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「フリーター」400万人の現在・過去・未来

エグゼクティブフリーター

道下 裕史さん

1980年代後半から、爆発的に増え続けている「フリーター」。内閣府の「国民生活白書」によると、その数は417万人に達していて、何と15~34歳の9人に1人がフリーターになっている計算です。彼らのことを「いい大人のくせして、気ままな暮らし方だ」「定職に就いて社会に貢献しろ!」などと、批判する声が少なくありません。でも一方では、コンビニ業界のようにフリーターなしでは成り立たない仕事も出てきました。今後、フリーターは日本の社会において、さらに存在感を増していくでしょう。企業は、そんなフリーターとどのような関係を築いていったらいいのか。フリーターの人材をマネジメントして成果につなげることはできないものか?18年前、「フリーター」という言葉を考案、名づけ親となった道下裕史さんにインタビューしました。

Profile

みちした・ひろし●岩手県生まれ。69年日本リクルートセンター(現リクルート)入社。求人広告営業、調査、広告・営業促進などを経て、82年にアルバイト情報誌『フロム・エー』を創刊、編集長に就任。87年には公開映画『フリーター』をプロデュース。その後『ガテン』『じゃマール』『あちゃら』などの創刊に携わり、2000年リクルートフロムエー取締役退任。組織にとらわれないフリーな立場で活動する意味を込めて「エグゼクティブフリーター」を自ら名乗る。おもな著書に『エグゼクティブフリーター』(ワニブックス)など。

18年で様変わりした「フリーター」の意味

1990年に約183万人だったフリーターは年を追うごとに増え、現在では約417万人に上っています。内閣府はフリーターの定義を「学生・主婦を除く15~34歳人口のうち、パート、アルバイト等、あるいは無業者で仕事を希望する者」としていますが、道下さんが初めてフリーターという言葉を考えたころは、どのような人たちをイメージしていたのですか。

私が「フリーター」という言葉を考えたのは、今から18年前です。当時、学校を卒業してすぐ会社に就職するのではなく、アルバイトをしながら、「作家になりたい」「映画監督やカメラマンを目指そう」などと夢に向かってがんばっている――そんな若者が「プータロー」と呼ばれていました。それではあんまりだと思って、私が編集長をしていた情報誌『フロム・エー』で、フリーランスで自由に動けるアルバイター=「フリーター」と彼らを名づけたんですね。

折しも、当時はちょうど飲食業のフランチャイズ化が始まった頃で、その労働力として企業は学生やパートをたくさん採用していました。で、どの企業も現場のリーダーとなるアルバイトを必要としていたんですね。そんなリーダーのバイトにも「フリーター」はぴったりだと。ともかく、前向きな応援メッセージを込めて「フリーター」という言葉を使い始めました。

すると、またちょうどタイミングよく映画会社から「最近の若者の生き方を映画化したい」という企画が私のところへ舞い込んだ(笑)。若い主人公がアルバイトをしながら夢を追い求める――というストーリーです。この映画のタイトルをどうするか? という話になり、使い始めたばかりの「フリーター」が、もうこれしかない!と、採用されました。そのおかげで、「フリーター」という言葉が大量にメディアへ流れて、短期間に定着していきましたね。映画は興行的に大失敗しましたけど(笑)。

しかし、道下さんが当初「フリーター」という言葉に込めた、「夢のために定職につかず、がんばっている人」といった意味が、いつの間にか変質してしまったように思います。今、フリーターと言えば、「会社に正社員として就職せず、派遣やアルバイトの働き方でのんびりしている人」というイメージです。

18年前も、「夢の実現のため定職につかないで、がんばっている」フリーターとは別に、モラトリアムというか、「とりあえずのんびりしたいから、アルバイトをする」という人も、ちらほらいました。やがて、そういう人たちも自ら「フリーターだ」と名乗り始めたんですね。それをとやかく言うつもりはありませんが、残念なのは、今ではそういう人がフリーターの主流派となり、夢を追求するためにアルバイトをしている、私が応援したいと思っていたフリーターが少なくなってしまった、ということです。

道下 裕史さん Photo

なぜそうなったのか。大きな理由の一つは、就職環境の悪化です。大学生の数が増えたのに比べ、民間企業の大卒求人件数は変わっていません。1987年が60万人、2004年では58万人と、バブル前と現在でほぼ同じなんです。大学卒の就職が厳しくなるのは当然で、フリーターにならざるを得ない人が増えていく。背景には構造的な問題が横たわっているわけです。

もう一つ、大きな理由は親の姿勢です。子供が「就職が厳しいから、アルバイトでいろいろ経験してみたいんだけど……」と相談すると、今の親は「そうねえ、自分で好きなことをやってみるのもいいかな」と、認めるケースが少なくありません。親にとっては子供の言い分を認めてあげたつもりでしょうが、それがきっかけとなって子供はただ何となくフリーターになり、執行猶予的な毎日を過ごしていく――そんな状況を生んでいます。今の親の世代は経済的に困窮している層が少ないので、大学を出た子供に脛をかじられてもそんなに痛くないのでしょう。フリーターの急増には、そうした背景もあるでしょうね。

フリーター人材を活用している外資系企業

18年前、フランチャイズ化の勃興期だった飲食業――たとえばコンビニはその後、どんどん増え、今やフリーターの労働力を抜きには語れない業種になっています。

それがフリーター急増の三つ目の大きな理由でしょう。求人の状況が変わり、今ではサービス業においてフリーターは大きな戦力となりつつあります。全体の構成で社員が1割、フリーター1~2割、残りは学生アルバイト――というのが、経営効率の観点からすると非常に好ましいそうです。そのサービス企業の顧客層がフリーターと同世代なら、彼らの感覚をオペレーションに生かすこともできるでしょう。フリーター歓迎の求人が増えている背景には、そうしたこともあると思いますね。

