言いづらいことを言うためのコミュニケーション術
職場における「アサーティブネス」の重要性とは
近畿大学 総合社会学部 総合社会学科 教授
堀田 美保さん
職場の人材の多様化や働き方の変化により、従業員間のコミュニケーションに課題を感じている企業が増えています。上司に自分の意見が言えない、部下が何を考えているかわからない……。テレワークが浸透したことにより、そんなコミュニケーションの悩みはさらに大きくなりました。そこで注目されているのが「アサーティブネス」。相手も自分も尊重するコミュニケーション方法です。長年アサーティブネスについて研究してきた近畿大学教授の堀田美保さんに、職場におけるアサーティブネスの重要性や、「心理的安全性」との関係についてうかがいました。
- 堀田美保さん
- 近畿大学 総合社会学部 総合社会学科 教授
ほった・みほ/大阪大学大学院前期課程、人間科学研究科を修了後、カナダCarleton大学にてPh.D(Psychology)を取得。現在、近畿大学 総合社会学部 心理系専攻にて、社会心理学などを担当。アサーティブジャパン認定講師、理事。「アサーティブネス: その実践に役立つ心理学(ナカニシヤ出版)」を上梓。
「言わなくてもわかる」時代は終わった
コロナ禍でテレワークを行う人が増えたこと、組織を構成する人材が多様化していることなどの影響で、職場でのコミュニケーションの難しさを感じている人は多いようです。堀田先生は、現在の日本企業における職場コミュニケーションの状況を、どのようにご覧になっていますか。
「多様性」というと、女性や外国人と共に働くというイメージを持つ方が多いでしょう。しかし、多様性は “属性”によるものだけではありません。
これまでは、新卒で入社した企業で定年まで働くことが主流でした。年齢、役職、経験、知識といったものが比例していたので、非常にわかりやすかった。しかし、今は転職が当然の選択肢となってきています。新卒で入社した人と、全く違った業種から中途入社した人とでは、持っているバックグラウンドは大きく異なります。年下だけど経験豊富な上司もいれば、年上だけど業界の経験が浅い人もいるなど、職場にさまざまな人材が複雑に入り組むようになりました。今の職場には、表面上はわからない多様性のほうが多いかもしれません。
もちろん、外国人社員との文化的差異のような、大きな差にも目を向けなければいけませんが、それ以外にも細かなところで、なかなか通じ合えないことが増えているのが現状だと思います。働き方やワーク・ライフ・バランスに対する考え方も、これまで以上に多様化している。従来の「言わなくてもわかるだろう」というコミュニケーションでは、立ち行かなくなっています。
就業後に行われる飲み会のような場は、職場のみんなが参加することが半ば当然でしたが、今はそれも強制できない。職場の外でコミュニケーションを補うのが難しいのであれば、職場の中で勝負するしかありません。今はまさに過渡期にあると思います。
飲み会のような場は、どのような役割を担っていたのでしょうか。
会社の歴史や人間関係、個人の経験や考え方などを共有するための場だったといえるでしょう。日常業務の中では丁寧に話す時間がないので、飲み会で「だからあの人は、ああいう主張をするんだよ」といったように、職場で起こったことの背景を補足していました。また、ときには愚痴を言い合うことで、仲を深めていく機能もあったのではないでしょうか。
これまで職場の外で補足していたコミュニケーションを、今後職場で完結させるには、尋ねるしかありません。その人がなぜそんな主張をするのか、なぜそのような動きをするのか。理解できないことがあれば、聞いてみるしかないのです。
また、これまで「何となく」でも分かり合えていた部分を、きちんと言語化して伝え合わなければならない段階に来ています。空気感に頼らないコミュニケーションに切り替えないといけません。
アサーティブネスの第一歩は、自分が何を望んでいるかを整理すること
最近は企業において「アサーティブネス」の重要性が注目を集めているようですが、どのような概念なのでしょうか。
