企業競争力を生む従業員の「キャリア自立」
解説:福田敦之(HRMプランナー/株式会社アール・ティー・エフ代表取締役)
終身雇用や年功序列に代表される日本的雇用慣行が健在だった時代には、基本的に従業員の能力開発の主体は企業にあった。それがバブル経済崩壊後、リストラが行われ人材の流動化が進むに従い、能力開発の主体は個人に、しかも自己責任でキャリアプランを作り上げるという「キャリア自立」の時代へと移ってきた。さらに最近では、自己のキャリアの見直しとその形成に、かなり早い段階から取り組むケースが増えている。これも、キャリア自立が本人の能力開発・ステップアップのみならず、組織の活性化、生産性向上に大きく寄与することが分かってきたからだ。今回は、キャリア自立の現状とあり方について、紹介していくこととする。
なぜ「キャリア自立」なのか?
従来型の「教育システム」が機能しなくなってきた…
最初に、これまでの「教育システム」について考えてみよう。思えばそんなに遠くない昔、終身雇用・年功序列などの日本的雇用慣行は、従業員の能力開発のあり方に大きな影響を与えていた。新卒者を定期的に採用し、長期間にわたってじっくりと育てていくことのできた時代には、階層別や入社年次別の集合研修が能力開発の主たる方法だった。同期入社の強い連帯の下、会社はできるだけ全員が定年までたどり着けるよう、あまり早い段階での選抜は行わなかった。また、社内事情に精通したゼネラリストを養成するために、定期的な配置や異動を行っていった。その中からリーダーが自然と育っていった。このような一律や平等がよしとされたシステムは、長期雇用というフレームの中で非常に有効に機能していたように思う。しかし、バブル崩壊後の会社を取り巻く環境の変化が、このようなフレームに変革を迫った。そう、「入り口」と「出口」の多様化である。
まずは、入り口である採用の部分。新卒者の一括・定期採用から、必要な人材を必要な時に必要なだけという戦略の必要性が叫ばれ、中途採用を含めた通年採用へと軸足が移ってきた。加えてパート・アルバイト、派遣社員など多様な人材の活用が当たり前となった現在、何よりバブル期並みの採用難の昨今では、従業員教育のあり方にも大きな変化が出てくるのは当然だ。
そして、成果主義やコンピテンシーに基づいた評価制度の導入により、組織における年功序列が崩壊し、定年を待たずに会社を去る人が増えていった。出口のあり方も様相が変わってきたのだ。その結果、年次別研修の意味も薄れてきた。さらに、早期退職制度などの人事政策的な面からも、定年前退職を前提としたライフキャリア教育の重要性が高まってきたのは周知のことだろう。
この他にもグローバル化、IT化の進展により、仕事や役割が複雑化・高度化してきたことが大きい。それに伴い、求められる能力やスキルが変わってきたからだ。加えて、その変化のスピードも想像以上に速いときている。従業員にとってどのような能力を開発し、スキルを身に付けていくかという点が、非常に難しくかつデリケートな問題となってきたのである。
結局、賃金制度や評価制度だけではなく、教育手法や能力開発、キャリア形成といった人材育成についても、抜本的な見直しをしなくてはならない時期に来たということ。その際に、注目を集めてきたのが「キャリア自立」という考え方なのだ。
新しい人材育成の方向に舵を取れるか
実は、キャリア自立という考え方は、これまでも中高年を対象とした「第2の人生設計」的なプログラムとして各企業で導入されていた。しかし、近年注目されているキャリア自立とは、若いうちから従業員が自己責任でキャリアプランを作り上げ、自らのキャリアを切り開いていくというものである。そこでは、個人が自らの責任でキャリア形成に取り組み、企業はそれをサポートする義務を負うといった相互に補完し合う関係がポイントとなる。
前述したように、長期安定雇用の枠組みが崩れた現在、従来型の教育システムが機能しなくなり、人材育成の考え方も大きく変わってきた。中高年対策としてではなく、なるべく早い段階からキャリア開発に取り組んでいくことがこれからの主流の考え方だ。今までの会社主導によるキャリア開発とは異なり、個人が生涯にわたるライフデザインも視野に入れ、主体的に自分の職業生活を設計するということに思い切り舵を取れるのか。これが大きな分岐点となると思う。
「キャリア形成」では、“埋め合わせ”をする責任が企業にある
個人のキャリア形成に、企業はどこまで関わるか?
