都市部からの人材確保が困難な地方企業
本社の経営事情で採用が左右される外資系企業
距離以上にある「格差」 難しい地方企業のキャリア採用
首都圏、とりわけ東京への人口の一極集中により、地方との「人材格差」が問題になっている。地方では人材が採用しにくいから企業が育たない、有望企業が少ないとさらに多くの人材が都市部に流出する…といった負のスパイラルが出来上がっているようだ。東京にある人材紹介会社にも時折、地方の企業から求人が寄せられることがある。特に地方にはいないようなキャリアを持った人材の採用については、かなり期待されているケースもあるのだが…。
東京にしかいない人材を採用したい
「どうでしょう、採用候補として挙げられそうな人材は集まっていますでしょうか?」
T社は、ある地方を拠点とする地元企業である。採用を担当するEマネジャーは、ほとんど毎月のように電話をかけてきては、候補者の集まり具合を確認するのだった。
「そうですね…。なかなかご期待に沿える人材にお会いできていないというのが実情でしょうか…」
歯切れの悪い答えしかできない自分がもどかしい。
「他の人材紹介会社さんの状況はいかがですか?」
苦し紛れにこう聞いてみると、Eマネジャーもいつも同じようなセリフを返してくる。
「履歴書はある程度集まっていますよ。ただ、まだ採用が確定したわけではありません。良い人材がいたら、今からでもぜひ紹介をお願いします」
T社の求人は新規事業に関わるものだった。地方にはあまりないビジネスモデルのため、ノウハウを持つ経験者はほとんど東京に集中していると予想された。そこで、Eマネジャーは東京の人材紹介会社を回って求人を依頼していたのである。
「地方都市での勤務が前提になるので、応募者は相当限られてくると思います。Uターン希望者ならベストですが、それはあまり期待していません。単身赴任でもいいという人が狙い目かもしれないですね」
T社もそのあたりは割り切って考えていたようだが、それでも候補者はほとんど集まらなかった。
「今回は、募集対象のゾーンを上げてみようと思うんですよ。前回はキャリア15~25年の方というオーダーでしたが、それ以上の方も考えてみようかと…。場合によっては定年前後の人材でもいいかもしれないですね」
給与格差とカルチャーの違いも
ところが対象のゾーンを上げると別の問題が出てきた。
「年収が合わないんじゃないでしょうか。御社が求めていらっしゃるキャリア人材は、東京でもかなり高い年収を得ている方が多いんです。キャリア的に25年以上となると、本部長クラスを経験された方が中心になりますので、だいたいこのくらいでしょうか…」
ある候補者の希望している年収を示すと、Eマネジャーは即座に「無理です」と言った。
「当社は地方に本社があるので、もともとの給与水準が東京とは差があるんですよ。それでも、新規事業の即戦力となる方は別枠で考えようということで、当社としては異例の金額を想定していたのですが…それでもずいぶん開きがありますね」
地方に本社がある企業は、こうした問題にかなり頭を悩まされているようだ。たとえば、東京支社で中途採用を行なう場合でも、給与水準を本社並みにしてしまうと東京では競合他社にまったく勝てなくなる。かといって東京の水準に合わせると、本社の役員から「なぜ東京支社はこんなに人件費が高いのか?」などという意見が出たりして大変なのだという。
「それでも先日は一人、社長面接まで行ったんですよ。給与もなんとか折り合いがつきそうでしたし…」
ある時、Eマネジャーからそんな話を聞いた。
「結果はどうだったのですか?」
Eマネジャーは残念そうな口調で答えてくれた。
「それが、結局採用には至りませんでした。どうやら候補者の方が、地方企業のオーナー社長という存在に対して、やりにくさを感じてしまったみたいです。逆に社長は、候補者の方からの『単身赴任で二重生活になるから、その分を収入にプラスできないか』という交渉が気に入らなかったようですね。東京では交渉もビジネスの一環なのでしょうが、当社のトップは駆け引きが嫌いなタイプで…」
年収水準の違い、さらには文化の違い…。そうした隔たりの方が、実は距離の隔たりよりも大きいのかもしれない。Eマネジャーの苦労を思いながら、都市部と地方との格差の問題はこれからもっと大きくなっていくような気がしたのだった。
