ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ:
違いを認め、価値を見出すことでイノベーションを起こす
ジョンソン・エンド・ジョンソンが強化する「エクイティ」とは
ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ 人事部 ヤンセンファーマ 兼 OneHR人事統括責任者
関根 祐治さん
ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループは、ニーズが多様化する日本の社会で、ダイバーシティとインクルージョンを経営上の重要戦略としているという。この考え方に沿うように、同社はLGBTQ+や女性活躍をはじめ、多様性をテーマにしたさまざまな賞で選出。今年に入ってからは、グループ社員に向けて「エクイティ(公正性)」という概念をより明確に示しています。「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン」を掲げる狙いとは何なのか。同社日本法人グループ 人事部 ヤンセンファーマ 兼 OneHR人事統括責任者の関根祐治さんにお話をうかがいました。
- 関根 祐治さん
- ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ
人事部 ヤンセンファーマ 兼 OneHR人事統括責任者
せきね・ゆうじ/カリフォルニア州立大学ノースリッジ校卒。ソフトバンク、ゴールドマン・サックス、シンジェンタ社を経て、アジアパシフィック地域の様々な国々で制度企画やHRビジネスパートナーの経験をし、事業売却・買収におけるHRチェンジマネジメントに精通。2017年に同社へ入社し、複数のビジネスセクターのHR Headを歴任後、現職に至る。
全ての人が同じ目線に立てるように「土台」を調整するエクイティ(公正性)
貴社では、「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(以下、DE&I)」を重要な戦略として設定し、さまざまな活動をされています。DE&Iの推進により、どのような組織を目指しているのでしょうか。
私たちはヘルスケアカンパニーです。多くの患者さんや消費者の方々の健康への取り組みに対して、ソリューションを提供することがミッションです。
ジョンソン・エンド・ジョンソンの価値観を語る上で欠かせないものとして、「我が信条(Our Credo)」(クレドー)と呼ばれる、1943年に起草されて以来社員の拠り所であり続けているコア・バリューがあります。
「社員に対する責任」や「地域社会に対する責任」など、私たちが果たすべき責任について書かれているのですが、その中に「社員一人ひとりが個人として尊重され、受け入れられる職場環境を提供しなければならない。社員の多様性と尊厳が尊重され、その価値が認められなければならない」という一節があります。今でこそ「ダイバーシティ」の文脈で注目されることが増えていますが、当社では昔から根付いている価値観です。
DE&Iの推進は企業としての責任で、最終的には患者や消費者の健康にもつながる、ということでしょうか。
はい。DE&Iによって、イノベーションを起こせると信じているんです。イノベーションを起こしていかなければ、新たな病気や多様な患者さんに対してソリューションを提供できません。違いを認めて、価値を見出すという考え方を一人ひとりが持っていなければ、イノベーションを見逃してしまう。そういう意味で、DE&Iはビジネスにも直結すると考えています。
今年から新たに追加された言葉「エクイティ」について教えていただけますか。
「エクイティ」は、日本語でいうと「公正性」。類似の概念として「平等」を表す「イクオリティ」がありますが、こちらは全ての人に同じものを与えるというイメージでしょうか。
私たちは、それぞれ違った特性やバックグラウンドを持っています。性別や身体、体質、障がいの有無、家庭の経済状態や生まれた国の文化など、さまざまな要因が独自の特性を形成します。これらに基づく心理的・物理的なバリアを取り去るには、全員に同じことをしていてはいけません。個々に合わせてパーソナライズし、一人ひとりが同じ目線に立つ。そして、しっかりパフォーマンスを出せるよう、公正な土台をつくりあげる。これが、エクイティの基本的な考え方です。
D&Iへのエクイティの追加は、世界のグループ社員に対して発信されました。本社があるアメリカには、民族・国籍・宗教の側面からも、チャレンジングな多様性の歴史があります。もともとの発信はアメリカからなのですが、クレドーにつながる考え方でもあり、全社で推進しています。
日本では、先ほどお話ししたような「イクオリティ」と「エクイティ」の違いの説明から始めました。しかし、現場レベルで本当に一人ひとりがDE&Iを実践するのは、簡単なことではありません。
どのように伝えて、どのように実践するかが次のフェーズの課題です。どうすればそれぞれの立場でできることを社員自身に考えてもらえるか、内省しながらチームと話し合い、組織としてどのようなアクションをタンジブルに(実体をもって)成果を上げられるかをいつも考えています。
毎年、全社員を対象に行うアンコンシャス・バイアス研修
貴社では、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」についても早くから取り組まれていますね。
当社では、頻繁にサーベイを実施しています。代表的なのは、クレドーを実践しているかを定期的に確認し、改善につなげていくために全世界で行っている「アワークレドーサーベイ」と「アワーボイスサーベイ」です。「アワーボイスサーベイ」にもアンコンシャス・バイアスに関連する質問は入っています。
また、社内の有志団体である「ウィメンズ・リーダーシップ&インクルージョン(以下、WLI)」による2013年の意識調査では、女性自身のキャリア志向の低さが浮き彫りになりました。背景にあるものを考えたとき、例えば「ハードな仕事は女性に気の毒」といったアンコンシャス・バイアスがある可能性がありました。それを是正するために始めたのが、アンコンシャス・バイアス研修です。
アメリカ本社での実施が直接的なきっかけになっていますが、日本では日本に合ったシナリオを作り、グループ各社で議論しながら展開しています。
アンコンシャス・バイアス研修は、具体的にどのような内容で実施しているのですか。
年に一度の実施で、全社員を対象にしています。また、新たに入社される社員にも、入社時に必ず受けてもらっています。
研修はオンラインで、さまざまなソーシャルマイノリティに関するケーススタディを学びます。ある状況に置かれたとき、社員として、あるいはマネージャーとしてどのような振る舞いをするのが正しいのかを考えます。何が「正しい」のかは難しいことですが、見本となる対応を見せて、考えてもらうのが狙いです。
アンコンシャス・バイアス研修で扱うケーススタディ例
ケース:チームメンバーに同性愛者がいます。時々、他の従業員が彼らに対して嫌味を言いますが、彼らは文句を言いません。ある日あなたは、チームメンバーの一人が同性愛者について冗談を言っているのを立ち聞きしました。そういう場面に遭遇した場合、どうするべきですか。誰かが文句を言った場合にだけ、何かをするべきですか?
