緊急事態宣言の解除後もオフィス回帰の動きは緩やか
東京のオフィス出社率指数の動向
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 准主任研究員 佐久間 誠氏
【要旨】
- ニッセイ基礎研究所とクロスロケーションズがスマートフォンの位置情報データをもとに共同で開発したオフィス出社率指数をもとに、東京のオフィス出社の動向を確認する。
- オフィス出社率指数は、感染拡大の第1波に2020年4月22日に34%まで落ち込んだ。第2波以降は、政府の感染拡大防止策や感染動向を睨みながら、第2波以降は、オフィス出社率指数は45%~65%の範囲で推移した。
- 2021年9月30日に緊急事態宣言が解除されると、10月以降のオフィス出社率指数は55%~60%程度で推移し、10月末時点(10月29日)で60%となっている。
この記事は2021年11月8日時点の情報を基に執筆されたものです。
1――はじめに
2021年9月30日に緊急事態宣言が解除された後、企業のオフィス回帰の動きは進んでいるのだろうか。東京都の新型コロナウイルス感染症の新規陽性者数は、2021年10月31日には7日移動平均で25人と急減した。また、出遅れが指摘されていた日本のワクチン接種は、2回接種した人の割合が10月31日に72.0%となり、今や世界トップレベルの水準に達した。第6波への懸念が残るものの、コロナ禍の収束を見据えた働き方やオフィスのあり方の模索する企業が増えてきてもおかしくない時期にある。そのため、企業のオフィス再構築の動きを把握するうえでも、オフィス出社の動向をモニタリングすることが重要だと思われる。そこで本稿では、ニッセイ基礎研究所とクロスロケーションズがスマートフォンの位置情報データをもとに共同で開発したオフィス出社率指数をもとに、オフィス出社の動向を確認する1。
*1 佐久間誠(2021)「人流データをもとにした「オフィス出社率指数」の開発について-オルタナティブデータの活用可能性を探る」(基礎研レポート、ニッセイ基礎研究所、2021年6月2日)
2――緊急事態宣言解除後のオフィス回帰は勢いを欠く
まず、コロナ禍におけるこれまでの東京のオフィス出社率指数の推移を振り返り、その特徴について確認する(図表1:東京のオフィス出社率指数と新規陽性者数の推移)2。
感染拡大の第1波では、緊急事態宣言がコロナ禍で初めて発令されたこともあり、オフィス出社率指数は2020年4月22日に34%まで落ち込んだ。当初は、新型コロナウイルスの危険性などわからないことが多かったため、ひとまずオフィス出社を抑制したと考えられる。その後、新規陽性者数が減少に転じても50%以下で推移したが、2020年5月25日に全国で緊急事態宣言が解除されると上昇し、6月後半には60%前後まで回復した。
第2波では、新規陽性者数の増加に伴い、指数は2020年8月21日に50%まで低下した。企業やオフィスワーカーのコロナ慣れが進んだことに加え、緊急事態宣言の発令がなかったこともあり、指数の低下は第1波より小幅にとどまった。
第3波では、新規陽性者数の増加や緊急事態宣言の再発令により、2021年2月15日に指数は48%まで低下した。ただし、新規陽性者数の急増と比較して、指数の低下幅は小さかったと言える。一方で、新規陽性者数が減少に転じた後でも、緊急事態宣言期間は指数の回復スピードが穏やかであった。一部の企業では、新規陽性者数が減少しても宣言期間中はオフィス出社を抑制する方針を維持したためだと考えられる。
第4波では、新型コロナウイルス変異株の感染拡大への警戒感から、まん延防止等重点措置に続いて、2021年4月25日に3回目の緊急事態宣言が発令されたため、6月4日には一時46%まで低下した。その後、新規陽性者数が減少に転じ、6月20日に東京などの緊急事態宣言が解除されたことから、6月下旬には50%台後半に上昇した。
第5波では、東京2020オリンピックが、感染拡大の最中である2021年7月23日から8月8日に開催された。同期間中のオフィス出社率は平均50%と、開催直前1週間の平均53%から小幅の低下にとどまった。その後、デルタ株の拡大により8月19日には東京都の新規陽性者数が7日移動平均で過去最大の4,774人にまで急増したため、8月27日には45%まで低下した。その後も50%を下回る状態が継続したが、9月中旬に東京都の新規陽性者数が1千人を割り込む水準まで減少したことで50%を回復した。そして、9月30日に緊急事態宣言が解除されると、10月1日に令和3年台風16号が接近したことで一時的に42%まで急低下したことを除けば、10月以降は55%~60%程度で推移し、10月末時点(10月29日)で60%となっている。
このように、政府の感染拡大防止策や感染動向を睨みながら、第2波以降、オフィス出社率指数は45%~65%の範囲で推移した。また、この間のオフィス出社率指数の推移には、以下の2つの特徴を確認することができる。
1つ目の特徴は、緊急事態宣言中は、新規陽性者数が減少してもオフィス出社率指数の上昇は小幅にとどまることである。これは、宣言中でも感染拡大がピークアウトすると、人出が増加する傾向にある商業施設と異なる特徴である。一部の企業では、オフィス出社方針を新規陽性者数の増減ではなく緊急事態宣言の有無に紐付けて決定しているためだと考えられる。
