日本の人事部「HRアワード2024」受賞者インタビュー
産休・育休取得者1,750人の
円滑な復職をサポートしたい
大切にしたのは「悩み」に応え、「つなぐ」スタンス
産休、育休からの復職が当たり前になる一方、社会の変化のスピードは激しくなり、休職期間中に会社も世の中も大きく変わる時代になりました。復職者本人にとっては休職前と復職後でさまざまなギャップがあり、周囲は復職者に対してどう接するべきかが悩みの種になりがちです。三菱UFJ銀行ではこうした課題に対応しようと、社内独自の復職サポートプログラム「パレット」を企画し、2023年10月から導入。休職期間中に会社の変化を学べる「復職プリペアコンテンツ」や、復職時に上司とワークショップなどに参加する「復職セレモニー」など12の施策からなる一体的な取り組みで、「HRアワード2024」企業人事部門 優秀賞を受賞しました。成功のカギとなったのは、プログラムが「やらなければならないこと」ではなく、自らの不安に寄り添ってくれる「お助けアイテム」だと捉えてもらえるような制度設計と運用でした。
「HRアワード」の詳細はこちら
- 上場 庸江さん
- 株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 部長 兼 ダイバーシティ推進室長
- 昇高 慶さん
- 株式会社 三菱UFJ銀行 人事部 企画グループ 次長
- 八重尾 えみさん
- 株式会社 三菱UFJ銀行 人事部ダイバーシティ推進室 人事部 採用・キャリアグループ 調査役
- 田中 珠美さん
- 株式会社 三菱UFJ銀行 人事部ダイバーシティ推進室 人事部企画グループ 調査役
- 浅井 涼さん
- 株式会社 三菱UFJ銀行 法人・ウェルスマネジメント企画部 法人・リテールアカデミー 企画グループ 調査役
これまでの両立支援を土台に、加速する社会の変化に向き合うことで、踏み込んだ施策が生まれた
「HRアワード」企業人事部門優秀賞の受賞、おめでとうございます。受賞のご感想をあらためてお聞かせください。
上場:全国の企業人事の取り組みを網羅的に扱っている『日本の人事部』の応募企業群の中から選ばれたことを大変うれしく思います。
私たちはパーパスとして「世界が進むチカラになる。」を掲げ、「すべてのステークホルダーの力になる」ための取り組みを行っています。その中で、おそらく日本で最も産育休者や復職者の多い企業として、ワークとライフの揺らぎがあるトランジションの時期、誰もが葛藤を抱えて不安になる時期のサポートをどうするかというテーマには以前から取り組んできました。
さらに昨今は事業環境の変化が速く、従業員から休職期間中のキャッチアップに係る情報提供や、スキルアップやキャリア形成支援の機会に対するニーズなどさまざまな声が挙がっていました。そのような声もベースに、従来の支援を越え、真の活躍に向けて包括的なサポートプログラムに刷新したことを評価していただけたのだと思っています。
貴社はもともとダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)に力を入れていますが、その理由や考え方についてお聞かせください。
上場:受賞したのは銀行単体ですが、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)全体として14万人の従業員がいて、そのうち6割が海外雇用です。すでに多様性に富んでいて、それが強みの一つと考えています。いろいろな価値観を持つ社員一人ひとりがフルに力を発揮できる環境をつくること、多様性の発揮から付加価値をつけていく創出力を高めることがDEI推進の目的であり、引いてはエンゲージメントや業績の向上につながり、強い会社をつくっていくと考えています。
また、この目的を社員に浸透させることも大切であり、4月には「DEIステートメント」を制定しました。「互いの持ち味を認め合いながら新しい価値を創造し、新たなステージに進む力になるべくDEIに取り組む」と掲げています。
今回受賞されたプログラムはすべて自社でつくられたのでしょうか。
上場:「コンサルタントが入っているんですか」とよく聞かれるのですが、企画設計、コンテンツづくりはすべて自社で行いました。各部門と人事が一緒になって制作しています。各部門の人材育成担当と連携し、直近1年間程度の事業部門の変化を部門ごとにまとめてもらい、人事はそれを休職者へつなげる橋渡しをしました。