個人主義が台頭してきた現代にあって、キャリアという長期的な視点に立った職業生活については、あくまでも個人が主体的に考えるべきことであろう。実際、企業が個人の成長やキャリア形成を積極的に支援することを、“大きなお世話”と感じる人がいるかもしれない。
しかし、どうだろうか。現実的に、これまで従業員の自主性を積極的に促してきた企業は多くない。実態は、企業の都合による個人のキャリア開発と言っていい。その意味からも、これまでの“埋め合わせ”をする責任は企業にあるのではないか。はっきり言えば、企業は従業員が自らのキャリアを自主的に考えるようなサポートをする必要がある。
なぜなら、これまでキャリアとは社内でどのような部署を経て、昇進していくかといった「社内履歴」のことだった。同時に、それは企業にとっての都合を考えたキャリアであった。定年までの長い期間をかけて選抜する仕組み、その時々の会社の事情による異動・配置、そして社内のさまざまな部署・ポジションを経験させてゼネラリストを養成するシステム、といった類のものが存在した。しかし、このようなキャリア形成のあり方はもはや通用しなくなった。
何よりも、定年までの雇用を保証することが難しくなった以上、長期にわたって行う選抜自体の意味がなくなる。また、働く側の価値観の変化もあって、自らのライフスタイルに合わない異動や配置は受け入れられなくなっている。さらに、自社のことしか知らないようなゼネラリストでは、労働市場における価値は低い。このような環境変化を踏まえた上で、この先企業はどのように個人のキャリア形成をサポートしていくべきなのか?
もちろん、その回答は一様ではない。事実、各企業がどのような人材を必要としているかによって大きく異なる。ただそれでも、間違いなく言えることがある。それは、今多くの企業が望んでいるのは、自ら主体的に行動し、それによって新しい価値を生み出せる人材だということ。そう、自立した人材である。そして、そのような人材を生み出すベースとなるのが「キャリア自立」というわけである。
企業が個人の自立を支援する「理由」
なぜ、企業はこのような自立した人材を望むのか?それには理由がある。1つ目は、これまでのように企業が個人の生活を将来にわたって面倒見切れなくなってきたこと。手厚い福利厚生はこれまで企業の十八番だったが、人件費削減の流れの中で、住宅手当や家族手当といった施策を打ち切る企業は多い。仕事に直接関係のない部分については、自己責任で何とかしてくれ、というのが企業の本音なのである。
そして2つ目の理由。これが“本質的”な部分であると思っているが、自立した個人こそが、高い価値を生み出すことができるからだ。上司の指示やそれまでの慣習・前例にとらわれず、独自の発想ができる人材。その場の状況に応じて、最も相応しい行動が取れる人材。既存事業をうまく運営することよりも、新たな価値を創造できる人材。そのような人材こそが、21世紀における組織のリーダーとして相応しい。言うまでもなく、これらの行動ができるのは、自立した人材の特徴である。何よりも自立した人材というのは、これまでのような既存の組織に必要な人材を育成するという考えからは生まれてこない。
ここまで話せば、言いたいことはお分かりだろう。従業員のキャリア形成において、これからは「自立」が極めて重要なキーワードとなるということ。そして、そのために企業は何をすべきかを考えることが人材育成において、最も大切な事項になってくるのである。
「キャリア自立」の狙い
若いうちに「気づき」の機会を与える
それでは、従業員のキャリア形成に対して、企業はどのようなアプローチを心がけていけばいいのか?重要なのは、各自が「どのようなキャリアを送りたいと思っているのか」を、従業員自らに気づかせ、考えさせることである。そして、本人なりの決意や方向性を持ってもらうことだ。また、そのための機会やきっかけを作るのが人事担当者の役割と言える。例えば、本人の適性や価値観、強みなどを発見、再確認し、その先の方向性を具体化させるキャリア開発研修などである。繰り返しになるが、こうした「気づき」の機会を、できるだけ若いうちに与えることが、キャリア自立においてはとても大切になってくる。第2の職業生活設計ではなく、まさしく第1の職業生活設計から考えられるような仕組みが欠かせない。
とはいえ、いくら個人のキャリア形成をサポートしても、それが組織の成果に結び付かず、企業目標の達成に貢献できなければ意味がない。そのためにはマネジメントする立場にある者が、個人のキャリア自立と組織目標の達成をいかに両立させるか、これがキャリア自立において大きな課題となってくる。
キャリア自立の「効果」と、企業が「覚悟すべきこと」
キャリア自立することで、どのような効果が期待できるのだろうか?
