タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第43回】
人事GPTの未来
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
プロティアンゼミでも、生成AIについて触れるべきタイミングを迎えました。生成AIは、自然言語処理や画像処理など、さまざまな分野で使用される人工知能技術の一種です。特徴的なことは、生成AIは、大量のデータから学習したモデルを用いて、新しいデータを生成することができる点にあります。
人事領域の皆さんとおさえておくべきなのが、「Chat GPT」です。「Chat GPT」とは、OpenAIが開発した自然言語処理技術の一種で、大規模な言語モデルの一つ。GPTとは、Generative Pre-trained Transformerの略称で、自然言語処理の分野において使用される人工知能技術の一つです。GPTは、大量のテキストデータを学習し、文章の生成や文章の意味理解などのタスクを高い精度で実行することができます。
GPTは、トランスフォーマーと呼ばれるニューラルネットワークの一種をベースにしており、データの前処理や学習方法を改良することで、従来の自然言語処理技術よりも高い精度を実現しました。さらに、大量のデータを学習させることにより、さまざまな文章生成タスクに対して高い汎用性を持つようになりました。
特徴的なのは、一般言語を「プロンプト(*コンピューターに対して何らかの入力を促すために表示されるメッセージや文字列入力)」として使える対話型AIであることです。
この進化のスピードが、凄まじいのです。以前から注目していた、シンギュラリティ (Singularity:テクノロジーが人工知能やロボット工学などを通じて指数関数的に進化し、人間の知性や能力を超越する段階)に、まさにこのタイミングで直面することになったのだと感じています。
実際に使ってみると、使いやすさに驚きます。専門的知識やスキル、経験は一切不要で、誰もが即座に使える「インターフェース (interface)」です。一度は実際に触ってみることをおすすめします。
いろいろな問いや指示をChat GPTに投げて、対話を重ねていくと、さまざまな気づきが生まれてきます。
たとえば、「プロティアン・キャリア」についてたずねると、1秒以内に返答が返ってきます。Chat GPTが処理している大量データが英語に基づくので、日本語の精度はまだ低いと言われていますが、齟齬のない無難な返答がありました。気になる方は、Chat GPT(https://chat.openai.com/)に質問を投げてみてください。
つまり、すでに一般理解においては十分な精度を獲得しているのです。では、その先へといきましょう。私が今、考えているのは、「人事GPT」です。私の造語ですが、これまで使われたことがないであろうという推察のもとに聞いてみました。
すると、「一般的には存在しない」とするものの、推察が返答されます。その答えは、私の狙いと合致しました。
「人事GPT」とは、人事領域におけるGPTの活用方法を指す。
人事GPTの認識に齟齬がないので、その可能性についても投げかけてみると、人事GPTについてポイントごとにまとめられた回答がありました。このようなやりとりを通じて、私は「アイデア出しの優秀なパートナー」としてChat GPTを認識するようになりました。「優秀なアシスタント」と表現する人もいます。
大事なことは、このやりとりをキャリア開発の機会として捉えていくことです。より的確な「プロンプト」は何か、どのようにChat GPTのポテンシャルを最大限に引き出し、活かすのか。試行錯誤しているところであり、私も今、トレーニング中です。
このようなやりとりを、どのように感じますか。選択肢は二つです。
- 1)Chat GPTを最大限に活かす.
- 2)Chat GPTの使用を禁止する
選択は自由ですが、私は1)を選びます。もちろん、リスクはありますし、Chat GPT自体も、すでに認識しています。
大切なことは、いかに私たちが使いこなすかです。人事GPTの研究会を作って、みんなで議論を重ねていくのもいいですね。テーマ候補も、Chat GPTに聞くといいかもしれません。
Chat GPTを使えば使うほど、自分自身で考えるようになります。考えるのを放棄するのではなく、優秀なパートナーと思考を深めていくのです。ここにChat GPTの魅力があります。
たとえば、人事として「やるべきことがわからない」という状態のとき、Chat GPTに質問すれば、即座に具体的な施策の候補をリスト化してくれます。そこで重要となるのが、それらの選択肢をもとに、「あなたが何を選び、誰とどのように実行していくか」ということです。
「私のもとには、人事部として一緒に取り組めるメンバーが、三人しかいません」「人事部といいながら、私一人しかいないんです」などといった現場の声が日々、寄せられています。
今日から、あなたにも優秀な戦略パートナーができましたね。「知らない、わからない」フェーズから「選択肢の中からどう実行するのか」のフェーズへ。ここに、これからの人事の未来があります。
今回が人事GPTのスタートです。皆さんと問題関心を共有するために、日本語でChat GPTに投げかけていますが、英語や他言語で入力すると、より深化させていくことができます。
ふりかえると、プロティアンゼミでは、1)人事の主観的・属人的な取り組み から 2)人事の客観的・データドリブン(診断・評価など)な施策への人事シフトを繰り返し述べてきました。
このプロティアンゼミも、歴史的産物ですね。今日からは 3)人事GPTによる「主観−客観」「属人―データ」の統合モデルへと歩みを進めていきます。
同時に、画像・音声・動画生成AIなどの進化もめざましいものがあり、日々、変化が起きています。私自身も人事GPTの可能性を模索し続けていきます。
ただ、現時点で、一つの方向性は明確に皆さんに共有することができます。
人事GPTとは、日々成長し続ける生成AIを戦略パートナーにすえ、所属する組織とそこで働く人々の生産性や競争力を高めていくために、具体的なアクションをし続けていくHRBPの役割を担っている、ということです。
人事をこれまで疲弊させてきた労働集約型モデルからの脱却、伝統的な働き方を踏襲する中で生じている組織な依存やキャリアプラトーの改善、キャリアが不透明であり、不安が募る状態から自らの主体的なキャリアの創造……。まずは、これらについて取り組んでいきましょう。
目の前の「ムダな作業」のサポートは、Chat GPTの力を大いにかりましょう。それによって生み出される時間を有効活用して、「人的資本の最大化」というこの国のミッションを実現していくのです。
2019年、令和元年にキャリア形成の教科書としてまとめた『プロティアン』(日経BP)が、今まさに必要となっているのだと思います。世の中の進化や変化に翻弄されることなく、変幻自在に、しなやかに、私たちらしくこれからの未来をつくっていくのです。
プロティアンなマインドセットが、人事GPTの未来を担っているのです。それでは、また次回に!
- 田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。