一人ひとり違うニーズに応える。当事者の声を聞きながら、制度づくりや運用に参加してもらうことで、「私たちの制度」にする
復職サポートの取り組みを行っている企業は他にもありますが、ここまで充実したコンテンツや施策を用意している企業はなかなかありません。あらためて「復職サポートプログラム」の取り組みを開始した経緯と、力を入れてきた理由をお聞かせください。
浅井:2019年から、男女ともに仕事と育児を両立できる環境の整備を進めてきましたが、産休・育休取得者は、この企画を始めた当初、年間約850人、2023年度末時点で約1750人で、人数が多かったことがまずは理由の一つです。育児中の社員(小学校3年生以下の子を養育する男性行員と女性行員)は全体の3割。一方で、世の中やビジネスの変化のスピードが加速し、復職前とのギャップが今後ますます激しくなっていくことが想定されました。これまでよりギアを一段上げることで、当社が進む力になると考え、取り組みを始めました。
八重尾:これまでも研修や制度はありましたが、当事者と周囲の声に一歩踏み込んで耳を傾けたとき、本人と周りを接続し直すこと、「つなぐ」ことが必要だとわかってきました。本人に意欲があっても、育休中にまとまった時間を取ることは難しい。これまでも情報を提供するコンテンツはありましたが、「情報がたくさんあることで、どれを見たらいいかわからない」という声があったので、絞ることもありました。
当社では、異動が定期的にあるので、休職したときと復職したときで上司が代わっていることもあります。上司側が「寄り添いたい」と思っていても、「初対面でどうして良いかわからない」という課題もありました。
「パレット」には、復職者本人と、職場や情報だけでなく、仲間や上司、さらにパートナーとを「つなぐ」取り組みが含まれています。
昇高:「つなぐ」は中期経営計画のテーマの一つでもあります。そうした大きな枠組みの中で、この施策はまさに職場と家庭、ワークとライフを「つなぐ」ための大きなプロジェクトであると言えます。
復職サポートの仕組みをつくるうえで工夫した点についてお聞かせください。
八重尾:自分の所属する部門だけでなく、全社の部門の変化を示し、会社の変化が「面」でわかるように工夫しました。また、パートナー参加型の研修では、講師をご夫婦の方にお願いするという新たな試みを行いました。パパとママ双方からの話が、多様なニーズに応えることにつながったのだと思います。
浅井:企画をすべて私たちが行うのではなく、全国さまざまな職場から参加してもらうことも工夫した点です。立案時には産休・育休の経験者はもちろん、復職者を部下に持つ上司約1000人に意見やニーズを聞きながら施策を組み立てました。社員にプログラムの開始を告知する際も、産休・育休からの復職に対するサポートに先進的に取り組んできたマネジメント4人からサポートコメントをもらいながら発信しました。
また、「復職プリペア研修」では各部門の人材育成担当者に登壇してもらったり、「復職者コミュニティ」では我々施策担当者ではなく、コミュニティメンバーや社内副業のメンバー(普段は顧客に対する営業店に在籍、週に1度活動を共にする)から発信してもらったりするような仕組みづくりをしました。「パレット」という名前も私たちだけでなく、従業員からアイデアを募集して決めました。
田中:プログラムに参加するのは多くが女性ですが、復職した女性がスムーズに職場に復帰し、活躍するには、本人だけが工夫して頑張るのではなく、男性の育児参画や上司の理解が重要です。上司や周囲の人間が一緒に取り組むことが大事というメッセージを強く発信したのも工夫した点ですね。
どのような点に難しさがあり、それをどのように乗り越えられたのでしょうか。
八重尾:一番難しかったのは、本人と人事以外の仲間が一緒に仕組みや環境をつくっていくという点です。ただ、これまで、階層別の管理職向け研修でも、「復職者の力になりたい。でもどうすれば良いかわからない」という声はあったので、それを踏まえて「こういう悩みに対してはこういうコンテンツがあります」と具体的に示しました。そうすることで上司も「では、取り入れてみようかな」と思ってくれたのではないでしょうか。そのかいもあってか、復職者研修に参加した人の中には、「人事からの案内ではなく、上司からの案内をきっかけに参加しました」という人もいました。
