誘因に突き動かされてムーブメントになってきたのでしょう。それだけDE&Iの重要性を理解している経営者が増えた証しです。
その他にも、国際女性デー(3月8日)が浸透し、また地上波テレビで生理をテーマにした特集が放送されていました。20年前の日本では考えられなかったことです。前出の「ジェンダーギャップ指数」のランキングでは他国と比べられてしまいますが、日本社会はゆっくり、しかし着実に変化しています。
固定的なジェンダーロール見直しを
その一方で、企業の女性活躍推進は必ずしもうまくいっていないように見受けられます。政府の「202030」という、2020年までに社会の指導的地位に女性が占める割合を30%にすると定めた目標は未達で、2030年に持ち越されました。どこに課題があると思われますか。
女性活躍推進にどれだけの人が本気で取り組んでいるか、ということだと思います。「女性活躍」というネーミングも影響していると思いますが、ジェンダーギャップは社会全体の課題なのに、女性だけの課題のように見えているのではないでしょうか。
そもそも「女性活躍」の意義を考えたとき、女性が活躍して男性が活躍しなくなることを目指しているわけではありませんよね。「男性活躍」と「女性活躍」の土壌に差があるから、そのギャップを埋めようというのが、もともとの主旨です。というのも、女性が活躍することが男性の働き方改革をも促し、社会全体が発展していくことを目指しているのです。ですから本来ならば、性別に関係なく、全員が当事者なのです。男女で言うならば、男性がいかにコミットできるかが成功を左右すると考えています。
確かに「女性活躍」という言葉に対して、男性は当事者意識を持ちづらいかもしれませんね。
UN Womenでは2014年から「HeForShe(ヒーフォーシー)」という活動をグローバルに展開しています。直訳すると「彼女のための彼」ですが、ジェンダー平等を達成するために、すべてのジェンダーが協力し合うことを推進するプロジェクトです。「女性活躍」は女性だけの問題ではなく、みんなの問題。それが理解されない限り、日本での女性活躍推進の成果も限定的になってしまうでしょう。
「活躍」のギャップは何から生まれているのでしょうか。
従前から引き継がれてきたジェンダーロール(性別役割)です。「男性活躍」と「女性活躍」のギャップは社会の中にも家の中にもあります。平たく言うと、多くの男性は社会での活躍を期待されていて、多くの女性は家での活躍を期待されてきました。裏を返せば、女性の活躍というものが社会では軽んじられ、同様に、家事や育児における活躍も、“女性がやるもの”として、男性には求められてこなかったという背景があると思います。望むと望まざるとにかかわらず、社会規範によって、男性・女性としての役割や任が固定化・定着化しました。男性にしても、子どもと過ごす時間が欲しいけれど、その時間が十分に取れなかったという現実があるのではないでしょうか。
女性に社会での活躍を期待するなら、これまでの固定的なジェンダーロールを見直さなければなりません。女性が担ってきた家庭の仕事を分かち合い、女性が社会に出ていける環境を整える必要があります。その無償労働の割合を変えないまま女性の社会進出に取り組んでも、女性の負担が増えるだけです。
男性の育休取得率を上げるためにできること
男性が家事労働に従事する割合を増やすことも必要ということですね。
最近は「産後パパ育休」という制度ができるなど、男性が育休を取得しやすくする取り組みも増えています。ただ、数字上は男性の育休取得率は上がっていても、取得期間は1週間だけにとどまるなど逆に短くなり、まだまだ運用面では制度の主旨に追いついていない印象がありますね。
先日、お会いしたある大企業の20代の男性社員は、「子どもはほしいけれど、育休は取りづらい。育休から復帰したときに、仕事がなくなっているかもしれないから」と話していました。
その不安はよくわかります。それは育休を取得した女性たちも、みんな通ってきた道だからです。育休をまともに取ると出世コースから外されるのではないか、人事評価がマイナスになるのではないか……。女性たちも、そういう不安を抱えながら産休・育休に入るのです。育休を取らない、マッチョな働き方ができる人を優遇する社会システム自体を変えないと、男性は安心して育児に参画できませんし、女性も十分に力を発揮できません。
男性が育休を取りづらい運用面の問題は、どのように解決できるでしょうか。
企業の風土を変えることでしょう。会社の発展にとってDE&Iがいかに重要かを社員一人ひとりが理解し、上司が部下に対して、性別にかかわらず「安心して育休を取ってください」と声をかけるのが当たり前の風土にすること。「帰ってきたときに席はない」などというおどし文句は、冗談でも言ってはいけないことでしょう。
外資系企業やベンチャー企業など、一部の業界では男性が当たり前に育休を取得するようになっています。育休で一時的に休業しても戻ってくる場所があるという安心感は、復帰後のモチベーションにつながりますし、こうした前例を作ることで次の世代も続きやすくなるでしょう。
