住友スリーエム株式会社
「ダイバシティ」を実現するための条件
グローバルな競争が激しくなるなか、企業が勝ち残っていくためには、性別や年齢、人種や信仰などにこだわらず、優 秀な人材を採用し、活用していかなければならない。その際にキーワードとなるのが「ダイバシティ」だ。しかし、「制度」はそれなりにあるものの、「運用」 の面で十分な取り組みがされている企業はまだまだ少ない。住友スリーエムはさまざまな角度からダイバシティを推進し、成果を上げている企業である。同社のダイバシティの“旗振り役”であるアキレス美知子氏に、日本企業がどのようにしてダイバシティに取り組んでいけばいいのか、ポイントをうかがった。 (聞き手=HRMプランナー・福田敦之)
- アキレス美知子さん
- 人財・組織戦略部 部長
あきれす・みちこ●上智大学比較文化学部経営学科及び米国フィールディング大学院組織マネジメント修士課程修了。シティバンク人事部アシスタントヴァイスプレジデント、モルガンスタンレー証券人材開発ヴァイスプレジデント、メリルリンチ証券採用・人材開発ディレクター、ABNアロム証券人事部長を歴任。2004年1月より住友スリーエム人事本部統轄部長、人財マネジメントアジア太平洋地域統轄部長を経て、2007年5月より現職。
ダイバシティを実践している企業では、組織風土が活性化し、社員が元気であるように感じます。これまでアキレスさんは、ダイバシティにどのように取り組んでこられたのでしょうか?
最初にダイバシティに関わったのはシティバンク時代、ダイバシティ・プログラムを全世界で展開したときでした。ただ、アメリカで作られたプログラムは人種的な部分に焦点が当てられています。それを、当時(1995年)の日本の実情に合った形にデザインして、ワークショップのファシリテーターも担当しました。そのときのワークショップは「リスペクト・アット・ワーク」という題目で「仕事をしていく職場のなかで、お互いを尊重しましょう」ということをテーマにジェンダーと文化の違いにポイントを当てたものでした。
その後、いろいろな形で、ダイバシティに関わってきましたが、個人的に印象に残っているのは、2002年に、米国フィールディング大学院で組織マネジメントの修士課程に入学した時の経験です。このプログラムは、日本にいながらインターネットで学べるという点が好都合でした。たくさんの専門的な書籍を読まされ、宿題も多く大変でしたが、今まで自分が経験したことを、アカデミックな立場で検証することができました。ここでは、クラスメートの存在が大きかった。本当にいろいろな国の人たちばかり。バックグラウンドも違う。全員社会人で、皆が異なった分野の人たちです。私としては、まさしくダイバシティのなかに放り込まれたような感触を持ったものです。
今、なぜダイバシティなのか
日本では法律が施行されたり、外圧的な部分で仕方なく対応している例が少なくありません。
住友スリーエムは外資系の会社です。アメリカに本社があり、また世界各国に現地法人を持っており、お客さまは世界中にいます。そのそれぞれの市場でモノを売っていかなければなりません。当然ながら、モノを売っていくにはお客さまがどんな人たちで、どのような考え方をしているのか。どういう好みがあって、何の問題に困っているのかといったことを知らないと、世界中の市場で売っていくことは難しい。これは当社に限らず、グローバルに展開している企業の宿命です。
そして、この何年間かの外部環境の変化も見逃せません。トヨタさんの例を出すまでもなく、海外で伸びていかないと全体的な売上や利益を伸ばすことができなくなってきました。
日本の製造業が好調なのも、中国市場や新興国での売上が伸びているからですね。
つまり、自分の国以外で利益を上げていくためには、ダイバシティという考え方を持たなければならないということ。違ったモノの見方、考え方、習慣、場合によっては価値観の違いを理解した上で、ビジネスを進めていくことが不可欠になってきたわけです。
今までは、適当な言葉がなかったために、何となく経験上で行ってきたところが、ダイバシティという考え方が脚光を浴び、認知されてきたことで対応を迫られてくるようになったと。
日本ではまず、「女性」という切り口で対応が求められてきました。事実、制度的にはかなり充実してきました。私が子育てをしていた頃は、育児休業などの制度は十分ではなかった。旧態依然とした企業では、子育てしながら会社勤めをすることは難しい状況でした。いくつかの外資系企業でしかそういう機会はありませんでしたから。現在は当時と比べると、かなり状況が違ってきていますね。
「実効性」の問題にどう対処していくか
さらに最近では、働き方の多様性が言われるようになりました。例えば、在宅勤務や短時間勤務などが行われていますが、実効性の部分でいかに結果を出していけるかが、次のステージに行けるかどうかのポイントになってくるのではないでしょうか?
