サトーホールディングスが実践する「あくなき創造」を実現するための組織づくり
自ら考え、行動し、変化を起こす人財を生み出す「三行提報」と「タレントマネジメント」
サトーホールディングス株式会社 高度専門職(エグゼクティブフェロー) グローバル人財開発室長 兼 一般社団法人サトーグループ共済会 代表理事
江上 茂樹さん
2020年10月に創業80周年を迎えたサトーホールディングス株式会社。ラベルやラベルプリンタの製造・販売、自動認識ソリューションなどを主力事業に、国内26都道府県・海外27ヵ国に拠点を有するグローバル企業です。同社の歴史と成長を支えているのは、「あくなき創造」という創業精神が浸透した組織づくり。理念を体現するうえで欠かせない「三行提報」の仕組み、近年取り組みを進めているタレントマネジメントについて、高度専門職(エグゼクティブフェロー) グローバル人財開発室長の江上茂樹さんにお話をうかがいました。
- 江上 茂樹さん
- サトーホールディングス株式会社 高度専門職(エグゼクティブフェロー) グローバル人財開発室長 兼 一般社団法人サトーグループ共済会 代表理事
えがみ・しげき/1995年三菱自動車工業株式会社に入社。2003年から三菱ふそうトラック・バスに移籍し、人事部門に従事。人事・総務本部組織戦略部長、開発本部開発管理部長、人事担当常務 人事・総務本部長(兼ダイムラートラックス・アジア人事責任者)を歴任。2015年にサトーホールディングスに入社しCHROに就任。組織改編により、2020年4月より現職。
社会課題を解決する社是「あくなき創造」が、サトーホールディングスの源流
創業80周年を迎えたサトーホールディングス(以下、サトー)の歴史のなかで、変えずに守ってきたものの一つに、社是である「あくなき創造」の理念があるそうですね。
サトーの社是である「あくなき創造」は、創業者である佐藤 陽が提唱した考え方です。文字通り、「飽きることなくイノベーションを生み出し続ける」という意味ですが、佐藤自身が世の中に必要とされるものをつくり続ける発明家だったことがその背景にあります。
佐藤は小売店で値札を一つずつ手作業で付けている店主の姿を見て、「これでは非効率だ」と考え、1962年に世界初の「ハンドラベラー(商品に価格や日付表示シールを貼り付ける機械)」を開発しました。
その後、バーコードが普及し、アメリカからPOSシステム(販売時点情報管理)が入ってくる社会の動向をいち早く察知し、1981年には世界初の熱転写式バーコードプリンタを開発しています。
時流を読み、社会の課題を解決するための商品やサービスを開発してきたのがサトーの歴史であり、源流となる考え方。だからこそ私たちは、「あくなき創造」を社是に掲げ続け、ビジョンや行動指針、コンピテンシーにも、この考え方を反映させてきたのです。
サトーが従業員に求める人物像も「『あくなき創造』を体現できる人」になるのでしょうか。
そうですね。ただ、社員に腹落ちしてもらうことが重要なので、現社長の小瀧が最近、「自ら考え行動し変化を起こす人財」と定義し直しました。
サトーの強みは徹底した現場主義です。当社が手がけているのは、単純にプリンターやラベルを販売する「モノ売り」ではありません。お客さまのお困りごとを解決するためのソリューションを提供する「コト売り」なのです。ですから、お客さまの現場でなにが起こっていて、どのような課題が生じているのかがわからなければ、サービスを提供できません。
課題を発見する洞察力、そしてお客さまの期待を超える解決策を提供するソリューション力を含めて「現場力」と呼んでいます。現場力を磨いていくことで、「自ら考え行動し変化を起こす人財」として成長することができると考えています。
近年は、イノベーションの重要性がさらに増しているように感じます。
サトーはこれまで、20年程度の周期でビジネスモデルを変化させてきました。しかし、現代は「VUCA(ブーカ)」と言われるように、時代の流れが速くなり、変動性や不確実性が高まっています。
AIやIoTといったテクノロジーが進化するなかで、時代の流れをくみ、追い越すくらいの勢いで、私たち自身が変化していかなければなりません。サトーがどのようなサービスを提供すれば顧客価値になるのか。まさに走りながら考えている状態です。
これまでの成功体験にとらわれていたら、足元をすくわれるでしょう。伝統を大事に守りつつも、歴史にあぐらをかかない。まさに「自ら考え行動し変化を起こしていく」重要性を感じています。
現場の声が遠くなる危機意識から生まれた「三行提報」
貴社では、社是「あくなき創造」を浸透させる取り組みとして「三行提報(さんぎょうていほう)」を40年以上にわたって実施されています。
「三行提報」は、社長を除く国内の全社員が毎日、社長に対して「会社を良くする、創意・くふう・気づいたことの提案や考えと、その対策の報告」を約三行(127文字)にまとめて提出する制度です。海外の約1200名の社員も毎日ではありませんが提出しています。書かれている内容は、お客さまの声や市場の動向、職場における気づきなどさまざまです。
