第90回 エイベックス株式会社
ベンチャーに負けない、スピードとイノベーションを。
創業30年、エイベックスが目指す構造改革とは?
エイベックス株式会社 グループ執行役員 CEO直轄本部 本部長
加藤 信介さん
音楽業界をけん引するエンタテインメントカンパニー、エイベックス。今年で創業30年を迎える同社は、現在「第三創業期」として、大きな改革に乗り出しています。組織構造や組織風土の変革、新たな人事制度の導入、南青山の新社屋でのオフィス環境の見直しなど、さまざまな改革に取り組む中で、同社はどのような未来を見据えているのでしょうか。構造改革を推進した、グループ執行役員 CEO直轄本部 本部長の加藤信介さんにお話をうかがいました。
- 加藤 信介(かとう・しんすけ)さん
- エイベックス株式会社 グループ執行役員 CEO直轄本部 本部長
2004年エイベックス株式会社に新卒入社。入社後は音楽事業に長く携わり、2016年に社長室へ異動。社長室部長として、構造改革や新規プロジェクトに参画。
2017年よりグループ執行役員として戦略人事・グループ広報・マーケティングアナリティクス・デジタルR&Dを担当。2018年4月には組織名称をCEO直轄本部とし、左記の領域に加えて、新事業推進・戦略投資を管轄。
明確なキャリアの目標がない中で、与えられた機会が自分を成長させてくれた
加藤さんが本部長を務める「CEO直轄本部」は2018年4月に新設されたそうですが、どのような機能を持つ部署なのですか。
元々はグループ戦略室という名前で、構造改革後の2017年4月に会社の「横串」の役割を担う部署として立ち上がりました。戦略人事・広報・デジタルR&D・データマーケティングを横断的に担当していましたが、構造改革から1年経った今年の4月に、CEOである松浦のリーダーシップの下、より強力に事業も含めたイノベーションを推進すべく、名前をCEO直轄本部として、グループ戦略室で担当していた領域に加えて、新規事業開発、そして新規事業につながるM&AやJV設立などの戦略投資機能も内包しました。
音楽事業に長くいらっしゃったそうですが、コーポレートサイドへの異動は、ご自身で希望されたのでしょうか。
特に、自分自身で手を挙げたわけではありません。今思うと、コーポレートサイドへの異動も含めて、周囲の人たちがいろいろなチャレンジの機会を与えてくれたことが、僕の今のキャリアにつながっていると思います。
新卒でエイベックスに入社してから、僕は音楽の販売促進やアーティストのマネジメントなどの仕事に携わってきました。特に明確なキャリアプランを持っていたタイプではなくて、ただ全力で目の前の仕事に取り組んでいたのですが、いつもそれを誰かがみてくれていて、かなり早いタイミングでマネジャーに昇進させてもらったり、自分では手を挙げないようなチャレンジングな業務を担当させてもらったりする機会に恵まれました。2014年に立ち上がった「円卓の騎士の会」のメンバーに選ばれたのもその一つです。「円卓の騎士」とは、アーサー王物語の中でアーサー王に使えた騎士たちのこと。上座のない円卓を囲み、上下関係なしに国の未来を語り合ったとされていて、エイベックスでもこの円卓の騎士たちのように、十数人の若手が集まって会社の未来を考える場が設けられて、そこに僕もメンバーとして参画する機会が得られたのです。
2015年12月、会社として構造改革に取り組むにあたって、経営ボードメンバーだけでなく若手の意見も取り入れようという話になりました。そこで、この円卓の騎士の会のメンバーのうち、僕を含む3名が構造改革のサブメンバーとしてプロジェクトに加わりました。それを機に、経営ボードメンバーとフラットに議論できる環境に身を置くことができるようになりました。この機会は僕のキャリアを構築する上で非常に重要だったと思います。
与えられた機会に挑戦しながら、キャリアを築いてこられたのですね。
キャリアに対するスタンスは、大きく二つに分けられると思っています。一つは、すでに自分が進むべき道が分かっていて、あとは突き進むだけだという人。もう一つは、僕と同じように、中長期的なキャリアビジョンは明確に描けていないけれど、偶発的に出会ったものから気付きを得て成長する人。前者はどんどん突き進んで行けばいい。でも、後者のタイプも多いのではないでしょうか。
何を目指すべきかわからない中で挑戦させてもらえた僕は、とても恵まれていたと感じています。いつも目の前のことに120%の力で頑張っていると、周囲の人たちが新しいチャレンジの機会を与えてくれました。だからそれを仕組み化して、僕が周囲の助けによって得られたものを、若い世代にも与えてあげたいと思っています。
外部環境の変化を「追い風」に変えるための構造改革
2015年、なぜ貴社は構造改革に乗り出したのでしょうか。
エイベックスは今年で30周年ですが、ヒットアーティストを輩出して維持継続すれば業績が上がるという時代が、良くも悪くも続いていました。勢いもありクリエイティブな会社なので、いわゆる典型的な日本企業という雰囲気ではないけれど、既存のコンテンツに依存しているところがあったのです。新規事業もトップダウン型が多くて、ボトムアップで社員がやりたいことをかたちにしたりした事例は、それほど多くはありませんでした。
もちろん、今後もヒットアーティストを生み、コンテンツをつくることが弊社のコアコンピタンスであることに変わりはありません。その核がなければ、周辺ビジネスも縮小してしまいます。しかし、今後は外部環境の変化に合わせて、既存のアーティストやコンテンツだけに依存しない新しいエンタテインメントを創っていく必要がある、と経営メンバーは考えていました。
時代とともに変わっていく、エンタメ業界への危機感があったのでしょうか。
はい。ただ、危機感というネガティブな要素だけでなく、ポジティブな要素もあると考えていました。というのも、これからの時代はコンテンツホルダーであることが強みになる、と確信しているからです。
「ピコ太郎」を例にとると、テクノロジーが現代ほど進化していなかったら、あれだけグローバルに広まることはなかったでしょう。YouTubeやTwitterなど、さまざまなプラットフォームを通じて世界中の人に知られていきました。その他にもSHOWROOMにLINE live、Mix Channelのような新しいプラットフォームやサービスが次々と登場しています。今後も新たなプラットフォームが生まれ、流行していくでしょう。
そんな外部環境の中で、アーティストがいて、コンテンツを持っていることが、エイベックスの独自性です。どんなプラットフォームが流行しても、コンテンツホルダーとして乗りこなしていけばいいのですから。
外部環境の変化を追い風にするための改革なのですね。
そうですね。ただ、それを実現する上で忘れてはならないのは、お客さまの価値観もテクノロジーを中心とした外部環境も未だかつてないスピードで変化していることです。かつてはCDを持っていて、音楽を知っていれば「イケてる」時代がありました。しかし今は、音楽も映画もゲームもファッションも、いろいろなものを横並びにし、その中から選ぶ時代です。価値観が多様化し、チャネルやツールが変化していく中で、我々も常にアップデートし続けて、乗りこなして、その時々にあった新しい価値を創出し続ける必要があります。
それには、30年間積み上げてきた過去の組織体制では厳しい。コンテンツホルダーとしてのプライドを持ちつつ、イノベーションを起こし、新しい価値を提供していく。これを力強く推進するため、エイベックスには変化が求められていました。