現場での実践を見据えて考える「組織開発」
組織が自らビジネス課題を乗り越え、自ら変わることを支える「実践」とは
中京大学 国際学部 教授
永石 信さん
組織内に属する人たちの関係性を高め、組織パフォーマンスを最大限に発揮させる「組織開発」への注目が高まっています。コロナ禍を契機とした働き方の変化に対応し、多様性のある組織を作ることが求められる今だからこそ、組織開発に注力している企業も多いのではないでしょうか。一方で、「組織開発を本やセミナーで学んでみたが、今ひとつ理解できなかった」「どのように実践していけばいいのかわからない」といった声が多いのも事実です。組織開発を進める上ではどのような課題が想定されるのか。それを乗り越えるためには何が必要なのか。長年にわたり組織開発を研究し、コンサルタントとしても数多くの企業を支援する中京大学教授の永石信さんに、「現場での実践」にポイントを置いてお話をうかがいました。
- 永石 信さん
- 中京大学 国際学部 教授
個人事務所「オフィスぺんたろー」代表
(ながいし まこと)広告代理店勤務(営業、マーケティングコンサルタント)、インド留学(修士課程)、アメリカ留学(博士課程)などを経て、2005年に経営コンサルタントとして独立し、その後もコンサルタントとしての活動を北米・アジア地域を中心に継続中。2010年からは中京大学で教鞭を執り、組織開発、ビジネス戦略、リーダーシップ関連の科目を担当しグローバルな視点から実践的教育を行っている。経営学の世界最大学会Academy of Managementなどに発表した複数の新論文において、イノベーション志向型グローバルマネジメント実践の新モデルを継続的に発表している。個人事務所公式Youtube「ぺんたろーチャンネル」にて、自らの仕事キャリア・ゼミ教育・趣味のことなどを中心に情報発信を行っている。
組織開発とは「後から振り返って気づく」もの
永石先生が組織開発に出会った経緯をお聞かせください。
私はもともとアカデミックの世界を目指していたわけではありません。音楽が大好きだったことから、学生時代は音楽を中心としたイベントプロデューサーを目指していました。大学卒業後はその目標を実現するために中堅の広告代理店に入社し、退職するまでの期間に音楽プロデュースの仕事を担当することができました。一方、当時は組織のなかでいろいろと苦しい思いもして、組織で生きることの難しさを知りました。
その後はインドへの留学や、外務省での外交官としての仕事などを経て、南カリフォルニア大学大学院博士課程へ。ここで初めて“ODC”(Organization Development Change)という科目を知り、トーマス・カミングス(Thomas Cummings)さんという大御所の先生のもとで組織開発を学びました。
その教えは実に示唆に富むものでした。トーマスさんは組織開発の機能を「戦略的働きかけ」「人材マネジメントによる働きかけ」「技術・構造的働きかけ」「ヒューマンプロセスへの働きかけ」の四つに分類し、なかで最も組織開発らしい働きかけはヒューマンプロセスに対するものだと話していました。
しかし、短期成果至上主義のビジネス実務からキャリアをスタートさせた私にとって、当時、ヒューマンプロセスへの働きかけはビジネスに最も役立たないように感じられました。私はそれを率直にトーマスさんへ意見したのです。
するとトーマスさんから「あなたは今、まさにヒューマンプロセスへの働きかけを実践しているんですよ。相手が誰であろうと、チームのなかで自分の意見を正直に投げかけることで場のヒューマンプロセスに影響を与え、学びを深めようとしているというふうに私には見えています」という答えが返ってきました。そのとき私は、何かはぐらかされてしまったかのような、でも大切なことを投げかけられたかのような気持ちになり、その出来事がはっきりと心に刻まれてしまいました。
こうした学びを経て、組織開発への関心を少しずつ高めていった私は、その実践のための専門的トレーニングを積み重ねて、実践現場に出ていくこととなります。2017年からはアメリカにおける組織開発実践の第一人者であるボブ・マーシャク(Robert Marshak)さんにスーパーバイズしていただき、私のアメリカやヨーロッパ、アジアなど世界各地での組織開発実践について厳しく指導していただいています。