専用システムを通じて提出された三行提報は、秘書室の提報チームがすべて閲覧します。毎日、国内約2000通のなかから選びだした40通ほどと、各国で選ばれて本社に送られてきた提報を併せて社長に送り、それを見た社長が必要な指示やフィードバックを行って改善や開発へとつなげます。さらに、社員間で情報を共有する手段の一つにもなっています。
どのような背景で開始されたのでしょうか。
三行提報は1976年に、創業者である佐藤の発案で導入されました。従業員一人ひとりの顔が見える規模であれば、社長は現場で何が起きているのかを把握できますが、当時は会社が拡大していた時期。毎日会社で何が起こっているのか知りたいという思いと、組織が大きくなって従業員が増えたことによって、「現場の声が社長まであがってこなくなるのではないか」という危機意識から導入した制度です。
現在、国内の提出率は99.9%ですが、導入当初は提出率が低く、7割程度だったそうです。しびれを切らした佐藤が、提出しない社員の妻に宛てて「あなたの旦那さんは三行提報を書きません。このままでは夏のボーナスは減額になります」と手紙を送ったという逸話も残っています(笑)。ただ、そうしたやり方では結局、提出率は上がらなかったようです。
そのため二代目社長の藤田東久夫は、三行提報の提出を減点方式から加点方式に変えました。これは、提報を提出してくれてありがとうという感謝を加点で表すと同時に、社員自身にも提報を書く権利を持っていることによって、会社をどんどん変えていけると考えてほしいという願いからです。また、報奨金制度にも力を入れ、よい提報には報奨金を授与しました。現在は、特に声をかけなくても、99.9%の提出率を実現しています。
社員からは具体的にどのような声が寄せられているのでしょうか。三行提報を基に、新たに行われた取り組みや改善事例があれば教えてください。
例えば、本社の1階に商談スペースを兼ねた受付ロビーがあるのですが、訪問されたお客さまが利用できる「フォン・ブース」を設置しました。受付で待つ間や商談の途中、お客さまの携帯電話に着信がかかってくることがあります。しかし、受付ロビーでは電話に出にくく、外へ出ていかれることが多いことから、ある社員が「ロビー内で気兼ねなく話せる空間をつくったほうがいいのではないか」と提案したのです。
商品開発につながるケースも、数多くあります。食品業界ではパッケージラベルに賞味期限や消費期限などの日付情報を印字します。絶対に間違ってはならない数字ですが、現場では、「年」の表記を打ち間違える誤印字が起きていました。そこで正しい日付以外を入力できないようにするためのチェック機能の追加が提案され、ラベル発行ソフトウェアの標準機能として実装されました。
現場での危機意識が共有されることもあります。これはコロナ禍以前の話ですが、在宅勤務を行う社員が、情報セキュリティの観点から「在宅勤務中の条件下でも、正しくセキュリティ機能が動作するのか」と疑問を呈してくれました。セキュリティ対策はとられており問題はありませんでしたが、社員の意見をきっかけに、確認やチェックを徹底する意識はより高まりました。
三行提報は、「月単位・年単位」での提言ではなく、「毎日」書くからこそ、ちょっとした気づきや素朴な疑問点などを伝えられる利点があるのですね。
毎日書くのは、やはり大変です。ただ、三行提報の仕組みがあるからこそ、社員は現場の状況変化やお客さまの声に敏感になりますし、改善意欲の醸成にもつながります。いわば、いつも問題意識をもって「なにかネタはないか」と探している状態です。それが、「全員参画型の経営」につながっているのだと思います。私自身は「毎日書くのは大変だな」と思うタイプですが、ネタ探しが楽しいという社員もいます。社長にダイレクトに声を届けられる機会があるのも魅力ですね。
経営トップのコミットメントが創業精神と企業理念を浸透させる
40年にわたって三行提報が継続され、全員参画型の経営を実行できている秘訣は何でしょうか。
一番の要因は、歴代の社長が「三行提報は経営の最優先事項だ」と言い続けたことにあるのではないかと思います。社長をはじめとする経営陣が「三行提報が大事」だと言って、譲らなかった。そのコミットメントが、「三行提報を書くのは当たり前」「三行提報があってこそのサトー」という風土をつくり、根づかせました。三行提報の提出率が100%ではない社員に昇進・昇格はありません。
経営トップの揺るぎない意志が、理念の浸透には重要なのですね。社員が意見を提案して終わりではなく、業務や製品の改善に着実につながっていることが、社員のモチベーション維持に影響を与えていると思われますか。
影響を与えていると思います。それが「全社員が経営に参画する」ということですから。ただし、毎日約2000通書かれている三行提報のうち、日の目を浴びるのは、ごく一部です。いい提案が確実に経営トップに届き、実行されることだけでなく、「本目的以外にも使い道がある」ことが、奏功しているかもしれません。
三行提報の内容はデータベース化され、誰でも検索できるようになっています。例えば、部門責任者が「〇〇商品の現場情報を知りたい」と思えば、キーワード検索し、情報を抽出できます。
私が担当しているチームでも、秘書室とは別に、英語に関連する三行提報をベスト提報として選び、改善につなげていく施策を行っています。わざわざ社員にアンケート調査をしなくても、提報をチェックすれば、ある程度のことがわかります。
