紙に埋もれた「従業員健康管理の苦悩」が原点
データで少子高齢化に向き合う企業経営に伴走する
ウェルネス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役社長
松田 泰秀さん

少子高齢化に歯止めが効かない企業経営で「健康経営」や「人的資本経営」が叫ばれる中、その最前線に立つ人事部門の負担は増すばかり。この根深い課題に対し、商社時代の原体験から「データによる解決」を志したのが、ウェルネス・コミュニケーションズ代表取締役社長の松田泰秀さんです。社内ベンチャーから事業を興し、一度は会社を離れる挫折を味わいながらも、再び経営の舵を取る松田さん。SaaS型健康管理システム「Growbase」で見据えるのは、単なる業務効率化ではありません。データで企業の健康管理に革新をもたらし、日本の「元気」を取り戻すという壮大なビジョンです。その軌跡と未来像に迫ります。
- 松田 泰秀さん
- ウェルネス・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役社長
まつだ・やすひで/1998年、伊藤忠商事に入社。20年超にわたり、主に、国内・米国・中国・アジア等におけるIT・ヘルスケア関連領域において、事業開発・市場開拓等に従事。2003年には社内ベンチャー制度下で、ヘルスサポートシステム(現「Growbase」)を企画開発し、2006年にウェルネス・コミュニケーションズを創業。2016年4月より現職。
保険営業の現場での気づきが、健康管理システムの原点
どんな学生時代を過ごしていましたか。
中学校から大学まで10年間、アメリカンフットボール一筋でした。学生なので授業にも出ますが、それ以外は常にグラウンドや部室、分析部屋などにいる生活。時代も時代で、強豪校だったこともあり、とにかく部活動に打ち込んでいましたね。
就職を考え始める時期になっても、他の学生のように「これをやりたい」「勉強してきたことを生かして貢献したい」といった明確なビジョンは持っていませんでした。ただ、学生時代にチームスポーツに取り組んできた経験から、自分が信頼できて一緒に働きたいと思える仲間とともに、何かを作り上げたいという漠然とした思いがありました。就職活動ではさまざまな業界や会社を回りましたが、お会いした社員の皆さんの魅力にひかれ、伊藤忠商事への入社を決めました。
入社後はどのような仕事を担当されたのでしょうか。
金融ビックバン直後に営業組織化した当時の「金融・保険・物流カンパニー」に配属され、保険事業を担当することになりました。伊藤忠商事の保険事業の歴史は古く、ビジネスリスクに対する保険や貿易・物流に関する貨物海上保険手配などのほか、再保険事業などを、グローバルに幅広く手掛けている組織でしたが、まさに規制緩和が進み始めたタイミングでもあり、対面販売が基本であった個人向けの保険流通の在り方や規制緩和の進む保険商品の募集方法などの未来形を検討していくといったことも行われていました。保険の基礎を学ぶ中で、昼休みのオフィスや工場などに法被(はっぴ)を着て回り、「職域」と呼ばれる企業で働く従業員向けの団体保険募集などを行うこともありました(笑)。
正直に言うと、「なぜ商社に入って保険なのか」と戸惑いもありました。保険事業に携わるのであれば、損害保険会社や生命保険会社といった、「リスクの引き受け手に立つほうが面白い」と感じていたのです。しかし結果的に、このときの保険部門での経験が、現在のウェルネス・コミュニケーションズの事業につながります。
医療保険や生命保険の加入申し込み時には、健康診断の結果が必要なのですが、集めるのに手間がかかります。どうすれば効率的に集められるかを考えていて、企業の人事部門であれば従業員の健診結果を持っていることに気づきました。そこで企業人事の方を訪ねて話をしたところ、従業員の健康情報管理に大きな課題を抱えていることがわかりました。健診結果をすべて紙ベースで管理することが大きな業務負担になっていたのです。
その経験から、「ヘルスサポートシステム」(現在のGrowbase)の原型ができたのですね。
健診結果をシステム上で管理するツールの可能性を感じ、伊藤忠商事での新規事業として起案しました。2年ほど保険事業に携わった後、インターネットビジネスのインキュベーションを推進している組織が、当時の情報産業部門傘下に作られており、そこに異動し「医療・ヘルスケア×IT」の領域に取り組んでいました。そこで複数の事業立ち上げを行う中の一つとして、2003年に従業員の健診データを一元管理する「ヘルスサポートシステム(H.S.S)」をローンチしました。
どのように事業化していったのでしょうか。
