マニュアル的な対応は要注意!
裁判例にみる“組織を乱す社員”への対応実務
弁護士
増田 陳彦(ひかり協同法律事務所)
5. 問題社員対応の実務的な流れと留意点
問題社員に対して、マニュアル的な対応は適切でないと思いますが、一例を示すとすれば、実務的には、次のような段階的な流れによって対応をすることがあります。
(1)問題言動の発生と記録
(2)口頭注意
(3)書面による注意改善指導
(4)懲戒処分
(5)退職勧奨
(6)解雇
これらのプロセスは、対象社員に改善してもらうことが目的ですので、実際に改善が見られれば、最終的に(5)や(6)に至る必要はありません(ケースによって(2)(3)(4)も流動的となります)。以下で各対応について、留意点を述べます。
(1)問題言動の発生と記録
問題社員について、適切に対応するためには、具体的に、いつ、どこで、どのような問題言動があったのかを、会社として把握できなければなりません。
相談をいただく中には、問題社員だという会社の認識は聞けても、いざ具体的に、いつ、どんなことがあったのかを確認してみると、具体的な説明ができず、資料もないケースがあります。問題社員に対して、適切に注意指導を行っていくには、いつ、どこで、どういう言動があったのかを、実際に問題が生じている職場の上司が適切に記録しておく必要があります。記録の方法としては、メモ書きでもいいですが、整理してデータ化し、関係資料も集めておくことが適切です。
(2)口頭注意
問題社員に注意指導をするにあたっては、いきなり文書で行うのではなく、まずは本人とコミュニケーションをとりながら、口頭注意で行うのが適切であると思います。口頭注意を経ずに、いきなり書面での注意指導ということでは、会社の対応として、やや行き過ぎとなる可能性もありますし、何よりまずは現場におけるコミュニケーションによる改善努力が図られるべきだと思います。
この口頭注意の際に留意すべき事項としては、注意指導の言動がパワハラにならないようにするということです。
厚生労働省が平成24年1月に公表した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」では、パワハラの定義は「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」とされています。
この定義からしても、「業務の適正な範囲」内における注意指導は当然許容されているということが言えます。口頭での注意指導に際しては、決して感情的にならず、適切な言葉で行う必要があります。
そして、口頭注意は、改善の機会を付与するためのものですので、単に注意をするということではなく、その目的は、改善を促すためのものであるということを意識しましょう。また、注意指導を行ったということについて、時間・場所、同席者、注意指導内容と対象者の反応などの面談の具体的状況は記録に残しておくことが適切です。もし、口頭注意に対して対象社員が面談中に感情的になる場合には、これをなだめて、それでもおさまらない場合には、打ち切らざるを得ないこともあります。
口頭注意を何回程度行うのかはケースバイケースとなりますが、正式な改善を求めるという意味での口頭注意は数回は行っても良いと思います。
(3)書面による注意改善指導
数回の口頭による注意指導にもかかわらず、改善されない場合には、やはり、書面による注意指導を行わざるを得なくなります。口頭であっても、当然正式な注意指導となりますが、書面による注意指導は、正式な注意指導書面ということで、会社の毅然とした姿勢を明確にできる手段となり、また、記録(証拠)にもなります。
図表1. 注意改善指導書の例
平成28年3月31日
○○部門 第2営業部
□□□□ 殿
●●●●株式会社 人事部長 △△△△
注意改善指導書
貴殿については、これまでにも勤務上の問題があったため、所属長から口頭による注意指導を重ねてきましたが、未だ下記の問題事象が発生しており、改善が見られないため、今般、本書をもって厳重に注意するとともに、改善を求めます。
今後改善が認められないときは、就業規則に従った懲戒処分を実施せざるを得ませんので、真摯に受け止めて改善に取り組んでください。
記
1. 問題事象
(1)平成28年2月3日 貴殿は、顧客の個人情報が記載された書類を机上に放置したままであったため上司が注意したところ、貴殿は、そんなことは他の社員もしていることであり、注意されるようなことではないとして聞き入れなかった。
(2)平成28年3月1日 貴殿は、2月末日までに行うべき●●に関する報告をしていなかったため、報告を指示したところ、そんなことは自分の仕事ではない、必要ない、と述べて上司の指示に従わなかった。
(3)平成28年3月15日 貴殿は、社内規定に反して、取引先に手土産を持参して営業活動をしたため、上司が注意したところ、昔は普通に行われていたとして、聞き入れなかった。
