【印鑑レス時代の必須知識】
電子文書の公的認証制度を整理する
電子署名、eシール、タイムスタンプの機能と役割、種類別の違い等
弁護士
宮内 宏(宮内・水町IT 法律事務所)
電子文書の公的認証制度と整備状況の概要
在宅勤務をはじめとするテレワークの利用の増加に伴って、紙文書から電子文書への動きが活発化しています。企業において電子文書を利用する際には、その電子文書の作成者や発行元、発行日時等を確認する必要があります。このような確認の基盤となるサービスはトラストサービスと呼ばれており、その法制度の整備が進められています。
EUでは、いわゆるeIDAS ※1 により、さまざまなトラストサービスの要件と法的効力が規定されています。我が国では、作成者を確認するための電子署名については、電子署名法 ※2 等の法律が定められていますが、発行元組織や発行日時に関しては、法制度の整備が進展している状況にあります。
以下では、作成者を証明する電子署名、発行元を証明するeシール、発行日時を証明するタイムスタンプについて、その機能、役割、法制度との関係等を説明します。
※1:正式名称:REGULATION (EU) No 910/2014 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 23 July 2014 on electronic identification and trust services for electronic transactions in the internal market and repealing Directive 1999/93/EC(eIDASはelectronic IDentification,Authentication and trust Servicesの略称)
※2:正式名称:電子署名及び認証業務に関する法律
書類の作成者の証明(電子署名)
1)電子署名と電子証明書
紙文書には作成者の特定のために手書き署名や押印を行います。これに相当する電子的な措置が電子署名です。紙文書への押印と電子文書への電子署名との対比を表1に示します。
印鑑 | 電子署名 | |
---|---|---|
本人の行為 | 押印 | 電子署名の生成 |
本人だけが持つもの | 本人の印章 | 本人の秘密鍵 |
正当性確認の情報 | 印鑑証明書記載の印影 | 電子証明書記載の公開鍵(本人の秘密鍵と一対一に対応) |
正当性確認の方法 | 書面上の印影と印鑑証明書記載の印影の照合 | 電子文書・電子署名・公開鍵の整合性の確認 |
電子署名は、公開鍵暗号の応用技術で、公開鍵と秘密鍵のペアを用います。電子署名の本人だけが持つ秘密鍵を用いて電子署名を生成し、公開鍵で電子署名の正当性を検証します。公開鍵は誰にでも提供することができ、これが知られても秘密鍵の安全性は損なわれません。電子署名の暗号的な仕組みにより、秘密鍵を持つ本人以外には作成できないこと(本人性)および電子署名生成後の電子文書の変更の有無(非改ざん性)の確認が保証されます。
秘密鍵は、ICカード等に格納して署名者本人が管理するのが本来の方法ですが、サーバーに預ける方法もあります。これについては後述します。
公開鍵は、電子証明書に記載して利用します。電子証明書は、いわば電子的な印鑑証明書のようなもので、本人の氏名等の情報と公開鍵が記載されます。電子文書に付された電子署名について、公開鍵は秘密鍵と一対一に対応しているため、これを用いた正当性検証が成功すれば、その電子署名は電子証明書記載の本人のものであることが確認できます。
2)電子署名の法的位置付け
電子署名は、民事訴訟における証拠性についての効力があります。
民事訴訟では書証が証拠としての効力を持つためには、「真正な成立」を証明する必要があります(民事訴訟法228条1項)。真正な成立とは、その文書の作成者とされる人(本人)が、本人の意思で作成したことをいいます。
紙の文書については、本人または代理人の署名または押印があれば、真正な成立が推定されます。電子文書については、本人による電子署名であって、秘密鍵等の適正な管理により電子署名の偽造を防止できる安全な方式のものが行われていれば、真正な成立が推定されます(電子署名法3条)。
このような効力を「推定効」といいます。推定効を得るためには、本人による電子署名であることの証明が必要です。このため、本人が関与して作成されたことを、電子証明書等を用いて証明する必要があります。
3)公的認証局と民間認証局
電子証明書の発行機関を認証局といいます。また、認証局の業務のことを認証業務といいます(電子署名法2条2項)。認証局には、公的機関によるものと民間機関によるものがあります。