H.S.Sの起案後、先輩社員とともにプロジェクト化し、先輩と私での二人でのスタートとなりました。人事経験も、従業員健康管理の知識もゼロの状態だったので、まずは多くの人に話を聞くことから始めました。H.S.Sを起案する際、日本予防医学協会という、企業向けに健康診断や健康管理サービスを提供している財団法人の代表電話に飛び込みの電話をかけたのですが、ある理事の方との出会いを得たことが大きな転機となりました。「こんなシステムを作りたい」という思いを伝え、アドバイスをもらいながらシステムの構想を磨いていきました。
当時の上司からは、「最低でも2000万円(初期開発費の1億円の年間償却費)の仮発注をとってくること」が事業化の条件として課されていました。しかし、当時の国内でのインターネット普及率は50%ほど、回線はADSLが主流。重要情報である従業員の健康情報をインターネット上に置くことには大きな抵抗があり、顧客獲得には苦労しました。また、今のように簡単に試作品を作れる時代ではなく、パワーポイントの資料などで説明するしかありません。それでも、パートナーである日本予防医学協会の理事による支援や先輩商社マンの営業力を武器に、多くの企業の人事部門を回り、自分たちが実現しようとしていることを伝え続けました。
当時は、従業員が事業所を異動するたびにフロッピーディスク(磁気ディスクの一種で記録媒体)でデータを受け渡している状況でした。業務効率が悪く、さらに受け渡しの過程で一人の従業員のデータが複数の事業所に分かれてしまい、経年での健康管理が難しくなっているという課題がありました。どの事業所からもアクセスできるシステムで情報を一元管理できれば、担当者の負担は減ります。また、従業員の健康変化を経年で把握できると、将来のリスク予測も可能になります。こうした展望を、根気よく伝えました。
その結果、日本を代表する大手企業数社から「開発が実現したら導入する」と言っていただき、事業化のめどが立ちました。当時のプレゼン資料を見返すと「こんな未来を実現したい」「皆さんの負担を軽減したい」という思いだけで構成されているのですが、それを信じていただけたことは非常にありがたかったですね。
事業化が決まってからは、伊藤忠商事のIT子会社にプロジェクトオフィスを作り、専任メンバーを徐々に増員し、開発や営業を進めました。営業フェーズではセールスエンジニアにも加わってもらい、お客さまの要望を聞きながら改善を進めていきました。
挫折と海外での学びを経てつかんだ、再チャレンジの道
2006年に伊藤忠商事からの100%出資でウェルネス・コミュニケーションズとして法人化されます。どのような経緯だったのでしょうか。
伊藤忠商事の社内ベンチャーとして事業化した当初は、導入企業の数が限られていました。より多くの企業にサービスを提供し事業を拡大させていこうと考えたときに、課題だったのが健診結果データの取り込みです。健診結果は医療機関ごとにバラバラのフォーマットで、紙で返されることも多い。データとして取り込める状態にするには工数がかかり、人事担当者が負担に感じてしまいます。そのことが理由で、システムの導入に後ろ向きだった企業も多くありました。
そこで、診断結果のデータ化を含む、健診に関わる業務を代行する健診ソリューション事業とH.S.Sと組み合わせて提供することで、担当者の負担なくシステムを利用してもらうという事業戦略を立案。また、蓄積されたデータに基づき、組織や個人に最適化した商品やサービスを提供する健康管理プラットフォームの実現も見据え、2006年に法人化しました。
会社の代表には業界知識や人脈のある日本予防医学協会の方に就任していただき、私は取締役として出向することになりました。しかし、法人化直後の社内は大混乱。根本原因はデューデリジェンスの甘さでしたが、システムが不完全なままスタートしたことに加え、慣れない業務に人力でなんとか対応しているような状態だったのです。資金繰りにも苦労し、お客さまに前倒しで入金をお願いする場面もありました。その結果、会社立ち上げからわずか1年半で私は退任することに。事実上のクビだと理解しています。伊藤忠商事の本社に戻り、その後は、シカゴへの転勤を命じられました。

大変な状況だったのですね……。シカゴではどのような業務に従事されたのでしょうか。
「オバマケア」と呼ばれる、医療保険制度改革の真っただ中のアメリカ、それも、製造業が多く集まる中西部をテリトリーとして、企業経営において大きなコストとなる医療保険や、その保険金支払いを抑制するウェルネスプログラムの設計や手配などを行う事業に携わりました。その後は、ニューヨークに移り、在北米の全てのグループ会社が抱えるビジネスリスクを可視化・集約していくというリスクマネジメント業務を担当しました。
海外でヘルスケア領域に携わる中で、ヘルスケア領域には大きなビジネスチャンスがあると感じるようになりました。国民皆保険制度がある日本では医療を「ビジネス」と捉える発想はあまりありませんが、海外では病院経営を株式会社が担い、保険やセルフケアも一大産業です。国内でもまだまだできることがあると感じ、日本への帰任、さらにはヘルスケア領域に関わりたいというわがままを言いました。
