対外的なイメージを考慮
書類選考に写真が必要な「あるポジション」
選考基準は何だったのか── 応募書類の写真、企業はどう見ている?
海外、特に欧米では人材採用に際して写真を求めることを禁止している国も多い。写真を見れば人種や性別、だいたいの年齢などが分かってしまうためだ。いわゆる就職差別をなくすためには写真はない方がよい、という考え方である。応募書類にも年齢(生年月日)や性別、人種などは記載しない。一方、日本では履歴書に写真をつけて提出するのが一般的。市販の履歴書には必ず写真を貼るスペースがある。
それは社長秘書の募集だった
「今回の募集に関して一つお願いがあります。書類選考の段階からご本人の写真をつけて推薦してください」
A社の採用担当者からのオーダーは珍しいものだった。一般的に、人材紹介会社から企業に人材を推薦する場合、書類選考の段階では写真はつけないことがほとんどだ。しかし、それは欧米のように、人種や性別、年齢などによる就職差別を防ぐためというよりは、単に送るほうも送られる方も手間を省きたいという程度のことである。日本では、応募書類(履歴書)に生年月日や性別を記入する欄があるし、人種もそうバラエティーに富んでいるわけではない。つまり、書類選考の段階から写真を見てどうこうする意味もないといえるのだ。
「ポジションが社長秘書なので、社長自身が事前に写真も見ながら書類選考したい、という意向なんです…」
なるほど…と私は思った。秘書としての仕事ができることは大前提だが、そのうえでルックスも考慮したい、というのは分からないでもない。社長ともなれば激務であるから、自社に戻った時くらいは、自分好みのタイプの秘書に癒されたい(変な意味ではなく)ということもあるだろう。また、A社はベンチャー系ではあるが上場企業だ。国内外からVIPが訪れることも多く、対外的なイメージも当然考慮しているだろう。
「承知しました」
私はさっそく候補者の選定にとりかかった。上場企業の社長秘書というポジションなので、やってみたいという人材は多い。他の上場企業での役員秘書の経験者も何人か見つかった。
問題は写真である。あからさまに「書類選考の段階から写真が必要です」というのも何かいやらしい。そこで伝え方を工夫してみた。
「A社では書類選考時から正式な履歴書が必要です」
日本では履歴書に写真をつけるのは一般的だ。しかも、面接が決まれば履歴書持参という企業が多いので、すんなりと候補者の方にも受け入れてもらえた。
こうして私は複数名の方を推薦したのだった。
やはり決め手は社長の好み?
「残念ながら、今回は見送らせていただきます」
A社の社長秘書の募集は、もう1ヵ月以上続いていたが、まだ1人も書類選考を通過していなかった。募集自体が続いているということは、他の人材紹介会社も苦戦しているのだろう。
「写真が良くないのでしょうか」
私は訊いてみた。上場企業の役員秘書経験者や外資系企業出身で英語力も十分な人など、キャリア的には少なくとも面接にまで進んでもよさそうな人材が軒並み書類選考で見送られていたためだ。
「履歴書サイズの写真だと小さすぎますか?」
実は私は、サイズだけでなく「写真の質」も少し気になっていた。新卒の学生だと、履歴書に貼る写真の出来にもかなり注意を払う。「ここで撮影すれば合格する」という写真館なども噂されているほどだ。かなり高額の撮影料金にもかかわらず多くの学生が殺到しているというニュースも目にする。
しかし、転職希望者になると「写真よりも職務経験重視」と考えるのが一般的なので、キャリアに自信のある人ほど写真はいい加減だったりする。スナップ写真とはいかないまでも、証明写真のような愛想のない写真を送ってくる人がほとんどだった。直接会うと十分に魅力的な人なのに、もったいない限りだ。
「写真ですか…どうでしょうね。基本的には、職務経験の内容を中心に見ていると思いますが…」
A社の採用担当者も何となく歯切れがよくない。社長が自ら書類選考をしているので、選考基準の細かいところまでは分からないのだという。追加の条件も特にないらしい。
「せめて社長の好みのタイプが分かれば…」
といっても、こちらも好みのタイプにあわせて人材を用意することなど到底無理である。A社が要求している職務経験やスキルのバーはかなり高く、そこからさらに容姿でスクリーニングできるほど多くの人材をストックしているわけではないのだ。
「良い候補者がいたら、随時、応募書類を送っていただけますか。数が集まればその中から、社長のイメージにあう方も出てくると思いますので…」
「分りました」…と答えながら、私は今後、候補者の方に「うつりの良い写真を送ってほしい」と言った方がいいのだろうか、と漠然と考えていたのだった。