カウンセリングやコーチングと同じように、組織開発においてもスーパーバイザーの存在は非常に重要です。彼から継承した実践ノウハウと、自分独自の実務経験の中で積み重ねた知見を組み合わせながら、さまざまな企業や組織からオーダーをいただき、コンサルタントとして支援・伴走する日々を過ごしています。
組織開発が注目を集める一方で、「組織開発とは何なのか」が明確に言語化されていない現状もあるように感じます。永石先生はどのように定義していますか。
「見えないプロセスに光を当てて、人と組織の可能性を解き放つ活動」であると考えています。この認識は、人事の実務に携わる方々とも大きなずれはないと思います。
しかし、企業によっては組織開発を曖昧に捉えているケースが少なくありません。「いろいろな人がバズワード的に組織開発と言っているから、ベンチマークしてまずは取り組んでみよう」と考えている現場もあるのではないでしょうか。この状態では、企業はもちろん、私のような専門家も明確な方向性を持って関わることが難しくなります。
逆に、クライアント企業の課題がはっきりしていて、それを乗り越えるために組織として真剣に取り組んだときに、後から振り返って「あれは組織開発の取り組みだったね」と気づくことが正しいのかもしれないと考えています。すべての組織には、常にビジネス上の課題があります。組織開発とはそれを乗り越えるために必要なもの。ビジネスの課題を解決するには、戦略やマーケティング、組織風土などさまざまな問題に同時並行で取り組まなければなりません。なんとなく「組織開発だけ」を取り出して進められるものではない、と私は考えています。
外部の専門家として、トップに厳しく指摘することも
ビジネスの課題を解決するための組織開発として、実際に携わった事例をお聞かせください。
2018年から2019年の間に関わらせていただいた、あるプロジェクトについてご紹介します。
相談者は、カンパニー制を採る大企業の某カンパニー長(事業部長)に就任したばかりでした。彼のカンパニーは、前任の事業部長が強力なリーダーシップを発揮する中で、リーダーに異論を挟まず、リスクを取らない組織風土が長い期間続いていました。しかも事業部の直近の売上・利益はビジネスモデル転換の遅れもあって激減。1年後の時点で成果が出ていないと判断されれば、事業部は解体され、大量リストラが発生してしまうおそれもありました。組織風土改革とビジネスモデル転換を同時に進めて10ヵ月の間に何らかの成果を出す必要に迫られている、という課題と向き合わなければならない状況でした。
そのような状況の中で、私が契約した10ヵ月間という期間に、どのような形で「見えないプロセスに光を当てる」取り組みを進めるべきか、私自身、眠れないほど悩み続けました。
そして、私がこのときに光を当てるべきだと考えたのは事業部長ご本人の中のヒューマンプロセスでした。事業部長はカンパニーのトップであり、組織開発プロジェクトのオーナーでもある。彼自身の見えないプロセスに光を当て、人と組織の可能性を解き放つ必要があると考えたのです。そのためには、事業部長に対して強くアプローチする必要がありました。これは外部の専門家だからこそできることでもありました。
具体的には、どのようなアプローチを行ったのでしょうか。
その事業部では、業績を立て直しつつ組織風土を改善していくために、ボトムアップのアイデアを募る活動をしていました。日本国内外の事業部メンバー全員に公募という形で声をかけ、手を挙げた約20名を「リーダーシップチーム」と呼び、その方々に活動運営そのものと、カンパニー内での議論構築のデザインを任せたのです。私は、そのチームの応援団長となりました。
そのなかで議論し、承認されていった組織風土改革施策の中には、「バーチャルなグローバル雑談スペースの創設」や「お互いのキャリアヒストリーを社内専用アプリ(clubhouseのようなもの)を使って語り合うクラブ」など、コミュニケーションを活性化するためのゆるめの施策もありました。