「マイノリティ」と言っても当然いろいろなケースがあるので、ケーススタディは毎年アップデートして、時代に即したものにしています。昨年は「ソーシャル・ジャスティス」に関する活動が活発だったので、関連したケーススタディを追加しました。
研修の開発や運営は、人事が行っているのですか。
現在は、グローバルの人事と先ほどご紹介した「WLI」が行っています。昨年は、アンコンシャス・バイアス研修をもう一度見直そうということで、研修だけでなくワークショップを実施し、実際に集まって議論する場もつくりました。例えば男性の育児休暇について、その「取りづらさ」の正体を話し合ってみるなど。ツールもしっかりと用意して、どんな組織でも適切に議論を展開できる仕組みを強化しています。
アンコンシャス・バイアス研修を実施することで、変化や成果は感じていますか。
いろいろなところに成果が現れていると感じます。ジョンソン・エンド・ジョンソンには「WLI」の他にもいくつか会社横断的な活動団体があるのですが、参加率が高まっています。それは、「学びたい」という意識が高まった証だと思うんです。また、隔年で実施しているサーベイの関連項目のポイントも上がってきています。
ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンを社員が推進。
有志メンバーからなる女性、LGBTQ+、障がい、世代を扱う活動団体
アンコンシャス・バイアス研修をグローバルの人事や「WLI」が行っているとのことですが、専任部署を設けずにDE&Iに取り組まれているのはなぜですか。
ここ10年企業でD&I推進があまりうまくいかなかった例は、「ダイバーシティの専任部署をつくって、トップダウンで進めてきたけれど、結局何も変わっていない」ということだと思います。トップのコミットメントは大切ですし、そのためのスポンサーシップも必要ですが、それだけでは効果的でないと思っています。
当社の特徴は、ボトムアップカルチャーと経営層のコミットメント、制度面でのサポートを総合的に進めていることです。
ボトムアップという面では、当社には社員からのフィードバックを現場に反映していくという精神があります。「エンプロイー・リソース・グループ(ERG)」と呼ばれる、いわゆる社員会のようなものがあるのですが、特定のトピックに情熱を持った人たちが集まり、いろいろな活動を展開している文化があります。
ただしボトムアップ一辺倒ではなく、各活動に対して日本法人グループの各代表がスポンサーにつき、活動を支えています。ボトムアップカルチャーとフィードバックカルチャーという土台があるからこそ、トップからのサポートが効く。志のある人たちがエネルギーをうまく転換しながら、DE&Iを達成できるように活動しています。
どのようなグループがあるのでしょうか。
現在日本法人グループには四つのERGがありますが、最も歴史が長いのは「WLI(ウィメンズ・リーダーシップ&インクルージョン)」です。女性のキャリアや働き方などを軸にした団体で、日本では2005年頃から活動しています。子育てや介護もあるなかで、ジェンダーの垣根を超えて、社員が一緒に手をつないで働ける職場環境はどうしたら実現するのかという軸で動いています。設立以降進化し続けており、現在メンバーの半数は男性です。
「オープン&アウト」という、LGBTQ+のグループもあります。日本では2015年頃に始動し、セクシュアル・マイノリティの当事者と、それを支援するアライが集まって活動しています。
次に「アライアンス・フォー・ダイバース・アビリティ(以下、ADA)」。障がいに関するグループで、2019年に私が立ち上げました。ダイバース・アビリティは直訳すると「多様な能力」。「障がい」といってもさまざまな特性がありますが、「ADA」では基本的に三つの柱で考えています。身体障がい、メンタルヘルス、自閉症などのニューロダイバーシティです。ローンチ時は6人だったのが、現在は約150人規模の団体となっています。
最後に、今年立ち上がったばかりの「ジェネレーション・ナウ」というグループがあります。世代ごとのダイバーシティに注目して、違いを活かし合っていこうという取り組みです。「ジェネレーション」「ナウ」という言葉からは、若い世代を向いた活動という印象を受けるかもしれませんが、全ての世代の経験や価値観を尊重し、価値を出していこうというコンセプトです。
