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マニュアル的な対応は要注意!
裁判例にみる“組織を乱す社員”への対応実務

弁護士

増田 陳彦(ひかり協同法律事務所)

(5)退職勧奨

口頭や書面による注意改善指導の次段階としての懲戒処分による改善の機会の付与にもかかわらず、同様の問題言動が繰り返される場合、会社としては、それ以上の雇用関係の維持が困難になってくることがあります。そのような場合には、やむを得ず、雇用関係を解消する方向で検討せざるを得ません。

その場合、ケースによっては、解雇に移行することもありますが、当該社員が自ら退職する選択肢を提供することも合理的な対応と言えます。要するに、退職勧奨を行うということですが、退職勧奨については、それが違法とらないように留意する必要があります。いわゆる退職勧奨とその限界の問題です。

photo

退職勧奨とは、辞職を勧める使用者の行為、あるいは、使用者による合意解約の申込みに対する承諾を勧める行為であり、退職勧奨自体は事実行為と解されています(荒木尚志「労働法 第2版」(有斐閣)297頁)。そして、退職勧奨は、それを行うこと自体は基本的に自由ですが、社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為は不法行為を構成し、当該労働者に対する損害賠償責任を生ぜしめうると解されています(下関商業高校事件・最一小判昭55.7.10労判345号20頁参照)。

この点、退職勧奨については、近時の裁判例である日本アイ・ビー・エム事件(東京地判平23.12.28労経速2133号3頁)が参考となります。同事件では、退職勧奨の手段・方法が、労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる限度を超えて、不当な心理的圧力を加えたり、名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによって、その自由な退職意思の形成を妨げるに足りる不当な行為ないし言動をすることは許されず、不法行為を構成するとの一般論を述べつつ、労働者が退職勧奨のための面談に応じられないことをはっきりと明確に表明し、かつ、使用者に対して、その旨を確実に認識させた段階で、それ以降の退職勧奨が違法となり得るとの考えが示されました。

労働者側からは退職勧奨=違法というような反発があることもありますが、以上の通り退職勧奨は、原則的に違法性のあるものではなく、度を超えたものが違法になるという性質のものです。なお、退職勧奨にあたっては、退職勧奨に応じる場合の条件を設定し、任意の退職について労働者に検討の機会を与えることもあります。例えば、退職加算金として給料の何カ月分相当を支給するとか、ケースによっては転職支援会社による転職サポートサービスを退職条件として付加提示することもあります。どこまでの条件を設定するかは、問題言動の程度、企業規模等にもよりますが、早期解決のために、ある程度の付加条件は検討してもよいかと思います。

退職に伴って加算金等の条件も含めて退職合意をする場合には、条件が記載された退職合意書を作成することになりますが、そのような条件もなく、単純に退職勧奨に応じて、退職願が提出される場合には、会社からは図表3のような退職の受理承認書を交付して、退職の合意を確認することが適切な対応です。

図表3. 退職の受理承認書の例

平成○年○月○日

●●●● 殿

株式会社 ○○○○
人事部長 ■■■■

懲戒処分通知書

貴殿より平成○年○月○日付けで退職願が提出されましたので、会社は本日(または「同年○月○日」)これを受理し、承認いたしました。
したがいまして、貴殿は平成○年○月○日をもって会社を退職となりますので、本書をもって通知いたします。
なお、退職に伴う手続きについては、追ってご連絡いたします。

(6)解雇

注意改善指導や懲戒処分を行ったにもかかわらず改まらない、また、退職勧奨により自ら退職する選択肢を与えたものの、これに応じてくれない場合に、会社として、職場秩序、周囲の社員への影響を考慮して、もはや雇用関係を維持することに限界が来ることがあります。そのような場合には、雇用関係を解消すべく、やむなく解雇せざるを得ないこととなります。

解雇には、普通解雇と懲戒処分としての解雇がありますが、問題社員の行動は、それ自体が単独で会社に大きな損害を与えるとか、犯罪性を帯びるような性質のものでないことが通常であり、従来からの問題言動の延長線上の繰り返し行為であることが多いことからして、一般的には、普通解雇を実施することが多いでしょう(ケースによっては、懲戒解雇や諭旨解雇ということもあります)。