社長以外の役員や部長も定期的に提報に目を通し、積極的に社員にフィードバックするようにしています。また、上下に関係なく社員同士がよいと思った提報にフィードバックすることも可能です。このように、役員や部門長、社員が日常的に使えるツールになっていることも、三行提報が定着・継続している要因かもしれません。
タレントマネジメントシステムで「人事データを一元化」
マネジメントレベルが一段階あがり、適材適所を実現しやすい環境に
2016年度に策定された「人財戦略ロードマップ」では、タレントマネジメントの確立が掲げられています。具体的な取り組みについてお聞かせください。
私がサトーに入社したのは2015年の秋です。中途入社した客観的な立場でサトーを見たときに、いろいろと先進的な取り組みをしている、ユニークな企業だと感じました。ただ、一つひとつの施策が個別に実行されていたため、全体を包含する設計図の必要性を感じ、国内外の「人財戦略ロードマップ」を策定しました。
「自ら考え行動し変化を起こす人財」を育成し、会社を発展させていくためには、まず社内にどんな人財がいるのかを把握することが大切です。しかし、当時は人事関連のデータベースが個別に存在している状態でした。給与管理や勤怠、評価、自己申告、保有資格などのデータが、別のシステムで管理されていたのです。
経営会議で人事関連の議論をするとき、それぞれのシステムからデータを抽出して、手作業で統合した資料をつくる必要がありました。また、異動など人事情報に変更があった場合は、複数のデータベースを一つずつ更新しなければなりませんでした。
そこで、タレントマネジメントの第一歩として「人事データの一元化」を目指しました。当初は、大手企業で導入されているような大規模システムを入れることを検討しましたが、初期投資がかかりすぎることと、いきなり高度な機能を導入しても使いこなせるかどうかが不明確だったことから、まずはコスト感の合うシステムを導入し、試してみることにしました。
2018年4月にタレントマネジメントシステムの運用を開始し、社員の基本データや勤怠、目標設定、評価、研修履歴など給与以外の全ての人事情報を一元化。現在は、サトーで多面観察と呼んでいる360度評価や、人事に提出する自己申告も、システム上で行っています。
「人事データの一元化」による効果はどんな点にあらわれていますか。
2018年度からは役員が参加する昇進会議でも、タレントマネジメントシステムを活用しています。例えば、課長への昇進を決定する場合、以前は所属長が書いた推薦コメントや、過去の評価が記録されたExcelのシートを確認し、話し合っていました。役員は他部門の課長候補の人物像や仕事ぶりを知りませんから、所属長が書いたコメントを信じるしかなかったわけです。
一元管理されたタレントマネジメントシステムを活用すれば、該当者の職歴や評価はもちろん、なぜその評価になったのかというプロセスや、どのようなコメントがついているのかまで確認できます。どのようなバッググラウンドを持った人物なのか、コンピテンシーに基づいた行動ができているかなど、さまざまな情報から多角的に検討でき、判断しやすくなりました。
部門長が施策を実行したり、意思決定したりするうえで、人事を経由せず、情報を確認できるようになったことも大きいですね。これまで、経験や長年の勘に頼ってきたことも、きちんとしたデータを基に判断できる。マネジメントレベルが一段階あがり、適財適所を実現しやすい環境になったのではないかと感じています。
最後に、今後の人事戦略における展望についてお聞かせください。
最近、よく考えているのは「会社の成長」と「社員の成長」をいかに両立させるかということです。私としては「会社の幸せ」と「個人の幸せ」のどちらも追求したいと考えています。
会社の成長や幸せだけを実現することは、そう難しくはありません。利益を増やそうと思えば、人員を削減したり、給与を下げたりすればいいのですから。でも、そんなやり方では、社員は幸せを感じられません。
人生100年と言われ、一人で生き抜く力をつけていくことが推奨される時代です。それでも、サトーの企業理念に共感し、そしてサトーという職場を選んでくれる社員がいるからこそ、会社は持続的に発展していけます。サトーで働くことに価値を感じてもらわなければ、今後50年、100年と会社を存続させることは難しいでしょう。
会社の幸せと個人の幸せを両立するためには、「適財適所」の実現が重要です。個人が最大限力を発揮できる仕事やプロジェクトにアサインしていく必要があります。それはやはり「感覚」だけでは成し遂げられません。「データ」に基づいた納得感のある配置、そして個人の成長につながるキャリア形成を後押ししていくことが大切です。
当社の今後の事業展開でさらに重要度が高まっていくのは海外です。そのため、現在は海外の幹部層のタレントマネジメントに着手しているところです。今後は、現地スタッフを含めたマネジメントの最適解を探り、当社の創業精神や企業理念、コアコンピテンシーを根付かせる仕組みを展開していきたいと考えています。
(取材:2020年9月15日)