タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第45回】
キャリア形成で重要な「セルフメンテナンス」とは?
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
いよいよ、プロティアン・キャリア時代の幕あけです。令和5年6月16日に政府が閣議決定した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2023改訂版案」には、次のような文言が記載されています。
働き方は大きく変化している。「キャリアは会社から与えられるもの」から「一人ひとりかが自らのキャリアを選択する」時代となってきた。職務ごとに要求されるスキルを明らかにすることで、労働者が自分の意思でリ・スキリングを行え、職務を選択できる制度に移行していくことが重要である。そうすることにより、内部労働市場と外部労働市場をシームレスにつなげ、社外からの経験者採用にも門戸を開き、労働者が自らの選択によって、社内・社外共に労働移動できるようにしていくことか、日本企業と日本経済の更なる成長のためにも急務である。
プロティアンゼミでも何度も取り上げてきた、次のキャリア形成の転換が、「新しい資本主義」のグランドデザインの中でも、共通認識化するようになったのです。
さて、プロティアン・キャリアの時代で私たちが意識しておくべき重要なポイントがあります。それは、「キャリア形成のセルフメンテナンス」です。組織にキャリアを預けるのではなく、自らキャリアを形成していくには、セルスメンテナンスが欠かせません。
まず、セルフメンテナンスチェックをしてみましょう。5点満点で、状態に応じて点数を選んでください。点数が高い方が、良い状態であることを意味します。
さて、いかがでしょうか? 実は気になっていることがあります。企業での講演の際に、このセルフメンテナンスチェックをやってみると、一定数の割合で、ある項目に1点をつける方がいます。
その項目とは、6の「睡眠の質と時間」です。
コロナ・パンデミックを乗り越え、ハイブリッドワークもスタンダード化した今日、「働くこと」と「休むこと」のバランスをうまくとれないビジネスパーソンが増えているのではないでしょうか。
実際に、「睡眠の質と時間」の項目で点数1をつけた方にヒアリングすると、「思うように眠れない」「夜中に目が覚めてしまって、それから眠れない」「夜眠れないので、昼間、思うように集中できない」と切実な状況を口にされます。
特に、自宅からテレワークを続けている人に、その傾向が顕著にみられます。電車や車で通勤して、オフィスで勤務し、帰宅するという「勤務」と「生活」のメリハリがなくなり、働きながら生活する状況が続いているのです。
その上、私たちは、自らキャリアを選択していく時代を過ごしています。つまり、以前よりも私たちは自らキャリアコンディションを整えていくことが必要になっているのです。
仕事のアウトプットが4点から5点という好状態であるのに、睡眠の質と時間が1点である人は注意が必要です。
プロティアン・キャリアで大切なことは、「持続的なキャリア形成(sustainable career development)」です。
そのために、まず心がけることは、3. 適切な食事、4. 身体の状態、5. 運動の継続。これらをセルフメンテナンスしていくことです。自らの心がけで、状態をより良くしていくことのできる項目群でもあります。
私もミドルシニアのキャリア形成期を迎えているので、3~6は、特に、意識するようにしています。3~6をセルフメンテナンスし、好状態を維持していると、仕事の生産性が上がり、人間関係も良好な状態を構築できるようになります。
もちろん、その逆もあります。職場で人間関係がうまくいっていないため、食事を思うように取れない、眠れないという状態になってしまうこともあるのです。そのような場合は、職場のキャリア開発支援室やオンラインで、キャリアコンサルタントの方に相談しましょう。
一人で抱え込み、苦しい状態を続ける必要はないのです。悩むより動く。目の前の状況を好転させるために、キャリア状態に関するフィードバックをもらうようにするのです。
キャリア状態を整えるためのコツとして、実際に私が実践しているのは、「身体の状態」や「運動の継続」さらには「睡眠の時間」もスケジュールに組み込むことです。
私は基本的に、夜は執筆しません。頭がさえてしまい、それこそ、眠れなくなるからです。実際、夜に執筆をしていた経験もありますが、昼間の生産性を振り返ると、効率的な実施方法ではなく、持続的ではないと学んだのです。
むしろ、早く寝てしまいます。信じられないかもしれませんが、会食などがなければ、夜10時や11時には寝てしまいます。
夕食後は、特に頭を回転させているわけではなく、フィットネスジムに行ったり、ランニングをしたりするようにしています。適度な身体的疲労感が、睡眠の質を高めてくれるからです。
早く寝ているので、早朝はゴールデンタイムです。一番の理想は、朝5時から9時までの4時間の集中です。9時前には、会議を入れないようにしているので、朝の4時間は、自分で自由に使えます。子供も起きてきますので、朝の会話や学校への送り出しの声かけなども日課として大切にしています。
最近は、朝食も昼食も軽めです。私の場合は、昼食で定食などを食べてしまうと、午後は生産性が上がりません。適度な食事を心がけ、可能であれば20分ほど仮眠をとります。すると、午後も集中した状態で、夕食の時間まで生産性の高い働き方ができるのです。
皆さん、それぞれに好状態をつくりだす方法があるはずです。キャリア状態が良好なら、夜型生活でも問題ありません。皆さんにとって、いかなる生活リズムが良好なキャリア状態を持続させるのか、これまでの経験を振り返り、そしていくつかのパターンを試す中で見つけ出していきましょう。
著書『プロティアン』の副題は、「70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術」です。副題に込めたのは、「70歳まで続ける」という時間軸を意識することと、「術=テクニック・コツ・技法」であるという点です。
キャリアは自ら守り、育てていくものです。50年弱、働き続けるには、「コツ」が欠かせません。目の前の業務をがむしゃらにこなしていくのではなく、自らのキャリアコンディションを的確に把握しながら、無理なく持続的にアウトプットしていくのです。
キャリアのセルフメンテナンスを今日から実践していってくださいね。この原稿を書き上げたので、私も少し、ランニングしてきます。
それでは、また次回のゼミで!
- 田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。