簡単に言うと「相手も自分も尊重するコミュニケーション」。言いづらいことを相手に伝える手段の一つで、自分の考え方や感じ方を、相手のことも尊重しながら伝えます。心理療法という臨床の場から始まっています。
もともとは、不安感の高いクライエント(カウンセリングなど心理療法を受ける人)が不安を感じないようにするために、不安とは逆の反応をもたらす行動を起こすことが効果的とされた「行動主義」という考え方があり、その方法として「自己主張」が挙げられました。しかし、本来は自己主張ができない受身型のクライエントが、自己主張をしすぎてしまうことで、攻撃的になってしまうケースが多いことが問題視されるようになりました。
1970年頃は、アサーティブネスというと「無理にでも相手にイエスと言わせる方法」という誤解があったのですが、決してそうではありません。自己主張という行動療法に「認知」と「人間尊重」の要素が加わり、今日のアサーティブネスへと発展していきました。
「認知」とは、どういうことでしょうか。
人は「事実」に対して反応するのではなく、「事実に関する解釈」に対して反応する、ということです。例えば、何かに失敗したとき、失敗そのもののせいで自信を失ったり、「回避」したりするわけではありません。間に「事実に関する解釈」が入ると、失敗を「あってはならないこと」と解釈することもできるし、「学びのための良い機会」とも解釈することができる。どう解釈するかによって、反応が変わってくるのです。
アサーティブネスを実践するときに大事なのは、自分自身に誠実になること。また、自分が何を感じ、何を望んでいるかをクリアにすること。自分でもよくわかっていない欲求を相手にぶつけたら、相手も困ってしまいますよね。自分の気持ちと希望を具体的に整理した上で見えてきたものを伝えてもいいし、伝えなくてもいい。伝えるのであれば、攻撃することなく率直に伝えることが大切です。アサーティブネスのベースにあるのは「あなたと私は違う」という考え方です。相手と自分の違いを認めた上で、対等な立場として相手に向き合います。
アサーティブネスがない状態では、人はどのようなコミュニケーションを取るようになるのでしょうか。
コミュニケーションの型を、二つの軸で考えてみます。まずは、「自分の感じ方や考え方を尊重するかしないか」の軸。もう一つは、「相手の感じ方や考え方を尊重するかしないか」の軸。
まずは、相手のことばかり尊重して、自分を尊重しない「受身型コミュニケーション」の人。言いたいことを我慢し、不安感が強く出ます。無理していろいろなものを抱えて、バーンアウトのような状態になってしまう人もいます。その人たちは「自分がやればいい」と言いますが、本当にいいのなら構いません。ただ、「なんで私ばかり」という気持ちもあって当然です。小さな不満が溜まってくると、自分の体を攻撃したり、体調を崩したりすることもある。また、ある日突然、相手に爆発することもあります。
自分は尊重するけれど相手を尊重しないのは「攻撃型コミュニケーション」。相手の常識のなさ、理解のなさに我慢できず、激しく抗議したり叱責したりするパターンです。
自分も相手も尊重しないのは「操作型コミュニケーション」。攻撃型のように正面から抗議するのではなく、目の前でため息をついたり、罪悪感を抱かせるような言動をとったりして、巧妙に相手を責めます。操作型は限りなく攻撃型に近い場合もありますが、相手を大切にせず、かといって自分の感情や意見をそのまま伝えるわけでもないので、自分のことも大切にしていないと言えます。
例えば、会社でハラスメントをしてしまう人は、相手のことを尊重していないという観点から「攻撃型」や「操作型」に分類されそうですね。相手も自分と同じ考え方であるべきだと思っているから、そうでなかった場合に怒りを覚えるのでしょうか。