1.優秀な人材の「引き留め策」となる
若いうちから自分のやりたいことへとチャレンジしようとするので、優秀な人材ほど魅力的な職場と感じるようになる
2.採用における「優位性」を確保できる
従業員が自立し成長できる組織とアピールすることにより、多くの若くて優秀な人材が応募してくる
3.組織が「活性化」し、「生産性」が向上する
自立した優秀な人材が活躍することで、自立できない人材は去っていき、組織にとって望ましい「新陳代謝」が図れる。その結果、生産性も高まっていく
このような効果が期待できる一方で、企業には覚悟すべきことがある。それは、「人材が流出するリスクがある」ということ。従業員が自らのキャリアについて考えた結果、それを実現するものが社内にない場合、会社を辞める可能性があるからだ。
つまり、キャリア自立では個人が自立を求められると同時に、会社もまた、個人の自立に耐えられるシステムや組織風土を持つことが求められる。その意味からすれば、個人のキャリア自立を尊重し、個人との間によりよい緊張状態を保てる会社が、これからは選ばれていくのではないだろうか。
「キャリア開発」の現状
「キャリア開発研修」を行う企業は約4割
次に、従業員のキャリア自立に向けて、企業はどのような状況にあるのかを探ってみることにしよう。産労総合研究所が2007年10月に発表した「ホワイトカラーのキャリア開発調査」が参考になる。ここでは、企業における入社後、節目に実施する「キャリア開発研修」の実施状況を尋ねている。
その結果をみると、「実施している」は37.6%と約4割に上り、「実施していないが、近い将来実施する予定・検討中」が23.7%となっている。他方、「実施していない、今後の予定もない」は37.6%であった。評価は分かれたものの、今後の導入も含めると、キャリア開発研修を行おうとする企業の方が多数派ということは事実である。ちなみに、実施時期については、「定期的に実施」が60.0%と多く、次いで「昇格時」38.6%、選択型の研修メニューに入っているなど「希望すればいつでも受けられる」12.9%となっている。そして気になる研修内容であるが、「自己理解・自己分析」が85.5%と最も多く、これは予想通り。以下、「グループディスカッション」71.0%、「キャリアの棚卸し」66.7%、「キャリア開発プランの作成」59.4%、「自己啓発プランの作成」46.4%といった内容が続いている。
「キャリア・カウンセラー」がいる企業はまだ少数
一般的に、従業員からキャリア形成や能力開発について相談を受けることの多いのが人事・教育担当者であろう。さらに、最近ではカウンセリングなどの専門知識を学び、キャリア・カウンセラーといった資格を取得する人も増えている。そうした専門家を従業員のキャリア形成や能力開発への相談役として活用する企業も出てきているようだ。
では、実際のところ、そのような専任のキャリア・カウンセラーが社内にいるのかどうかを聞いた結果だが、「社内に専任のキャリア・カウンセラーがいる」企業はわずか3.2%に止まっている。「社内に兼任のキャリア・カウンセラーがいる」9.6%や「社外のキャリア・カウンセラーに委託」3.7%を加えても、専門家に相談できる体制が備わっている企業は約2割に過ぎず、現時点でキャリア・カウンセラーがいるのは先駆的な企業ということになろうか。なぜなら、「現在はいないが近い将来(2~3年先)には置きたい」という企業も18.7%と少なく、この点に関しては企業の関心はまだ高いとは言い難い。
これらの結果をみると、キャリア自立に向けて、ある程度意識としてはあるものの、その具体的な施策や効果的な手法となると、まだ十分ではない現状がよく分かる。しかし、近年の従業員のキャリア開発意識の高まりや、若者の定着・早期戦力化が経営上の重要課題となっていることを考えれば、社内体制の整備や専門家の育成は急務の課題ということができるだろう。
「キャリア開発研修」の事例
キャリア開発への気づき、そして目標の発表