①公的認証局
公的認証局が発行する電子証明書には、個人に対するものと、法人の代表者等に対するものがあります。
個人に対しては、マイナンバーカードに組み込まれた署名機能のための証明書を、地方公共団体情報システム機構が発行します(公的個人認証法 ※3 )。マイナンバーカードを用いた電子署名は、個人の実印に相当するものであり、実印並みの信頼性がありますが、用途が、公的機関への申請・届出と、総務大臣が認定した民間機関に対するものに限られます。
法人代表者については、法務局が、法人登記に基づいて電子証明書を発行します。これにより、例えば、株式会社であれば、代表取締役の登録印と同等の効力を持つ電子署名が可能となります。
②民間認証局
電子署名法には、技術的要件を満たした特定認証業務(同法2条3項)と、電子証明書発行手順や施設管理等の要件を満たすものとして国の認定を受けた認定認証業務(同法4条以下)が規定されています。
認定認証業務の電子証明書の発行を受けるためには、戸籍または住民票を提出したうえで、対面での写真付きの証明書(自動車運転免許書、パスポート等)の提示による確認などの手続きが必要です。
このように、証明書発行対象の確認を厳格に行うため、発行時の手間は大きいのですが、認定認証業務発行の電子証明書に基づく電子署名は、実印並みの信頼性を持ちます。
一方、特定認証業務においては、証明書発行時の本人確認手続等についての規定がないため、認証局ごとに方法を定めて公表しています。その内容により、認印相当の信頼性のものから銀行届出印レベルのものまでさまざまなレベルの証明書があります。場合によっては、実印レベルの電子証明書の発行も可能と思われます。
③電子証明書の選択
個人の印鑑に代わる電子署名のための電子証明書には、マイナンバーカード搭載のもの、認定認証業務によるもの、特定認証業務によるものがあります。実印並みの効力を要する場合には、マイナンバーカードか認定認証業務を選択すべきですが、前者は用途に制限があり、後者は発行の手続きが煩雑です。
実印並みの効力までは必要がない用途については、用途に合った信頼性を持つ特定認証業務を用いるのがよいでしょう。ここは、印鑑について、実印や認印を用途に合わせて使い分けているのと同様に考えればよいと思われます。
法人による契約等の取引については、個人のマイナンバーカードや認定認証業務の電子証明書を用いることもできますが、これはあまりお勧めできません。まず、個人の実印を法人の業務に用いることには抵抗があります。また、これらの電子証明書には、基本的に個人の情報だけが記載され、法人での所属や役職は書かれません ※4 。法人の事業としての取引にあたっては、所属や役職が書かれた電子証明書が望ましいといえます。
法人の代表者に対しては、法務局が電子証明書を発行しており、氏名、法人名および役職(代表取締役等)が記載されます。これに基づく電子署名は、代表者の登録印鑑による押印と同等の効力を持ちます。したがって、重要な契約等の電子署名にはこれを用いるのが最適です。
それ以外の役職者については公的な電子証明書を発行していませんので、法人が特定認証業務と契約を結んで、当該特定認証業務により所属・役職が記載された電子証明書を発行することが考えられます。(電子署名法上の認定を受けていない)特定認証業務であっても、第三者機関の監査 ※5 を受けているものを使えば、相当の信頼性があると考えられます。さらに高い信頼性が必要な場合には、次に記述する電子委任状が有効です。
※3:正式名称:電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律
※4:認定認証業務の電子証明書に所属・役職を記載することもできるが、これらの記載は認定の対象外となる(電子署名法施行規則6条8号)。
※5:例えばWebTrust(米国公認会計士協会とカナダ勅許会計士協力が開発した認証局監査プログラム)による監査を受けている特定認証業務が多く見られる。
4)電子委任状
電子委任状法 ※6 は、法人代表者から代理人(従業員等)への委任状の電子的な発行に関する法律です。国の認定を受けた認定電子委任状取扱事業者は、法人代表者からの申請に基づいて、電子委任状を発行します。こうした電子委任状であれば、その記載内容には法的裏付けがあります。
電子委任状の書式には、委任者記録ファイル方式、電子証明書方式および取扱事業者記録ファイル方式の3方式があります ※7 。このうち電子契約等に最も適しているのは、電子証明書方式です。これは、法人代表者が代理人に与える権限を電子証明書に記載するものですので、通常の電子署名に、法人における権限が付け加わったものと考えることができます。
