コクヨ株式会社:
社員の“腹落ち感”を引き出し
現場を動かす「働き方見直しプロジェクト」
人材開発部 ダイバーシティー推進リーダー 赤木由紀さん
赤木 由紀さん
ダイバーシティーにせよ、ワーク・ライフ・バランスにせよ、その重要性を社員一人ひとりが頭で理解するだけでなく、自分の働き方の問題として実感しない限り、トップや人事部門がいくら旗を振っても現場は動きません。事務用品最大手のコクヨグループでは、ワーク・ライフ・バランス推進の具体的な施策として「働き方見直しプロジェクト」を展開、労働時間削減や業務の効率化に成果を上げています。自治体も視察に訪れるという注目の取り組みについて、人材開発部の赤木由紀さんにお話をうかがいました。
- 赤木 由紀さん
- 人材開発部 ダイバーシティー推進リーダー
あかぎ・ゆき● 2007年コクヨ株式会社入社。コクヨグループでのダイバーシティー推進担当。「多様の価値観・能力を持った社員がどのような環境下でも働き続けられる多環境作り」を目指して日々取り組んでいる。
女性の両立支援よりも、男性を含めた長時間労働の改善を
消費不況の“売れない時代”にあって、御社は、ユニークなヒット商品を次々と世に送り出しています。身近なものだけに、現場には女性スタッフのセンスやクリエイティビティが欠かせないでしょうね。
弊社では、2000年から、男性と女性の総合職をほぼ半数ずつ採用し始めました。おっしゃるように、商品開発や空間デザインの現場では、当時入社した女性たちがいまや主力として活躍しています。同時に彼女たちの多くは、結婚や出産、育児といった人生の節目を迎える時期にさしかかっており、社内では数年前から、彼女たちが仕事と両立できるのかが懸念されていました。事業の第一線を支える人材が両立に悩み、辞めていくようなことになったら、会社としては非常に大きな損失ですからね。そうした危機意識が、今回の「働き方見直しプロジェクト」にいたるきっかけだったんです。女性が長く働き続けるための支援や環境づくりをどう進めていくか。私たちはまず当事者の忌憚のない意見を聞こうと、総合職の女性30名を集めてヒアリングを行いました。
ところが、当の女性社員たちの反応は意外なものだったとか。
「女性だけにフォーカスしないでください」と言われました。たとえば子育て中に早く帰ろうと思っても、まわりが当たり前のように残業していたら、やはり帰りにくい。いくら制度で守られていたとしても、他のメンバーの手前、「お先に」とは言いにくい。結局は居づらくて、辞めてしまうのではないか、と。要は「女性だから」「子育て中だから」ではなく、男性を含めた長時間労働ありきの働き方そのものを何とかして欲しいというのが、彼女たちの切実な願いだったんです。
特別扱いはして欲しくない、むしろそれが一番困るということですか。
そうなんです。当初、私たちは「女性活躍推進」という旗を掲げるつもりだったのですが、そうした声を受けてその旗は降ろしました(笑)。男性も女性も、未婚も既婚も関係ない、「どのような人がどのような時でもイキイキと活躍していい仕事ができる環境づくり」を目指すという新しい方向性が見えてきたからです。経営トップもそれを理解し、07年8月にコクヨ株式会社代表取締役社長の黒田章裕を委員長とする「ダイバーシティー推進委員会」が発足しました。これはコクヨグループ全体を横断するクロスファンクショナルなチームで、私が事務局を専任で担当しています。グループ企業10社から各社の人事担当者と現場の推進役の2名が参加、計21名のメンバーで立ち上げました。推進委員会が本格的に動き始めた翌08年が、コクヨの「ダイバーシティー元年」ということになります。ただ当時は、ダイバーシティーやワーク・ライフ・バランスといわれてもピンとこない、よく知らないという社員が多かったですね。
言葉ばかりが先行し、その意味やねらいに組織の共通理解が伴わないケースは少なくありません。