その時の障害の一つに、昔ながらの考え方が抜け切らない人がいるということがあります。特に、男性中心の組織で育った人にみられる傾向ですが、頭では分かっているけれども、行動がついていかないという人が多い。制度を実施する意味は分かるけれど、会社ってそういうものではない、という考えを持っている人が少なくありません。そういう面での意識改革が必要です。
もちろん、当社でもそういう一面はあります。そこで、女性社員の活躍の場を増やそうというときに、まず、上司である役員からワークショップに参加して、女性の置かれた立場を分かってもらい、気づきを促していきました。その後、今度は女性もワークショップに参加し、両者が同じスタートラインに立った上で、女性の職場進出の意味と重要性を理解してもらいました。
その際、人事だけが音頭を取ってやるのではなくて、役員にリーダーとなってもらい、事業部のラインマネジャーにも参加してもらうことです。そして、皆でアイデアを出し合い、どういうやり方で進めていけば女性活用に限らず、ダイバシティが進められるか。そういうことを考える場を設けることが必要です。
単に制度を作るだけなら、人事だけでもできるかもしれません。しかし、それでは絵に描いた餅だと。
役員、現場、人事の三者が共通認識を持ち、そこで意見を言い合うことが、制度を実行し、結果を出していくためには欠かせない要件です。
最初は当社も、コース別人事制度など日本的なシステムを踏襲していました。しかし2001年に廃止し、その後は、自分のやりたい仕事にチャレンジしていける制度としていきました。例えば、今までは事務職だったけれど、営業に出たいと考えている。しかし、経験がなくてチャレンジする勇気がないという人がいました。そういう人に対しては「セールスカレッジ」を創設し、1年間営業教育を受けてもらい、その後に営業職に就いてもらうといった形で、会社としてサポートしていく仕組みを作りました。
その他には、どのような試みがありますか?
「メンタリングプログラム」を2002年から行っています。メンタリングとは、「メンター(よき指導者、助言者)」が「メンティ(まだ経験の浅い社員)」に対して、キャリア形成、能力開発や仕事と家庭の両立など、一定期間継続して助言を与える制度です。これをまず女性を対象に、興味のある人に手を挙げてもらい、役員がメンターとなって始めました。その後、もう少し対象を広げ、男女の若手社員に行いました。さらに今年はその内容を大幅にグレードアップしています。
具体的に言いますと、まずプログラムAということで、去年入社した新入社員全員と、今年入社した新入社員全員に対し、若手のメンターをつけました。相談できるお兄さん・お姉さんというわけです。これはメンターにとってみれば、まだ部下はいないけれども、上司と同じようなコーチングやカウンセリングのスキルを使うことになります。これは彼らにとっての成長の場にもなるわけです。将来部下を持ったとき、このような経験はきっと役に立つはずです。
さらに7月からはプログラムBを始めました。対象は入社3年目から管理職まで。事業部長、統轄部長レベルの人たちに自主的にメンターとして手を挙げてもらいました。
個人を尊重する文化がベースにある
メンターやメンティを希望する人がとても多いと聞きました。これは、どのようなところからくるものなのでしょうか?
やはり、企業文化でしょう。当社には、「人」が好きな人が多いし、「人を大切にする」ことが当社のコアバリューのなかに入っています。キャッチフレーズにも、「アイデアは人からしか生まれない」とあります。言うまでもなく、イノベーションを起こしたり、新しいものを創造していくのは人です。ですから、その人に元気がないと、会社の成長はありません。これは、おそらく当社の全員が思っていることです。そのなかで、それぞれが独自の展開で人を育てている、という格好になります。
その背景があるから、制度を行う際、強制的にやりたくなかったわけですか?