2つ目の特徴は、新規陽性者数の増減や政府の感染拡大防止策に対するオフィス出社率の感応度が、第2波以降低下したことである。これは、新型コロナウイルス感染症への理解が進み、ウイズコロナにおける働き方の模索がある程度進んだためだと考えられる。
一方、ワクチン接種が進展し、新規陽性者数が急減したにもかかわらず、足元のオフィス出社率指数の回復は鈍い。その要因としては、感染再拡大による第6波への警戒感が強いことが挙げられる。また、一部の企業が、すでに在宅勤務を取り入れた新しいワークスタイルに移行したことで、オフィス出社率が構造的に下押しされている可能性がある。
*2 東京のオフィス出社率は、三幸エステート「オフィスレントデータ2021」における東京都心部の定義に準じて、東京都心5区主要オフィス街および周辺区オフィス集積地域を対象とする。
3――顕在化し始めたオフィス再構築の動き
実際、オフィス市場の動向を見ると、在宅勤務の普及に伴うオフィス再構築の動きが、一部で顕在化し始めている。
図表2は、業種別に、縦軸に東京圏のオフィス拡張移転DI、横軸に売上高の前年比変化率を示している。オフィス拡張移転DIはオフィス移転の成約データをもとに、三幸エステートとニッセイ基礎研究所が共同で作成し、0%から100%の間で変動し、基準となる50%を上回ると企業の拡張意欲が強いことを、50%を下回ると縮小意欲が強いことを表す指標である3。
2020年は、オフィス拡張移転DIと売上高変化率の相関が高かった。具体的には、売上高の減少率が大きい「宿泊業・飲食サービス業」や「教育・学習支援業」のオフィス拡張移転DIが低いのに対して、売上高の減少率が小さい「不動産業・物品賃貸業」や「その他サービス業」、「情報通信業」のオフィス拡張移転DIは総じて高い傾向が見られた。
しかし、2021年上期は、売上高変化率とオフィス拡張移転DIに相関関係は見られない。オフィス拡張移転DIは、「不動産業・物品賃貸業」や「建設業」において高いが、「情報通信業」や「製造業」の低下が目立つ。一部のIT企業や電機メーカーは、オフィス戦略を見直し、移転や解約などによりオフィス床を削減する方針を発表している。
こうしたオフィス拡張移転DIの変化は、業績悪化を理由とした縮小移転の動きが昨年で一巡するとともに、コロナ禍を契機とした各企業のオフィス再構築の動きが、顕在化し始めていることを示唆している。
*3 佐久間誠(2021)「成約事例で見る東京都心部のオフィス市場動向(2021年上期)-「オフィス拡張移転DI」の動向」(不動産投資レポート、ニッセイ基礎研究所、2021年9月10日)
4――エリア毎に異なるオフィス出社率
東京16エリアのオフィス出社率指数を比較すると、オフィス出社率が高い3エリアは、湯島・本郷・後楽(68%)>目黒区(68%)>代々木・初台(67%)となっている(図表3)。これらのエリアは、東京オフィス市場の周縁エリアで、中小規模のテナントが多い。また、テレワークとの親和性が高い金融・保険業や、法律・会計事務所やコンサルティング企業などの専門サービス業、情報通信業などが少ないエリアでもある。
オフィス出社率が低い3エリアは、浜松町・高輪・芝浦(43%)>丸の内・大手町(48%)>麹町・飯田橋(49%)となっている。浜松町・高輪・芝浦は、テレワークと親和性が高いとされる産業の比率が高いわけではないが、大企業が多く所在しているエリアである。また、丸の内・大手町は、金融・保険業と専門サービス業の比率が高く、大企業が多い。なお、麹町・飯田橋は、中小規模のテナントが多いが、専門サービス業が占める割合が大きいエリアである。
エリア毎のオフィス出社率指数には大きな差異がある。企業規模や産業毎に、テレワークの親和性が異なり、エリア毎に特色があるためである。現在オフィス出社率の低い企業は、ポストコロナにおいてもテレワークを積極的に活用していくだろう。そのため、このようなオフィス出社率のエリア間差異は今後も残存し、今後のオフィス需要に影響する可能性がある。
5――おわりに
コロナ禍では、多くの人が言わば強制的に在宅勤務を経験することとなった。当初は「オフィス不要論」が注目を集めたが、在宅勤務のデメリットも明らかになるにつれ、オフィスが不要という声は聞かれなくなっている。今後はオフィスと在宅での勤務を組み合わせたハイブリッドな働き方が主流になるとの見方が多い。ただし、在宅勤務の生産性は、業種や職種などによって大きな差があり、オフィスとリモートワークの割合など、働き方やオフィスのあり方に関する最適解は企業や従業員によって異なると考えられる。ハイブリッドな働き方を前提とした企業のオフィス戦略の見直しが、オフィス需要をどれほど押し下げるかは、依然として不透明である。
日本のワクチン接種は先進国でトップクラスまで進み、新規陽性者数は急減した。しかし、10月末のオフィス出社率指数は60%と、コロナ禍におけるレンジ内にとどまっており回復は鈍い。11月以降に出社ルールを以前に戻すという企業も出てきているようだが、今後どうなるか注目したい。今後のオフィス市場を見通す上でも、オフィス出社率指数などのデータを引き続き丹念に確認していくことが重要である。
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