私たちはまず、なぜコクヨがワーク・ライフ・バランスに取り組むのかを社員にきちんと伝えようと、コンサルタントの方をお招きして、管理職から一般社員まで、のべ1,000人を対象にセミナーを実施しました。そうしたところ、ワーク・ライフ・バランスの定義や弊社で取り組む意義はわかった、と。しかし自分たちの業務において何をすればいいのか、具体的にどうすれば実現できるのかが見えてこないという厳しい反応が、アンケートなどを通じて返ってきたんです。いわゆる“腹落ち感”が得られなかったということでしょう。ならば理念を言葉で訴えるだけでなく、実際にワーク・ライフ・バランスの効果や必要性を体感してもらうために、全社員の働き方そのものを具体的に見直すところから始めようということになりました。こうして、「働き方見直しプロジェクト」が生まれたわけです。
御社では、ダイバーシティーやワーク・ライフ・バランスをどのように定義されているのでしょう。
コクヨグループのダイバーシティーとは、「多様な能力を持った社員がその能力を十分に発揮し、活き活きと働ける環境づくり」のことで、私たち推進委員会ではこれを活動の最終的なゴールに設定しています。一方、ワーク・ライフ・バランスについては「ライフで豊かな人生を送り自分のインプットを増やすことで、一人ひとりが生産性高く、メリハリある働き(アウトプット)を行う」と定義しています。多様な才能を活かそうと思えば、生産性の高いメリハリのある働き方は欠かせません。弊社にとってワーク・ライフ・バランスはダイバーシティー推進のための手段であり、さらにその施策の一環として、「働き方見直しプロジェクト」に取り組んでいるという位置づけですね。
ワーク・ライフ・バランスというと、ワークからライフへ軸足を移すようなイメージもありますが、御社の場合はあくまでアウトプットありきのインプット、ライフの充実を仕事に還元することが求められるわけですね。
そうでなければ、企業も個人も厳しい経営環境を生き抜くことはできません。「家族の介護」のような、ある意味、大変な経験からでも、社員が得るもの、学ぶものはあると思うんです。実際、介護の問題は避けられません。弊社社員構成を見ると、直面するのは時間の問題でしょう。そのときまでに、限られた労働時間のなかで生産性高くポジティブに働ける職場環境や雰囲気が整っていないと、貴重な人材がどんどん流出してしまう。リテンションの観点からも、働き方見直しの取り組みは必須なんです。
予定を「見える化」することで、社員の意識改革を促す
働き方の見直しとは、要するに「長時間労働を改める」ということですか。
やはり時間の問題が一番大きいですね。みんな残業や長時間勤務はよくないとわかっていながら、なぜそうなるのかというと、いままではそこがブラックボックスになっていたんですよ。このプロジェクトをやってみて、本当によくわかりました。長時間勤務になっている部署や社員には共通点があって、仕事の属人化が著しい。つまり個人が仕事を抱え込んでいて、その人にしか流れがわからない状態になっているんです。他人に教えている時間がないとか、自分でやったほうが早いという心理が働くんでしょうね。周囲とのコミュニケーション不足もあると思います。
そうした“属人化の壁”を、どうやって乗り越えられたのでしょう。「働き方見直しプロジェクト」の取り組みの内容や進め方についてご紹介ください。
まず進め方ですが、グループ企業から毎年2社を選び、さらにそのなかの特定の部門を対象に、期間限定のトライアルとしてプロジェクトを実施しています。期間は6ヵ月。08年6月から始めて、昨年度までに計4社4部門で実施しました。対象部門の選定は、「働き方見直しプロジェクト」のメンバー(ダイバーシティー推進委員会と重複)である各社の人事担当者に任せていますが、当然、働き方に見直すべき優先度が高い部署が選ばれます。他部署に「あそこができるならうちもできるだろう」と思わせることで、ヨコ展開がしやすくなりますから。大切なのは成功事例を積み上げること。特定の現場に短期集中でアプローチを続け、何が何でも成果を出すようにしてきました。
具体的な実施内容は?