上司にとっても本人にとっても、義務感ではなく、悩みを解決できるから参加する制度
忙しい上司に対して、どのように参加や協力を促したのでしょうか。
上場:当社では「人材育成は上司の仕事である」という考え方は浸透していますが、忙しい中で本当に復職者に向き合えているかという課題がありました。復職者には、いつ子どものことで呼び出されるかわからない、力を発揮しきれるかわからない、という不安がある。上司サイドも期待をそのまま伝えると重くなるのではという懸念があります。そこをほぐす場、機会をつくったということです。
昇高:実際、時間に追われる管理職にどのように人事施策への理解と参加を促すかは課題です。これは私自身の実感でもあるのですが、「時間がないからできない」ではなく、「取り組んだほうが日ごろの業務もスムーズにいく」と感じられるような運用が重要ではないでしょうか。
例えば、当社では数年前から、月に1回30分の1on1を推奨しています。それまでは、年に1回の査定のタイミングでしか部下と上司が話さないケースが多かったのも事実です。始めた当初はこれまで他の業務にあてていた時間を1on1に割くことに不安も感じる人も多かったのですが、上司は部下のことを知れば知るほど、あるいは相談されやすくなるほど、チームとして仕事が回っていくことを実感したのでしょう。
「パレット」もそうした土壌づくりの一環であり、人事が押し付けるのではなく、どう機会を提供できるのかが大事です。
八重尾:「復職セレモニー」は上司の参加を必須にしたのですが、任意にするかどうか迷いました。ただ、上司の側も復職者にどう接して良いか悩んでいるとわかっていたため、そうした悩みに対応できるコンテンツを全てセレモニーに織り込んだうえで、「対話についてワークショップをします」と事前に中身を明示しました。
参加を促すためには、人事がめざしたい姿を伝えつづけると同時に、各社員の「そこにどう自分が参加できるか」と接続する、まさに「つなぐ」ことが大事だと考えています。そのためにはこちらが用意する施策が「かゆいところに手が届く」ものだと理解される必要がある。そうなるように企画を何度も練り直しました。
この取り組みを通じて、どのような効果がありましたか。今後、ブラッシュアップしたい点はありますか。
浅井:休職中から復職期にも活用できる情報をまとめた「復職プリペアコンテンツ」は400件以上のアクセスがありました。復職プリペア研修は2024年1月に初めて実施しましたが、任意のところ400人以上が参加(録画データも200人以上が視聴)。オンラインのパートナー参加型セミナーにも80組以上が参加してくれました。上司と参加する復職セレモニーには、計600人が参加しています。復職者コミュニティにも500人以上が参加し、情報を交換しています。
実際に今年の春に復職した社員からは「プリペア研修に参加して、復職後のキャッチアップがスムーズだった」「復職セレモニーに参加して、上司とお互いの価値観を復職後すぐに知ることができてコミュニケーションが取りやすくなった」という声がありました。
この10月で「パレット」開始から1年経過したので、企画立ち上げ時にアンケートに回答してくれた上司や、復職コミュニティのメンバー、今まさに産休・育休の社員などを対象に効果を測定し、プログラムに反映していくことも予定しています。
八重尾:仕組みの汎用(はんよう)化にも注力していきたいと考えています。これからライフイベントを迎える社員に前もってプログラムを知ってもらうことも大事なので、全社向けの案内板に詳しく情報を載せていて、新人向け研修でも案内しています。今回は休職者の8割が復職する4、5月に合わせて研修や復職者セレモニーを実施しましたが、毎月復職者はいるため、それぞれの状況によって受けたい時期も異なると感じました。
人事だけで毎月行うことは難しいのですが、「パレット」の施策を各部店でタイムリーに実施できるような柔軟に使える仕組みに発展させる必要があると考えています。
田中:パートナー参加型研修では、パートナーは社内にいる場合もありますが、基本的に社外の方なので、他社の研修には参加しにくいという声もありました。このような声も反映しながら、今後は外部の講師による研修だけではなく、育休をとった男性社員が「こんな良いことがあった」という好事例を共有する形にするなど、多くの人がより関心・興味をもって気軽に参加しやすい施策にしたいですね。