どうすればそのような風土をつくれるのでしょうか。
まずはトップがDE&Iについて理解し、自分の言葉でビジョンを発信することが重要です。多様性のある組織を追求することで、ビジネスチャンスがどれだけ拡大するかを社長の言葉で語る必要があります。
また具体的な施策では、育休で誰かが抜けても仕事が回るよう、相互協力するインセンティブがある体制を整えることも大切です。例えば、社内インターンシップなど、違う部署の仕事を一部でも経験することで、職種転換や人事異動をスムーズにする試みなど。育休期間はフリーランス人材に入ってもらうのもいいでしょう。柔軟な人事の実現が、心理的にも実務的にも育休への障壁を取り除いてくれるのではないでしょうか。
「女性が管理職になりたがらない」をどう考えるか
「管理職の女性比率30%」といった数値目標を置いている企業が多くありますが、その方法は有効なのでしょうか。
数値目標はあくまで指標で、本質的なゴールではありません。ただ、過渡期においては必要だと思います。本来は、男性も女性も同じ選択肢を持った人生であるべきですよね。しかし現実はそうなっていない。ステレオタイプやバイアスが影響し、提示されるチャンスには差があります。リーダー志向の女性でも埋もれてしまっている状態なのです。だからこそ、今は数値目標を掲げることで、そういった女性を引き上げるフェーズにいるといえます。特に意思決定層に女性を増やし、社内からステレオタイプを減らしていく動きが必要です。
数の不均衡が是正された先の、本質的なゴールはどこにあるのでしょうか。
個々人が、性別ではなく、個性に基づいた選択ができるようになることです。女性活躍推進の文脈で挙げられる指標は、経営層や管理職の女性比率ですが、それではややもすると「女性はもっと上を目指してください」という見え方になってしまう。意思決定層に女性が少ない今は戦略として有効かもしれませんが、「活躍」の形は幹部を目指すことだけではありません。
それは男性も一緒です。男性は昔から出世レースを競わされてきましたが、組織の上を目指すことだけがキャリアではないと感じている男性もたくさんいると思います。活躍の仕方は人それぞれです。ひと昔前の出世モデルのステレオタイプに影響されず、好きな専門分野を追求したり、サポート役に徹したりするなど、自分らしい選択ができるようになることがゴールだと思います。
個人の考えが、自分の固有の価値観なのか、ステレオタイプが刷り込まれた価値観なのかは判断が難しいように思います。
価値観は、育ってきた環境に影響されます。例えば女性管理職が当たり前にいる環境だったのか、そうではなかったのかによって、女性管理職に対する見方は変わってくるでしょう。ステレオタイプに影響されている人に対しては、上司や同僚が思い込みを解き、背中を押すようなコミュニケーションが必要だと思います。
「管理職になりたくない」といっても、絶対になりたくないのか、興味はあるけれど今の男性管理職と同じようには働けないと考えているのか、人によってグラデーションがあります。女性社員が管理職になりたくないと言っているなら、その原因を一緒に探ってみることで、課題解決の糸口が見えてきそうです。
女性活躍推進はゼロサムゲームではない
先ほど「女性活躍はみんなの課題」というお話がありました。日本の現状を変えるため、特に男性に求められる振る舞いや行動はありますか。
男性の方には、ぜひ当事者意識を持ってほしいですね。「女性活躍推進」は男女共通の課題ですから、決して人ごとではないのだと。日本では「ジェンダー平等」や「フェミニズム」という言葉をうさんくさく思っている男性が、少なくないように感じます。ただ、フェミニズムの本来の意味は「男女平等主義」であって、「女性優遇主義」ではないということが定着していないように思います。
また、女性の間でも、自分には縁遠い問題だと思う人が多くいると思います。かつての女性運動のイメージからか、女性活躍を推進するのは「強い女」で、「普通の人」である自分には無関係だという思いもあるのかもしれません。だからこそ、「女性のことは一部の女性だけが頑張ればいい」「LGBTQ+のことは当事者だけが頑張ればいい」というのではなく、自分はこの社会をつくり上げている一人で、社会を構成する全員が当事者なのだと気づくことが、日本の現状を変えていく上でまず重要なことだと思います。
女性が働きやすい社会は、男性にとっても働きやすい社会ですよね。
男性の育休の話は、まさにその典型例だと思います。「女性活躍推進」はゼロサムゲームではありません。ジェンダー平等が推進されたからといって、今ある男性の権利やチャンスが奪われるわけではないのです。ときどき、「女性 VS 男性」という構図で見る人がいますが、管理職などのポストは有限ではありません。女性が労働市場に出ることで、市場自体が大きくなり、ポスト自体を増やすこともできるのです。
福岡さんのご経験もお聞きかせください。福岡さんは今、UN Womenの日本事務所長という立場ですが、トップに就くことへの迷いはなかったのでしょうか。
