酒場学習論【第38回】
ブガンヴィッレ広尾と、組織の引き継ぎ
株式会社Jストリーム 執行役員 管理本部 副本部長 兼 人事部長
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
ナポリの街角にでもありそうな、気軽で素敵なピッツェリア(ピッツァの専門店)が、ブガンヴィッレ広尾です。ディナータイムには、ピッツァだけでなく、本格的な南イタリア料理もいただけます。ナポリピッツァの味と伝統を継承しているピッツェリアが、厳格な審査の上で認定される「真のナポリピッツァ協会」の認定店でもあります。店先にはナポリの伝統的な道化師「プルチネッラ」がピッツァを焼いているデザインの「真のナポリピッツァ協会認定店」を示す看板が輝きます。看板には「901」とナンバリングされていますが、これは認定番号です。認定番号は取得した順に各店舗に割り当てられます。ですから、世界で901番目に認定された店舗であることを意味します。
実は、以前ここには異なる番号の看板が掲げられていました。認定番号が「165」の「パルテノペ広尾店」です。2000年に開店し、日本にナポリピッツァブームをもたらすことに大きく貢献した名店です。多くの人に惜しまれつつ、2022年3月に閉店。その後、経営が変わって、ピッツァ窯も店舗の趣もそのままに2022年6月、ブーゲンビリアを美しくあしらった新店舗「ブガンヴィッレ広尾」として新たなスタートを切りました。パルテノペを立ち上げて率いてきた渡辺陽一シェフが料理監修として残り、味を継承しています。店舗スタッフは交代して、若い活気が店舗にはあふれます。
また、伝統的なマルゲリータなどに加え、ピッツァイオーロ(ピッツァ職人)渾身のスパッカ・ナポリという名物ピッツァが登場しています。ピッツァは丸いのが当たり前の中で、これは四角いピッツァです。両端のコルニチョーネ(ピッツァの縁の部分)には、一方にはリコッタチーズとハムにモッツァレラ、もう一方には自家製サルシッチャと青菜のソテーに燻製モッツァレラがそれぞれ入っていて、中央部分は水牛のモッツァレラを使ったマルゲリータ、ピッツァDOCというぜいたくな一品です。
ブガンヴィッレでワインとともに、ナポリビッツァやパスタ、美味しいイタリア料理の数々をいただいていると、何十回も通ったパルテノペ広尾店の思い出が呼び起こされる瞬間があります。でも、ここは新しい店舗ブガンヴィッレであり、新しい価値を私たちに提供してくれる素敵な別のピッツェリアです。いろいろな大切なものがしっかりと引き継がれながらも、新たな店舗としての魅力を提供してくれている、ある意味では多くの人の想いと努力の上で、理想的な引き継ぎがなされたのかなと感じます。
企業組織においても、社員の退職や異動などに基づき、引き継ぎは日常的に生じます。私も何度も引き継ぎをしてきました。最初の引き継ぎは、入社7年目に、業務用小麦粉の営業から人事部に異動したときでした。営業の仕事と自分が担当してきたマーケットや顧客に強い愛着を持っており、非常識なほど分厚い引き継ぎ書を作成しました。将来のエリア施策まで記載しました。
その後も何度か引き継ぎはありましたが、特に思い入れが深かったのは、自分で立ち上げた人事シェアードサービスセンター、障害者特例子会社の引き継ぎです。両方とも、ある意味では創業者の立場です。創業した部署を引き継ぐのは難しいとよく言われます。創業者がいなくなった瞬間に、組織にがたつきが来て、以前のように機能しなくなるケースも多く聞きます。創業者のパワーが強ければ強いほど、引き継ぎは危機の瞬間です。個人間の引き継ぎではなく、組織の引き継ぎなのです。
過去の組織の引き継ぎの際に、意識して工夫したことが三つあります。
一つ目の工夫は、引き継ぎを後任者にだけ行うのではなく、メンバー全員に引き継ぐというスタンス。特に中心的な役割を担う社員への引き継ぎが重要です。
引き継ぐ内容は、実務的なことも重要ですが、イムズ的な面が大切です。組織文化、組織のパラダイムというものです。組織としてどうあるべきかを徹底的に引き継ぐのです。ことあるごとに語り続けることになります。これが二つ目の工夫です。
そして、三つ目の工夫は仕組みに残すこと。シェアードサービスセンターの場合は、サービス体系や請求体系にかなり工夫を講じました。障害者特例子会社の場合は、人事制度を残しました。これらは、仕組みであるとともに、組織理念にもなります。また、会議体や業務分担体系、基本的な仕事の進め方のルールなども仕組み化しておけば、引き継ぎは安定します。
企業内組織の引き継ぎと店舗の引き継ぎはまったく違いますが、ブガンヴィッレにお邪魔し、過去のパルテノペ広尾店のテイストをしっかりと残しつつ、新しい店舗としての魅力を発揮しているのを感じると、「こういう引き継ぎをしたいなぁ」と思います。渡辺シェフが監修として残っているなど、いくつか特殊条件はあるのですが。
パルテノペ広尾店の認定番号が165。ブガンヴィッレの認定番号が901。この間に世界中で、700以上の店舗が新規認定されました。その中には数十の日本のピッツェリアも含まれます。日本においてナポリピッツァが身近で当たり前の食べ物になるまでの歴史が、165から901の間にあります。そして、さらに認定店が後に続くでしょう。
食事のあとは、いつもナポリの食後酒リモンチェッロで締めます。これは165番の頃から変わりません。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 執行役員 管理本部 副本部長 兼 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。