マニュアル的な対応は要注意!
裁判例にみる“組織を乱す社員”への対応実務
弁護士
増田 陳彦(ひかり協同法律事務所)
6. 解雇理由証明書の準備の重要性
やむなく問題社員を解雇した場合、労働者は解雇理由証明書を交付するよう使用者に請求することができ、請求があった場合、使用者は、遅滞なく交付しなければなりません(労働基準法22条)。この解雇理由証明書は、労働者が、解雇の効力を訴訟で争うか否かの重要な判断材料の機能があると言えます。この「遅滞なく」については、「可及的速やかに」の意と解すべきとされています(厚生労働省労働基準局編「平成22年度 労働基準法 上」(労務行政)331頁)。
実務的には事前に準備できていることが望ましいですが、証明書の体裁で準備できていないこともあります。筆者の実務感覚では、問題事象が多数ある複雑なケースでは交付までに2週間程度を要することもあり、ある程度時間を要する場合には、労働者側にもその理由を説明しておくことが適切な対応です。
実務的には、解雇という雇用解消にまで至る問題社員については、訴訟等の紛争となる可能性が高いという想定のもとに対応することとなります。そして、懲戒解雇の場合には、懲戒事由の追加は原則できませんが(山口観光事件・最一小判平8.9.26労判708号31頁)、普通解雇では事由を追加し得るとしても(見解は分かれます)、解雇理由証明書に記載していない事象を、訴訟において追加して主張した場合、仮にそれが事実であったとしても、労働者側からは、後付けの理由であると主張されますし、裁判所からも事実であるなら証明書に記載しているはずとの疑念を持たれてしまいます。したがって、些細な周辺事情は別としても、重要な事象については、必ず解雇理由証明書に記載しておくべきです。
そして、解雇を実施する段階では、あらかじめ解雇理由証明書を整理したうえで、それが裁判所の判断の傾向を踏まえて十分な理由と言えそうかどうか、という検証をしてみることが有用でしょう。
解雇理由証明書が充実していれば、労働者側から相談を受けた弁護士等もその事案の見通しはどうか、ということを検討し、紛争化することは得策ではないと考えて、争いが生じないこともあります。
なお、請求があったにもかかわらず、解雇理由証明書を交付しなかった場合には、罰則の適用(労働基準法120条)がありますが、そのことから直ちに解雇権行使自体が濫用と評価され解雇無効となるわけではないと解されます(荒木尚志「労働法 第2版」(有斐閣)282頁)。もっとも、解雇理由証明書を交付しないということは、解雇理由が乏しいとみられる可能性があるため、実務的には、求められた場合には、解雇理由証明書は交付するべきです。
解雇理由証明書のサンプルは図表6の通りです。定まった様式はありませんので、各会社によって適宜の様式で準備すればよいですが、できるだけ具体的なほうがよいでしょう
図表6. 解雇理由証明書の例
平成28年5月31日
○○○○ 殿
株式会社 ●●●●
代表取締役 ■■■■
記
第1 解雇理由
※5W1Hで具体的事象を記載してください。
-
上司の指揮命令・改善要請に度々従わず、また業務上必要な報告をしなかったこと。
- 平成27年10月●日、上司の・・・・・指示を無視した。
- 平成27年11月●日、月次の○○の報告をしなかった。
- 業務遂行上、適切な営業活動を行わず、取引先から度々クレームを発生させるなどし、取引先との関係を著しく損なったこと。
- 平成27年9月●日、・・・・・クレームが寄せられた
- 平成27年12月●日、・・・・深刻なクレームが出された。
- 事前報告なくして会議に遅刻し、事後報告も怠ったこと。
- 平成27年6月●日、・・・経営会議に遅刻した。
- 平成28年1月●日、取引先の●●会議に遅刻し、そのことを事後報告せず、顧客からの連絡で判明した。
- 同僚に対して暴言を吐くなど協調性がないこと。
- 平成27年9月●日、△△社員に対し、・・・・との暴言を述べた。
第2 就業規則関係上記第1記載の貴殿の行為は、社員就業規則第●条●号、●号に該当します。
上記第1記載の貴殿の行為は、社員就業規則第●条●号、●号に該当します。
7. 問題社員に関する近時の裁判例
(省略)
8. 事前検討と準備の重要性
以上の裁判例を踏まえると、問題事象は様々ですが、単発的な問題言動ではなく、ある程度の期間にわたって繰り返されている問題言動を客観的合理的理由として認定しています。
そして、社会的相当性に関し、改善の機会としては、懲戒処分を行っているものもありますが、必ずしも懲戒処分ではなく、口頭による注意指導で足りているものもあります。また、労働者と使用者の信頼関係について触れられているものもありますし、労働契約関係の維持を強いることの相当性に触れるものもあります。
いずれの裁判例でも、個別事象の積み重ねと改善の機会の付与等による総合判断で解雇の有効性が判断されていますが、労働契約法16条の解雇権濫用法理の下であっても、裁判所は、改善の見込みがないような問題言動や、信頼関係が破壊されているようなケースでは、さすがに解雇の有効性を認めています。そうであるとはいえ、我が国においては、解雇は容易に認められるものではありません。解雇が有効とされている上記裁判例では、企業の現場において周囲が相当な我慢を強いられていることがうかがえ、解雇に至る過程において、その大変さが裁判所にも伝わったものと思われますが、そのような心証形成に至るための会社側の主張立証には大変な手間がかかります。
企業が問題社員と正面から向き合って改善の機会を付与し、それでも改善しない場合には、他の真面目に働いている社員を守り、企業を守るためにも、解雇することはやむを得ないと考えますが、やむを得ず解雇するとしても、可能な限り紛争化させないために事前検討をし、また仮に紛争化しても会社の対応が正当であることを主張立証できるための準備をすることを心がけていただきたいと思います。
最後になりますが、問題社員に対して、どの程度改善の期間を考慮すべきなのか、ということは、実務上非常に悩ましいところです。企業によっては、直ちに雇用関係を解消したいという強い思いを持たれていることがありますが、拙速に進めることは慎むべきであり、ある程度の期間(ケースバイケースですが、筆者の感覚では少なくとも半年程度)がかかることはやむを得ないものとして、現場の管理者とも調整を図るべきでしょう。
【執筆者略歴】 増田 陳彦(ますだ のぶひこ)●ひかり協同法律事務所パートナー。1999年中央大学法学部法律学科卒業、2002年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。主として企業人事労務を扱う。各種訴訟・労働組合対応はもちろん、紛争予防を重視している。M&Aにおける人事労務デューデリジェンス等にも対応。主な著書に「人事労務相談に必要な民法の基礎知識」(労働調査会)、「女性雇用実務の手引」(共著・新日本法規)、「Q&A解雇・退職トラブル対応の実務と書式」(共著・新日本法規)、「フロー&チェック 労務コンプライアンスの手引」(共著・新日本法規)、「ストレスチェック制度の実務対応Q&A」(日本法令)、「産業医と弁護士が解決する 社員のメンタルヘルス問題」(共著・中央経済社)などがある。
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