変化の時代に対応できる人材を育成
三井情報が注力する「一体感を醸成する風土改革」と「自律的キャリア開発支援」
戸部雅之さん(三井情報株式会社 人事総務統括本部 本部長)
山田美夏さん(三井情報株式会社 人事総務統括本部 グループ人事総務部 人材開発室 マネージャー)
世良真理さん(三井情報株式会社 経営企画統括本部 戦略企画部 広報・CSV推進室 室長)
先が見えない社会情勢や市場を目の前にして、キャリア開発や人材育成に注力する企業は少なくありません。しかし、人材の多様化が進む中、個々の従業員に最適な学びの機会を提供することは簡単なことではないでしょう。これまでに7社が合併して規模を拡大し、2000人を超える従業員を抱えるようになった三井情報では、こうした課題に向けて「人材基本方針」を策定し、さまざまな施策を展開。そのベースには人事だけでなく、経営企画も主体となって取り組んだ、全社的な風土醸成の取り組みがあります。同社のキーパーソンへの取材では、これからのキャリア開発・人材育成におけるヒントが見えてきました。
- 戸部雅之さん
- 人事総務統括本部 本部長
とべ まさゆき/1989年、現・三井情報の前身会社の1社である三井情報開発株式会社入社。技術職として多数の大規模システム開発プロジェクトを経験後、2007年よりITコンサルティング部門を統括。2011年英国現地法人社長、2015年本社技術部門の本部長を経て、2018年よりコーポレート部門にて人材戦略、人事制度改革を担当。2019年人事総務統括本部長。
- 山田美夏さん
- 人事総務統括本部 グループ人事総務部 人材開発室 マネージャー
やまだ みか/2008年三井情報株式会社中途入社。人事部門にて採用(新卒~中途)・雇用管理(異動・出向・再雇用)・人材開発、教育研修業務等を担当。2019年人材基本方針制定に伴い、全社向け教育プログラムの再構築並びにキャリア開発プログラムの設計に携わる。産業カウンセラー、国家資格2級キャリア・コンサルティング技能士。
- 世良真理さん
- 経営企画統括本部 戦略企画部 広報・CSV推進室 室長
せら まり/2008年三井情報株式会社中途入社。営業部門にてビジネスパートナーとのアライアンスやマーケティング業務に従事し、2016年より経営企画部にて広報業務を担当。2018年より広報・CSV推進室長として、風土醸成を含む社内外広報活動全般を推進する。(一財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ、国家資格キャリアコンサルタント。
「人材基本方針」に基づき、グループ人事と部門人事が連携
貴社は2019年に「人材基本方針」と「人材像」を策定されています。まずはこの二点について、詳しくお聞かせください。
戸部:当社はICT技術を駆使したサービスと知見を幅広く提供していますが、ハードウェアメーカーではありません。お客さまや世の中へ提供する価値の源泉となるのは「人」。当社にとっては人材がアセットそのものであり、従業員の成長が会社の成長の基礎にあります。そうした背景から「人材基本方針」をまとめ、考え方を明文化しました。
人材像は、従業員の成長を会社として支えていくために定義したものです。新たな価値創造を実現するため、多種多様な人材の一人ひとりが持てる力を発揮してほしいという期待を込めて「人材ポートフォリオ」を整理しました。
この人材ポートフォリオを実現するための制度として、従業員には三つのコースを用意し、多様なキャリアプランを描けるようにしています。
人材基本方針は、どのように現場の人材育成につなげているのでしょうか。
戸部:会社全体で定めた人材基本方針は、あくまでも基本的な枠組みです。部門ごとの人材育成は部門の裁量に委ね、全社育成プログラムのもとに部門CDP(キャリア開発プログラム)を設けて、さらに個々人の育成計画へとつなげています。
体制としては、私たちグループ人事が全体の仕組み作りを担い、営業・技術の各事業部門に設置した人事企画が部門CDPや個々人の育成計画を担っています。将来的には、事業部門の人事企画にHRBPの機能を持たせていくことも想定しています。
グループ人事がすべてを主導しているわけではないのですね。
戸部:かつてはグループ人事がすべてを担っていた時代もありました。当社はもともと7社が段階的に合併をしてきた経緯があり、規模が大きくなって事業が拡大していく中で、すべてを見きれなくなっていったのです。人事制度の改定を機に、グループ人事と事業部門の人事企画が連携して人材育成を進めていく体制へと進化させました。
全従業員が参加して討議するワークショップを年70回開催し、一体感を醸成
合併・再編に伴う組織変更を経た後、一体感の醸成に悩む企業は少なくありません。貴社はいかがでしょうか。