駐在中も、立ち上げ当初から関わったウェルネス・コミュニケーションズへの思い入れがありました。企画書づくりから社名をつけることまで手探りで取り組んだ会社への愛着は強く、「もう一度挑戦したい」という気持ちは強くなる一方でした。
日本への帰任後は、医療機器から製薬周辺領域までをカバーする組織で、国内での医療機器流通事業卸や調剤薬局事業、医薬マーケティング事業、海外病院のM&A、中国での健診事業や医薬・雑貨等の卸事業、健康機器の流通事業等の事業開発など幅広い業務を行いながらも、ウェルネス・コミュニケーションズの本社側からの支援を担当していました。2013年に再出向の機会を得て、再びウェルネス・コミュニケーションズに戻ることに。2016年からは代表として経営を任せられることになりました。
代表に就任されてからは、どのようなことに取り組まれてきたのでしょうか。
前年から取り組んでいた健診ソリューション事業のシステム全面刷新が大幅に遅延していて、「この状況をなんとかする」ということが代表としての最初のミッションだったため、就任1年目は無我夢中でした。お客さまに大きな迷惑をかけ、社員には不安を与え、皆を巻き込み、同業他社の支援まで受けながらの対応となりました。多くの社員が担当業務の垣根を超えて、オペレーション部門のサポートに入り、私自身も、その年は大みそかまで大阪に出張したと思えば、元日には東京オフィスに出社。社員皆が、ほとんど記憶がないほどの状況になった一年でした。
当時の株主である伊藤忠商事には感謝しています。定量面でも高い目標を設定せず「まずはお客さまの信頼を回復する」ことを通期目標とすることを了承していただき、大きな支援を得ました。事業、システム、オペレーション、組織、すべてを再点検し、再構築することに力を注げました。その結果、2018年ごろからようやく自分たちのペースで次の一手を考えられるようになりました。
そのうちの一つが、祖業であるH.S.Sの刷新です。健診結果データや人事属性情報に加え、各種問診や面談の記録、勤怠関連データ、ストレスチェックなどのメンタルヘルス関連データなどを集約管理することで、グループや個人単位の健康管理をよりスムーズかつ効果的に行うことができるSaaS型プラットフォームへと進化させました。
国内でも、ちょうど「SaaS元年」と呼ばれた2018年。これまではオンプレミス(企業内にサーバーやソフトウエアを設置する形態)のシステムベンダーを競合と捉えていましたが、これからはSaaS企業が競合になっていくだろうと考え、社内の意識改革や事業管理上のKPIの見直しにも取り組みました。
現在の貴社の事業について教えてください。
2023年に「ヘルスサポートシステム(H.S.S)」から名称変更した、SaaS型の健康管理クラウドサービス「Growbase」と、ネットワーク健康診断サービス「iWellness」の2軸で事業を展開しています。
「Growbase」は先ほどお伝えしたとおり、従業員の健康診断結果や、その他の心身の健康に関わるデータを一元管理・可視化できるツールです。「iWellness」は、全国2,000以上の医療機関と提携し、企業や健康保険組合が実施する健診業務を支援するBPaaS型ソリューションです。
売り上げ規模としては、健診料金が原価として含まれる構造であるiWellnessが大きいのですが、利益ではGrowbaseが当社の成長をけん引しています。Growbaseは2018年には全社の営業利益の3%ほどでしたが、現在では大企業を中心に1,800社以上に導入していただき、全社利益の6割を占めるまでになりました。
「データドリブンの健康経営」推進のパートナーとして
事業を通じて、どのようなことを目指しているのでしょうか。
コーポレートビジョンである「企業と人を元気にする。」にもあるとおり、私たちは企業人事が直面する課題にパートナーとして寄り添いたいと考えています。少子高齢化が進む我が国では、政府が雇用延長や女性活躍、外国人労働者受け入れといった施策を通じて多様化を推進していますが、法制化に対応するのは企業人事です。
企業における健康管理の仕組みは、1970年代に作られた労働安全衛生法という法律に基づいています。当時は高度経済成長期で、製造業を中心とした男性社会でした。そうした前提に基づく健康診断や健康管理の体制では、現在の状況に十分対応できず、限界を迎えつつあります。
当社がお預かりしているデータからも、従業員層の多様化は明らかです。こうしたデータに基づいて健康管理を外部から支援したり、外部の専門家と連携したりすることで企業の健康管理をサポートしたいと考えています。それが人的資本経営を後押ししていくことにつながります。現在の顧客は大企業が中心ですが、今後は中小企業に対しても支援の幅を広げ、日本全体の元気を取り戻すことに貢献していきたいですね。
