社員同士がSNS形式でアドバイスし合い、社内大学で教育し合う仕組みを構築。人の関わりが孤独感を消し去り、成長を促す
三和建設株式会社 代表取締役社長
森本尚孝さん
三和建設は2017年3月に、建設業界で初めて「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の審査員会特別賞を受賞しました。同社では社員の誰もが書き込んで意見交換ができるSNS形式の日報を導入し、社員が講師を務める社内大学「SANWAアカデミー」を開設。「つくるひとをつくる」を経営理念として、社員を第一に考え、大切にする仕組みを考えた功績が認められたのです。同社ではどのようにしてこれらの仕組みを生み出し、社内に根付かせていったのでしょうか。代表取締役社長の森本尚孝さんにお話をうかがいました。
(聞き手:株式会社natural rights代表取締役 小酒部さやか)
- 森本尚孝さん
- 三和建設株式会社 代表取締役社長
1971年京都生まれ。大阪大学工学部建築工学科卒業、同大学院修了。大手ゼネコン勤務を経て2001年、「サントリー山崎蒸溜所」をはじめ大手企業の建物・工場などを60年以上にわたり建設してきた三和建設株式会社に入社。2008年、4代目社長に就任。
社員が講師になることで、日々のOJTでの学びが検証される
貴社は第7回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞で審査員会特別賞を受賞されています。社員との情報共有や人材育成が認められ、建設業で初の受賞ということですが、その柱となっている経営理念について教えてください。
企業では通常、売り上げを上げることを第一に考えますが、私は社員たちの活躍や幸せを経営の軸にしたいと考えてきました。「つくるひとをつくる」を経営理念にしたのは2013年です。私たちは事業を通じて、建物、お客さま、仲間、技術、信頼、会社、価値、社会、歴史といったものを提供しますが、これらはすべて、ひとがつくるもの。だからこそ、私たちは「ひと本位主義」であり、社員とその家族を何よりも大事にしたいと考えています。理念に沿って、現在も採用や育成、福利厚生などの見直しを加速させています。現在の従業員数は、正社員、契約社員、派遣社員を合わせて123名。うち女性は2割で、全員が総合職です。社員全員に少しずつ成長を求めながら、そこに若い世代も加えて社内を活性化し、活力を生み続ける組織にしたいと考えています。
人材教育では、社員自らが講師となる社内大学「SANWAアカデミー」を立ち上げられました。どのような背景から生まれたのでしょうか。
私たちのような業態では、人材教育をOJTに依存しています。実際にやってみて失敗して、先輩の背中を見て学ぶ。しかし時代背景を考えると、これだけではスピードが足りません。そこで最初に教えられることをすべて教えることで、スタート時のレベルを上げようと考えました。今もOJTが教育の軸であることに変わりはありませんが、そこに体系的なOFF-JTを加えるために新設したのが社内大学「SANWAアカデミー」です。
自前の教育を中心にした理由は、その効果の高さです。建設業界では業界としての一般的な知識やスキルに加えて、企業それぞれのオリジナルな工法や仕事の進め方を身につける必要があります。そこに配慮した教育でなければ、現場では活用できません。それなら自前で行うほうが効果的ではないか、と考えたのです。
教育は形から入ったほうが効果も大きいこともあるので、「大学」と銘打ち、ロゴやシラバスを作って準備万端で広報しました。研修が思い付きで終わることのないように、社員全員が本気で関わることを伝えてスタートしました。
自前の教育は手間暇もかかると思いますが、どのように実施されているのでしょうか。
第3土曜日を丸一日、アカデミーの時間にあてています。加えて隔週水曜日の夕方に2時間を設定し、年間で100時間ほどの講座を開いています。社員はそこから必要なものを受講するのですが、新入社員は受けるコマ数が多く、ベテランになるほど限定的になります。
年間のスケジュールや講義内容、講師、受講対象者を決める作業は実に大変です。外部講師にも依頼しますが、講師の多くは社員です。資料をつくって話す内容を考えるのは講師自身ですが、その内容を確認するため、一度、担当役員がレビューを行います。運営も社員が担当し、講義場所の確保、拠点をテレビ会議でつなぐためのセッティング、資料の配布、出欠確認などを行います。
講義の内容は、個別の専門スキルを高めるものと、理念や共有すべき方針など、組織の中での人間力を高めるものとに明確に分けています。比率は専門スキルが7割、人間力や仕事人としてのスキルを学ぶものが3割。この業界では、30歳前後までに十分な専門知識を付けておかないと、総合的な力が身につきません。そのため、最初は地に足のついた知識を蓄えながら次第に応用力をつける、という成長曲線が描けるように設計しています。
参加された社員からはどのような声が聞かれますか。
若手にもベテランにも、現場に則した内容が大変好評です。また、講師を担当することで、講師自身も大いに勉強になっています。我々の業界は経験で学ぶことが多いのですが、普段先輩が後輩に教えていることは本当に正しいのか、その内容を振り返る機会はほとんどありません。しかし、講師として話す場合、これまで自分が知っていることが本当に正しいのかどうかを、確かめなければいけません。そのことが知識の棚卸しや再確認のための機会になっています。また、すべての講師が上の立場から教えるのではなく、内容によっては設計の後輩が現場監督の先輩に講義を行うなど、斜め上や横への教えも生まれています。
