タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第5回】
経験を積んだミドル・シニアは、どのようにして新しいことへチャレンジすればいいの?
法政大学 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
誰もが「裸の王様」になりうる? ミドル・シニアのキャリア開発
プロティアン・ゼミ第5回です。今回取り上げるのは次の質問です。
Q. ビジネスパーソンとして経験を積んできたからこそ、経験がブレーキとなって新たな変化に適応することが苦手です。何から始めればいいですか。
まず、前提として大切なのは、あなたが働く企業についてではなく、あなた自身の働き方について考えることです。組織の目線ではなく、個人の視座を確立しましょう。
個人の視座を確立する意味は、二つあります。一つは、今いる組織であなたのビジネスパフォーマンスを高めていくこと。もう一つは、組織に頼らない働き方の練習を今から積み重ねておくことです。
日本型雇用に支えられてきた、かつてのビジネスパーソンは、退職までの働き方を考えておけば十分でした。しかし、人生100年時代を迎え、社会変化にあわせて自らキャリア形成をしていくプロティアンな時代のビジネスパーソンは、退職後の働き方もイメージしておかなければなりません。
組織内の昇進や昇格のみに一喜一憂するのではなく、「どう働きたいか」「どう生きていきたいか」という、あなたが大切にしている価値観を軸に、これから数十年続くキャリアを自ら形成していくのです。
生物学的年齢なんて、関係ないですよね。その例として先日、マレーシアのマハティール首相が辞任したことがニュースになっていましたが、その年齢はなんと94歳。60歳や65歳で、「使い物にならなくなる」わけがないのです。何歳からでも自己成長できる。ビジネスパフォーマンスを高め、ビジネスシーンで活躍することができるのです。
そのためには、組織にキャリアを預けずに、自らのキャリアのオーナシップを持つことが欠かせません。自分で責任を持って、自らキャリアを開発していくのです。
それにもかかわらず、私たちは、自らのキャリアに対する「当事者意識」が低すぎるのです。
入社したままのビジネススキルで働き続ける人は、誰一人いません。私たちは、社会のニーズにその都度あわせて、自らのビジネススキルをバージョンアップしていきます。しかし、いつまで自身をバージョンアップしていけばいいのか、疑問を抱くのではないでしょうか。
職場に先輩社員がいて、ビジネスシーンでの対応について丁寧にフィードバックしてもらえた若手社員の頃は、先輩社員に必死についていくこと、無我夢中で働くことで、キャリア形成ができていました。
問題はそこから先にあります。あなた自身がミドルやシニアの年齢を迎え、部下を持つようになると、あなたに「何かを言ってくれる」社員は、減っていきます。部下の「本音」は「耳に入ってこない」のです。つまり、誰もが「裸の王様」になりうるのです。
ビジネス経験を積めば積むほど、自らのキャリアを形成してアップデートしていくことの難易度は上がります。そのことを日頃から意識し、計画的・戦略的にキャリアを形成していく必要があるのです。前回はキャリア資本論の考え方を概説しましたが、今回は、より具体的にキャリア開発の手法について触れたいと思います。
◆ビジトレでキャリア開発
私が提唱しているのは、「ビジトレ5原則」によるキャリア開発です。ビジトレとは、「ビジネス×トレーニング」の略語です。
【1】現状を把握する<現状把握の原則>
【2】目的を設定する<目標設定の原則>
【3】適度の負荷を与える<適正負荷の原則>
【4】徐々に強度を高める<漸進負荷の原則>
【5】日常的に継続する<継続行動の原則>
それでは、順番にみていきましょう。
【1】現状を把握する
ビジトレの出発点はまず、あなた自身の現状を客観的に把握することです。今の職場や働き方に満足していて、不安も一切ないという方は、ビジトレは不要です。しかし、今の仕事はそれなりに納得していても、これからの職場や働き方に不安を感じているのなら、現状認識から始めましょう。
ビジトレ 現状問題認識シート | |
---|---|
ワーク | |
ライフ |
最初に行うビジトレ―現状問題を認識する―(田中作成 2020)
ビジトレで大切にしたいのは、ビジネスパーソンがそれぞれに抱えている問題に丁寧に向き合うことです。100人いれば100人とも、現状の課題や問題が異なります。同期入社で長年一緒に働いてきた同僚の方でも、あなたとは抱えている問題が違います。
ビジトレは、働くことと、生きることを「切断」しません。働くことを生きることの中に位置付けます。ワークとライフを分けるのではなく、ライフの中にワークを捉えるようにします。すると、同じように働いてきた同僚とあなたのライフ環境が異なることがわかるでしょう。子供が生まれたばかりなのか、介護が必要な両親や家族がいるのか……。それぞれでのライフ環境の中で、その人の「働く」があるのです。
なんとなく、ビジネスパフォーマンスが上がらないときや、モチベーションが湧いてこないときは、その理由を見つけましょう。それぞれ箇条書きでいいので、書き出してみることをお勧めします。
【2】目的を設定する
ビジトレでは目標を明確に設定する必要があります。まず、実現可能性と目標達成の期日を決めてください。目標設定シートは10年や20年後の長期プランも大切ですが、できるだけ具体的な対策をイメージできる中期プランを書き込むようにしてください。
ビジトレ 目標設定シート | |||
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半期 | 1年 | 3年 | |
ワーク | |||
ライフ |
