ATD International Conference & Expo 2016 参加報告
~ATD2016に見るグローバルの人材開発の動向~
〈取材・レポート〉株式会社ヒューマンバリュー 主任研究員
川口 大輔
ATD2016に参加された皆さまの声
最後に、今回、日本からATD2016に参加された方々より寄せられた、コメントを掲載します。最新の人材開発、組織開発に関する情報をまさに“体感”した皆さまの熱い声をご覧ください。
一貫性のあるメッセージ
中川洋二さん(野村證券株式会社 人材開発部 次長)
今回ATDに初めて参加しましたが、今まで断片的にしか把握できなかった、人材開発の世界的なトレンドを実感できたように思います。VUCA、テクノロジーの進化、ニューロサイエンスの進展などの背景を基に、マインドセットの変革、学習構造の変化、「信頼」「安全」といったファクターの重視といった項目が、基調講演や各セッションで一見バラバラに語られているようだったのですが、最終的には「ラーニングカルチャー」の形成という一点に収れんしているような印象をうけました。とにかく知的興奮に満ちた四日間でしたが、これを糧に今後も探求を続けたいと思っています。
マネージャーの立ち位置が変化する
白井剛司さん(株式会社博報堂 人材開発戦略室 マネジメントプラニングディレクター)
VUCAのビジネス環境。間もなく労働人口の6割を超えようとする「ミレニアル世代」。彼・彼女らは、「仕事の目的・意義」「やりがい」「協働者とのつながり」があることが大前提。その仕事観の先には、「仕事」と「学習」の境界線がなくなり、「あらゆる経験は自分の成長機会」と捉えるはずです。能力開発に関わる人材はこの変化に対して今以上に「学び手」が中心の環境を実現する必要があります。そして実は学びを実現するテクノロジー(コンテンツ、ネットワーク、プラットフォームの台頭)も、その環境を実現できるスペック、手法が既に確立されていることに気づかされました。
さらにひとつ気づいたのは、マネージャーの立ち位置に変化が起こるだろうということです。「学び手」が中心となる環境では、マネージャーは本人の学びを質の高いものにする「支援者」としての存在感がさらに増します。自分のフォロワーの抱える成長課題や思い描くキャリアのビジョンを今以上に深く理解しながら、ポジ/ネガ両面から成長につながる質の高いフィードバック(フィードバックの持つ可能性は今回特に痛感しました)や対話を小刻みに、頻度高く、継続的に行うことが何より大切です。
そして、その学び・支援の環境を実現するために(これらの行為を必須要件にするだけでなく)能力開発にかかわる人材は、そんな高度な振る舞いを実現させるための知識、経験、コンサルティング力の発揮が求められている――そんな思いを強く持ったツアーでした。
このような認識は自分だけで到達できるはずがなく、豊富な経験をもった仲間や先輩たちとの振返りや対話によって支えられ、はじめて得ることができたものです。心より感謝しています。
「関係の質」の原点、プラットフォーム「安心・安全の場」の作り方
河合和彦さん(株式会社博報堂DYメディアパートナーズ 経営企画局能力開発グループ / 博報堂人材開発戦略室 グループマネージャー)
人材開発領域の最新トレンド・潮流を肌で感じることを目的として、初めて参加しました。三つの基調講演、14のセッション、エキスポと、浴びるようなINPUTをし、想像以上に濃く充実した四日間となりました。
そのINPUTのシャワーの中で感じたことは、人が働くことの原点、もっと言うと、生きることの原点、「安心・安全の場」に言及しているセッションがとても多かったことです。Simon Sinekは「恐れていては本当の自分の力を発揮しない」、Ken Blanchardは「恐怖があるとコラボレーションは生まれない。素晴らしい会社は安全と信用がある」、Liz Wisemanは「間違えあっても許せる、恐怖感を持たせない事が重要。許さないと、間違い起こすのが怖くなり萎縮する」、Brene Brownは「弱さを見せることは恥ではない、勇気を持って弱さをみせれば、信頼も向上する」と語っていました。また、Bailey Sebastianは、「amazonでは、上司が部下からの提案に対して、承認理由ではなく、却下理由を書く義務がある」と紹介し、レポートを書きたくない上司はドンドン承認することで、アイデアを出すハードルを下げていると話していました。
いずれもVUCAの時代、会社がああしろ、こうしろと言うのではなく、社員の可能性を信じて、「社員一人ひとりがいかに自分の持っている能力を気持ち良く発揮し、さらに学び、進化していける環境を用意できるか」、ということが会社や人事、人材開発部門の最も重要な役割であると示唆しているのだと感じました。
生活者発想を標榜している弊社グループですが、社員を、「社員」という役割の部分だけを見るのではなく、「一生活者」として、最高に充実した人生を送れるための環境をどうやって整えるか、に真摯に向き合いチャレンジすることが成功する会社への近道であり、その大前提である「安心、安全の場」と言うプラットフォームをどう作るか、その重要性を改めて感じた四日間でした。