取り組みの中心は、時間の使い方の「見える化」です。トライアルで総労働時間の27%削減という大きな成果を上げた、ある営業部門の例をお話ししましょう。半年間、メンバーに続けてもらったのは、それぞれ1週間分の業務予定と実際の行動をパソコンのスケジューラーに入力し、部門全体で確認・共有すること。それを基に、週一回のグループミーティングで優先事項の確認や業務の改善を行い、翌週のスケジュール作成に反映させることでした。ちなみにメーカー部門では、その日の行動予定と実績を、上司に毎日メールで報告する形を取っていました。どちらも、ポイントはスケジュールを「15分単位」で立てること。一つの仕事の予定終了時刻を、○時15分や△時45分など、15分刻みで切るんです。5分では細か過ぎて大変だし、30分では大まか過ぎる。この業務はこれくらいの時間でできそうだとか、できるようにするためにはどうすればいいのかといった“時間の見積もりの精度”を高める意識付けとして、本プロジェクトではこの15分単位の時間管理法を取り入れたのです。
最初、現場の反応はいかがでしたか。何となく想像がつきますが……。
ご想像の通りです(笑)。「仕事を増やすのか」とよくいわれましたね。営業だと、これとは別に営業日報も書かなければいけませんから。「これは時間の見積もりの練習なんです。結果的に効率よく働けるようになりますから、そのための投資と考えてください」と訴えましたが、現場には“やらされ感”があったでしょうね。最初の1~2ヵ月は本当に苦戦しました。でも、やっているうちにわかってきたことがあるんですよ。
というと?
プロジェクトを実施した営業部門では、翌週の予定を前週の金曜日までに入力することがルールになっていました。ところが一週間の予定をまとめて入れなさいといわれたとき、営業成績が芳しくない社員はなかなか埋められない。お客様との約束や、相手があってあらかじめ決まっている予定以外は、どうしてもブランクになりやすいんですよ。一方、成績のいい社員はすぐに予定が入る。おそらくすべて逆算して段取りを組み、スケジュールに落とし込むのがうまいんでしょう。それが営業成績に表れているのだと思います。そうした時間の使い方の巧拙まで「見える化」されたことで、不平不満が「ああいう風にやればいいのか」という気づきに変わっていきました。
たとえば商談一つとっても、その案件のクローズをどこまでに設定して、そのためには何をいつまでに準備しなければいけないのか。以前は何となく考えていたところを、もっときちんと詰めなきゃいけないんだとわかってきた。徐々にですが、社員に“腹落ち感”が芽生えてきたんですよ。それともうひとつ、予定を細かく入力することで、いわゆるすき間時間が「見える化」されたのも大きいですね。たとえば週一のミーティングのときに、「A社への訪問とB社への訪問の間に15分ほどすき間時間があるから、そこでもう1件新規訪問に回って欲しい」「先にこっちを回ったら」という具合に、上司が的確な指示を出して業務の効率化を図れるようになりました。
逆に、部下からすると、上司の予定が「見える化」されることのメリットも大きいのではないですか。上司は、すごく忙しそうに見えますから。
そうなんですよ。これはメーカー部門の例ですが、私たちが社員に事前アンケートをとったところ、「上司がいるから帰りにくい」という意見が多くて、部長がショックを受けたんです。「僕、そんな雰囲気を出しているかなあ」って(笑)。でも、この「帰りにくい」には二つの意味がありました。ひとつは上司に相談したいけれど、日中は忙しそうで終業後でないと捕まらない、だから定時に帰れないという意味。もうひとつは文字通り、評価者がいるから先に帰りにくいという意味ですが、前者の悩みについては、上司も自分の行動予定を明らかにすることでかなり改善されました、日中のすき間時間がわかるので、部下は終業後を待たなくても、相談に行けるようになったんです。上司と部下との間で早め早めにコミュニケーションをとるようになり、部門全体の業務の効率化とともに社員の意識改革にもつながりました。
ワーク・ライフ・バランスもダイバーシティーも「働き方の見直し」なしには進まない
現場の“やらされ感”を払しょくし、プロジェクトに対するモチベーションを高めるために、事務局サイドとしてはどのような働きかけをされているのでしょうか。