途中で採用が凍結する外資系企業
非正規社員の契約打ち切り、さらには正社員にも及ぶリストラ…など、景況感が悪くなると暗いニュースが多くなる。新聞などの報道で伝えられるのは大企業の事例がほとんどだが、実際はそれ以外の企業でも採用計画が白紙や保留になるケースが徐々に増えているようだ。特に外資系企業の場合は、本社からの指示で人員計画が決まるケースが多い。日本法人の業績に関係なく、急に方向性が変わってしまうこともある。
欠員補充のポジションも「採用ストップ」
「もういい加減に諦めた方がいいでしょうか。いくらなんでも遅すぎますよね…」
ある外資系企業の2次選考を受けていたTさんは、その結果がなかなか出ないことに苛立っていた。面接からすでに2週間経っているのに、何度催促しても合否の連絡がない。しばらくしてその理由が分かった。
「実は、今回は採用自体を一旦中止することになってしまいました。そうです、先日のTさんは不合格というわけではありません。また機会があれば、ぜひ再度ご応募いただきたいと社長も申しておりました。お待たせして申し訳ございませんでしたとお伝えいただけますか」
やはり…と私は思った。外資系企業の場合、採用計画の最終的な決定権は海外の親会社が握っていることが多い。日本サイドではぜひ採用したいと思って話を進めていても、本社からストップがかかるとどうしようもなくなる例は珍しくないのだ。
「それにしても急な話でしたよね…」
それとなく水を向けると、人事マネジャーはその内幕を教えてくれた。
「今回は欠員募集だったんですよ。いないと困るポジションの補充ですから、社長以下関係者は全員、採用は当然だと思っていたんです。Hさんは経験も十分おありでしたし、2次面接まではこのままスムーズに進むものと思ったんですけどね…」
ちょうどそのタイミングで、海外の親会社から日本法人に「採用中止」の要請がきたのだという。
「ただ、今回募集しているポジションが埋まらないと社内業務をかなり見直さなくてはいけなくなります。それで、社長が親会社とずっと交渉していたんです。お待たせしていたのはそのためだったのですが…結果的には不採用のご連絡をすることになってしまいました」
これまでは、現地法人の意向が通ることもあったそうだが、今回は景気の悪化が親会社を直撃していた。
「あくまでも一時的な対応ですので、また景気が上向いてきた時にはぜひよろしくお願いします」
人事マネジャーは、残念そうにそう言って電話を切った。
採用計画の中止要請が急にくる理由
このケースのように正直に話してもらえるのは稀である。大体は、「別の人材を採用した」「社内異動で対応することになった」…などの理由で、内部事情は教えてもらえないのが普通だ。今回、かなり立ち入った事情を話してくれたのは、Hさんに「不合格になった」という印象を与えたくなかったからだろう。つまり、日本法人の現場サイドでは採用を再開する気がある…ということなのかもしれない。
「日本法人の状況や意向とはまったく関係なく、採用をストップさせられるのは珍しいことじゃないですよ」
こう教えてくれたのは、自らも外資系企業で人事の経験があるAさんだ。
「特にアメリカでは、株主を意識して利益を確保することが経営者の最大の責務になっていますからね。本社の利益が確保できそうにない場合、まずは海外の子会社の利益を本社に集中させる策がとられます。ですから仮に日本法人が単体で黒字だったとしても、親会社も含めたグループ全体の業績が今ひとつであれば、日本での採用は見直されることになるでしょうね」
そういった本社の事情は子会社からではよく分からない。採用凍結といった指示も「常にいきなりくる」のだという。たしかに、今回の世界金融危機に端を発する景気悪化によって、多くの外資系企業で採用が途中で取りやめになった。
「外資系の場合は、年初に1年間の採用計画を作ります。ストップがくるまでは、その計画を着々と進めますから、余計に“急にフリーズした”という印象が強いのかもしれないですね」
もっとも、景気が回復したらまた一気に中途採用を再開するのが外資系企業の特色である。最近では日系企業もこうした動きをするところが増えてきたようだが、アップダウンの激しさはまだまだ外資系企業の方が大きいようだ。