そうですね。怒りは基本的に二次的感情で、怒りの裏にはほとんどの場合、別の感情がくっついていると言われます。例えばパワハラの場合は、部下の失敗に対して怒りだけをぶつけてしまい、相手をおとしめる言動につながってしまいますが、実は、部下への怒りが湧く前に、別の段階があります。頼んだことをまだやっていなかったら、まずは「驚き」かもしれません。プロジェクトが進まなくなってしまう、どうしようといった「困惑」や「落胆」もあるでしょう。だから、怒っているときほど別の感情を探して、それも一緒に伝えることが大切です。「私は腹が立っている」と言うのと、「私は今ちょっと驚いたし、そのことについては腹が立っている」と言うのとでは、受け手の印象も変わってきますよね。
パワハラをする人は、ある意味、常識や正しさといった自分の理想を強く持っていることも少なくありません。それとのギャップが大きいほど、怒りが大きくなってしまう。だから怒りがあるときほど、自分が何を大切にしているかという価値観を見つけるチャンスでもあるのです。
相手を変えたいときこそ、自分から変わってみる
アサーティブネスを身につけるには、どのようなトレーニングが必要なのでしょうか。
基本的な知識をつけてもらうための講義や、実践のためのロールプレイが中心です。頭ではわかっていても、実践するとなると難しいもの。シチュエーションを提示したり実際の事例を用いたりしながら、ロールプレイを行い、アサーティブなコミュニケーションのコツをフィードバックします。
基本的な知識をつけてもらうための講義では、先ほどお話しした「対等」や「自分に正直に」といった向き合う姿勢と、それを支えるスキルを伝えています。スキルとして大切なのは「的を絞る」こと。相手が聞いたときに、どう行動すればいいかが明確にわかるレベルまで具体化します。それには、自分は何がどうなってほしいと思っているのか、徹底的に自分に向き合う必要があります。
例えば、「もう少しきちんと説明してほしい」と言われても、「きちんと」がどういうことなのかは人によって違いますよね。何をどのくらい知りたいのかを具体的に伝えなければなりません。「早めに教えてください」といった言い方も同様です。「1週間前までには教えておいてください」と言ったほうが明確ですよね。
ロールプレイのシチュエーションは、例えば、いつも忙しい上司にわからないことを質問するときなど。ポイントは、相手が忙しそうでも対等に接すること。おどおどせず、ボディランゲージもうまく使いながら伝えます。攻撃型の人は、おどおどしている人を前にすると、余計にイライラして一言言いたくなります。胸を張って堂々と「ここがわからないので、教えてください」と伝える必要がある。受身型の人も、いつも受身型のコミュニケーションというわけではなく、相手との関係性によって変わってきます。その姿勢は相手にも伝わるので、堂々と対等に接するだけで、相手の反応も変わってくるはずです。
私たちは「この人さえ変わってくれれば」と思いがちです。しかし、そういう人は放っていても絶対に変わりません。その人が自ら変わるという、わずかな可能性に賭けるのか。それとも、自分のやり方を変えて二人の関係を揺るがしてみるのか。小さな変化を重ねていくことで、コミュニケーションや関係性もずいぶん変わります。
自分が萎縮してしまうような相手に毅然と物事を伝えることは、わかっていても難しそうです。
アサーティブネスは、言いづらいことを言うときに使う道具です。先ほどの例の上司に要望を伝えるケースでは、もちろん不安もありますよね。そんなときは「実況中継」と言われる手法を使うといいと思います。「生意気と思われるかもしれませんが」「今とても緊張しているのですが」「できない奴と思われたくなくてこれまで言えなかったのですが」といったように、自分が不安に感じている今の状況をそのまま言葉にしてみる。それを言うことで少し力が抜け、次の言葉も出てきやすくなります。
話し方の癖も、ロールプレイで指摘することがあります。大事な話のときなのに必要以上に笑っている方が、よくいらっしゃいます。笑顔はポジティブなものという印象が強いのだと思いますが、困っているときまで笑う必要はありません。そういう癖は自分でも気付いていないことがほとんどなので、意識するだけでも違ってきます。
「心理的安全性」を高める上でも有効
