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邂逅がキャリアを拓く【第10回】
投資ファンドとの邂逅

ジャパン・アクティベーション・キャピタル株式会社
チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー

西田 政之氏

ジャパン・アクティベーション・キャピタル株式会社 チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー

時代の変化とともに人事に関する課題が増えるなか、自身の学びやキャリアについて想いを巡らせる人事パーソンも多いのではないでしょうか。長年にわたり人事の要職を務めてきた西田政之氏は、これまでにさまざまな「邂逅」があり、それらが今の自分をつくってきたと言います。偶然のめぐり逢いや思いがけない出逢いから何を学び、どう行動すべきなのか……。西田氏が人事パーソンに必要な学びについて語ります。

投資ファンドへの転職

2024年7月に、業界で話題となっている新設の“投資ファンド”会社へ転職しました。周囲からは「なぜこのタイミングで?」という声が多く寄せられましたが、無理もありません。2023年7月にカインズからブレインパッドへ移って、ちょうど1年が経過したところだったからです。

2022年のカインズに続き、2024年にはブレインパッドでも、日本の人事部「HRアワード2024」で入賞できたとは言え、まだ改革の途中にあり、やり残したことも少なくはありませんでした。だからこそ、私の転職を「早すぎる」と思われた方が多かったのかもしれません。

しかしながら、この新しい挑戦を選んだことには、それなりの理由がありました。コラムが10回目を迎える節目のタイミングで、私自身の今回の転職の意図に触れながら、タイトルの一部にある「キャリアを拓く」ということについて考えてみたいと思います。

「会社員」「起業家」「投資家」の視点から見るピラミッド構造

世の中には、良くも悪くもさまざまなピラミッド構造があります。その一例として「会社員」「起業家」「投資家」という三つの立場に焦点を当ててみましょう。これらは一見すると、異なる役割に見えますが、いずれも経済的価値を創出する重要な役割を担っています。

まず「会社員」ですが、この構造での会社員とは、所属する企業の中でキャリアを積み重ね、その成果を企業の成長につなげる人々を指します。一般的に、企業内でのキャリアを追求することで、最終的には経営陣の一員としての役割を担うことを目指します。しかし、その道は決して容易ではありません。例えば、日本の労働者の約84%が会社員に属していますが、その中で役員に昇進するのはほんの一握りです。大企業の場合、役員の割合は全従業員の0.5%から1%未満と言われており、狭き門であることは間違いありません。

次に「起業家」についてです。起業家とは、リスクを取りながら自らのビジョンを実現するために新しいビジネスを立ち上げる人々です。現代においても、起業家精神を持ち、実際に行動を起こす人々はまだ少数派と言えるでしょう。しかし、彼らの存在は革新と成長の原動力であり、社会に新たな価値をもたらします。

最後に「投資家」の立場を見てみましょう。投資家とは、自らの資本を多様な投資対象に投じ、その資本を増やすことを目指す人々です。投資家の主な目的は資本からのリターンを得ることであり、その活動は資本市場にも大きな影響を与えます。特に投資ファンドは、多数の投資家の資金を集めてスケールを拡大し、効率的な投資を実現する仕組みとして重要な役割を果たしています。近年、外資系投資ファンドの動向が注目されているのも、その証拠と言えるでしょう。

これらの立場は、それぞれ異なる道を歩んでいるように見えますが、いずれも経済のダイナミズムを支える重要な存在です。そして、どの役割を選ぶのか、その中で何を目指すのかは、個人の価値観や目標によって決まるので、一概に言えないことは大前提になります。

会社員、起業家、投資家は、そのインカムや資産形成上でも、ピラミッドの様相を呈しています。すなわち、リスクテイクの大きさに比例して、“成功したとき”の収入も大きくなる、ということです。当然といえば当然ですが、失敗する場合もありますから、あくまでも資産形成上のポテンシャルの大きさの観点から見える景色ではあります。ただ、夢があるのは間違いないでしょう。

この観点から、人事領域でキャリア開発をしてきた会社員が、起業家、投資家へカテゴリーを変更できる可能性はどれくらいあるでしょう。例えば、人事パーソンが独立して人事コンサルタントになったり、社労士事務所や研修会社などを立ち上げたりするのはよくあるケースですが、そこから上場にまでこぎつけられるケースはそれほど多くありません。ましてや、投資家になれる可能性はどこまであるのか……。

ファンドにおける私の役割とは?