権限としては、1回の代理行為だけでなく、「令和2年度の公共入札の権限」のように、一定期間にわたって何回でも行使できるものも記載できます。いわば、定期券のような委任状とすることが可能です。具体的な権限のほかに、役職名を記載することにより、その役職者が持つ権限を表すこともできます。例えば、「関西支社長」の肩書が書かれていれば、関西支社の行う取引についての権限を持つことになります。
電子署名法の認定認証業務は、戸籍および住民票上の個人であることを確認します。これに対して、電子委任状法の認定電子委任状取扱事業者は、法人との関係だけを確認することになりますので、戸籍や住民票は不要で、法人代表者による指示のみで発行できます。
法人の業務を行うにあたって役職者と戸籍の関係は不要な場合がほとんどですので、BtoBにおける電子署名については、認定電子委任状取扱事業者が発行する電子証明書によるのが好適です。
※6:正式名称:電子委任状の普及の促進に関する法律
※7:電子委任状の普及を促進するための基本的な指針(平成29年総務省・経済産業省告示第3号)
5)電子署名生成のバリエーション
以上述べてきた電子署名について、秘密鍵の管理や電子署名の生成に関して三つの方式が行われています。まず、これらを説明した後で各方式の比較を行います。
①ローカル署名
電子署名の本来の生成方法は、署名者本人が自ら秘密鍵を管理し、自らが管理するコンピューターで電子署名を生成するものです。このような方法は、後述するリモート署名と対比して、ローカル署名と呼ばれています。署名者の秘密鍵は、ICカードに格納しておくのが一般的です。セキュリティの観点からは、秘密鍵をICカードから取り出す機能は好ましくありませんので、多くの実装では、署名対象の電子文書の情報をICカードに投入し、ICカード内で電子署名を生成します。こうしたICカードは、秘密鍵を外から知ることができない安全なものとなっています。
ローカル署名は、本来の電子署名方法であり、安全性も高いのですが、ICカード等を本人が管理しなければならないことや、カードリーダー等のハードウェアも必要となるため、利便性のうえでは最善とはいえません。
②リモート署名
リモート署名は、利用者の秘密鍵をサーバーに預けておき、必要に応じてこれを用いて電子署名を生成するものです。サーバー側では、多くの利用者の秘密鍵を、HSM(Hardware Security Module)などの安全な方法で保管します。電子署名の生成もこの中で実施し、秘密鍵を外部に出さない仕組みになっています。
電子署名を行う際には、利用者は、サーバーにログインし、署名対象の電子文書をアップロードして、署名生成を指示します。ログイン時の認証は、IDとパスワードによるもの、ワンタイムパスワードを使うものなど、さまざまなセキュリティレベルのサービスがあります。署名生成にあたって、秘密鍵の利用のための暗証(PIN等。ログインのパスワードとは別)を要求するサービスが主流です。
リモート署名が本人による署名と認められるためには、サーバーの処理が適正である必要があります。このため、欧州では、eIDASに基づく基準が設定されており、認定も行われています。これに対して、我が国では、総務省などで検討が進められています ※8 。総務省では、民間での基準作り ※9 を踏まえて令和3年度中の運用開始を目指して検討を進めています。なお、後述の三省によるQ&Aによれば、リモート署名も本人による署名として認められることになると思われます。
※8:総務省プラットフォームサービスに関する研究会トラストサービス検討ワーキンググループ
※9:日本トラストテクノロジー協議会
③立会人電子署名方式
ローカル署名およびリモート署名は、いずれも、利用者本人の電子証明書に基づいて、利用者本人の電子署名が行われます。このような方式を総称して、当事者電子署名方式といいます。
これに対して、最近、利用が拡大している方式が、立会人電子署名方式です。立会人電子署名方式は、契約等の当事者の電子署名をする代わりに、当事者の意思をサーバーが確認して、その旨を記したうえでサーバーの電子署名を行うものです。いわば、立会人が当事者を確認して立会人の印鑑で押印するような方法です。
立会人電子署名方式では、利用者自身の電子証明書や秘密鍵は使用しません。利用者は、サーバーにログインして電子契約書等の締結の意思を示すか、相手方が登録した電子証明書に対して承諾の意思を示します。サーバーは、両者の意思の合致を確認したうえで、その旨を電子契約書等に記載し、電子署名を行います。
