人事・退職給付一体サーベイ(働き方改革・福利厚生編)の実施と結果概要
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 三城圭太氏、加藤瑛里子氏
1. はじめに
[1]本レポートおよびサーベイ実施の趣旨
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社では、三菱UFJ信託銀行 (以下、「MUTB」という )と協働し、2018年度に「人事・退職給付一体サーベイ(シニア活用編)」として、 再雇用制度・定年延長に対する各企業の動向調査を実施した。2019年度は定年延長に対する各企業の動向を引き続き調査するとともに、新たに働き方改革・福利厚生の観点からサーベイを実施した(「人事・退職給付一体サーベイ(働き方改革・福利厚生編)」)。
「人事・退職給付一体サーベイ(働き方改革・福利厚生編)」 実施の主な背景は、政府による働き方改革実現に向けた取り組みの加速にある。政府は2018年7月6日、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(以下、働き方関連法)を公布した。働き方関連法では、(1)長時間労働の是正、及び多様で柔軟な働き方の実現、(2)正規・非正規社員の不合理な待遇差是正、(3)高年齢者の就業支援、が掲げられている。(2)正規・非正規社員間の不合理な待遇差是正については、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(以下、 パートタイム・有期雇用労働法)が2020年4月1日から施行された(注1)。また(3)高年齢者の就業支援促進については、70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とする「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」が2020年3月31日に国会で可決となり、2021年4月1日からの施行が予定されている。
こうした政府動向を踏まえた各企業の対応策を調査すべく、本サーベイでは、子育てや介護支援、テレワーク等の働き方改革への対応、正規/非正規間での待遇格差是正への取り組み状況、資産形成支援への取り組み、各社の福利厚生施策の状況や問題意識、近年のトレンド等の調査を試みた。各企業で人事制度・人事施策推進を検討するうえでの参考材料の一つとしていただきたい。
[2]サーベイの実施概要
2019年11月1日~12月30日の間、 「人事・退職給付一体サーベイ(働き方改革・福利厚生編)」を実施し、MUTBの年金業務取引先376社から回答を得た。
項目 | 内容 |
名称 | 人事・退職給付一体サーベイ(働き方改革・福利厚生編) |
目的 | 人事制度および福利厚生制度の検討に役立つ情報提供 |
内容 | 働き方改革・福利厚生施策への取組み状況に関する情報収集 |
対象企業 | MUTB年金業務取引先376社 |
実施時期 | 2019年11月1日~12月30日 |
実施方法 | Webによる回答(設問数:26問) |
目次 | 第1章:参加企業の概況 |
第2章:定年延長、雇用確保の検討状況 | |
第3章:非正規社員の処遇の状況について | |
第4章:人事関連諸施策・福利厚生施策について | |
第5章:家族手当・住宅支援施策について | |
第6章:資産形成支援施策について |
※本レポート「3.主な調査結果」には、第6章:資産形成支援施策に関する分析を含めていない。
2. 参加企業の概要
[1]業種/従業員数
本サーベイ参加企業のうち、非製造業は201社(54.0%)、製造業は171社(46.0%)となっている。従業員数別にみると、1,000人以下の企業が204社(54.3%)と過半数を占めており、1,001人以上~3,000人以下 の企業が98社(26.1%)、3,001人以上の企業が74社(19.7 %)と 続いている。
3. 主な調査結果
[1]定年延長の検討状況
定年年齢65歳未満の企業のうち、定年延長を「検討中」の企業が全体の55.6 %と過半数を占め、「実施の予定はない」企業も44.4%と拮抗している。2018年度調査では、定年延長を「検討中」の企業が全体の50.6%であったことから、「検討中」の企業は増加していることが分かる。また、定年延長の実施時期を確定した企業は全体の8.3 %に留まっているが、2018年度調査の6.6 %と比較すると微増傾向にある。
[2]70歳までの雇用確保に向けた施策
70歳までの雇用確保に向けた施策として、政府が掲げる(1)~(7)の施策の導入・検討状況をみると、「未検討で未導入」の企業が大半を占めるが、「(3)70歳までの継続雇用制度」の導入を検討中の企業は他施策と比して多く、導入済の企業も10.4 %存在する。その他の施策をみると、「(4)他企業への再就職斡旋」「(5)定年後のフリーランス契約」を検討中・導入済と回答する企業も一定数見られる。調査段階で「(1)定年廃止」「(2)70歳までの定年延長」を導入済の企業はなく、導入しないことを決定済と回答する企業も他の施策と比して多い。
[3]非正規社員への制度適用の有無
パートタイム・有期雇用労働法の施行を踏まえ、各社における非正規社員への制度適用状況をみると、 「通勤手当」「出張旅費」に次いで、「慶弔休暇」「残業手当(※)」「弔慰金・慶弔見舞金」「賞与」の適用率が高い。一方、上記以外の各種手当や「退職一時金」「退職年金」の適用率は低い。
[4]正規・非正規社員の格差是正のための見直しの検討状況
現在の「[3]非正規社員への制度適用の有無」を踏まえ、今後の格差是正に向けた見直しの検討状況をみると、「賞与」の見直しを検討している 企業が多く、次いで「家族手当」「基本給」「慶弔休暇」「退職一時金」が続く 。見直しを検討している企業の割合は、全ての賃金項目・施策について30%以下の水準だが、2020年のパートタイム・有期雇用労働法施行にあたって、既に対応済の企業も一定数存在するためと想定される。
