マタハラを克服すれば企業は強くなれる
人事担当者が知るべき、本当のマタハラ対策とは(前編)
NPO法人 マタハラNet 代表理事
小酒部 さやかさん
マタハラはすべてのハラスメントの要素を含んでいる
自分のケースがマタハラに該当するのかどうか、被害を受けている本人にも、判断が難しいわけですね。そのマタハラの定義について、あらためて解説していただけますか。
マタハラとは、マタニティハラスメントの略で、働く女性が妊娠・出産・育児などをきっかけに職場で精神的・肉体的な嫌がらせを受けたり、妊娠・出産・育児などを理由とした解雇や雇い止め、自主退職の強要で不利益を被ったりするなどの不当な扱いを意味する言葉です。精神的・肉体的な嫌がらせ、いわゆるハラスメントの部分と、不法行為の部分がドッキングして、マタハラと呼ばれるようになりました。
それまでメディアでは「妊娠解雇」や「育休切り」という言葉がよく使われていて、それらは時期が異なることから別々の問題として扱われていたわけですが、新しくマタハラという表現でより大きくくくられたことによって、被害者のパイが一気に広がったんですね。その結果、被害者同士のつながりも生まれて、問題として大きく打ち出すことができました。言葉の威力という意味では、大きかったと思います。
マタニティハラスメントは造語で、いわゆる和製英語ですが、海外にも同様の表現はあるのでしょうか。
英語には、「妊娠差別」と訳される“Pregnancy discrimination”(プレグナンシー・ディスクリミネーション)という言葉がありますが、その正しい英語がなぜ日本で使われなかったかというと、“Pregnancy”は妊娠中のお腹の大きい状態や時期だけを指す表現だからです。日本のマタハラの場合は、妊娠中はもちろん、妊娠前から「子づくりはしているのか」などと嫌がらせ発言を受けたり、出産して産休・育休から復帰した後も減給されたり、降格させられたりする。子供が3歳になるまで認められる時短勤務が終わったとたんに、待ってましたとばかりに連日残業を求められ、こなせなければ排除されるというケースもありますからね。“Pregnancy”が意味する期間内にはとても収まりません。だから、マタニティハラスメントという新しい言葉が必要だったわけです。逆に言えば、そこまで長い期間にわたって女性が被害を受け続けること自体が異様であり、日本のマタハラ問題がいかに根深いかを物語っているのではないでしょうか。
マタハラNetのホームページやご著書で、「マタハラは職場で起こるハラスメントの全要素を含有している」と述べていらっしゃいますね。どういう意味でしょうか。
マタハラは、「セクハラ」「パワハラ」とともに、働く女性を悩ませる三大ハラスメントの一つとされています。また、男性が育児参加する権利を上司や同僚に侵害されることを指す「パタハラ」(パタニティハラスメント)や介護と仕事との両立を侵害される「ケアハラ」(ケアハラスメント)と併せて、「ファミリーハラスメント」と総称されます。マタハラは、三大ハラスメントとファミリーハラスメントの両方を含有する問題であり、マタハラをする人やマタハラがある職場は、オールハラスメントを起こす可能性が強いと考えられるのです。なぜなら、マタハラは単なるモラルだけの問題ではなく、より根の深い働き方の問題であり、働き方の違いに対するハラスメントだから。産休・育休で長い休みをとり、復帰後も時短勤務する女性は、いくらでも残業できる他の社員とは働き方が異なることになります。その違いを受け入れない風土があるから、経営者も上司も人事も、同じ育児経験のある女性同僚でさえも、そういう働き方しかできない人は排除しようとするわけです。そこが、まさにマタハラ問題の根深さ。多様な存在や多様な働き方を認めないという意味で、すべてのハラスメントの要素を含んでいると言えます。
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