解雇条項の事由としては、次のような事由が該当します。

第●条(解 雇)

  1. 職務遂行に必要な能力が著しく劣り、または業務に必要な適格性を欠き、改善の見込みがないとき
  2. 第●条の懲戒解雇事由に該当するとき
  3. その他前各号に準ずる事由がある場合

普通解雇については、解雇権濫用法理(労働契約法16条)が適用されるため、客観的合理的理由の存在と、社会的相当性が求められます。

客観的合理的理由とは、解雇事由該当行為が存在することを意味し、問題社員の行動が解雇事由に該当する必要があります。社会的相当性は、合理的な解雇理由が備わっているとしても、当該解雇事由に対して、解雇をもって臨むことが社会的に相当か、過酷に過ぎないか、という観点で検証されます。

訴訟になった場合には、会社としては、この解雇の有効要件を主張立証する必要がありますので、当該社員の言動が、この要件を充足するものかどうか、その証拠がどの程度あるのかを事前に検討したうえで、解雇を実施することが適切です。

解雇通知は、口頭でも構わないのですが、実務的には、解雇通知書により実施することが適切です。図表4、5がそのサンプルです(即日解雇と予告解雇の2パターン)。

図表4. 解雇通知書の例(即日解雇の場合)

平成28年5月31日

○○○○ 殿

株式会社 ●●●●
代表取締役 ■■■■

解雇通知書

貴殿はこれまでに業務上の指示命令違反を繰り返し、再三の指示や改善指導注意にもかかわらず、業務指示に従わず、問題行動を繰り返し、職場の秩序を乱し、業務に著しい支障が生じています。これら貴殿の言動は、会社就業規則第○○条○項○号、○号に該当するため、会社は、遺憾ながら貴殿を本日付をもって解雇します。
予告手当は、貴殿の給与口座に送金いたします。なお、解雇に伴う手続きについては別途ご連絡いたします。

※ 通知書に解雇理由として具体的事象を記載することもあります。

図表5. 解雇通知書の例(予告解雇の場合)

平成28年5月31日

○○○○ 殿

株式会社 ●●●●
代表取締役 ■■■■

解雇通知書

貴殿はこれまでに業務上の指示命令違反を繰り返し、再三の指示や改善指導注意にもかかわらず、業務指示に従わず、問題行動を繰り返し、職場の秩序を乱し、業務に著しい支障が生じています。これら貴殿の言動は、会社就業規則第○○条○項○号、○号に該当するため、会社は、遺憾ながら貴殿を平成28年6月30日付をもって解雇します。
なお、解雇に伴う手続きについては別途ご連絡いたします。

※ もし出勤不要とする場合は、「今後の出勤は要しません。」等の一文を入れてください。ただし、この場合も賃金は支払う必要があります。また、通知書に解雇理由として具体的事象を記載することもあります。

(7)配転について

以上の流れの中には、配転を含めていませんが、改善の機会の付与の一方法として、新たな職場において改善の機会を付与すべく、配転を実施することが有用なこともあります。配転命令権については、就業規則の根拠条文として通常は「業務の都合により、配置転換、転勤を命じることがある」というような配転条項が置かれていることが多く、通常は肯定されます。もっとも、配転命令権の存在が肯定される場合であっても、その行使が権利濫用と評価される場合、配転命令は無効となります。権利濫用の枠組みを実務上確立したのは、東亜ペイント事件最高裁判決(最二小判昭61.7.14労働判例477号6頁)であり、この最高裁判決により配転命令の権利濫用の有無は、(1)業務上の必要性の有無、(2)不当な動機・目的の有無、(3)通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無、の観点で判断されます。問題社員について、現状の職場におくことで支障が生ずる場合には、注意改善指導や懲戒処分とともに、配転を実施して、新たな職場で改善を試みるということも選択肢としてあり得ます。

もっとも、近時、「追い出し部屋」なるものや、配置された部署では転職先を探すことが仕事、というようなことがマスコミで取り上げられ批判されていますが、ここでいう配転は、そのようなものとは違い、あくまで本人の適性も踏まえた改善の機会の付与としての配転を意味します。もっとも、残念ながら、社内の他部署において適切な配置先がない場合も多く、配転に至らないこともあります。

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この記事ジャンル 懲戒

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