【Q&Aでわかる】改正法施行後の厚生年金基金の選択肢と実務上の留意点
特定社会保険労務士
野中 健次
Q4. 積立不足の支払いによる資金繰りの悪化に対して、国による支援を受けられませんか?
A4. 日本政策金融公庫を実施機関とする「セーフティネット貸付制度」の活用が可能です。
基金の解散に伴い設立事業所が積立不足額を納付することにより、当該設立事業所に損失が生じる場合の債務者区分の取扱いについて、金融庁では金融検 査マニュアルにおいて、「一時的な損失をもって債務者区分を判断することは適当ではない」ことを発出しており、また、中小企業庁では、「セーフティネット 貸付制度」での対応を用意しています。
このセーフティネット貸付制度とは、日本政策金融公庫を窓口とし、「社会的、経済的環境の変化等外的要因により業況悪化をきたしているが、中長期的 にはその業況が回復し発展することが見込まれる企業で、一定の要件に該当するもの」を貸付要件とするものであり、貸付利率1.45%(2013年3月現 在)と低利での融資が受けられます。
Q5. 設立事業所では代行割れ基金に対して、どのような行動をとるべきでしょうか?
A5. 今後の基金の方針(解散の有無)を早急に確認し、特に指定基金が存続を目指すようであれば、代議員に働きかけて解散を促し、解散しない場合には脱退を検討する必要があります。
代行割れ度合いがそれほど高くない基金においては、旧社会保険庁からの天下り、あるいは信託銀行の年金部署からの転身で基金の常務理事や事務長の要 職に就いているOB、そして、年金資産の運用管理業務で高利の手数料を得ている金融機関の関係者等のように、基金の存在自体が既得権化している人々(注3)に とって基金の存続が死活問題となることから、できるだけ解散を先延ばしにするための行動を取ることが考えられます。すなわち、基金の事務局が先導して法施 行5年後の基金の存続を目指し、存続基準を満たすように掛金を引き上げたり、給付水準を抑制したりすること等を決議案として示したりすることが予想されま す。特に、厚生年金保険法178条の2第1項の規定より、3事業年度決算で連続して最低責任準備金額が9割を下回ったり、直近に終了した事業年度の決算に おいて、最低責任準備金額の8割を下回ったりして、厚生労働省で財政健全化計画の提出を義務付けている基金(これを「指定基金」という。2013年度は指 定を行わず、2014年度より指定基金制度は廃止)において基金の存続を目指しているようであれば、要注意です。
特例解散は、施行日から5年間の時限的な措置です。特例解散を受けるためには、法施行日から5年以内に申請する必要があり、5年経過時点で事前手続 をとっていたとしても特例解散の適用が受けられなくなります。すなわち、法施行日から5年経過後の解散では、「特例解散」できず、「分割納付の特例」と 「納付額の特例」が適用されない通常解散になるので、基金存続の動きがある場合には、代議員に働きかけて、特例解散の方針を決議するよう促し、解散しない 場合には基金から脱退することも検討する必要があるでしょう。
(注3)宮原英臣「実録!厚生年金基金の存続をめぐる闘い~年金基金制度の行き詰まりと延命を図る抵抗勢力~」月刊ビジネスガイド別冊2012年10月号『年金相談』122頁。
Q6. 設立事業所は、加入員や年金受給者に対して、どのような手続きが必要ですか?
A6. 解散するには加入員の同意を得ることが必要であり、年金受給者には説明することが必要です。
解散認可申請に際して事前手続要件として、「全加入員の4分の3以上」の同意が必要でしたが、法改正に先行する形で2013年10月から「全加入員 の3分の2以上」に緩和されました。それでも、設立事業所の任意脱退時の手続要件では「設立事業所の加入員の2分の1以上」で足りるのに比べると、解散の 場合は「設立事業所全体の加入員の3分の2以上」の同意が必要となることから、解散のハードルは依然低くはありませ ん。なお、加入員からの同意につきましては、設立事業所ごとで説明会を開催するなどして、解散の必要性を十分説明し、納得していただくことが大切であり、 解散の同意を強要した場合、強引に意思表示させられたものとして民法96条により取り消されることもあり得ますので、注意が必要です。
基金の解散については、基金全体の運営に関する事項であり、基金の運営に参加している設立事業所の事業主や加入員が主体となって検討するものとの考えから、年金受給者からの同意は不要(注4)で すが、解散理由等に係る説明を文書または口頭で行ことが解散手続の要件の1つになっています。特に、(1)解散の申請と同時に上乗せ部分が支給停止になる こと、(2)基金の独自給付(在職老齢年金との併給調整、失業給付や高年齢雇用継続給付との併給調整等)がなくなること、および(3)解散後は代行部分を 国が支払うこと等について、周知することが必要です。
(注4)給付を減額する場合、希望する年金受給権者には、減額前の最低積立基準額を一時金として支給する選択肢を設けて、「年金受給権者の3分の2以上」の同意が必要となる。
Q7. 代行割れ基金から給付を受けている年金受給者は、どうすればよいでしょうか?
A7. 年金受給者に対する上乗せ給付は基金が解散を申請した日の属する月の翌月から全額支給停止になります。したがって、基金が解散を申請する前に選択一時金に切り替え、自己の上乗せ年金について保全すべきでしょう。
代行割れ基金は、代行資産を用いて上乗せ給付を行っている状態であることから、基金が解散した場合には、残余財産(最低責任準備金を超える額)はありませ ん。残余財産があれば年金受給者等にも分配されるのですが、残余財産がない場合は、年金受給者に対する今まで支給していた上乗せ部分は消失することになります。
この上乗せ部分については、2012年度に開催された社会保険審議会年金部会の第5回専門委員会において信託協会で一時金選択者を除いた場合の上乗 せ年金額を「月額約1.4万円」と示しており、年金受給者に対する上乗せ年金(月額約1.4万円×12ヵ月×2012年簡易生命表の60歳女性の平均余命 28.33年=約476万円)の年金原資が失われる可能性があります(注5)。
代行割れ基金では、解散の申請日の属する月の翌月から上乗せ給付全額が支給停止(注6)になりますが、解散の方 針を議決する前に選択一時金を停止する規約の変更を行うことも可能であり、また、理事長が代議員会を召集する時間がないと判断したときは、理事長専決で規 約を変更して、次の代議員会においてこれを報告し、その承認を求める方法も可能であることから、年金受給者は早急に選択一時金の取得を申し出ることが賢明 でしょう。
(注5)中林宏信「厚生年金基金制度の見直しによる実務への影響」労政時報、第3865号126頁(2013)。
(注6)特例解散の認定を受けられなかった場合は、支給停止を解除。
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