有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”【第37回】
CHROを考える(その1)
人事担当役員とCHRO
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
『日本の人事部』が主催する「日本の人事リーダー会」において、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生とご一緒させていただきました。入山先生は、経営学者として、また人や組織を語るオピニオン・リーダーとして、私が最も尊敬する人物のお一人です。社会的事象を俯瞰する視座、それを分析する切り口の鋭さとユニークさ、机上の空論ではない実態感覚が素晴らしく、それらすべてをパッションとともに伝える語り部でもあります。われわれ実務家が真剣に耳を傾けるべきアカデミアであることは間違いありません。
リーダー会において入山先生が述べられた問題提起が、「これからの企業は人事で決まる。そして、CEOと一緒に企業文化を戦略的に作り込むことがCHROの役割。しかし、残念ながら、日本にはイノベーションを起こすことができる真のCHROが不足している」というものでした。
CHROの定義
言うまでもなく、CHROとはChief Human Resources Officerの略です。直訳をすれば、企業組織における最高人事責任者ということになります。これは、伝統的な日本企業における人事担当役員とは異なるのでしょうか(ここではことさら相違点を強調していることをご理解いただきたいと思います)。
あえてこの二つを区別すると、以下のようになります。
- 人事担当役員 = 経営陣の中で人事分野を担当する役員
- CHRO = 主として人事分野を担当する経営者
この二つは似ているようで、決定的に異なる点があります。
人事担当役員は、人事の専門家としての最高位であり、経営戦略を受けて人や組織を考えることが使命です。施策の考案と実施(How)が主たる仕事となり、人事という分野において経営に貢献するとも言えるでしょう。「人事→経営」なのです。
一方、CHROは、社長を含む経営陣とともに企業全体の経営戦略を考え、人と組織の実行面においてリーダーシップを発揮すべき存在です。「経営」が先にあるわけで、まず何をすべきか、そしてその中での人と組織をどうするのか(What)を考えることになります。こちらは「経営→人事」です。
入山先生の「CHRO不足」という問題提起も、上に定義したようなリーダー、すなわち真のCHROが日本には少ないことを指しているのだと思います。
CHROの人物像
ここまでCHROの役割を述べてきましたが、その人物像はどのようなものでしょう。
人事担当役員は、長く人事・労務のいろいろな機能を経験し、この分野のプロフェッショナルとして、企業内で最もシニアな人物であることが多いかもしれません。多くの現場体験から、日々発生する人事・労務の問題に対して迅速かつ的確な対応を指示できる人です。組織内で顔が広く、社内における融合や、労働組合との良好な関係を維持することが得意なのではないでしょうか。「関係性の人」とも言えるでしょう。
これに対して「CHRO」は、まず経営戦略を検討・議論できないといけないわけですから、人事にとどまらずさまざまな業務経験(営業、生産、経営企画等)を持っていたり、MBA(経営学修士)を取得していたりするはずです。複数の業界をまたいで仕事をしてきた人も少なくないでしょう。また、自身の「引き出し」が多いことに加え、社外にもネットワークを持ち、常に新しいアイデアを模索している人物であるはずで、将来はCEO(最高経営責任者)にもなりうる人材ということになります。必ずしも人事・労務のベテランではないかもしれません。それは、プロを集めて強いチームを作り、戦略を構築できればよいからです。こちらは「パフォーマンスの人」と言うことができます。
日本の企業社会とCHRO
従来の終身雇用的な日本企業における就社環境では、人事担当役員(=関係性の人)を育成することはできても、CHROを輩出することは困難かもしれません。社内での出世競争など何の意味もありませんし、複数の業界・職務経験や社外ネットワークがその要件になりえるからです。実際、過去10年間の「HRアワード」個人賞の顔ぶれを眺めてみると、複数の業界を経験した方々が多くいらっしゃいます。また、外資系企業での経験を日本企業に持ち込んだ方も目立ちます。
もちろん、日本企業一社の中でCHROを育てることも不可能ではないでしょう。実際にそのようなご経歴の方々の中にも、素晴らしいCHRO(=パフォーマンスの人)がいらっしゃいます。ただ、それを実現するには、ご本人の不断の努力・研鑽と、企業としての意図的な修羅場・武者修行体験の提供があったのではないでしょうか。
次回は、社会問題としての「CHRO不足」が今後どこへ向かうのかを考えてみたいと思います。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
あんたは人事担当役員になりたいのかい。
本当に目指すべきはCHRO なのでは?
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。