まだ活動を始めたばかりで方針が定まりきっていない部分もあるのですが、つい先日、「リバース・メンタリング」を試験的に開始しました。年次の若い社員が、年次が上の社員のメンターになる、というものです。私自身もリバース・メンタリングを受けていますが、メンターは世代だけでなく地域も職種も異なるので、着眼点の違いがとても勉強になります。
「ADA」は関根さんが立ち上げたとのことですが、その経緯をお教えいただけますか。
人事の仕事をするなかで、ふと障がい者採用について考えたことがありました。多くの会社が障がい者採用に取り組んでいますが、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、意外とこの分野について考えきれていないのではないかと思ったんです。
大きかったのは、当事者の話を聞いたこと。能力がかなり高い人なのですが、自身の特性によって会社生活に苦労するシーンが多かったんです。本人と上司とともに、どうしたらパフォーマンスを発揮しやすい環境にできるかを考えているうちに、この取り組みの重要性に気づき「ADA」の立ち上げにいたりました。
有志グループでの活動も人事評価の対象にし、DE&Iを「自分ごと」に
社員に、DE&Iを「自分ごと」として意識してもらうために行っていることはありますか。
全体的なカルチャー醸成に加えて、人事の制度を少し変更しました。管理職は業績評価の中でDE&Iの目標を立て、何らかの形で貢献することを必須としました。例えば私であれば、人材の登用のときにDE&Iに対してどのような貢献ができるかを考えて目標を立てる。現場の管理職であれば、会議の場で女性が手を挙げづらい状況を改善するためにファシリテーションを工夫したり、チームメンバーの性格を理解した上でそれぞれに対する最適な接し方を考えたりします。
また、ERGに参加している社員の活動成果が単年度の業績評価にしっかりと反映されるようにしています。ERGは基本的に業務に支障のない範囲で貢献する活動ですが、ただの「ボランティア」で終わらないよう、そこでの働きを組織がオフィシャルに認知することが重要だと思っています。
ちなみに各ERGの代表には、日本法人グループの社長などの経営層が就いています。リーダーが積極的かつフラットに活動している姿をニュースレターで社内に発信することも工夫している点の一つです。「自分の尊敬するリーダーがやっているから、自分も少しのぞいてみようかな」などと、ちょっとしたきっかけになればと考えています。
2005年の「WLI」の活動を皮切りにさまざまな取り組みを進めてきて、変化は実感されていますか。
新しいアイデアに対して寛容になったと思います。当社は規制産業ですので、必ず守らなければならないルールがある一方で、挑戦もしていかなければならないという難しさがあります。しかし、新しい発想に対するオープンネスは全体的に上昇傾向にあると思います。
サーベイの中には、「あなたの意見は尊重されていると感じますか」といった項目があるのですが、そのスコアも毎年上がっています。
DE&Iの取り組みはさまざまな賞も獲得されていますが、実績がつくことによるメリットも感じますか。
そうですね。賞をいただくことは社内への広報にもつながりますし、多様な能力をもった方が当社へ参画してくれることで既存の組織やチームの能力も向上し、新しいキャリアパスの形成にもつながっていくと思います。
チームの中に多様な人がいると自覚することは、マネージャーにとって大変なことです。スムーズに物事が進まず、悩むこともあります。ただ、女性のキャリア形成に寄り添い始めると、障がいやその他さまざまなバックグラウンドをもった社員のキャリアパスについても考えるようになるんですね。さまざまな角度からの取り組みが、最終的にはビジネスの結果に出てくるという実感があります。
各グループが精力的に活動していることで、社外とのコラボレーションも増えてきました。例えば、「ADA」とサッカークラブの東京ヴェルディのコラボレーション。これは医療用医薬品を扱うヤンセンファーマが実施する心の病を抱えた方たちの社会参画を後押しする「ハートプロジェクト」を通じて、こころの病と生きる方を対象に、就労体験(ホームゲーム運営)、スポーツ教室、試合観戦に参加していただきました。
現在の課題や、今後取り組みたいことについてお聞かせください。
ここ数年で数多くの施策を行いましたが、次の課題は、現場レベルでの実践です。一人ひとりが自分の知恵と行動をもって実践していく、自走型組織を目指したい。今後は地方の営業職の社員も同じ認識レベルを持ってもらえるようにしていきたいですね。
(取材は2021年9月17日)