キャリア開発をどう行っていくのかのイメージをつかんでもらうために、具体的な事例を見ていくこととしよう。ここで紹介するのは、ある中堅メーカーが全国各地から30歳前後の若い人たちを東京本社にある研修所に集め、2日間にわたり実施したものである。図2に、プログラムの概要を示しておいた。
1日目は、キャリア開発の重要性とその意味を理解してもらうことを主眼に置いている。最初にこれまでのキャリアを棚卸しし、さらにさまざまなツールを用いた「自己分析」を演習形式で行い、キャリア開発における自己理解の大切さ、そして自己課題について今後、どう自己啓発していくかを発表していく。特徴的なのは、その日の夜に希望者に対して「キャリアカウンセリング」を行っていること。これで、受講者のキャリア自立に向けての気づきが大きく促される。ただ先の調査結果にもあるように、このようなケースはまだ少ないのが現実だ。
そして2日目。社内にて自己啓発の取り組みを行っている事例を紹介する。モデルとなる人の話を聞くことで、リアリティが沸いてくる。その後、これからのライフキャリアをデザインする演習に入っていくという流れだ。交流分析による「自己理解」や「価値観分析」を行い、これからどのような人生を歩みたいのか、どのような仕事をしたいのかを発表していく。さらに、そのためにはどのような目標を持てばいいのか、短期目標、中期目標、そして長期目標を設定し、そのための具体的なアプローチを発表してもらう。
このキャリア開発研修でポイントとなるのは、これらを4~5人のグループ単位で行うことだ。参加者のほとんどが初対面ということもあり、最初は皆、非常に緊張した面持ちとなる。それが、グループでディスカッションを進めていくうちに、自然と「自己開示」が行われ、研修終了時には長年の友だちであるような関係へと移っていく。2日間の研修とはいっても、相互のコミュニケーションが図られることにより、グループで実施する効果は非常に高いものとなる。
そして研修を終えた後、受講者たちは各々全国の職場へと散っていくわけだが、通常の研修とは違うキャリア開発研修に参加したことで、お互いに「戦友」のような関係が築けていく。実際、ここで育まれた信頼関係は職場に帰ってもいろいろな形で続いていることが多いと聞く。そのような意味でも、キャリアデザインは自分1人で考えるよりも、職場の仲間たちと一緒にグループワークで行ったほうが、いろいろな意味で効果がある。それは、以下のような研修終了後の受講者の「感想」を聞くとよく分かる。
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「オフの場面」で自分がリセットできた
実際に受講してみて、こうした「オフの場面」が必要だと感じました。何より、自分を1度リセットすることができます。そうすることで、データ結果や職場のフィードバックも素直に受け取ることができました。また、皆で集まってやるシャッフル効果もあってか、とても充実感を覚えた2日間でした。職場に帰ったら、他のメンバーにもぜひ受けるよう勧めてみたいと思います。 -
「行動すること」の重要性を痛感
キャリアということを自ら考え、行動していくことの重要性を強く感じました。結局、行動しなければ、何も変化が起こらないわけです。グループワークで、自分にはコミュニケーション力が不足していることが改めてよく分かり、その結果を受けて、今後に向けてのしっかりした行動プランを作成することができました。 -
カウンセラリングを受け、キャリアの「方向性」が明確になった
初日の夜に行ったカウンセラーによる「キャリアカウンセリング」がとても良かったです。カウンセラーが私の中にある「思い」をうまく引き出してくれて、自分は何をやりたいのか、どういうふうに進みたいのか、キャリアの方向性がとても明確になりました。
講義 | いま、なぜキャリア開発なのか~その今日的な意味と重要性 |
演習(ワーク) | キャリアの棚卸し~これまでのキャリアの歩み |
演習(発表) | グループ内での発表(これまでのキャリアの歩みについて) |