企業でアサーティブネス研修を実施する場合や、外部の教育・研修会社に依頼する場合、どのようなことに気をつければよいでしょうか。
安心・安全な場をつくることです。ある社員にとって悩みの種となっている相手が同じ研修を受講する可能性があるので、配慮が必要でしょう。秘密を守ることを伝えるのはもちろん、ターゲットを絞って実施することをお勧めします。
例えば新入社員であれば、上司や先輩との接し方に悩むことが多いでしょうから、課題が共通していそうな新入社員に絞って研修を実施する。中堅社員であれば板挟みに悩んでいるかもしれませんし、管理職は部下への伝え方に悩んでいるかもしれません。ターゲットを絞ることで、参加者が安心して学べる環境をつくることができます。
研修の効果は、どのように検証すればよいのでしょうか。
ストレスの感じ方などの個人レベル、上司との話しやすさなどの関係性レベル、会議で意見する人の割合などの全体レベルという、三つのレベルで効果を測定します。
それから、二つの観点を見ていきます。一つは、問題となっている状態が少しでも良い状態に動いたかどうか。解決を一気に目指そうとすると、攻撃的になります。焦らずに少しずつ変えていくことが大切です。もう一つは、相手への信頼が少しでも上がったか。問題の解決のためには、関係性が良好でなければいけないので、両輪での効果検証が必要です。
具体的には、自尊感情の程度、コミュニケーションの変化、上司への相談件数、職場の雰囲気の変化などから効果を測定することが考えられます。
最近、人事の領域では「心理的安全性」への関心が高まっています。心理的安全性はアサーティブネスにも深い関わりがあると思いますが、その関係性についてお聞かせください。
心理的安全性にはいろいろな定義がありますが、チームや部署で対人関係的なリスクを取ったとしても大丈夫だろうと思えることですよね。おかしいと思ったらおかしいと言えるなど、みんなと違っていても自分の意見をしっかりと言える。ものを言いづらい場面で、何人かがアサーティブな発言をしていくことによって、だんだんと「言ってもいいんだ」という空気が周囲に伝播し、心理的安全性が高まっていきます。心理的安全性ができあがったら、みんな自分の考えを言える状態なので、アサーティブネスを意識しなくてもいい段階となります。
心理的安全性もアサーティブネスと同様に測りづらい概念ですが、建設的な批判や、健全な対立がある状態であれば「心理的安全性がある」と言えます。対立がないことが良いわけではありません。「自分と相手は違う」が基本なので、批判も対立もない組織は、逆に危険だと思います。不祥事が起きた組織の多くは、批判や反対意見を言いづらい環境下にあったと思います。
社員同士のアサーティブなコミュニケーションを活性化するため、人事担当者に求められることは何でしょうか。
教育機関で研修をすると「どうすれば子どもたちのコミュニケーションを活性化できますか」と聞かれることがよくあります。そういうときに決まって答えるのは「先生方がまず見本になってください」ということ。アサーティブでない人がアサーティブを説いても、人は「いいな」「やってみよう」とは思わないでしょう。ご自身からまず実践することで、周囲にも広まっていくと思います。
研修を実施した後は、フォローアップも重要です。アサーティブネスを実践してうまくいかなかったときに相談できる窓口があると、誰かと一緒に取り組んでいる感覚になり、継続していけると思います。その窓口は組織開発部のような部署でもいいですし、人事でなくても構いません。
私はもう20年近くアサーティブネスを実践していますが、学ぶと本当に楽になります。言えないことはない、と感じるようになるからです。実際には、言わないこともたくさんあります。しかし「言えない」と「言わない」は違うので、言わなくても納得できればそれでいい。八方塞がり感が減ると、楽に生きられるようになります。多くの方にぜひ、実践してほしいですね。
(取材:2021年12月7日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。