H.S.Sの立ち上げ当初から、私たちは「どれだけすばらしいシステムの箱を用意しても、使えるデータがなければ意味がない」と考えてきました。健診データをはじめ、人事の皆さんがお持ちのデータを構造化し、使える状態に整える。データを軸に健康管理を支援していくことが私たちの役割だと捉えています。
貴社のパーパス「ウェルネス・データで、未来をつくる。」にも、データ活用への思いが込められていますね。
実は当社のパーパスは、社員発信で生まれました。2022年、上場申請が承認されましたが、当時の世界情勢による市況の不安定化を受けて、申請を取り下げました。また、コロナ禍で社員総会やチームビルディングのイベントができなくなり、ある営業社員から「会社が大切にすべきものをみんなで議論する場を設けたい」との声が上がったのです。
議論の場には私たち経営陣はあえて参加せず、リーダー層、部長以下の社員、約25人が3ヵ月間議論を重ねました。その結果、コーポレートビジョン「企業と人を元気にする。」は不変であると再確認。新たに策定されたのが現在のパーパスです。

今後、どのようなことに取り組んでいきたいですか。
短期的には、Growbaseをより多くの企業に導入していただくことが最優先です。既存サービスの強化に加え、基盤やプラットフォームを生かした新機能・新サービスの拡充も進めていきたいと考えています。現状、Growbaseではデータの可視化や管理まで実現していますが、データ活用の提案はまだ十分ではありません。今後は「データドリブン型の健康経営や人的資本経営」を推進していくパートナーとして、さらに一歩踏み込んだ支援をしていきたいと考えています。
私たちは企業人事の皆さまに向けてサービスを提供していますが、その過程で医療機関とも密接につながっています。医療業界は人手不足で、企業に比べてデジタル化が遅れています。たとえば健康診断の予約の手配も、企業から当社への申し込みは9割がウェブ経由ですが、医療機関側の対応はほぼ全てが電話やFAXという状況です。健診結果についても、紙のレポートで戻ってくるものが約半数、医療機関によっては手書きのケースもあります。判定基準や正常値も医療機関ごとに異なるため、データの統一も必要です。
こうしたギャップを埋めることが私たちの提供するサービスの役割ではありますが、根本的には医療業界が抱える課題そのものを解決し、デジタル化や効率化を支援することも、当社が取り組むべき重要な使命だと考えています。
企業における従業員健康管理のニーズは多様化しており、もはや一社だけで解決することは難しいと感じています。世の中には、多くの優れたヘルスケアサービスやアプリが存在します。そうしたサービス提供事業者の皆さまと連携して、当社のプラットフォーム上でより多様なニーズに応えられるようにしていきたいですね。
最後に、HRソリューション業界で働く、若い皆さまにメッセージをお願いします。
「当事者意識を持って最後までやり抜くこと」が大切です。新しい企画やアイデアを描くことは最初のステップとして重要ですが、その通りに進むことはまずありません。少なくとも私の経験では、想定外の壁にぶつかることのほうが多かった。それでも、一度やると決めたことは形を変えてでも、回り道をしてでもやり抜くことが大切だと思っています。
少し厳しい言い方になりますが、最近は「やらせてもらえない」と不満を口にするだけの人が多いように思います。本当にやりたいのであれば、まずは自ら動くべきです。私はそうした姿勢を持つ若手を応援したい。自分自身もかつて多くの方に応援していただいて今があるので、今度は私がその立場になりたいと考えています。
もちろん、環境が本当に自分に合わない、やりたいことが実現できない、というのであれば、新たなチャレンジをするのも大事な選択です。ただし「少し違うかも」と感じた時点で簡単にあきらめるのではなく、まずは踏ん張って経験を積んでみることをおすすめします。「どうしても違う」と感じるなら、次のステップを考えれば良い。そうしたプロセスが、長期的にはきっと成長につながります。

(取材:2025年9月2日)
| 社名 | ウェルネス・コミュニケーションズ株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 東京都港区赤坂1-12-32 アーク森ビル14階 |
| 事業内容 | 健康管理クラウド事業/健診ソリューション事業/医療機関等支援事業 |
| 設立 | 2006年7月3日 |

日本を代表するHRソリューション業界の経営者に、企業理念、現在の取り組みや業界で働く後輩へのメッセージについてインタビューしました。
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