立会人電子署名方式の場合、契約当事者の電子署名はありませんので、電子署名法3条の推定効は得られないように見えます。しかし、サーバーの電子署名であっても、サーバー側の意思が介在しない場合には、当事者本人の電子署名だといえる場合があるとする見解が政府からQ&Aの形で公表されています ※10 。これは、立会人電子署名による推定効の可能性を示したものと考えられます。本稿執筆時には推定効の有無についての政府見解は出されていませんが、近々、電子署名法3条の適用についての見解が示される予定となっています。
※10:利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(https://www.meti.go.jp/covid-19/denshishomei_qa.html)のQ 2を参照
④本人確認レベルと利用開始の容易性のトレードオフ
民事訴訟で電子契約書等を証拠として提出する際には、契約の意思を示した者、すなわちシステム等の利用者と、訴訟の当事者との関係を示す必要があります。言い換えると、電子署名のある電子文書であっても、その電子署名を行った者が実世界の誰なのかを特定する必要があるのです。
例えば、電子証明書発行時に、発行申請者の身元を自動車運転免許証により対面で確認していれば、その申請者、つまり電子署名の本人を特定することは容易です。逆に、メールの到達確認程度の本人確認だけですと、メールアドレスの管理者と訴訟で問題になっている当事者が同一人物であることを容易には示せないケースがあり得ます。
本人確認のレベルは、例えば、以下のような段階があると思われます。
- レベル1:メール到達と同程度の本人性の確認
- レベル2:オンラインにおける証明書(運転免許証等)の提示による確認
- レベル3:対面における公的証明書の提示、認定認証業務、マイナンバーカードまたは商業登記の電子証明書に基づく電子署名、実印の押印と印鑑証明書による確認等
※宮地直人氏のブログ(https://www.langedge.jp/blog/index.php?itemid=735)を参考に著者が作成
レベル1のように本人確認のレベルが低いと、民事訴訟で当事者との関係を示すことが難しくなることがありますが、その反面、利用開始時の手続きは簡便で、すぐに使い始められるという長所があります。本人確認レベルが高い場合(レベル2、レベル3)にはこの反対で、訴訟での証明は容易になりますが、利用開始時に一定の手続きが必要になります。
このように、本人確認の確実性と利用開始の容易さはトレードオフの関係にあります。なお、電子契約を用いるためには契約の相手方との同意が必要ですが、利用開始の手間が大きいと相手方の同意がとりにくい傾向があります。
現在の運用では、ローカル署名やリモート署名で用いる電子証明書の発行においては、レベル2からレベル3の措置がとられているケースが多く、立会人電子署名方式における利用者の登録にあたっては、レベル1の確認にとどまっているケースが多数を占めています。
⑤方式の比較
以上で述べてきた三つの方式の比較を表2に示します。現在の運用の状況においては、利用開始時や、署名生成時の利便性は、立会人電子署名方式、リモート署名、ローカル署名の順になりますが、これとは逆に、民事訴訟での証明の容易さは、ローカル署名、リモート署名、立会人電子署名方式の順となります。
当事者電子署名方式 | 立会人電子署名方式 | ||
---|---|---|---|
ローカル署名 | リモート署名 | ||
電子証明書 | 当事者本人 | 当事者本人 | サーバー |
秘密鍵の保管 | 当事者本人が自分の秘密鍵を自分で保管 | サーバーが当事者の秘密鍵を預かる | サーバーがサーバーの鍵を保管(当事者の秘密鍵は存在しない) |
電子署名の生成 | 当事者本人が管理するマシンで当事者の電子署名を生成 | 当事者の指示に基づいて、サーバーが当事者の電子署名を生成 | 当事者の指示に基づいて、サーバーがサーバーの電子署名を生成 |
電子署名法3条の適用 | 真正な成立の推定が得られる | 真正な成立の推定が得られると思われる | 真正な成立の推定が得られる可能性がある |
公的制度の有無など | 公的認証局による電子証明書の発行、民間認証局の認定がある | 電子証明書については左記に同じ。リモート署名サーバーについてはEU には基準・制度がある。我が国は政府にて検討中 | 安全な立会人電子署名についての標準はない。当事者の電子署名として扱うことについては政府見解あり |
利用登録時の当事者の本人確認 | レベル2~レベル3が多い | レベル2~レベル3が多い | レベル1が多い |