「"Trust"や"Safety”の重要性」
和光 貴俊さん(三菱商事株式会社 人事部)
「マイル・ハイ・シティー」であるデンバーで開催された今回のATDは、シリコンバレーからのオフィス移転が相次いでいるという街の現在の雰囲気を反映するかのように、非常に活気があり、それでいてどこか「一度、立ち止まって、今、を考える」というマインドフルネス的な感覚も併せ持った、バランスの良いカンファレンスでした。
基調講演の一番手だったサイモン・シネック氏のプレゼンに象徴されるように、多くのセッションで共通して、職場や組織における所属員間の"trust"や、"safety”(自由な発想や発言、チャレンジが許容される状態)の重要性が強調されており、こうしたことが担保されて初めて、帰属意識が醸成され、結果として組織としてのパフォーマンスやイノベーションの生まれる確率の向上につながる、というストーリーで語られていたのが印象的でした。
もう一つ特徴的だったのは、脳内物質の生成とその(インセンティブとしての)働きについても、多くのセッションで触れられていたことであり、昨年まで、多く見られた脳内の部位(大脳皮質、海馬、前頭葉等々)の反応、というところからさらに進んで、こうした「化学物質」レベルでの議論が発展していることに興味を覚えました。
中でも、「利他」「無私」の脳内物質であるセロトニンとオキシトシンについては、複数のセッションでその分泌に着目した分析がなされており、こちらも今後、さらに研究が進むであろう、というトレンドを感じるとともに、ビッグデータ、AIとならんで、我々人事の人間が、「より科学的に」自らの仕事を見直す際に意識すべき領域、と感じました。
「経験と勘から科学的なアプローチへ」
下村 啓太さん(凸版印刷株式会社 人事労政本部 人財開発センター)
私は今回初めて、ATDに参加しました。まず、驚いたのは会場の規模と参加者の数です。世界中の人材開発の担当者が一同に集まっていることに圧倒される面もありましたが、同時に高揚感を得ることができました。
ATDには、世界の人材開発の潮流を体感することを主目的に参加しました。2016年のATDでは、ニューロサイエンスの知見が、多くのセッションで内容を説明する手段として用いられているのが印象的でした。ニューロサイエンス自体を紹介するセッションが多いのではなく、一見今までと同じように見える教育の手法でも、その根拠をニューロサイエンスに基づき科学的に説明するものが多くありました。基調講演でもドーパミンやオキシトシンなどの神経伝達物質が語られていたのは、この傾向を示す象徴的な出来事でした。また、一緒に参加した方々と話す中で聞いた話では、昨年に比べこのようなセッションは増えているとのことでした。
今回実際に現地に行くことで、教育の効果を科学的に実証するような動きが世界的に多く出てきていることを実感することができました。今後は、ニューロサイエンスなどの科学的知見に基づき、教育効果の最大化を目指していく動きが加速していくのではないでしょうか。この潮流を捉え、今まで経験と勘に頼りがちであった人材育成に、科学的なアプローチを具体的に検討していきたいと思います。
ラーニングカルチャーの創造と新たなリーダーシップ開発の気づき
河合 正能さん(NECマネジメントパートナー株式会社 人材開発サービス事業部 エキスパート)
今回はじめてATDに参加し、得られたことが大きく三つありました。一つ目は、組織内におけるラーニングカルチャーの重要性を再確認できたことです。ATDのCEOトニー・ビンガム氏も高収益企業とラーニングカルチャーの有意な関係をさまざまなデータを使って強調されており、現在取り組んでいる新しい組織文化の創造が、方向性としても適切であるとあらためて確信でき、またその実現のためのヒントをいくつか得る機会となりました。
二つ目は、リーダーシップ開発についての新たな指針を得られたことです。特にサイモン・シネック氏とブレネー・ブラウン氏による基調講演では、リーダーシップ開発における新たな視点・人間観を垣間見ることができたように思います。今までリーダーシップを役割と見なし、スキルのように開発できると考えることに多少違和感を抱いていましたが、今回の基調講演では、リーダーとフォロワーが役割上でのつながりを超えて、感謝や敬意、共感などに基づくつながりをつくることが重要であり、より人間性に焦点を当てた視点で本質に踏み込んで語られていたことが印象的でした。このエッセンスは、今後のリーダーシップ開発、組織開発に取り入れられるものでした。
そして最後に、同じツアーに参加された多様な専門家の方々やツアーを主催された皆さまとの会話による気づきの数々、この機会に生まれた新たなご縁は本当に貴重なものとなりました。今後のビジネスやキャリアに大いに資する機会をいただいたと感謝しています。