戸部:従業員それぞれが元の会社への帰属意識や愛着を強く持っていたこともあって、実務においても風土においても、一つの会社としての意識を持てるようになるまでには時間がかかりましたね。人事だけが主導するのではなく、経営企画も主体となって、風土を変えていくためのアクションを重ねてきました。風土醸成のように組織的な「面」の施策を実行しているのが経営企画で、従業員の「個」の育成を進めているのが人事です。人事制度の改定や働き方改革のプログラムと風土醸成の取り組みは、密接に絡まり合っています。
経営企画においてはどのような取り組みを進めてきたのですか。
世良:先ほどの話にもあったように、現在の三井情報になった2007年までに7社が合併しており、実際に出身会社による壁が存在していました。私が入社した2008年からしばらく、社内では「旧Mの○○さん」など、出身会社を指して呼ぶことも多かったんです。さらにそれ以降多くの人材が中途入社していることもあって、一体感の醸成が課題となっていました。
現社長の小日山功(代表取締役社長)が営業部門の本部長に着任し、社内コミュニケーションを活性化させるために外部企業の力を借りてコーチングメソッドを導入しました。そして、キリンビールの風土改革を参考にしながら、社内に一体感を醸成するためのさまざまなイベントを実施してきました。変革が加速したのは、小日山が副社長に就任した2016年頃からです。
その一つが、全従業員が参加して討議するワークショップです。1回あたり30名の従業員が参加し、3年目となる今年度はグループ会社も含めて全70回のオンライン開催となりました。普段業務で関わることのない別部門の人と議論し、ともに会社の将来を考え、キャッチコピーを作る、といった取り組みを進めています。このような会社や部門の枠を越えたコミュニケーションにより、経営理念である「あり姿」の実現に向けて、従業員一人ひとりの意識が向上。ここ数年は「旧○○」という俗語は聞かれなくなりました。
戸部:こうした風土醸成は、人材育成において大きな意味を持っています。当社の従業員は技術職が3分の2を占めていますが、2000年代以降はICT技術の変化のスピードが飛躍的に高まり、個の力だけで成長するのではなく、多様な人材の中で技術を高めていくことが求められています。人事も経営企画の取り組みと連携しながら、少しずつ制度や施策を作り込んでいきました。
グループ人事は従業員のモニタリングを行い、加速させるためのエンジン
貴社で現在実施されている全社育成プログラムについて、詳しくお聞かせいただけますか。
山田:当社の人材育成や研修は、すべて人材基本方針に基づいています。その上で全社育成プログラムとして、「教育研修」「人事ローテーション」「人事評価および人事面談」「資格取得支援制度」「マンツーマンリーダー制度(新卒や第二新卒が対象)」「人事総務統括本部によるモニタリング」「新卒入社者向けガイドライン」「キャリア入社者向けガイドライン」の8つの取り組みを進めています。
当社では、社員一人ひとりの人材育成に関する実行責任は営業・技術・コーポレートの各部門が担っており、グループ人事では、全社的な指針として上記の全社育成プログラムを準備しているほか、全社共通で必要とされる能力開発やスキル開発を担当しています。例えば、昇格時の役割転換を主体とした教育研修や、社員個人が自律的に学ぶための選択型研修、節目ごとのキャリア開発研修など、部門にかかわらず普遍的なものを提供しています。
これらの全社育成プログラムをベースにしつつ、技術部門と営業部門でも、部門人事が中心となって部門CDPや部門独自の教育体系プログラムを提供し、毎年見直しをかけています。もちろんグループ人事でも、各部門の育成テーマについて相談に応えながら支援しています。
戸部:グループ人事では手の届きにくい専門性の部分や、個を尊重する対応を部門に担ってもらい、技術職や営業職一人ひとりに、適時必要な学びの機会を提供しているのです。営業職であれば、幅広い商材や顧客と向き合うための必要なスキル、技術職には、三井情報が獲得したい中長期的な技術を見通し、「技術職として確実に経験してほしいこと」「まだ世の中にはない技術をキャッチアップしていくこと」などをテーマにした研修を行っています。私たちはそのモニタリングを行い、加速させるためのエンジンの役割です。
グループ人事によるモニタリングは、どのように進めているのでしょうか。
戸部:振り返りをメインに、従業員と対話する「モニタリング面談」が中心です。良い点は吸い上げて共有し、うまくいっていない点があれば、人事としてできる施策や部門でできる対策に落とし込んでいきます。グループ人事が向き合うことで、従業員も話しやすくなり、客観性を持ったインタビューを実施できていると感じています。
外部有識者を招いたキャリア開発セミナーで「自律的にキャリアを考える」きっかけ作り