演習(ワーク) | 自己分析~自分のキャリアにおける「強み」と「弱み」の分析 |
演習(発表) | グループ内での発表(自分のキャリアにおける「強み」と「弱み」の分析) |
講義 | 自立的キャリア開発のための課題のまとめ |
演習(ワーク) | キャリアマネジメント分析~自己のキャリアマネジメントの現状についての分析 |
講義 | キャリアマネジメントの重要性 |
演習(発表) | 自己のキャリアマネジメント上の課題についての発表 |
演習(ワーク) | 自己分析~職場からのフィードバック分析~事前に職場からのフィードバックをもらった結果をみて、気づいたことを整理しまとめる(強み、改善点、役割と期待など) |
演習(発表) | 職場からのフィードバックで改めて気づいたこと、改善点、自己課題等を発表 |
講義 | キャリア開発における自己理解の大切さ、今後いかに自己課題を自己啓発していくか |
講義 | 第1日目の振り返り・まとめ~生き方・働き方をデザインすることの大切さ |
演習(ワーク) | 自己課題の振り返り・まとめ |
キャリアカウンセリング | 希望者に対して、カウンセラーがキャリアカウンセリングを実施 |
懇親会 | 講師、カウンセラーを囲んでのフリートーク |
●第2日目
事例紹介 | 社内で自己啓発を行っている事例(人物)を紹介する、質疑応答 |
演習(ワーク) | これからのライフキャリアをデザインする~キャリア上の目標は何か? |
演習(ワーク) | 「交流分析」「価値観分析」による自己理解 |
演習(発表) | これから自分はどのような人生を歩みたいのか、どのような仕事をしたいのかを発表する |
講義 | 人生に目標を持つことの重要性とそのアプローチ・達成方法について |
演習(ワーク) | 目標の設定(短期~中期~長期) |
演習(ワーク) | 目標達成への具体的なアプローチ(何を~いつまでに~どのように~どれくらい) |
演習(発表) | キャリア目標とその達成へのアプローチを発表 |
講義 | ライフキャリアゴールへの道のり、その実現に向けての努力・自己啓発 |
演習(発表) | キャリア開発研修に参加しての感想 |
事務局からの連絡 | 事務局からのまとめ、研修参加へのアンケートを記入 |
「キャリア自立」の実現に向けて
敷かれたレールの上を歩むことから、自ら開拓するキャリアへ
改めて言おう。従来の企業に全てを任せていたキャリアは、入社から定年までの長い期間があることが前提だった。その前提が崩れた現在、どんな仕事に関わり、そのためにはどのようなスキルが必要か。そして、それをどのように身に付けていくかは、個人が考えるべき事項となったのである。まさにキャリアにおける「自立」、そして「自己責任」という概念が組織で働く人たちに求められるようになってきたのだ。
正直、こうした変化に戸惑う人や抵抗を示す企業もあるかもしれない。しかし、この流れは今後、主流になっていくのは間違いない。いや、主流になる、ならないというよりも、このような変化を歓迎し、ともに成長していけるかを考えることを選択したほうがいいと思う。
自立の「必要性」についての「説明責任」を、きちんと果たすこと
ただそこで問題となるのは、「キャリアは自己責任で作るもの」と宣言した瞬間から、これまでの経緯をなかったことにして、一方的に態度を変えることが果たして企業に許されるのかということ。その理由は背景をきちんと説明することなく、あたかもそれが昔から正しかったように「自立しなさい」と言われても、従業員は戸惑うばかりである。
持論を曲げるわけではないが、キャリアについて、自ら考えることが正しいのか、敷いたレールに乗っていくのが正しいのか、この2つの善悪を論じることにはあまり意味がないのではないか。なぜなら、置かれた時代や環境によって、最も適したやり方を追求するのが組織が生き残るために必要なことであるからだ。それがかつては「組織が面倒をみるキャリア」が有効であったものが、これからは「自ら考えるキャリア」が有効であると考えるべきである。