今回は迷いませんでした。というのも、過去にずっと迷ってきたんです。このままでいいのだろうか、私にできるのだろうかと、逡巡を重ねてきたからこそ今の自分があります。そんな中で私がいつも思うのは、パートナーシップやチームワークの大切さです。どんな大きな組織でも、何かを成し遂げるには、協働できるパートナーを見つけることが重要です。よきパートナーを見つけることで、一緒に切り開いていけるという自信もつきました。
私のファーストキャリアは、中学校の英語教師でした。教師なら男女差がない職業だからと、職業婦人だった母の勧めで教師になりました。
生徒たちに英語を教えながら、いつも考えてしまうことがありました。言葉はツールでしかなくて、英語を使って「何を伝えるか」の方が大事なのではないかと。私は生徒たちに言語を教えることはできるけど、伝えるべき中身を持ち合わせていない。もっと世界を見てみたいと思い、4年で教師を退職し、米国の大学院に留学しました。
大学院修了後は、そのままワシントンDCに本部がある、環境問題に取り組む大手NGOに就職。すぐに日本との連携を深めてくれというトップの指示があり、その組織初の日本代表に就任することになりました。
職務経験が浅いうちから、重要なポジションを任されていたのですね。
当時は30歳でした。今でこそ女性リーダーは珍しくありませんが、当時はグローバルでも、会議の場に若い日本人女性は私一人ということがよくありました。すると物珍しいのか、議論中によく意見を求められるんです。きちんと期待に応えたいと思い、一生懸命勉強しました。
今回のUN Women日本事務所長への就任も、実は、前職の国連開発計画(UNDP)時代に上司だった人がUN Womenのトップに就いたことがきっかけで声をかけられました。これまでの経験から思うのは、女性自身がどうありたいのかが大事であると同時に、周囲がその人をどう扱うかがその人のキャリア観に大きく影響する、ということです。このインタビューのテーマにも関連させますと、上司が「あなたならきっとできる」と信頼を寄せ、実際に仕事を任せることで、後から自信もついてくるのだと思います。
経営層も人事も、変化に寛容であってほしい
ジェンダー平等を達成するため、UN Womenでは今後どういった活動に注力されるのでしょうか。
まずは、これまで対話してきた日本企業の皆さまにもご協力いただき、「HeForShe」の日本版を立ち上げようと思っています。日本には、欧米諸国とは違う独自の文化や慣習があります。日本の歴史を尊重しつつ進化し続けられるような、日本にフィットした進め方を模索していきたいと思っています。
二つ目は、メディアと広告を通してステレオタイプを撤廃する取り組み「アンステレオタイプ・アライアンス」の拡大です。これには日本版がすでにあり、広告主となる企業や制作会社にご参加いただいています。DE&Iへの姿勢を見せることが企業ブランディングにつながることを発信し、これまでの成功事例・失敗事例を忌憚(きたん)なく共有し協働できる、賛同企業を拡大していきます。
もう一つ、UN Womenと国連グローバル・コンパクトが共同で作成した「WEPs(ウェップス:Women’s Empowerment Principles)」という、女性の経済的エンパワーメントを推進するための行動原則があります。認知度はまだ高くないとはいえ、すでに日本でも大企業を中心に320社に署名いただいており、2024年1月には経団連にも署名していただきました。今後は、WEPsの周知・広報にさらに注力していきます。
最後に、女性活躍推進やD&Iに取り組む人事担当者の方に向けてメッセージをお願いします。
かつては入社したら定年まで勤め上げることがキャリアモデルでしたが、今は転職が当たり前になっています。時代だけでなく、個人も変化します。若手のときに抱く理想と、中堅になってから抱く理想は違うかもしれません。時代も個人も揺れ動くからこそ、結局「価値観は人それぞれ」という結論に行き着きますが、それでいいのです。だから経営層も人事も、変化に敏感で寛容であるだけでなく、それをビジネスチャンスにつなげていってほしいです。
特に人事は進化を求められる仕事であり、企業の将来性にもたらすインパクトは大きい。現代において、人事は非常にやりがいのある仕事だと思います。
ただ最近、担当者の方々から「DE&I疲れ」のようなものを感じているという話も聞きました。一生懸命取り組んでいるけれど、なかなか社員に興味を持ってもらえず、消耗されている方も多いのかもしれません。
女性活躍を含め、DE&I推進の活動では、担当レベルでもつながりを作ることがとても重要です。ぜひ社内外に仲間を見つけてください。変化はすぐに起こるものではありませんが、具体的にアイデアを生かしつつ、一歩ずつ進むことで確実に変わります。自分の行動が進化の一部になることを信じて、パートナーシップ・スピリットで、共に頑張りましょう。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。