2020年度には全3回の「キャリア開発セミナー」を開催されています。講師は藤原和博さん(教育改革実践家/奈良市立一条高校前校長)や田中研之輔さん(法政大学キャリアデザイン学部教授)、田島弓子さん(ブラマンテ株式会社代表取締役)と豪華な顔ぶれですね。
山田:企画の背景には、世の中の環境が変わり、働き方も多様化していく中で、旧来型のキャリア開発には限界があると感じていたことがあります。加えて新型コロナウイルスによる急激な環境変化もあり、予測不可能な時代に突入する中で、ますます一人ひとりが自律的にキャリアと向き合う必要が出てきました。そこで、世代に関係なく自分のキャリアを考えるきっかけを作りたいと考えました。
セミナーの実施にあたっては、そうした知見や刺激を与えてくれる有識者を外部からお迎えし、全国どこからでも参加できる短時間のオンライン開催にすることで、参加へのハードルを低くしました。オンラインでも対面のような臨場感も得られるようにセミナー構成も工夫し、社内PRも促進した結果、各回160〜190名強の参加がありました。
戸部:オンライン開催には、大きな手応えと可能性を感じましたね。開催日によって異なりますが、6〜7割は自宅やサテライトオフィスから参加しています。海外勤務の従業員も積極的に参加してくれました。チャットを活用して質問する従業員も多く、事後アンケートの結果を見ると高い満足度でした。新型コロナウイルスの影響を除いて考えても、非常に意義のある手法だったと思います。
キャリア開発セミナー開催後の従業員の変化を、どのように捉えていますか。
山田:キャリア開発セミナー開催後には、一人ひとりの能力開発やキャリア形成の促進を目的として、幅広い講座の中から自分で選択できるオンライン学習プログラムをトライアル導入しました。用意していた枠は100名分だったのですが、セミナー参加者をはじめ全社にアナウンスしたところ、申し込みが殺到し、たった2日で埋まりました。新たな学びへのニーズを一定数喚起できたのではないかと手応えを感じています。
戸部:今回のキャリア開発セミナーでは、「転職」や「副業」といったワードも濁すことなく、真正面から話題として取り上げていただきました。従業員一人ひとりにとってスキルや経験の意味合いは変わってきていて、会社はそれを獲得する場所の一つなのだというメッセージを伝えたかったからです。そうした内容を好意的に受け止めてくれた従業員も多かったですね。「自律的にキャリアを考えていく」というテーマを、多くの参加者が新鮮に受け止めてくれたのだと思っています。
主体的にキャリアを考える機会が増えれば、「何を学ぶべきか」も明確になっていくはず
貴社のキャリア開発研修においては、新入社員から50代社員まで、幅広い層へ対応したプログラムが用意されています。年代ごとに注力されているポイントなどはありますか。
戸部:旧来型のキャリア開発研修は、例えば50代に向けてセカンドキャリアを考えたり、ライフプランやマネープランを考えたりするものが中心でした。しかしここ数年は、全世代に対応してプログラム開発を進めています。世代ごとにキャリアを考える場が大切だと考えているからです。
私たちの業界は、常にICTの技術進化と向き合っています。スキルという部分では、真剣に自分自身で向き合う姿勢が身についていなければ対応しきれません。会社に与えられて学ぶだけではなく、自分で選択して必要な技術を取りに行くアクションが必要です。その考え方を全年代に適用しています。
山田:昇格や役割転換の節目のタイミングは自身のキャリアを点検し、内省できる機会でもあるため、この段階で人事制度上の等級定義や能力要件を確認してもらいます。また、その先のキャリアを考えるためのコンテンツを全ての階層別研修に取り入れ、自身のキャリアと自然に向き合える機会を作っています。三井情報の求める人材像を目指して、全従業員が成長し続けることが重要だと考えています。
今後のキャリア開発および人材開発に向けては、どのような取り組みを計画されていますか。
山田:キャリア開発セミナーは継続して開催し、一人ひとりが主体的に自身のキャリアを考える機会を増やしていきたいと思っています。主体的に考える機会が増えれば、現在導入しているオンライン学習サービスなどを活用する際にも、「絶えずアップデートし続ける上で何を学べばよいか」が学ぶ側にとっても明確になっていくのではないでしょうか。
戸部:風土醸成やさまざまな制度・施策を打ち出したことで、従業員一人ひとりのアウトプットが増え、グループ人事からのアプローチにもたくさんの反応が返ってくるようになりました。それがこの1年で感じている良い変化です。ただ、私たちは今のやり方が正解だと確信しているわけでもありません。従業員がさらにアウトプットの頻度を高め、行動へとつなげてくれるように、今後もさまざまな材料や仕掛けを提供していきたいと考えています。
(取材:2021年2月9日)