利便性 | 利用開始時の手間が大きいものが多い | 利用開始時の手間が大きいものが多い | 簡単に利用を開始できるものが多い |
訴訟時の証明の難易度 | 本人の意思であることを容易に示せることが多い | 本人の意思の証明にはやや手間がかかる可能性がある | 本人の意思の証明が難しいケースがあり得る |
6)企業実務における電子署名の選択
企業実務においては、以上述べてきた3方式のどれを使えばよいかを考えなければなりません。
多くの企業では、印章管理規程等の内規で、印章の用途と管理方法(保管および利用の規定)を定めています。重要な契約書等には代表取締役の登録印で押印し、やや重要なものには担当取締役の印を用いるというような規定になっていることが多いようです。また、実際には、印章管理規程に記載されない印章(認印やシャチハタなど)が実務上は用いられているケースも多いでしょう。要するに、対象となる文書の重要性に応じて、印章を使い分けているのです。
電子署名を用いる際にも、こうした区分に従うことになります。具体的な選択は各企業に委ねられますが、例えば、代表取締役の登録印を押印していたものについては、法務局発行の電子証明書に基づく電子署名をローカル署名で行い、会社管理の役職印を用いていたものについては、第三者機関の監査を受けている特定認証業務が発行した電子証明書に基づく署名をローカル署名またはリモート署名で行うということが考えられます。役職印に代わるものとしては、電子委任状の利用も検討すべきです。また、このような用途について、立会人電子署名方式であって、本人確認レベルが高いものを用いることも考えられます。
一方、従来、認印などで行っていたもの(請求書や見積書については、こういうものも多いと思われる)や押印していないものについては、メールアドレスの到達確認だけで開始できる立会人電子署名方式を用いることが考えられます。
書類の発信元の証明(eシール)
1)eシールとは
電子署名は、(役職者を含む)個人に結び付けられたものです。これに対して、個人ではなく法人名義で行うものをeシールといいます。eシールには電子署名と同様の技術が使われています。
eシールは、電子文書の発信元を証明するために用いられます。EUのeIDASでは、適格eシール(認定を受けた電子証明書および生成装置によるeシール)であれば、発信元の正当性と、内容の非改ざん性(eシールを施した後の変更がないこと)を推定すると規定されています(eIDAS 35条2項)。
日本では、後述のインボイス制度に対応できるように令和3年度中の制度化が予定されており、これに向けて検討が進められています※11 。
※11:注8記載の報告書参照(プラットフォームサービスに関する研究会最終報告書の別紙として掲載)
2)電子署名との違い(企業実務での選択)
電子署名は個人と紐付くため、個人の意思表示(法律上の効果のある意思の表示)に用いることができます。契約の締結を法人そのものが行うことはできず、法人を代表または代理する個人により行われますので、代表者や代理人の電子署名が用いられます。この他にも、電子署名は、その電子文書の作成者を明示する必要がある場合に用いられます。
これに対して、法律的な意思の表明ではない、いわば事実の通知については、eシールが利用可能です。例えば、企業が通知、公表等を行う際にeシールを用いることができます。また、請求書等の発行は、それによって債権や債務が生じるものではありませんので、個人に結び付く必要はなく、eシールで行うことが可能です。
電子署名は個人に属するものですから、その秘密鍵も、個人の責任において管理する必要があります。これに対して、eシールの秘密鍵は組織として管理すればよいため、電子署名に比べて柔軟な運用が可能となります。
3)インボイス制度とeシール
令和5年10月に、消費税に関するインボイス制度が導入されます。これまでは、物品等の購入にあたって、売主が課税業者であっても免税業者であっても、買主は消費税を払っていました。しかし、インボイス制度導入後は、請求書または領収書に「適格請求書発行事業者」である旨が記載されない場合には消費税を払わないことになります(仮に払っても、払った分について消費税の控除が得られない)。
そこで、支払いにあたって、請求書等に適格請求書発行事業者登録番号が記載されていることを確認する必要が生じます。これを人手で行うのは手間が大きいため、請求書等の電子化が望まれています。