そのとおりです。メンタリングプログラムにしても、最初のうちはメンターが役員ということもあり、「メンターをお願いできませんか」ということで行なっていました。今回のプログラムでは、それは止めようと。あくまで自分で手を挙げて、やってもらうようにしました。どのくらいの人が手を挙げてくれるのだろうという実験の意味もありましたね。
すると、予想以上の数の人が手を挙げてくれました。その人たちをみると、やはり人の育成に「思い」を持った人たちでした。リーダーと目される、あるいはすでにリーダーとなっている人は、自分のセクションだけではなく、会社全体という意味で人に対する強い関心を持っています。
考えてみれば、3M中興の祖であるマックナイトの時代から、個人を尊重するという考え方が、私たちの文化のベースになっていましたからね。
御社の場合、確固たる人事ポリシーがあって、何か制度を運営していく際にはトップと人事のみならず、現場を巻き込みながら全社的に展開していくというイメージがあります。まさに三位一体という感じ。そういう風土があるから、働く人たちの間にも信頼関係が醸成されてくるのでしょうか?
そういう点でみると、当社ではやりたいことがあれば、上司に許可を得る前に自分から進んでやっていくという傾向があります。
それを許す裁量があると。
例えば、部長はメンター役だけれども、「自分もメンティになりたい」と言ってくるケースがあります。それもOKです。ルールはあるものの、そこで「例外」を働きかけてくることが結構あります。モノを言える風土があると言いましたが、そのための「場」を作ってあげることも、風土を形成していくためには欠かせない要件です。
資料をみせてもらいましたが、いろいろと場を作るのが得意な会社ですね。
これだけやっていても、現場からはまだ少ないと言われます。何かあって声をかけると、“超党派”で手を挙げてきます。ざっくばらんにモノも言ってきますから、正直、耳の痛いフィードバックもあります。しかし、それはとてもありがたいことだと思っています。だからこそ日頃から、現場とスタッフがまめにコミュニケーションを取ることが大事です。そうすれば新しいことを始めようとするときに、それが「起動力」となります。
「違い」や「刺激」をダイバシティと受け取る「感性」を磨く
全社的にダイバシティを実践していくためには、どのようなポイントがありますか?
制度とリンクした場を作ること、そして日頃から社内のコミュニケーションを取り、お互いにモノを言い合える関係を築いておくこと、これが前提として挙げられます。結局、会社のやることを信用してもらえなければ、何もできません。現場は非常に忙しいわけです。それなのに、こちらが仕掛けたことに自主的に対応してくれている。とても感謝しています。
どうしたら、そのような信頼関係を築くことができるのでしょう?
とにかく現場に出てみることです。そうしないと信用してもらえません。現場に問題が発生すれば、優先的に対応していきます。時には営業同行もします。同行すると、営業の人がどのような一日を送っているのか、身近で観察することができます。
なぜ、そこまでやるのですか?
実際、現場に行ってみるととても面白いし、新しい発見があります。現場での話を聞いていると、彼らがどういうところで困っているかが直接理解できます。すると、その部分に対して人事担当なりの見方や感想も出てきて、それが解決策のヒントとなることもあります。普段、営業をやっている人と全く立場の違う人が入ることで、新しい発想が出てくることが少なくありません。これもダイバシティです。
違った刺激を受けながら、一緒にいいモノを作っていく。こういうことは身近にたくさんあります。重要なのは、それをダイバシティと受け取る「感性」があるかどうかでしょう。
そのためにも常に現場と交わっていくこと。人事にはフットワークが大切だということですね。
それから、ダイバシティについては、あまり肩に力を入れないことがポイントかもしれません。事実、私たちの身の回りの至る所にダイバシティがあります。性別とか人種とか、そういう切り口だけではありません。つまり、違った考え方、プロファイルの人と共に過ごすこと、仕事をすること、これらがダイバシティそのものなのです。そして、自分と違うからもっと知りたい、といった気持ちになっていくわけです。
一方では、違うから面倒くさいと考える人もいますね。
人間の本能には、違うモノに対してコワイと感じる部分があります。あるいは、どう対処していいか分からないとか。私自身、当社には女性でかつシニアの立場で来たので、当初はコワイと感じた人もいたはずです(笑)でも、一緒に仕事をしていくなかで、結構話の分かる人間だと分かってくると、当初抱いていた感情も消えていったと言ってくれました。
違いをリスペクトしながら、共にいい仕事をしていきたいと思えるような関係が理想ですね。
そのためには、最初はトップダウン的に仕組みを作ることをしないと、なかなか第一歩が踏み出せません。私が入社して3年が経ちましたが、もともと自主的に行うのが当社の文化だったわけですが、メンタリングプログラムなど、この間に行ってきた施策については、予想以上の反響がありました。そして、メンタリングを受けた人たちが口々に「受けてとてもよかった。あなたも受けてみるといいよ」と周囲の人たちに言ってくれています。こうした口コミの情報は信憑性も高く、波及効果も予想以上のものでした。
新しい試みは、しつこくやることがポイント
実は2~3年に一度、社員の意識調査を行っています。当社の社員の特徴として鮮明に現れているのは、「イノベーション」に対する項目への自己評価が高いことです。例えば「私の仕事では、新しいアイデアを出すことが求められている」という質問に対し、「求められている」と回答している人が9割にも上っています。
イノベーションに対する高い意識が、文化として根づいているわけですね。
新しいアイデアを出すためには、違ったモノを取り入れ、いろいろな角度から検討していくことが不可欠です。まさに、ダイバシティな考え方そのものです。
そのような認識について、日本企業ではまだまだ低いものなのでしょうか?