アカデミーは良いコミュニケーションの場になっているようですね。
はい。さらに付け加えると、アカデミーは社員の孤独感の解消にも一役買っています。この業界では現場に入ると、社員が一人か二人しかいません。現場で何か困ったときに、質問する人がいないこともある。特に若手は、それが理由で退職してしまうこともあります。そのため、社員の孤独感をいかに解消するかが課題となっていました。社員がアカデミーで月に数回集まるようになったことで、一体感が生まれ、仲間づくりの効果も得られています。
困ったことを書くと社内から自然にアドバイスが集まる「日報制度」
個々が日報に仕事の状況を書き込み、それを全社員に公開されているとお聞きしました。
一般に日報は下から上に報告するためのものです。すると意識しなくても、ある種のフィルターがかかった内容になりがちです。しかし、当社の日報は自由度のあるテキストベースであり、SNSのような掲示板式で社員誰もが自由に書き込み、読むことができます。社員は担当する工事の案件名を入れ、今日行ったこと、起こった問題、思ったことなどを書いていきます。そこには誰でもコメントができ、「いいね」も押せる。もちろん、全員の日報を見ることは強制していませんが、グループリーダーにはメンバー分の日報を見ることを義務付けています。
どうしてこのような日報の仕組みをつくろうと思われたのですか。
もともとは営業プロセスを追うために、自前でオーダーしてつくったシステムでした。書き込みを社内の文化にしたかったので、自前にこだわったのです。工事内容も見られるように利用範囲を広げ、全員の活躍に役立つものにしたいと考えていくうちに、今のような使い方になりました。
日報を導入してどんな効果がありましたか。
社内の風通しが大変よくなったように感じます。特に若手社員は、書くことで上に自分の声を届けていることを実感でき、いつかはよくなるという希望が持てます。いつも見てもらっているという安心感は、社員の定着にも効果的だと感じています。
加えて、仕事内容をテキスト化して共有することは、属人化されていた暗黙知を組織の形式知へと変える、というメリットにもつながっています。誰かが今抱えている問題について書き込むと、チーム外からでも経験者がアドバイスをくれることがあります。このようにして、100人以上も仲間がいる感覚になれるのです。これは同業の大手でも感じられない安心感ではないでしょうか。
また、日報に業務内容を書き込むとキーワードで検索できるので、業務履歴のデータベースになる効果もあります。営業時点の履歴からも検索できますから、ときには「以前のことをよく覚えていましたね」と先方から感心されるケースもあります。
ほかにも、教育やコミュニケーションなどで行っていることはありますか。
新卒採用の面接では、一種の就活塾のようなことを行っています。面接というよりも研修のスタンスで、弊社に入社しなくても人材育成で役に立ちたいと考えて行っています。選考は2ヵ月間で5次までありますが、ここで行っているのは個人やグループでのワークです。テーマを与え、考えてもらう。例えば、設計図を見せて内容について考察してもらったり、これからどんな人生を歩みたいかを考えてもらったり。プレゼンテーションは技量を見るのではなく、考え方の一貫性を見ています。人の話をよく聞いているか、深く考えているかを確認するのは「できるだけ仕事について深く考えてから、入社してほしい」と考えているからです。
他社に比べると学生との接触時間は長いと思いますし、多くの社員と話をしてもらうようにしています。会話の中では、正直に自社の悪い面も伝えて判断してもらっています。そのため、内定までに当社から去る人もいますが、残ってくれる人もいる。その成果なのか定着率もよく、最近3年間で入社した新入社員24名のうち、退職したのはまだ一人だけです。
最後に人事の皆さんにアドバイスがあれば、お聞かせください。
いろいろな施策を行っていますが、その意義づけは、極端に言えば後出しであることも多いんです。思いついた施策をまず始めてみて、社員へ説明しながら取り組みの意味を整理し、多少盛りぎみで熱く語っていく。私も日報を書いていますが、自分の考えを日々語っていると、皆がついてきてくれるようになります。このような一貫した行動ができているのは「つくるひとをつくる」という経営理念があるからです。とにかく私は、「会社の主役は社員」いう原理原則で動いています。人を異動させるときも本人に意向を聞き、嫌ならその理由を詳しく聞いています。個々の考えを施策にいかに反映させていくのかが、これからは重要ではないでしょうか。
お話をうかがって、社員一人ひとりの声を尊重し、その声を効果的に活かすことの大切さを感じました。本日は大変参考になるお話をありがとうございました。
取材:小酒部さやか(株式会社natural rights 代表取締役)
2014年7月自身の経験からマタハラ問題に取り組むためNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞し、ミシェル・オバマ大統領夫人と対談。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より『マタハラ問題』、11月花伝社より『ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~』を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rights(自然な権利)となるよう講演・企業研修などの活動を行っており、Yahooニュースにも情報を配信している。