私の今回の転職は、金融業界において「バイサイド」と呼ばれる、“投資家側”への新たな挑戦です。私の肩書はCHROですが、その役割は投資ファンド会社内の人事(HR)を担当することではありません。一言で言えば「投資先企業の人事領域におけるバリューアップの支援を通じて、企業価値の向上に貢献すること」にあります。

これまで、投資ファンド自体が人事領域における専門的機能を持つことはほとんどありませんでした。しかし、人的資本経営が注目を集め、その影響が業績や株価に与えるインパクトの大きさが認識されるようになる中で、DXやESGと並んで、人事の分野でのバリューアップ支援を特徴とするファンドが、欧米で登場し始めています。私が所属するファンドは、その日本における先駆けです。

それでは、私の役割は戦略コンサルタントと何が異なるのでしょうか? 最大の違いは、そのスタンスにあります。コンサルタントは、企業側に雇われて業務を遂行する立場です。そのため、最終的な目標は受託したプロジェクトで成果を上げ、顧客である企業から高い満足度を得ることにあります。

一方で、投資ファンドは企業価値の向上というゴールを、企業と同じリスクを背負って追求します。コンサルタントにもエクイティコンペンセーション(株式報酬)という対価仕組みはありますが、株主である投資ファンドは本当の意味で利害関係が一致する「同志」と言える存在です。人事コンサルティング会社での経験を持つ私にとって、この差異は小さくないと感じています。

画像:西田政之氏コラム

転職を決意した三つの理由

なぜ私は投資ファンドへの転職を決意したのか? 三つの理由があります。

1. 日本企業の“アクティベーション”

一つ目の理由は、当社のミッションである「日本企業のアクティベーション」を実現するためです。日本の企業は多くの強みを持っていますが、同時に変革が必要な課題も抱えています。企業をアクティベートし、新たな価値創造を促進するためには、人的資本の活用と組織改革が不可欠です。投資ファンドの立場からこれらの変革をサポートすることで、日本企業が持つポテンシャルを最大限に引き出し、持続可能な成長を実現することを目指しています。

2. 複数の企業への影響力の拡大

二つ目の理由は、複数の企業の人事領域での支援を同時に行えることです。企業の人事部門に所属する場合、その影響は主に所属する一社に限られます。しかし、投資ファンドの立場であれば、複数の投資先企業と同時に深く関与し、それぞれの企業に対して人事戦略を通じた価値創造を支援できます。

この考えを深めるきっかけとなったのが、早稲田大学の入山章栄先生の言葉です。入山先生は「現在ほどHRやCHROが注目されている時代はないが、真に人事戦略を構築し、実行できているCHROは少ない」と述べ、「将来的には一人のCHROが複数の会社のCHROを兼務する時代が来るかもしれない」と示唆されていました。

もともと私も「社外役員や顧問として複数の企業の人事に関わることも一つの道かもしれない」と考えており、実際にいくつかの企業から社外役員やアドバイザーとしてのオファーを受け、それぞれの企業で人事戦略の支援を行ってきました。投資ファンドの立場であれば、より広範囲に影響を及ぼし、一度に複数の大企業の変革を支援できる新たな可能性があります。投資ファンドで働くことで、より大きなインパクトを持ち、多くの企業の変革を同時に支える道が開けたと感じました。

3. 人事パーソンとしての新たなキャリアパスの提示

三つ目の理由は、人事パーソンとして「投資家」のカテゴリーに進出できる新たなキャリアパスを後人に示すことができるのではないか、という思いです。これまで、投資ファンドの中でHRの専門性を活かしながら活躍する人材は少なく、人事パーソンの新たなキャリアパスとして「バイサイド」への進出はあまり知られていませんでした。しかし、投資ファンドに所属し、投資先企業の価値向上を支援することで、人事パーソンもまた投資家の一員として貢献できることを証明したいと考えました。これは、後に続く人事パーソンにとって“新しい道を切り拓く”ことになると信じています。

転職を考えているあなたへ

これらの理由から、私は投資ファンドへの転職を決意しました。「頑張れる」「チャレンジしたい」と思う動機付けは人それぞれです。ただ、今の年齢になって思うことは、持続可能な動機付けは、やはり金銭ではなく、何を目指して何をすることが自分にとって気持ちがいいのか、生きた証として世の役に立っていると信じられることなのか、ということです。

日本企業のアクティベーションを支援し、複数の企業への影響力を拡大して、人事パーソンとしての新たなキャリアパスを示すこと。そのために、変化を恐れず、未来を切り拓くための一歩を踏み出すことが、私自身だけでなく、これからのビジネスの世界においても必要不可欠だと信じています。

今のご自身のキャリアの延長線上に、どんな未来が描けるのかを、ぜひ考えてみてはいかがでしょうか。利他の精神を持ち続け、常に学び、挑戦する姿勢を取り続けていれば、思わぬ分野や領域で、これまでの知見が活かせるチャンスが巡ってくるかもしれません。

西田 政之氏
西田 政之氏
ジャパン・アクティベーション・キャピタル株式会社 チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー

にしだ・まさゆき/1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクターなどを経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月に株式会社カインズ執行役員CHRO(最高人事責任者)兼 CAINZアカデミア学長に就任。2023年7月に株式会社ブレインパッド 常務執行役員CHROに就任。2024年7月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー、幕別町森林組合員。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問も務める。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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東京都 HRビジネス 2024/10/15

 

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