「取り組んでください」と言うばかりで、お任せ状態というのが一番よくありません。ですからプロジェクトを実施している間、私も対象部門のグループミーティングには必ず出席して、社員が入力したデータの分析結果をフィードバックするようにしています。その部署が全体としてどんなことに時間をとられていて、どこから見直しのメスを入れていけばいいのか、提案するのです。そうすることで社員は、毎日苦労して予定や実績を入力しているのが、こういう結果に現われて改善につながっていくんだと実感できる。当事者意識が持てるんです。実際にプロジェクトを動かすのは現場で働く社員ですから、私たちとしてはその努力に報いなければいけません。「会社側もしっかりと見守っていますよ」という姿勢を強く打ち出す必要があると思っています。
開始から2年が経ちました。現場の反応も随分変わったのではありませんか。
プロジェクト実施部門の社員からは「長時間労働はよくなかったと、最近身にしみてわかるようになりました」「早く帰れるようになって体が楽になりました」など、実感のこもった声をよく聞くようになりました。トライアルが終わり、一定の成果が上がった部署でも、予定の入力など一部の取り組みを続けてくれています。すごく感動したのは、プロジェクト終了時、その部門の課長に「うちを選んでくれてありがとう」といわれたことです。人事として冥利に尽きますね。
もともとは女性社員の両立に関する心配がきっかけだったわけですが、プロジェクトに対する女性からの評判はいかがですか。
「かなり両立しやすくなった」「3年前に比べるとはるかに変わった」という声が多いですね。実際、育児休暇からの復職率も現在は100%ですし、短時間勤務制度も使いやすい雰囲気になってきたといわれています。
「働き方を見直そう、効率よく働こう」という社員の意識が土壌としてあることで、ワーク・ライフ・バランスや女性支援のための他の制度も、さらに利用しやすくなるということですね。
それがないと、他の施策がいくら整っていても、使う側の心理としては非常に利用しにくい。「働き方の見直し」というのは、職場環境のベースの部分なんですよ。ワーク・ライフ・バランスもダイバーシティーも、具体的な働き方の見直しなしには一歩も進みません。
過去2年間の成果を踏まえて、今後はどのような展開を考えていらっしゃいますか。
現在、プロジェクトは5、6社目の活動を開始しています。何度目のトライアルであっても、結局は現場で働く社員一人ひとりの意識をどう変えていくか、そのチャレンジであることに変わりはありません。これにはもう、小さくてもいいから、やってよかったと実感できる成功体験を得てもらうしかないんです。そして我々は、それをどうやってグループ全体に伝播させていくか。昨年はセミナーを開催し、実施部門の部門長や課長に取り組みの成果を“お披露目”してもらいました。プロジェクトがいったん動き出すと、私たちがあれこれ言うよりも、実際に成功体験を得た現場の生の声のほうが、同じ現場の耳には届きやすいのかもしれません。その意味で、今後はもっと部門間のヨコ展開や成功事例の共有を意図しながら、プロジェクトを展開していきたいですね。過去2年間で蓄積されたノウハウを、事例集やマニュアルのようにグループ全体で活用できる形にまとめることも考えています。
ワーク・ライフ・バランスの取り組みを進めるにあたり、「現場の理解が得られない」「うまく現場を巻き込めない」といった悩みを抱える人事担当者は少なくありません。ぜひ成功の秘訣をお聞かせください。
現場の社員と直接、粘り強く対話することに尽きるのではないでしょうか。そうでないと、彼らの腹落ちにつながりません。話し方も、命令的・否定的な物言いではなく、「もう少しこうしたほうがいいのでは?」という提案や、彼ら自身に考えてもらうような問いかけ方の対話を心掛けるべきだと思います。働き方をどう見直すかの答えは、私たち人事が持っているのではありません。実際の業務を一番よく知っている現場が持っているのですから。
最後に、赤木さんご自身の「働き方見直しプロジェクト」の成果はいかがですか?
私も最近は、よほどのことがない限り、残業しないようになりました。自分でやるべき仕事と、人に頼める仕事との見極めをきちんとつけるようにしているんです。第一、プロジェクトの担当者が、率先して早く帰らなければ説得力がありませんから。これも大切な成功の鍵かもしれませんね。
(取材は2010年6月10日、東京・港区のコクヨ・品川オフィスにて) (取材・構成=平林謙治、写真=東幹子)