私が光を当てたプロセスは、事業部長がこうした取り組みに対して「批判はするけれど、自分自身でリスクを取って行動しようとは思っていない」ように見えていた部分です。彼はリーダーシップチームとの対話セッションの最中に「こんな取り組みは遊びじゃないか。ガッカリした」という発言もしていました。
そこで私は、他のメンバーもいるなかで、事業部長に以下のような言葉を使って働きかけました。「このリーダーシップチームの方々は、このカンパニーをなんとかしたいという思いで、リスクを取って勇気ある行動している人たちで、私はそれを本当に素晴らしいと思っています。Aさん(事業部長)は、このプロジェクトの中で、どんなリスクを取った勇気ある行動を取っていますか?」と。
徐々に協力者を増やし、「組織開発的」な動きを加速させる
事業部トップに対して、社内からこうした指摘を行うのは非常に難しいことだと感じます。
そうですね。組織内では非常に難しいでしょう。私自身も、もし自分が組織内の正社員だったら、保身に走り同じようなことは絶対に言えないでしょう。このときは、トップである事業部長の覚悟が足りていないことが明白でした。だからこそ、外部の私は厳しく指摘しなければならなかったのです。
事業部長は「私は、行動する人たちを見守るという立場を、評論家のように他人事のようにコメントする仕事だと勘違いしていたかもしれない。自分自身もフィールドに出て行かなければならないことに気づいた」と真摯におっしゃっていました。
本当に組織が生き物のように自らうねって、変化していくために必要なのは、こうした瞬間なのだと考えています。
見えないプロセスに光を当てることは、厳しさを伴う言葉になる可能性があり、それによって組織が劇的に変わる一方で、所属するメンバーが反発したり、心が離れていってしまったりする可能性はないのでしょうか。
もちろん、最初からすべての関係者を味方に付けるのは難しいでしょう。変化は小さく始まります。それを見逃さずに、味方となるメンバーを少しずつ増やしていくことが重要です。
先ほどの事業部長への指摘の場面では、会話の内容を事業部の全メンバーが聞いていました。その直後に行われたアンケートで、メンバーの方々から寄せられた匿名コメントを読ませていただいたのですが、3分の1は「永石さんってやつは、どんな権限があってあんなことを言うことが許されるのか、理解できない」と不快感を示し、3分の1は「この場面にどんな意味があったのかわからない。このカオスは何だろう」と動揺し、残る3分の1は「今までこうした指摘をしてくれる人がいなかったから、このカンパニーが停滞していたのではないか。永石さんが、このプロジェクトの中で、一番リスクを取って行動している人だと思う」と評価してくれていました。
最後の3分の1は、組織開発の取り組みを応援してくれる可能性がある人たちです。こうした層を中心に盛り上がりを作り、そこから混乱している層や反発している層を徐々に巻き込んでいきました。
実際に先ほどの例で挙げた事業部では、私が関わらせていただいてから3年以上経過した今でも、変革が継続しています。「バーチャルなグローバル雑談スペースの創設」や「お互いのキャリアヒストリーを語り合うクラブ」も、それぞれ進化した形で事業部メンバーの間で定着しています。あまり協力的ではなかった人も巻き込み、多くの方々のキャリアヒストリーを掘り下げて共有しながら、事業部の強みと接続する試みが継続されています。
また、「成長機会提供のエバンジェリスト」と呼ばれる方々が聞き手となり、社内専用アプリを使って事業部長へのインタビューを定期的に発信し、トップの思いを全員へ共有するといった取り組みも生まれました。
こうした仕掛けをたくさん事業部内に張り巡らしていったことで、長く同事業部にいるメンバーからは「信じられないくらい事業部の風通しがよくなった」という声が上がっています。
人事は、専門部署設立も視野に入れた組織の見直しを
人事担当者の間で組織開発への関心が高まり、書籍で学んだりセミナーを受講したりする人が増えていますが、一方で「理解するのが難しい」との声もあります。永石先生が取り組んでいる事例をうかがっても、組織開発を実践していくのは容易ではないと感じました。実際に組織開発に取り組む際は、何から始めればよいのでしょうか。
