マタハラを克服すれば企業は強くなれる
人事担当者が知るべき、本当のマタハラ対策とは(前編)
NPO法人 マタハラNet 代表理事
小酒部 さやかさん
根っこにあるのは二つの旧弊――性別役割分業と長時間労働
私たちマタハラNetでは、寄せられた数多くの被害相談の内容をもとに、マタハラを四つの類型にまとめました。マタハラはまず“加害者は誰か”によって、個人型と組織型に分かれます。個人型は、主に直属の上司や同僚によるマタハラのこと。旧法はこれに対応していませんでしたが、企業に防止策を義務付けた改正法では、上司や同僚の言動による嫌がらせも規制の対象に含まれます。一方、組織型とは、本来マタハラを防ぐはずの経営層や人事部が加害者となる、組織ぐるみのマタハラ。私の場合がそうでした。個人型は(1)「昭和の価値観押しつけ型」と(2)「いじめ型」、組織型は(3)「パワハラ型」と(4)「追い出し型」にそれぞれ分かれ、計四つのタイプに分類されます。
(1) 「昭和の価値観押しつけ型」は、「子供のことを第一に考えないとダメだろう」「君の体を心配して言っているんだ」「旦那さんの収入があるからいいじゃない」などの言葉の後に、「だから、辞めたら」と続くパターン。女性は妊娠・出産を機に家庭に入って、家庭を優先すべき、それが幸せの形だと思い込んでいることから起きてしまうマタハラです。要するに、「性別役割分業」の意識が染みついているわけですね。ここに、マタハラの根っこの一つが見てとれます。加害者の多くは、そうした古い価値観に凝り固まっているがゆえに企業改革の妨げになりがちな、40~50代のいわゆる“粘土層管理職”。彼らは“間違った配慮上司”とも言え、「妊娠した女性に精神的・肉体的に厳しい仕事をさせるのはかわいそうだ」「家庭を持つ女性が夜遅くまで残業するのは気の毒」などと勝手に気を回し、女性側の意思は無視して仕事からはずしたりしてしまうのです。
良かれと思ってやっているのでしょうか。
価値観が異なるだけで、悪意はありません。だからこそ、逆にやっかいな存在だともいえますね。(2)の「いじめ型」は、妊娠・出産で休んだ分の業務をカバーさせられる同僚の怒りの矛先が、会社ではなく、「迷惑」「自己中」「ずるい」などの言葉とともに、妊娠・育児中の女性に向かってしまうケースです。勝手に妊娠したのに、なぜフォローしなければいけないの!? と。その同僚たちの怒りや不公平感の裏にあるのは、「ただでさえ忙しいのに……」という思いでしょう。余裕がないから、気持ちもささくれてしまう。そう、「長時間労働」こそが、マタハラのもう一つの根っこなのです。日本には「長時間働けて一人前」という労働観がいまだにはびこっています。妊娠や育児でそれができない女性に対して、会社がそれでも長時間労働を強制するのが(3)の「パワハラ型」、職場から排除しようとするのが(4)の「追い出し型」です。
産休・育休中のフォローで、同僚に多大なしわよせが及ぶ問題については、「逆マタハラ」とまで言われます。
マタハラNetが最近行った企業の意識調査によると、約7割の企業で、産休・育休を取得する社員が出ると、その社員の業務は周囲の社員が負うことになる労働環境にあり、代替要員も入ってこない状況だと分かりました。これでは「逆マタハラだ!」との声が上がるのも無理はありません。とはいえ、入社1、2年目の若手が抜けるのであれば、代役は派遣社員や契約社員でも務まるでしょうが、勤続年数10年以上の中堅やベテラン社員が抜けたりすると、外から人員を補ってもフォローできないですよね。どうしても、まわりがフォローせざるを得ない状況になるんです。問題なのは、フォローする社員へのインセンティブをどうするかという視点が抜け落ちていること。そこがすごく大切だと、私は考えています。評価や報酬にきちんと反映されているかというと、ほとんどの企業が現状では何もしていない。長時間労働を是正するととともに、ここに目を向けない限り、マタハラも、逆マタハラもなくならないし、ケアハラへも連鎖するでしょう。誰かが休むたびに、職場が疲弊するという状況が続くわけですから
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。