実現可能な目標を設定する(田中作成 2020)
たとえば、グローバル展開を視野に入れて、3週間で中国語をマスターする、という目標を設定するとします。これまでに中国語の学習を続けて入れば可能かもしれませんが、ゼロから行う場合は、ハードルが相当に高く、実現可能性は低くなります。実現可能な目標を的確に設定し、それに向けて着実に取り組まなければなりません。目標を達成したときには、その都度、新たな目標を設定します。
私はすき間時間に、手書きで手帳に書き込むようにしています。最近は、ジムのランニングマシンで歩いているときに、メモを書くようにしています。有酸素運動を続けている最中だと、より目標が鮮明に浮かび上がってくるので、お勧めです。歩行中のメモが難しければ、ボイスメモとして録音しておくのもいいですね。
【3】適度の負荷を与える――視点を変えて、行動する
組織の中で働くビジネスパーソンにとって、日常の業務を取捨選択するのは難しいことです。「やりたい仕事」「やりたくない仕事」を選ぶことができないビジネスパーソンも少なくありません。
いずれにしても目の前の業務を「こなしているだけ」では、力はつきません。適度な負荷を与える具体的な方法としてお勧めしたいのが、視点を変えることです。
(1)経営者の視点
社員として長年働き続けると、経営者や経営陣の視点を忘れがちになります。特に大企業で勤務しているビジネスパーソンは、経営者と日頃直接やりとりをする機会もなく、目の前の業務に取り組んでいます。「あなたが経営者なら、あなたの働きぶりをどう評価するのか」を考えてみましょう。
(2)上司の視点
あなたに直接、業務の指示や仕事のフィードバックをする直属の上司の視点に立ってみましょう。視点を変えることで、毎日の業務の本質的な意味や価値を考えるようになります。
視点を変える以外にも、情報収集の負荷を上げる方法があります。起床してから仕事に出かけるまでは、ビジネスパーソンにとって貴重な情報取集時間。睡眠後、リセットされた脳にどんな情報を入れていますか。
私は日経新聞を紙面で読んでいます。スマホを使えばあらゆるニュースを読むことができますが、新聞を紙面で読むことを日課としています。皆さんは、紙面でもデジタルでも構いません。ポイントは、情報の収集密度です。基本的に記事の全てに目を通すので、30分ぐらいは新聞を読んでいますが、この時間を20分に短縮してみるのです。20分で、いつもと同じ情報量を収集する。朝のルーティンからビジトレを始めるのです。
【4】徐々に強度を高める
ビジトレの中で最も難易度が高いのは、徐々に強度を高めることです。ビジネスシーンで、自ら取捨選択した業務にあたれることは珍しいですよね。職場で必要とされる業務が与えられ、それを一つひとつ達成していくことの方が多いでしょう。その場合の業務負荷が、あなたにとって適した強度なのかという問題があるため、その強度を徐々に高めていくのは、難しいことだと言えます。
あなたがマネジメント層であるなら、部下に業務をアサインする際に、当人にとっての強度を見極めるようにしてください。
ビジネスパフォーマンスの「生産性」を考えてみるのです。たとえばクライアントに提案する際、まずは企業分析や市場調査を行いますよね。クライアントが抱えている問題を把握し、それらの問題を解決するためのソリューションを提示していきます。そのために不可欠なのが、提案資料です。この提案資料の作成時間を意識してみてください。個人差があるので一概には言えませんが、雛形があるとしても、かなりの時間、バージョンアップを重ねると思います。
その資料作成の時間を短縮するように心がけるのです。アウトプットまでの作業時間を減らすと強度があがります。残業しながら、提案資料を作成するのが「あたりまえ」になっているのなら、残業前までに仕上げるように、プランニングしていくのです。
大企業の経営陣の方とやりとりをすると、とにかくレスが端的で早い。一つひとつのコミュニケーションも無駄なく的確に行うことで、ビジネスパフォーマンスは洗練されていくのです。
【5】日常的に継続する
変幻自在にキャリアを形成していくプロティアン・キャリアには、いくつかのポイントがありますが、その中でも「継続的学習(continuous learning)」は大切にされています。言い換えるなら、日常的に継続することです。
社会の変化にただ翻弄され、おいてけぼりをくらうのではなく、継続的に学び続けることによって自らを成長させていかなければ、70歳まで第一線で働き続けることはできません。能力を開発する手段として、「学習」よりも、「トレーニング」がより適していると考えているからです。ビジトレは、ビジネスパーソンの能力を最大限に高めていく実践的なメソッドです。
そして、この言葉が思い浮かびます。「継続こそ、力なり」。
ではまた、次回、お会いしましょう。
- 田中 研之輔
法政大学 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専門はキャリア論、組織論。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書23冊。『辞める研修 辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。社外取締役・社外顧問を14社歴任。最新刊『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』
社労士監修のもと、2025年の高齢者雇用にまつわる法改正の内容と実務対応をわかりやすく解説。加えて、高年齢者雇用では欠かせないシニアのキャリア支援について、法政大学教授の田中研之輔氏に聞きました。
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