行橋労基署長事件(最高裁判決)が与える影響は?
宴会への参加は労働法上どう位置付けられているか
弁護士
渡邊 岳(安西法律事務所)
去る7月8日に、歓送迎会に参加していた労働者が帰社する過程で交通事故死したことは労災保険法上の業務災害に当たるとする最高裁判決(最高裁二小平28.7.8判決・最高裁HP掲載。以下、「本判決」という)が出されました。
この判決は、直接的には、残業を一旦中断して歓送迎会に参加した後、残業を再開するために会社に戻る途中での交通事故死を対象とするものですが、本件における歓送迎会への参加は労災保険法で問題とされる「業務遂行性」を満たすとの判断を含んでいます。これは、宴会への参加は、一般的には、業務遂行性を欠くとしてきた従来の扱いとは異なる判断であり、多くのマスコミ報道でも取り上げられ、法律家にとどまらず広く関心を集めています。
後に改めて述べますが、この点に関する本判決の判断は、いわゆる事例判決であり、一般的な判断基準を示したものではありませんので、類似の事例が起きた際には参考になるものの、残業→歓送迎会への参加→残業に戻る途中の事故、という本件と同種の事例に直面することはあまり想定できません。
そこで、本稿では、本判決の内容を紹介するとともに(後記1~3)、宴会への参加と業務(あるいは、労働時間)との関係につき、これまで実務上どう取り扱われてきたかを確認し、その扱いに対し、本判決がどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います(後記4)。
(この記事は、『ビジネスガイド 2016年11月号』に掲載されたものです。)
1. 本判決の紹介 ── 事案の概要
本件は、残業を一旦中断して会社の費用で開催された歓送迎会に参加し、その後その参加者をアパートまで送りつつ会社に戻って残業を再開するため車両を運転していた労働者が交通事故に遭遇して死亡したことから、その遺族である配偶者が、労働基準監督署長に対し、遺族補償および葬祭料の支給を請求したところ、同労基署長がそれらを支給しない旨の決定をしたために、その決定の取消しを求めた事案です。
一審(東京地裁平26.4.14判決・労経速2213号32頁) および二審( 東京高裁平26.9.10判決・判例集未搭載)とも当該遺族の請求を退けていたことから、最高裁に上告されていました。
2. 本判決の要旨
最高裁は、一・二審判決と異なり、遺族の請求を認容しました。
その理由の概要は、以下の通りです。
(1)事実関係
まず、最高裁が前提とする本件の事実関係の概略は、次のようなものです。
本件会社では、定期的に中国のグループ会社から中国人の研修生を受け入れていたところ、適宜会社の費用でそれら研修生の歓送迎会を開催していました。
平成22年12月7日にも、総勢5名の研修生らの歓送迎会が開催されることになりました。その音頭を取った生産部長は、本件被災労働者を含め従業員全員に声を掛け、本件被災労働者以外は皆参加する旨回答しましたが、本件被災労働者だけは、同月8日までに社長に提出すべき資料の作成をする必要があるとして、参加しない旨を回答しました。しかし、同生産部長は、「今日が最後だから、顔を出せるなら、出してくれないか」と述べ、また、上記資料が完成していなければ、本件歓送迎会終了後に自分も作成に加わるとして、参加を要請していました。
本件歓送迎会は、本件被災労働者の到着を待つことなく、午後6時半頃から飲食店で始まり、アルコールも含めて飲食しながら、歓談が続いている状況でした。
本件被災労働者は、社内(本件工場)に残って上記資料の作成を続けていましたが、一旦中断して会社の車両を運転して上記飲食店に向かい、午後8時頃到着し、本件歓送迎会に参加しました。
結局、この会は午後9時頃終了し、本件被災労働者は、酩酊した研修生らをそのアパートに送ったうえで本件工場に戻って上記資料の作成を続けるべく、前記会社車両に研修生らを同乗させ、当該自動車を運転中、対向車と衝突する交通事故に遭遇し、同日午後9時50分頃死亡しました。
なお、本件被災労働者は、上記歓送迎会ではアルコールを口にしていませんでした。
(2)最高裁の判断とその理由
この事実関係を前提として、前述の通り、最高裁は、一・二審とは異なり、遺族である配偶者の請求を認容したのですが、その判断の理由の骨子は次のようなものです。
ア. 労働者の負傷、疾病、障害または死亡(以下、「災害」という)が労働者災害補償保険法に基づく業務災害に関する保険給付の対象となるには、それが業務上の事由によるものであることを要するところ、そのための要件の一つとして、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要であると解するのが相当である。
イ. 前記事実関係等によれば、本件については、次の各点を指摘することができる。
(a)本件被災労働者は、上記生産部長の上記意向等により本件歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれていたのであって、その結果、本件歓送迎会の終了後に当該業務を再開するために会社に戻ることを余儀なくされたものというべきである。
(b)そして、本件歓送迎会は、研修の目的を達成するために本件会社において企画された行事の一環であると評価することができ、中国人研修生と従業員との親睦を図ることにより、本件会社と上記子会社との関係の強化等に寄与するものであり、本件会社の事業活動に密接に関連して行われたものというべきである。
(c)また、もともと本件研修生らを本件アパートまで送ることは、本件歓送迎会の開催に当たり、上記生産部長により行われることが予定されていたものであり、本件工場と本件アパートの位置関係に照らし、本件飲食店から本件工場へ戻る経路から大きく逸脱するものではないことにも鑑みれば、本件被災労働者が同部長に代わってこれを行ったことは、本件会社から要請されていた一連の行動の範囲内のものであったということができる。
ウ. 以上の諸事情を総合すれば、本件被災労働者は、本件会社により、その事業活動に密接に関連するものである本件歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれ、本件工場における自己の業務を一時中断してこれに途中参加することになり、本件歓送迎会の終了後に当該業務を再開するため本件車両を運転して本件工場に戻るに当たり、併せて生産部長に代わり本件研修生らを本件アパートまで送っていた際に本件事故に遭ったものということができるから、本件歓送迎会が事業場外で開催され、アルコール飲料も供されたものであり、本件研修生らを本件アパートまで送ることが生産部長らの明示的な指示を受けてされたものとはうかがわれないこと等を考慮しても、本件被災労働者は、本件事故の際、なお本件会社の支配下にあったというべきである。また、本件事故による本件被災労働者の死亡と上記の運転行為との間に相当因果関係の存在を肯定することができることも明らかである。
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