“2枚目の名刺”が若手を育て、シニアを活性化
楽しく学ぶ「パラレルキャリア」の人材育成効果とは(後編)[前編を読む]
法政大学大学院 政策創造研究科 教授
石山 恒貴さん
パラレルキャリアの人材育成効果をリーダーシップ研修に活用
そうした学びの効果に、個人だけでなく、企業も注目しているそうですが、具体的にどのような形で活用されているのでしょうか。
興味深い事例として、先述した中間支援団体「二枚目の名刺」とNTTデータシステム技術株式会社(以下、NST)の共同プロジェクトがあります。NSTは、金融システムの構築、維持、保守を行う会社です。金融インフラを担う仕事ですから、システムの安定的な稼働を実現することが第一で、新しい挑戦をする機会はどうしても少なくなってしまいます。ものの見方が業界内に偏り、同質的な考え方になってしまうことも人事上の課題となっていました。そこで、社外の多様な価値観に触れ、取り入れるチャンスを作るために、「二枚目の名刺」のサポートプロジェクトを中堅社員向けリーダーシップ研修の一環として利用し、社員をいくつかのプロジェクトに送り込んでいるのです。
研修の成果はどうだったのでしょうか。
私も大学院のゼミ生といっしょにプロジェクトの成果報告会に参加したのですが、社員の方からは、やはり本業に直接役立つ学びがあったという声が上がっていましたね。多様なメンバーと対等な立場でチームを組み、皆で意見を言い合いながら軌道修正を繰り返したり、新規事業の立ち上げ企画で、正解も羅針盤もない世界をリアルに経験したりするといったことは、本業ではなかなかできないそうです。また、忙しい中プロジェクトに参加したことで、時間管理の工夫が身につくという副次的な効果もありました。
NSTのように、会社の研修制度としてこれを取り入れるのは素晴らしい試みですが、今後は制度だけでなく、企業の風土としても、社員が個人で外に学びの場を求めることを奨励する雰囲気づくりが重要になってくるでしょう。というのも、社会人大学院の学生に聞いてみたところ、会社派遣ではなく個人で通う学生のうち、ある割合の学生は会社には内緒だと言うんです。同僚にも知らせていない。私たちは「隠れキリシタン」と呼んでいます(笑)。要するに、「残業もしないで社会人大学なんかに行くのか」「職場でうまくいかないからNPOに逃げるのか」というような無言の圧力があるわけです。そもそも日本企業には、こうでなければいけないという、同質性を強要する価値観がまだ残っているのではないでしょうか。最近はかなり変わってきたと思いますが、「社外などに目を向けず、与えられた仕事に専念していればいい」というシングルキャリア的な発想は、まだ根強く残っています。
パラレルキャリアをきっかけに貴重な人材が外へ流出してしまわないか、不安を抱く企業もあるのではないでしょうか。
もちろん企業からすれば、優秀な人材を組織に引き留めておきたいと思うのは当然です。だからといって、社内に閉じ込めておくことが有効なリテンション対策になるかというと、決してそうではないでしょう。社内の学習資源だけでなく、外にも学びを求めたほうがより成長できるのは確かですし、むしろそうして主体的に能力開発に努める人材こそが、企業の成長には欠かせないはず。だとすれば、会社としてそれを支援する姿勢を強調したほうが、個人も愛着や働き甲斐をより強く感じてくれるのではないでしょうか。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。