電子化された請求書を自動処理するにあたっては、発行元が正しいことの確認が必要ですが、そこにeシールの活用が期待されています。前述のように、eシールについては令和3年度中の制度化に向けて検討が進められていますので、この制度により認定された事業者が発行する電子証明書に基づくeシールが、インボイス制度開始前に利用できるものと見込まれています。
書類の作成時刻の証明(タイムスタンプ)
1)タイムスタンプと法制度の状況
タイムスタンプは、電子署名の応用技術で、電子文書の存在時刻と、その後の変更がないことを証明できるものです。具体的には、電子文書の情報をタイムスタンプ事業者のサーバーに送信し、サーバーは、ここに時刻情報を加えたうえでサーバーの電子署名を付けます。
これにより、サーバーが受け取った時刻が確認できるとともに、電子署名の機能により、タイムスタンプが付けられた後の改ざんの有無を確認することが可能です。つまり、タイムスタンプを付けることにより、ある時刻に当該電子文書が存在していたことを証明できるのです。
タイムスタンプについては、一般社団法人日本データ通信協会による認定制度があります ※12 。公的制度において、この認定を受けたタイムスタンプを使用するように指定されているものがある(例えば、電子帳簿保存法 ※13 施行規則3条5項2号ロ)など、高い信頼性を持っています。
しかし、海外との取引等において民間の認定制度では不足する面もあるため、総務省を中心として、令和2年度末までに法制度を確立する予定となっています ※14 。この制度においては、現在の認定制度を公認する形になると思われますので、一般社団法人日本データ通信協会が認定したタイムスタンプを法制度創設前から用いることが適切だと思われます。
※12:https://www.dekyo.or.jp/touroku/
※13:正式名称:電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律
※14:注11記載の報告書参照
2)企業実務における利用
タイムスタンプの利用分野は大きく二つあります。
一つは、知的財産分野です。特許法における先使用権(同法79条)を得るためには、他人の特許発明に関する実施またはその準備を行ったことを証明する必要があります。そのため、企画書等の文書の成立時期の証明が必要となるケースが多いのですが、ここにタイムスタンプの利用が有効です。
また、共同研究や共同開発にあたって、それらの活動の前から一定の技術を保有していたことを示す必要が生じることがあります。共同研究等の開始前のタイムスタンプの付いた技術文書等により、その技術が共同研究等の成果ではなく、自社がもともと持っていた技術だと示すことができます。
もう一つの分野は、税務等の行政関係です。税務に関していえば、取引書類等の国税関係書類は、一定の条件の下で電子文書での保管が可能です(電子帳簿保存法4条、10条)が、このときに、一部の文書には、タイムスタンプを付して保存することが求められています。この場合のタイムスタンプは、前述の通り、一般社団法人日本データ通信協会の認定を受けたものを用いることとされています。
3)電子署名との組合せによる利用(長期署名)
電子署名の正当性を検証するためには電子証明書を用います。この電子証明書には、1年~5年程度の有効期限があるうえに、本人の都合等により有効期限前であっても失効されることもあります。電子署名は有効な電子証明書に基づいて作られる必要がありますから、有効な期間における作成であったことを証明するために、署名時にタイムスタンプを付すことが行われます。
また、長期間にわたって電子署名の正当性の検証を可能にするため、電子署名を検証するための情報(電子証明書や、電子証明書の有効性を示す情報)をパッケージにして、ここにタイムスタンプを付ける長期署名という方法がとられています。長期署名のフォーマットは標準化されており ※15 、すでに、これをサポートするサービスが多数存在します。利用者はこのようなサービスを利用することにより、長期署名によるアーカイブが可能になります。
このように、企業における文書の電子化を支えるサービスが次々に構築されていますので、タイミング良く導入を進めていただきたいと思います。
※15:ISO 14533など
【執筆者略歴】
●宮内 宏(みやうち ひろし)
東京大学工学部電子工学科および同大学院修士課程を卒業後、NECにて情報セキュリティ等の研究に従事。その後、東京大学法科大学院を経て司法試験に合格。2008年に第二東京弁護士会に弁護士登録。電子文書や情報セキュリティに関して技術・法律の双方の知見を有しており、電子契約・電子取引等の分野で活動している。
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。