株式会社 三越伊勢丹ホールディングス:人事部が変われば、現場が変わる、店頭が変わる とことん“個”に向き合う三越伊勢丹グループの人材戦略とは(後編)[前編を読む]
株式会社 三越伊勢丹ホールディングス 執行役員 人事部長
中村 守孝さん
販売の質を“見える化”するSSPで自他ともに成長を実感
スタイリストの育成やキャリア形成支援のための具体的な施策について、お聞かせください。
現場のスタイリスト育成のための施策の根幹にあるのはOJT。つねに先輩社員が後輩社員に範を示し、実地で指導する伝統の仕組みがあります。ただ、このOJTの仕組みは体系化されているものの、定量化されてはいませんでした。そこで、優秀なスタイリストの行動を分析し、「9つのあるべき販売行動」と「23の必要なスキル」に集約。それをさらに4段階のレベルに区分けし、スタイリスト一人ひとりの現状にあてはめることで、個々の販売スキルを可視化する取り組みを進めています。これをOJTと連動させれば、販売の質がどれくらい高まったかを定量的に把握することができるので、本人が成長感を得られるのはもちろんのこと、お買場をマネジメントするセールスマネジャー(SM)もスタイリスト個々のスキルレベルに応じて、より具体的な指導ができるようになると考えています。一連の取り組みは「SSP(セールス・スキルアップ・プログラム)」と呼ばれ、現時点では、首都圏三越伊勢丹の全お買場のSMに対して導入を終えたところです。SMは、スタイリストを束ね、育成する管理職であるとともに、いざとなれば、誰よりも売ってみせられるトップスタイリストでなければいけませんから。
成長が目に見える形で実感できる仕組みはモチベーションアップに欠かせませんね。
「目に見える」という意味では、理想のスタイリスト像を体現する“モデル”の存在もやはり大切でしょう。当社では2012年から、お取組先販売員(パートナースタッフ)を含むグループ全店のスタイリストを対象に、日々の接客で高い成果をあげている優秀な従業員を、敬意をもって認定・表彰する「エバーグリーン」制度を実施しています。11年度からの4年間で累計208名が優秀スタイリストに認定・表彰されました。また14年度からは、三越伊勢丹で「シニアスタイリスト」制度もスタート。こちらは表彰ではなく、専門性に基づく貢献度の高い人材を処遇する任命の仕組みで、複線型人事制度として導入されました。
スタイリストの大半は女性です。御社は週刊東洋経済の「女性が働きやすい会社ランキング2015年版」で見事、第1位に選ばれ、また11月30日には厚生労働省の「キャリア支援企業表彰」も受賞されています。本当の意味で女性の活躍を支える取り組みとはどういうものか、中村さんのお考えをお聞かせください。
たしかに両立支援に関する制度や仕組みは、他社と同等以上のものが揃っていると思います。しかし先ほども申し上げたように、どんなにいい制度や仕組みを導入しても、「個と向き合う」ことを怠った瞬間から人事は機能しません。女性活躍推進の取り組みにおいても、それは同じだと思うのです。
現在、経団連の自主行動計画として「管理職における女性比率を2020年までに30%を目指す」と掲げていますが(現在20%)、今後、女性の管理職比率を高めるためには、まずは女性を多く採用していくべきだと考えています。また、女性でも積極的に一つ上のキャリアに登用したり、外部に出るチャンスを与えています。ここでも“個”の能力、価値観、キャリア意識を見ることが重要になるわけです。
たとえば、こんなことがありました。人事部にも育児勤務中の女性が5人いるのですが、仕事ぶりを観察していると、生産性が極めて高いんですよ。実によく働き、仕事の出来栄えもすばらしい。そこで、話しをしたところ、彼女たちは家庭や育児との両立に悩んでいるとか、そういう単純な図式じゃないんですね。自分が育児勤務で早く帰ることを、同僚たちに申し訳ないと思っている。全力でやってもタイムオーバーで仕事が片付かず、後ろ髪を引かれる思いで帰っていく。むしろそっちのほうがストレスだというんです。要するに、働けるものなら、もっと働きたいと。そこで昨年4月から、月に10日間まではご主人やおばあちゃんが家にいてくれる日を自由に選んで、フルに働ける日を設定する新しい制度を導入しました。人事部のワーキングマザーも、全員利用しています。
まさに個と向き合ったからこそ、出てきたアイデアですね。
はい。それと、向き合った相手のことをありのままの目でみる姿勢が大切ではないでしょうか。これが意外と難しい。働きたいなら、思う存分働けばいいし、毎日が無理なら、できるときだけそうすればいい――この一見単純に思える発想に、なかなか至らないんです。誰でも、もともと会社に貢献したいという気持ちは持っている。単に“危機感を持て”といった精神論ではなく、そういう根本的な部分にフォーカスして、物事を論理的に見つめ直せば、戦略やアクションプランは自ずと出てくるでしょう。
そこでこの一件をヒントに、人事部内には「全員レギュラー」というキーワードを掲げました。最近は、部内に一人しかいないフェロー社員から、私を含めた全メンバーに自分の担当業務についてルール徹底のお願いのメールも来るようになりました。こういうことが強く望んでいた変化です。つまり時給制契約社員であっても、育児勤務中であっても、同じ仲間として責任感を感じ、自分なりの貢献ができる、“レギュラー”だと感じていられる、人事部内にそういう意識付けができてきたということなんです。