制度的な面で充実していこうとするのは素晴らしいことですが、やや横並び的な印象があります。重要なのは、そのことに対して実際にエネルギーと時間をかけていけるかどうか、だと思います。
先ほどから言われている、場を作るといったことがそれに当たるわけですね。
実際問題、最初に行ったときに、人が集まらないということが多々あるわけです。100人に声をかけて、10人しか集まらなかったとした場合、効率が悪いからとそこで諦めてしまうケースが少なくありません。しかし、新しい試みというのは最初はそうであっても、しつこくやっていくことが大切です。そのしつこさがないと、ただ単に流行りだからとか、単なる思いつきで人事がやっていると思われてしまいます。
大切なのは、これは続けていく価値があるということを言い続けることです。たとえ100人のうち参会者が10人であっても、その10人が本当に理解してくれて、そのことを自分の部署に戻って10人に話をしてくれれば、それは100人が参加したことと同じです。表面的な数字や結果をみて判断するのではなく、実際にはどうなのかという部分に着目するべきです。
基本は、こういう“ベタ”なアプローチが重要なわけですか?
その場合にも、あまりルールでしばらないことがポイントです。前に触れましたように、メンターになるはずの人が、メンティになるのもOKにしています。
制度を運用していく際には、そういった柔軟性が欠かせませんね。
制度を実効性のあるものにするには、トップダウン的な部分はどこで、ボトムアップ的にメンバーの自主性を重視するのはどの部分かを見定める、そのバランスの取り方が大切です。ただ、これは「言うは易し、行うは難し」です。企業によっては、すべてをトップダウン方式に行っているケースがあります。しかし、このやり方では制度はなかなか根づきません。しかし、すべてをボトムアップとすると、ものすごい時間がかかってしまう。そのバランスを人事部がうまく取っていけるか。ある程度のスピード感がある一方、やらされ感がなく社員が参画していけるかどうかがポイントです。
グランドデザインは人事が担う、ただそのときに、トップの意向を押さえると同時に、現場の声や癖なども分かっていることが大切です。そのためにも、人事は机上でプランを考えるのではなく、常に現場に出ていかなくては。人事が現場を理解していれば、トップは人事の声に必ず耳を傾けてくれるでしょう。こうした日頃の地道な活動があって、初めてダイバシティを実現する風土が確立されていくのです。
本日は、どうもありがとうございました。
取材を終えて 福田敦之
そもそも、何のためのダイバシティなのか? 単なる制度策定や数値目標ではない、自社なりの価値創造、風土醸成といった部分に大きな意味があると思った。ただ現状では、ダイバシティという考え方は、男性正社員を中心とするドメスティックな旧来型の日本企業では、馴染みにくいものかもしれない。だからこそ、ベタなアプローチでしつこくやり続けることを、アキレス氏は強調していた。急がば回れ、ということだ。そうすれば、必ず結果は出ると。外資系企業で長らく人事畑を歩んできたタフ&クール、かつチャーミングな人柄に、時を忘れた1時間を過ごすことができた。
(取材は2007年7月12日、東京・世田谷区の住友スリーエム本社にて)
ふくだ・あつし●静岡県清水市(現静岡市)生まれ。編集プロダクションにて、人材関連の雑誌編集・制作、調査企画などに関わる一方、「人事マネジメントセミナー」をプロデュースしたことで知られる。1992年独立し、株式会社アール・ティー・エフを設立。HRMプランナーとして、人材・教育関連の専門誌へと執筆する傍ら、単行本の企画、企業に対する人事・採用・教育コンサルティング、大学等での臨時講師などを務めている。