状況認識の変化に合わせ、考え方が変わったのである。だからこそ、従業員に対して自立を求めるには、これまではどうだったのか、これからはどうするのか、そのためには従業員にはどうしてほしいのかといった諸々の事情や対応について、丁寧かつ具体的に説明する責任が企業にはある。
それなのに、時代が要請しているから当然であるかのごとく、一方的なルール変更は従業員のやる気を失うばかりでなく、会社に対する信頼感を大きく低下させる。
これはこのことに限った話ではないが、変化の激しい時代において、何がどのように、なぜ変化したのか。それに対して、どのようなことを要望するのか。そして、会社としてはどのような対応を行っていくのかを正直に言うことは絶対に必要だ。そうすることで、従業員も組織も「変化」を受け入れやすくなる。
自立のための「支援」をどのように行っていくか
では、企業は従業員に対してキャリア自立の背景と理由を説明するだけでいいのか?そうすれば、従業員はキャリアを自立的に考え、それに相応しい行動を取ってくれるのだろうか?
もちろん、それだけではない。システムや制度・施策を変える際に、きめ細やかな支援が必要となるのは、賢明な読者ならご承知のことだろう。
従業員のキャリア自立のために行うべき支援として、企業が最低限すべきことは、従業員と企業の関係を対等なものにすることだと考えている。これまでの従業員と企業の関係は、「面倒をみてもらう代わりに、言うことを聞く」という「依存・従属」の関係だった。この関係を改めなければ、個人の自立は難しい。「依存」から「自立」へと変化させるためには、「従属」も「対等」へと変わらなければならないからである。
そして、個人と対等な関係を構築するためには、次のようなアプローチが必要だと考える。
1.制度の仕組み・結果を「オープン」にする 賃金制度、評価制度、昇進・昇格制度といった人事制度の仕組みや、評価結果などを従業員に対して隠すことなく公開する。その結果、会社と従業員の双方が「ルール」を理解しているという、フェアな関係を構築することができる
2.キャリア選択の「自由」を与える これまでのような会社都合による一方的な配置・異動ではなく、自己申告制度や社内公募、社内FA制度などを設けて、従業員が自ら選べる仕組みを作ること。さらに、従業員がキャリア形成上、必要と感じた能力開発の機会や方法について、選択できるようにすることが望まれる
3.「キャリア相談」の機会を設ける 過渡期である現在、キャリア・カウンセラーなどの専門家によるキャリア相談のできる機会を設け、自立支援を行っていく
かつて、働く人のキャリアをある程度の確度で保障することのできた幸せな時代があった。それによって、従業員は自分自身の将来をイメージできたし、何を学び、何を経験すればいいのかも理解できた。しかし、そんなことができた時代を、今ではとても遠くに感じる。好むと好まざるとに関わらず、企業が従業員のキャリアを保障できなくなった以上、従業員は会社生活におけるキャリアを自ら見つけなくてはならない状況に置かれた。そのために、会社は従業員がキャリアイメージを描けるようにサポートしていかなれかばならない。
いずれにしても、自らのキャリアを自立的に考えることが、個人にとっても企業にとっても必要な時代となってきているのは確かである。しかし、それを至上命令として、これまでの関係をなかったことにしてはならない。道義的な問題というより、従業員のモチベーションの観点からあってはならないことである。
何の説明やフォローもなく、急に掌を返すような組織に対して、果たして人は前向きに働くことができるだろうか?仮に短期的につじつまが合っても、長期的には信頼を失うことになる。何より、そのような組織に、人は定着しない。
最後に、もう1度言わせてほしい。従業員のキャリア自立のできていない企業、すなわち多くの人が会社に依存しているような企業では、自立した優秀な人材から辞めていくと。人材難の時代、これでは採用力を失っていくだけであると。