フリーターの人材をうまく活用して成果を出している、という企業はありますか。

フリーター人材のマネジメントは外資系企業がうまいと思いますね。

たとえば、スターバックスやギャップ・ジャパンは、フリーターの正社員への登用も積極的に考えています。スターバックスの場合、正社員になる入り口がフリーターからだったり、アルバイトだったりというケースがよくあるんです。

道下 裕史さん Photo

そもそも外資系企業には、日本企業が行うような「新卒の一括採用」という考え方自体があまりありません。大学を卒業後に会社へ就職し仕事を始めた――といった社員にしても、日本でいうところの「正社員採用」でないケースが少なくありません。3カ月、半年、1年……と働いていく間に、その人が会社に必要な人材なのか、また逆に、その会社はその人の本当にやりたい仕事を提供できるのか、お互いに見きわめを行うのです。いわばインターンシップのような期間が設けられていて、会社の立場からすると「フリーターの社員化」を考えるようなプロセスになっています。

スターバックスでは、綿密な接客のマニュアルを設けていません。その代わり、一人ひとりのフリーター店員が「パートナー」として認められていて、そのうえで顧客とどう対応するか、自分の人柄をどうわかってもらえるかというスキルを、ある程度自分自身の力で身につけなくてはならないシステムになっています。するとそこでフリーターは就業感が養成されるんですね。自分の仕事に対して、次第に意欲的になっていきます。そんなふうに段階を踏んで社員となっていくことができたら、会社に対する思い入れも出てくるわけです。

フリーターを「キャスト」と呼ぶ、東京ディズニーランド

スターバックスのようにフリーター人材のマネジメントを工夫している日本企業はありませんか。

ありますよ。たとえば、東京ディズニーランド(TDL)ではフリーターを「キャスト」と呼び、うまく活用して大成功していると言われています。

TDLはフリーターに対し「ここであなたは何を演じるべきなのか」ということを、1週間かけて徹底的に全体研修、現場研修をします。フリーターはディズニーランドという舞台で何かの役割を「演じる」――というのが、「キャスト」と呼ばれる所以ですね。来園者の前での行動や、態度、言葉……など、様々な教育を受ける。ただマニュアルを読むだけで「こんなときはこうする」などと頭で考えていては、自然に「演じる」ことなどできないでしょう。来園者が見ていないところでも「演じる」ことができるようになるまで教え込まれます。

TDLでもトイレの掃除の仕事がありますが、経験者A君はそれをするときも「演じていた」そうです。たとえば、便器に「ジョン」と名前をつけて。「ジョン、今きれいにしてあげるからね」と思いつつ掃除をします(笑)。何もそこまでしなくても、と思われるかもしれませんが、しかしそういう意識を持ってトイレ掃除をするのと、持たずにするのとでは、仕事への取り組みや意欲という点で大きな格差となって現れてくると言うのです。「ジョン!」と言いながら、トイレ掃除を「演じる」ほうが、いま自分のやっていることに意味合いがあるように思えてくるのでしょう。

TDLのアトラクションやパレードも楽しいですが、私は、そこにいる「キャスト」――フリーターたちの貢献も大きいと思います。彼らが自分の役割を演じ切り、それが心地よい雰囲気を醸し出している。だから、来園者は「また来たい」と思うのでしょう。今や、本家のアメリカのディズニーランドもTDLの人材教育を見習っているそうです。

道下 裕史さん Photo

イトーヨーカ堂も、アメリカのセブン-イレブンを子会社にするなど、素晴らしい展開をしています。詳しくはわかりませんが、おそらく元のアメリカのコンビニエンスストアとは一味違ったフリーターの人材教育がその背景にあるだろうと思うんです。コンビニはフリーターの活躍なしには成果が上がりませんからね。

企業にとって「フリーターをどう生かすか」ということは、彼らを「人材として見ることができるか」ということなのだと思います。「この人はフリーターだから、いずれ辞める。一定期間しか当社で働いてくれないんだ」と思っているだけなのか、それとも、「一定期間でもフリーターが持つ能力、才能を最大限発揮してもらおう」と教育のプログラムを用意しているか。両者の企業が手にする成果には、計り知れないほどの差が出てくるのではないでしょうか。

「フリーター」から「エグゼクティブフリーター」へ

道下さんは今、「エグゼクティブフリーター」と称していますが、これはどんな理由からでしょうか。

18年前、「フリーター」の言葉を考えたとき、正直これほど大きな社会問題になるとは予想していませんでした。フリーターに対する風当たりが強くなっている中で、その責任を感じているということもあります。

だから、自分もリクルートを辞めたらフリーターになろうと決めていました。年齢を重ねた私の世代にだってフリーターがいる、そう言いたかったんですね。でも、若い人と同じでは申し訳ない。で、「エグゼクティブフリーター」と。「エグゼクティブ」というのは、偉そうな役職を意味するのではありません。この言葉のもともとの意味――「実行力のある」「実践する」という意味を付け加えて、組織に所属せず、フリーな立場で、やりたいこと好きなことを仕事にするフリーターもいるんだと、改めてアピールしたかったんです。

道下 裕史さん Photo

実際、若い世代にも「エグゼクティブフリーター」を名乗っている人がいます。この間もテレビ局の制作の方が来て、「エグゼクティブフリーターについて番組をつくりたい」という相談を受けました。少しずつ、認知されつつあると思いますね。

20代のうちから自分の力を試してみたい、フリーでがんばってやりたい、という人たちも出てきています。18年前、そういう人たちを「フリーター」と呼んで応援していた、そのときの気持ちは今でも私にあるのです。

(取材・構成=天野隆介、写真=中岡秀人)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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