休職者の中には積極的に情報をキャッチアップしたい人もいれば、それどころではない人もいるのではないでしょうか。それぞれ異なるニーズにどう対応しましたか。
八重尾:「積極的にキャッチアップしたい」とまでは思えなくても、「復職したときにどうなっているんだろう」など、仕事も育児も誰もがそれぞれに不安を感じています。
「こういうことが学べます」「これをしておくと良いですよ」というメッセージだけでなく、「悩みや不安はありませんか」「職場がどうなっているか気になって、モヤモヤしていることはありませんか」と寄り添いながら「こういうコンテンツを使うと悩みや不安、モヤモヤが少し軽くなるかもしれませんよ」と案内していきました。
働き方や価値観を変革し、社会課題を解決できるのが人事。社員の活躍のためにも世の中全体をともに変えていきたい
人事部門として今後取り組みたいことがありましたらお聞かせください。
昇高:人事としては、日本一働きたい会社、働きやすい会社を目指したいと考えています。多様な価値観を持つ従業員が、自律的なプロフェッショナリズムを追求し、誰もが働きがいを感じ、内外の人を引き付けるような会社にしていきたい。
その理想のもと、「成果を従業員に還元すること」が基本だと考えています。それがエンゲージメントを上げ、新たな挑戦を生み、人的資本経営の好循環につながります。そのためにも、福利厚生も含めた、持続的な処遇の改善を一番に考えていきたいですね。
人生100年時代であり、少子高齢化の時代なので、シニア世代のますますの活躍も大きなテーマだと考えています。
田中:MUFGでは、DEIを変化の激しい時代に組織として持続的に成長し生き残っていくための重要な経営課題の一つと位置付けています。多様なバックグラウンドや価値観を持つ社員一人ひとりが新しいアイデアや意見を出しやすい職場をつくる取り組みを加速していきたいと思います。それは組織としての構造的な仕組みづくりであり、同時に一人ひとりのマインドセットの醸成だと考えています。
例として、当社は、毎年11月を「DEI月間」と定めています。今年は「意識的かつ能動的なインクルージョン」を掲げ、例えば会議に参加する人が男性ばかり、女性ばかりといったように、属性が偏っていないかどうか、時短勤務の人も参加しやすい時間帯かどうかや、自分と違う意見に対してもしっかりと耳を傾けてフィードバックをするなどして対話を深められているかなど、自分自身の行動を振り返るためのeラーニング研修も実施する予定です。このような取り組みを通じて誰もが自由闊達に意見を出し合える環境づくりを進めていきたいです。
社員が持続的に成長・活躍できる環境の実現を目指している、全国の人事の皆さまにメッセージをお願いします。
上場:制度をいくら整えても、個人の思い込みが活躍を阻むことがあります。意識的かつ能動的なインクルージョン、また1on1対話の中でのフィードバックなど、組織文化の形成が基本になると考えています。一人ひとりが強みや持ち味を生かして活躍できる土壌をつくることでWell-beingが実現し組織のめざすべき姿につながっていく。『日本の人事部』のプラットフォームも活用しながら、情報交換させていただきたいと思います。
田中:DEIの観点では、今回の復職サポートプログラムなどの社内施策を通じて、育児と仕事の両立支援や、共働き・共育てができる環境整備を加速させ、社会課題でもあるジェンダーギャップの解消に寄与していきたいと考えています。日本のジェンダーギャップ指数は156ヵ国中118位という現状です。男女が共に育児に参画し、育児と仕事を両立するためには、一企業で働く従業員だけでなく、そのパートナーの職場における人事制度や周囲の理解なども重要です。これらは一社だけでは実現できない課題ですので、各社の人事の皆さまと情報交換や事例を共有し、一緒に課題解決に向けて取り組んでいきたいと考えています。
昇高:従業員の成長と成功を願うのが人事の共通の願いです。また、他社の人事の方と意見を交換すると、人的資本経営に関することや人手不足の問題などの悩みも共通していると感じます。人事の取り組みが、わが国の発展はもちろん、働き方や価値観、社会課題の解決につながる力があると信じています。全国の人事の皆さんとは同じ仲間として、意見交換や協働の場を広げていきたいですね。