2. 注意改善事項
(1)上司の注意指導を真摯に受け止めて、上記と同様の問題を起こさないでください。
(2)上司が設定した報告事項と期限を遵守してください。
(3)その他、当社の就業規則を遵守し、上司から指示された事項について、誠実に履行してください。
その際の文書表題としては、「注意書」「厳重注意書」「注意改善指導書」「改善指導書」などが考えられます。
また、文書の作成名義を誰にするか、ということも問題となりますが、段階的に文書注意を行うとすれば、まずは、現場の所属長名義で行い、それでも改善されない場合には、人事部長や人事担当役員(企業規模によっては代表者)の名義で発行するという手順をとることもあります。
注意改善指導書のサンプルは図表1の通りです。
(4)懲戒処分
上記2で述べた通り、会社の指示命令に従うことは、服務の基本ということになりますし、口頭注意、書面による改善指導にもかかわらず、再び問題言動があった場合には、問題言動の内容にもよりますが、懲戒処分の該当条項が存在することを前提として、懲戒処分を行うこととなります。
該当条項例は次の通りです。
第●条(懲戒事由)
- 会社の業務上の指示、命令に対して再三の注意にもかかわらず従わなかったとき
- 第●条に定める服務規律に違反した場合
- 会社または役員、従業員の名誉・信用を毀損したとき
では、懲戒処分を実施するとした場合に、どの程度の懲戒処分とすべきでしょうか。この点、懲戒処分については、労働契約法15条により、客観的合理的理由(つまり懲戒事由該当行為)が存在し、かつ、社会通念に照らして相当であること(つまり処分が重すぎないこと)が求められます。
問題言動の内容・程度にもよりますが、問題言動(懲戒事由に該当する言動)があり、客観的合理的理由があるとしても、当初から厳しい処分を課すことは、重すぎて相当性を欠くということになります。
そこで、当初の懲戒処分は、譴責や減給処分程度を基本とし、それ以前の注意指導状況と問題言動の程度を踏まえて、やや重めにするとしても、従来の問題言動の延長線上であれば、出勤停止数日程度が妥当ではないかと考えます。
そして、懲戒処分の実施の後に、再び同様の行為が繰り返された場合には、再び懲戒処分を実施して、改善の機会を与えるか、程度によっては、次の段階に進むこととなります。
参考までに懲戒処分の通知書例を示しておきます(図表2)。
図表2. 懲戒処分通知書の例
平成28年4月20日
○○○○ 殿
株式会社 ○○○○
人事部長 ■■■■
懲戒処分通知書
貴殿に対しては、これまでに口頭および書面での注意指導を重ねてきましたが、今般、下記の従来と同様の行為が繰り返されました。
貴殿の行為は、就業規則第○条○号の懲戒事由に該当するため、減給(半日分)処分とします。また、本通知を受領後速やかに始末書を提出してください。
記
貴殿は、平成28年4月5日、社内規定(営業ガイドライン)に違反して、●●株式会社に手土産(5、000円相当)を持参して手渡して、契約を勧誘した。
この懲戒処分通知書例では、減給処分としていますが、当初の処分が減給とすると、さらに問題行動が繰り返された場合には、出勤停止などのさらに重い懲戒処分とする段階的な処分となることが多いです。
ここで、実務上悩ましい問題として、懲戒処分をどの程度(回数と重さ)まで行うべきか、ということがあります。
まず、回数なのですが、問題言動の程度にもよりますが、2回程度の懲戒処分による改善の機会は与えてもよいのではないかと思いますが、事案によっては1回ということもあります。また、後述する裁判例では、懲戒処分を経ていないケースもありますので、改善の機会の付与として懲戒処分の実施自体が必須というわけではありません。ただ、明確な改善の機会の付与ということで懲戒処分を行う意義は十分にあると考えます。
次に、懲戒処分の重さとして、例えば、降格処分を行うべきか、ということが実務上問題となることがあります。降格処分は、諭旨解雇や懲戒解雇に次ぐ重い処分となりますが、降格処分は、降格後にも労働契約関係を維持継続することを前提とした処分でもあります。したがって、解雇という選択肢にまで至らず、雇用関係を維持できる程度の問題社員であればあり得る選択肢と言えます。もっとも、降格処分は、月例賃金のみならず、生涯賃金にも影響する重い処分となり、それ自体で紛争となる可能性がある処分ですので、慎重な検討が必要です。
懲戒処分とは少し離れますが、問題社員に対しては、人事権行使による降格も、就業規則に根拠条文がある場合には実施可能ですが、その場合も同様に、降格それ自体で紛争になるリスクがあります。また、会社の人事評価制度によっては、評価が低い場合には降格となるルールとなっている場合があり、その場合には人事評価の正当性が問題となってきます。
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