熟達・参加型から新たな学びのアプローチへ!
~今、求められる「アンラーニング」とは何か?
法政大学 経営学部 経営学科 教授
長岡 健さん
人材教育では、組織が蓄積したノウハウや知識・スキルに熟達した人材を育てていくことが、企業の競争力につながるという考え方が一般的でした。しかし、企業を取り巻く環境は大きく変化し、スピード対応が求められる現在では、熟達化がむしろ足かせとなるケースが出てきました。今回登場する社会学者の長岡健先生は、従来の学びに関する価値観や方法を大きく変化させる上で必要なアプローチ(目指すべき方向性)として、「アンラーニング(学習棄却)」を提唱しています。新しいことを受け入れるためには、これまでのやり方や考え方をリセットする必要がある、ということです。では、なぜ今、アンラーニングが求められているのでしょうか?また、職場でアンラーニングをどのように実践していけばいいのでしょうか?長岡健先生に、詳しいお話をうかがいました
ながおか・たける●慶応義塾大学経済学部卒、英国ランカスター大学マネジメントスクール博士課程修了(Ph.D)。専門は組織社会学。「学習と組織」をめぐるステークホールダーの行動や言説を、社会理論、学習理論、コミュニケーション論の視点から読み解いていくことを研究テーマとする。アンラーニング、サードプレイス、ワークショップ、エスノグラフィーといった概念を手掛かりとして、「大人の学び」の新たな意味と可能性を探るための学習環境デザインに取り組んでいる。主な書著に『ダイアローグ 対話する組織』(ダイヤモンド社・共著)『企業内人材教育入門』(ダイヤモンド社・共著)などがある。
ここ5年間における学びの「動向」
習得・転移型から、熟達・参加型へとパラダイムシフト
近年の組織における「学び」について、どのような印象をお持ちですか。
「アンラーニング」の話をする前に、「学び」における、この5年間の動きをまとめてみましょう。キーワードは「熟達化」です。単に知識やスキルを習得するといったことではなく、熟達化することが人材育成の目的である、というパラダイム転換が起こってきました。研修やセミナー中心の学びから、現場の経験とその振り返り、つまり、経験と省察によって学ぶという考え方が、人事部や能力開発部の人たちの中に広く浸透してきたというのが私の実感です。
それとともに、状況論的な学習理論を背景として、「参加としての学習」という考え方も広がってきました。この考え方の重要なポイントは、学習とは共同体(組織)による実践の一部であり、「学習vs.仕事」という対立は存在しないということ。つまり、共同体(組織)の実践に貢献しようと活動することこそが、結果として個人の学習・成長につながるという考え方です。
この5年間で、「知識・スキルの習得=学び」という考え方が変化し、「現場の実践に参加することを通じて仕事に熟達する=学び」という大きな流れがはっきりと現れてきました。企業の人材育成のあり方が習得・転移型から、熟達・参加型パラダイムへと変わってきたのです。そして、特に興味深いのは、この動きが非常に早かったことです。
その背景には、何があるのでしょうか。
一つは、元々日本企業では現場で学ぶ志向が、強かったことが挙げられます。仕事は現場で覚えるものだという感覚が非常に強かった。ただ、従来は現場の学びを「俺の背中を見て育て」といった古くさい精神主義と見なす向きもありました。ところが、この5年ほどで経験学習論や熟達化研究、状況論などが経営の分野に浸透してきたこともあり、現場での学びイコール精神主義ではないという理解が広まってきたのです。
もう一つは、いきすぎた成果主義の見直しの時期と重なったことです。1990年代後半から2000年代前半にかけて、リストラを断行し人材育成に関する費用を削って、短絡的な成果主義に走ったことへの反動です。やはり、人をきちんと育てなくてはいけないと皆が考えるようになってきたまさにその時、前述のような流れと非常にマッチしたのだと思います。
同時に、企業DNAへの議論、あるいはウェイマネジメントのように、単に個の力をつけるのではなくて、組織としてのまとまりや、チームとしての一体感の重要性が、2000年代の中頃から多くの企業で強調されるようになりました。組織としての強さをもう一度取り戻そうという方向性が、「共同体(組織)の実践への参加」を強調する状況論的な学習観とうまく結びついたとも言えるでしょう。このような幾つかの要因が重なり、現場での学びへのパラダイムシフトがより早く進んでいったのではないでしょうか。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。