企業の内情をどこまで公開するべきか――?
求職者への情報の伝え方
紹介会社は求職者の期待に応えられる? 人気企業に問題があった場合
求職者から人材紹介会社に対して、「企業の内情、雰囲気などを教えてほしい」という希望が寄せられることがある。たしかに転職サイトなどの記事や求人票を見ただけでは分からない情報だ。表面的には良い会社でも実は問題があるという企業は、あらかじめ避けておきたいということなのだろう。しかし、紹介している側としては、企業をあまり悪く言うわけにはいかない。どうしてもオブラートに包んだ言い方になってしまう。
常に人気の高い業界
「珍しい求人情報が入りましたよ。候補者をリストアップしてもらえませんか」
そう言いながら私のところにやってきたのは、企業から求人情報を集めてくる営業担当のT君だった。
「音楽事務所のZ社です。今回はうちだけに求人を出してくれるそうです。条件に合う方さえいれば、すんなり決まるかもしれませんね」
どれどれ…と求人票を見ると「総務・経理」というかなり幅広い仕事だ。Z社という社名自体はそれほど知られているわけではないし、会社自体も決して大きくはない。しかし、とても人気のあるバンドやアーティストが何組も所属しているので、希望者はそれなりに集まりそうだった。人気の高いこうした業界の企業が人材紹介会社経由で採用を行うケースは、かなり珍しい。
「いつもは転職サイトで少し募集するだけでも、応募者が殺到するみたいです。ただ、今回は事情があって採用活動自体を社内にも秘密にしておきたいのだそうです。それでうちに声がかかったんですよ」とT君。たしかに内密の募集に人材紹介会社はうってつけだ。
そんな人気業界だけに、募集条件は決して良いものではなかった。経験はそれなりにある人を求めているのに、契約社員での採用となっている。
さっそく「総務・経理」の経験者を探したところ、Kさんの経験が募集内容にぴったりだった。しかし、きちんとしたキャリアのある人なので、契約社員という条件では難しいかもしれないとも思った。
「もしもし、Kさんでしょうか」
KさんにZ社の求人票をメールで送った後、電話をかけた。
「今回は契約社員での採用が条件なんです。ですから、どうしてもオススメというわけではないんですが…」
しかし、Kさんの回答は意外とあっさりしたものだった。
「いいですよ、ぜひ紹介してください」
Kさんも有名アーティストの所属事務所というところに魅力を感じたのかもしれない。Z社には書類選考を経て、2名の候補者の方を面接してもらったが、最終的にKさんが採用されることになった。
2年前のスタッフはもう誰もいない
「その節は、大変お世話になりました」
Kさんからのメールを受け取ったのは、それから2年後のことだった。内容は、また転職を考えているので相談に乗ってもらえないかというものだ。数日後、Kさんは私たちのオフィスにやってきた。
「小さい会社なので、なかなか大変です」
Kさんは苦笑しながら、退職を考えた経緯について話してくれた。
「収益は上がっているんですが、トップが文字通りのワンマンで方針がどんどん変わるんです。社員もついていけないということで出入りがすごく激しくて…。2年前に入社した私が今では最古参なんですよ」
思わず言葉を失った私にKさんは言った。
「紹介していただいたことを責めてるわけじゃないんです。たぶんそんな業界なんだろうなと思いながら入社しましたから。でも、さすがに2年が限界ですね」
私は、Z社の社内情報をきちんと伝えられなかったことを詫び、次は長く勤務できる企業を紹介することを約束した。Kさんからは、「よろしくお願いします」との言葉とともに、Z社の求人に関して、新たな依頼をいただいた。
「私の後任の求人を、また頼むことになると思います。近々、連絡があると思いますので、そちらもよろしくお願いしますね」
そして数日後。営業担当のT君が私のところにやってきた。
「久しぶりにZ社からの求人です。前回スムーズに決まったので、社長がもう一回頼みたいと言ってくれたようですね。また候補者のリストアップをよろしくお願いします」
Z社所属のアーティストの人気は、2年前と比べて衰えるどころかますますアップしている。おそらく希望する候補者は前回よりも多いだろう。Kさんから聞いた同社の内情を少しぐらい伝えても「ぜひやってみたい」という人にとっては、「入社意思を試している」くらいにしか感じられないのだろうな…と思った。
人気企業のネガティブ情報を、どのように伝えるのがいいのか。私は迷いながら改めてデータベースをのぞき込んだ。