[5]人事関連諸施策の導入状況
柔軟な働き方実現に向けた施策の導入・活用状況をみると、「短時間勤務制度」を導入する企業の割合は79.9%と最も高く、「フレックスタイム制度」「時差出勤制度」「在宅勤務制度」が続く。「フレックスタイム制度」「勤務時間インターバル制度」は、制度の特性もあって活用比率が100%と回答する企業も相対的に多い。今後充実する予定がある制度として、「在宅勤務制度」の割合が27.9%(※2019年11-12月調査段階データ)と最も高く、「フレックスタイム制度」「サテライトオフィス制度」が続く。
[6]福利厚生施策の導入状況
福利厚生施策の導入・見直し状況をみると、過去5年間の動向ではいずれの施策も「大きな変更なし」が多いが、「子育て・介護支援」「健康管理・医療補助の支援」「キャリア形成支援」の各施策を拡充した企業は、他の施策と比して多くなっている。今後の予定も過去5年間の動向と同様、いずれの施策も「大きな変更なし」が多いが、上記施策を拡充する予定の企業が、他の施策と比して多い傾向が見られる。
[7]人事部門が重視する施策
人事部門が重視する施策をみると、足元、政府主導で進められている「働き方改革への対応」や「人事制度改革」を重視する割合が最も高く、次いで「要員計画策定・人材構造最適化」「新卒・中途採用強化」「人材育成体系構築」が続く。
(参考) 人事部門が重視する施策~従業員数別~
「[7]人事部門が重視する施策」の回答者数を従業員数別にみると、従業員数が多い(3,001人以上の )企業では、「ダイバーシティ・女性活躍推進・外国人労働者雇用の促進」「タレントマネジメント構築・システム導入」「グローバル人材マネジメント体制整備」を重視する割合が相対的に高い。一方、従業員数が少ない(1,000人以下の)企業では、「新卒・中途採用強化」「人材育成体系構築」「管理職の後継者育成(サクセションマネジメント)」を重視する割合が相対的に高い。
[8]家族手当の導入状況
家族手当の導入状況をみると、過去5年間の動向ではいずれの手当も「大きな変更なし」が多いが、「配偶者」を対象とする家族手当は導入・拡充に比して縮小傾向(削減または廃止)、「子供」を対象とする家族手当は削減・廃止に比して拡充傾向(導入または拡充)にあった。共働き世代が増え、配偶者に対する保障が必要とは限らない 家庭が増える中、今後も「配偶者」を対象とする家族手当は縮小、「子供」を対象とする家族手当は拡充する傾向が続くと推測される。
4. おわりに
過去2回のサーベイの結果を振り返ると、定年延長の導入に関する企業の動向がこの1年で目覚ましく変化したわけではなかったが、「導入済」「検討中」の割合が若干増加しているなど促進の動きがみられた。なお、今回の調査では、具体的な施策を「導入済」という回答こそ少なかったが、今後は行政の動きをうけて70歳までの雇用確保に向けた施策について企業の着目度が上がると考えられる。
また、人事部門が重視する施策として「働き方改革への対応」の優先順位が高い一方で、2019年11-12月段階のデータでは、柔軟な勤務制度の導入・活用が充実している状況ではなかった。しかし、昨今の報道で話題になっているとおり、2020年2月以降の新型コロナウイルス の流行により、特に在宅勤務制度(テレワーク)の導入や積極活用に踏み切った企業が急増しているとみられる。この機運についてはコロナ ウイルス の収束 後も逆戻りせず、大企業を中心に柔軟な勤務制度の導入が積極促進されるのではないだろうか。一方、“急場しのぎ”でテレワークを導入した企業では、「在宅勤務の環境で組織マネジメントや人事評価をどのように実施すべきか」について十分に検討できていないという課題も生じている。この例も含め、柔軟な勤務制度を導入する際は、就労管理ルールの検討に合わせた評価・処遇方法の見直しが求められる。具体的には、業務の遂行プロセスを客観的に観察できない場合でも公正・公平な評価を実施するために、業績指標やマネジメントルールを整備のうえ、パフォーマンス重視の評価・処遇に転換する企業が増えるのではないかと考えられる。
なお、調査で触れた「福利厚生の充実」は、給与・賞与などの金銭的な報酬に加えて企業への就業の魅力度を上げる効果があり、企業と社員との信頼関係を強くする手段として有用である。なかでも「子育て・介護支援」「健康管理・医療補助の支援」「キャリア形成支援」については、調査項目のなかで企業の関心が高い状況が見られた。今後の世情の機微に即して、古い制度を見直しながら新たな福利厚生施策を拡充することで、社員の帰属意識や仕事へのコミットメントを高めることが見込めるのではないだろうか。
(注1)中小企業におけるパートタイム・有期雇用労働法の適用は2021年4月1日。 中小企業の範囲については、「資本金の額または出資の総額」と「常時使用する労働者数」のいずれかが以下の基準を満たせば、中小企業に該当すると判断される。なお事業所単位ではなく、企業単位で判断する。また、常時使用する労働者数は、臨時的に雇い入れた労働者を除いた労働者数で判断する。業種の分類は、日本標準産業分類に従って判断される。
業種 | 資本金の額または出資の総額 | 常時使用する労働者数 |
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他(製造業、建設業、運輸業、その他) | 3億円以下 | 300人以下 |
(出所)厚生労働省HP「同一労働同一賃金特集ページパートタイム・有期雇用労働法の施行にあたっての中小企業の範囲」
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