体験重視のサーベイ
~従業員エンゲージメントの向上と良い従業員体験の設計方法~
三菱UFJリサーチ&コンサルティング HR第1部 マネージャー 佐藤 文氏
従業員の満足度が企業業績に影響を与える指標と見なされており、企業や仕事へのエンゲージメント度合いを測定する従業員へのサーベイ(以下サーベイ)への関心が高まっています。しかし、導入・実施したものの、回答率が低い、従業員のエンゲージメント向上に対する具体的な施策への落とし込みができていないなど、運用面の課題を感じている企業も多いのではないでしょうか。そこで、サーベイの活用において重要な「従業員体験」と、「回答の体験設計」について、解説します。
従業員サーベイによるエンゲージメント低下リスク
これまで多くの企業では、競合他社よりも高い賃金水準の設定や、成果に応じた処遇など、さまざまな金銭的インセンティブ制度を設計・導入してきました。一方で、人材の定着や担当業務での成果、エンゲージメントなどに影響する要素においては「先週は毎日、楽しく仕事ができたか」「自分の強みを活かすチャンスに日々恵まれたか」「得意なことや好きなことをする機会を職場で与えられているか」といった、仕事や企業に対してポジティブに受け止めているかどうかの割合が大きく、金銭的インセンティブよりも重要である可能性があると言われています[ⅰ]。このような背景から、従業員が仕事や企業に魅力を感じられているかどうかを把握するために、サーベイを導入している企業が多くあります。
一方、「従業員満足度調査に関するリサーチ」[ⅱ]では、コロナ禍の影響でリモートワークが拡大する中、従業員の状況を把握するために頻繁に実施されるサーベイへの回答疲れも指摘されています(Boulder,2020)。また、従業員が質問内容を不快に感じる、「監視されている」と受け取られる可能性があるなど、マイナスの影響を及ぼすリスクもあります。さらに、その後のエンゲージメントを向上させるための具体的な施策展開という結果の活用が不十分となり、回答した従業員が不満や不信感を抱くことになれば、ひいては従業員のエンゲージメントの低下にもつながりかねません。
アンケートに回答する行為そのものも一つの「従業員体験」
まず改めて考えたいのは、サーベイについて従業員がどのように捉えているかです。「サーベイへの回答が何に使われているのか不明で納得していないが、義務なので仕方なく回答している」と、従業員からネガティブに捉えられてはいないでしょうか。従業員宛に届く回答依頼や回答するという業務に対して、一人ひとりがどう感じるか、経営・人事として従業員の満足度を高めるためどのような従業員体験にしたいかは、十分に議論されない場合が多いようです。
たとえば、エンゲージメントを高めるために「会社に大切にされている、支援してくれる存在である」と感じてほしい場合、その実感を促すための質問としては、「調子はどうか」「困っていることはないか」と尋ねるような内容となるでしょう。サーベイを通じて、会社にとって従業員は、いつでも交換可能な労働力ではなく一人の人間であること、また、困ったことがあればいつでも支援できることを伝えることが重要です。「不適切な行動の監視」や「社内で起きている問題の犯人捜し」と捉えられるような質問が含まれていると、「会社は従業員を大切にしている」というメッセージにはなりません。このような質問内容や文章表現、質問の頻度はもちろん、回答依頼のタイミングや回答しやすい入力画面など、質問の依頼から回答までの行動設計にも気を配ることが大切です。では、従業員のエンゲージメント向上をサポートするツールでもあるサーベイが、逆にエンゲージメントを低下させてしまうという本末転倒な状況にならないためにはどうしたらよいでしょうか。
サーベイ結果を戦略的にフィードバックする方法
従業員の満足度を測るサーベイ結果を、人事だけでなく従業員のマネジメントなど現場でも活用してもらうため、何らかの形で従業員へもフィードバックを行っているのではないでしょうか。
しかしながら、サーベイ結果の統計データを全社ポータルなどに掲載するだけでは十分とは言えません。目的に応じた方法や、フィードバックの体験設計が必要です。サーベイ結果のフィードバック設計に取りかかる前に、まず、フィードバックの対象となる従業員像(ペルソナ)を設定し、従業員像に近い方へのインタビューなどを通じて、行動や思考、感情を理解します。その上で、経営・人事と従業員の接点を洗い出し、フィードバックの目的に応じてより効果的に認知されるタイミングや方法を設定します。たとえば、目的を「マネジャーのコミュニケーション改善」に設定するとします。マネジャーへのフィードバック内容として、1on1開始時に、サーベイ結果から見たエンゲージメントの高い組織の上司・部下コミュニケーションの特徴を情報提供する、という方法が考えられます。その際、その情報が何を意味するのか、どう行動すべきかをわかりやすく伝える必要もあります。
回答から施策まで意味を持たせる「ストーリー」設計
日々生じる人材への課題に対して、経営・人事はさまざまな施策を講じています。しかしながら、経営・人事が機動的であるほど、施策の実行が重視され、施策の背景や狙い、従業員にとってのメリットが、十分に説明されていないケースがあります。サーベイで明らかになった課題に対して施策を打つのであれば、その背景となったサーベイの結果と関連付けて、管理職や特定の部署だけでなく回答している従業員に周知するとともに、その課題を経営・人事として重要視していることを示す必要があるでしょう。つまり、従業員の意見に基づいた対応をする、回答から施策までつながりを感じさせる「ストーリー」を持たせることによって、回答した従業員一人ひとりが、「自分の意見を経営・人事は真摯に受け止めている」「自身の回答が何らかの役に立っている」と感じてもらえる確度が高まるでしょう。
一連の取り組みでサーベイのエンゲージメント向上につなげる
さまざまなアンケートサービスの発展に伴い、気軽に実施できるようになった従業員サーベイですが、実施方法によってはエンゲージメントの向上・低下いずれにもつながる可能性があります。経営・人事が「聞きたいことを聞く」だけでなく、それが従業員にどのような受け止め方をされるのか、サーベイの目的にかなったフィードバックになっているのかなど、従業員にもたらされる良い従業員体験になっているかどうかが重要になります。また、サーベイの結果を踏まえた「ストーリー」とともに、組織のエンゲージメント向上など、課題に対する具体的な施策を講じることができれば、従業員がサーベイに参加する意義を感じることができるでしょう。サーベイ内容だけでなく、従業員体験も考慮することで、本来の目的である「エンゲージメント向上をサポートするサーベイ」となることが期待できます。
【参考文献】
[ⅰ] Marcus Buckingham(2022)「従業員が仕事に愛情を持てる職場をつくる」、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』、2022年8月号
[ⅱ ] 株式会社Boulder(2020)「従業員満足度調査に関するリサーチ」
Stephen Wendel(2020)『行動を変えるデザイン』、オライリージャパン
三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、三菱UFJフィナンシャル・グループのシンクタンク・コンサルティングファームです。HR領域では日系ファーム最大級の陣容を擁し、大企業から中堅中小企業まで幅広いお客さまの改革をご支援しています。調査研究・政策提言ではダイバーシティやWLB推進などの分野で豊富な研究実績を有しています。未来志向の発信を行い、企業・社会の持続的成長を牽引します。
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