まず大切なのは、自社や自部門の課題を明確化しておくことでしょう。その上で、働きかけるべきは戦略なのか、人材マネジメントなのか、技術・構造なのか、ヒューマンプロセスなのか、もちろんその全てなんでしょうが、その中の優先順位を見定める必要があります。
課題によっては、組織開発の優先順位が高くないケースもあるはずです。私はコンサルタントとして海外にも多くのクライアントを抱えていますが、北欧のベンチャーなどはオープンでイノベーティブな組織風土ができ上がっている企業が多いので、上がってくる成果をマーケットの中でマネタイズすることの支援に特化することができる案件もかなりあります。
組織を変革していく上では、これまでになく率直なコミュニケーションや、場合によっては強い言葉が飛び交うことも覚悟しておくべきですか。
はい。それは言い換えれば「心理的安全性が確保された組織風土を作っていく」ことでもあります。
心理的安全性が確保された組織風土を作っていくためには、現場を変えるだけではなくトップも巻き込んでいく必要があるでしょう。人事を中心にして努力を続けていても、トップが無造作に心理的安全性を壊してしまう可能性があるからです。
「トップにも同意してもらっているから大丈夫だろう」といった程度の巻き込み方では危険かもしれません。不安が残るなら、徹底的に巻き込んでおくべきです。実際に、組織開発を実践している企業では、マネジャーがメンバーをうまく巻き込めているのに、トップを巻き込むことに苦労しているケースをよく見かけます。直接トップに働きかけることが難しい場合は、より身近な「トップに影響力がある人」とつながるなどして、間接的でもいいので取り組みの意義を伝えていくべきです。
トップをうまく巻き込めない結果として、組織開発を推進するにあたり「投資対効果ばかり問われてしまう」といった悩みも聞きます。
これは難しい悩みですね。先ほどの事例は「やるしかない状況」でしたが、そうではないケースだと投資対効果が問われる状況はたしかにあります。
本質的には、組織開発を進める上では目の前の投資対効果を考えないことが重要だと理解してもらわなければなりません。しかし、真正面からそう伝えてもなかなか理解されないかもしれない。その場合は、どうすればリーズナブルに組織開発成果を評価できるかについてトップや上司と「一緒に」議論し、共に評価方法を開発していくことも私がよく採る選択肢の一つです。
組織開発的投資案件について、結果としてどれだけマネタイズできたかを見極めるのは難しいので、「従業員意識調査のスコア変動」「風土改革施策の提案がどれだけ増えたか」「風土改革活動の質的向上についての何らかの指標」などを含めた、4~5ぐらいの非財務的項目から構成される独自の「組織開発バランスト・スコアカードのような指標」を開発することも有効だと思います。
現場のリーダーが組織開発を実践していけるように、また組織開発を実践できる人材を育成していくために、人事担当者には何が求められるのでしょうか。
私は、組織開発の実践力や専門性を高めるためのトレーニングをこれまで以上に重視してほしいと考えています。
多くの企業では、財務やCSRなどの専門性を高めるトレーニングに力を入れている一方で、組織開発のトレーニングは後回しになってしまっている現状があると思います。なぜそうなってしまうのか。理由は「部署の有無」ではないでしょうか。
財務やCSRなどは専門部署があるため、人事側も研修を受ける本人も、トレーニング後のキャリアイメージを描きやすい。しかし「組織開発部」を専門部署として設けている企業は少なく、人事としては「部署がないのに組織開発の専門的なトレーニングを大々的に行っていくのは難しい」と感じるのが正直なところかもしれません。
そうした意味では、組織のあり方も含めて見直すべきだと思います。組織開発は企業の変革を進める上で重要な力となりますし、従事する人にとっては、社外に出ても役立つポータブル・スキルとなるはずです。経営企画や営業、財務、広報などさまざまな部門から人を出してもらい、組織開発のトレーニングを重点的に進めることができれば、大きな変化のきっかけをつかめるのではないでしょうか。
(取材:2022年5月9日)
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