カギは「トップと現場の共創」と「仕掛けづくり」にあり
クリエイティビティが高まるオフィス空間づくりとは
国を挙げての推進もあり、多くの企業が本腰を入れている「働き方改革」。具体的な取り組みを見ると、有給休暇の取得や残業時間の削減、作業の効率化など、「人の作業をどうするか」に注力するケースが多いことがわかります。しかし、「働く環境」が生産性に影響を与えている部分もきっと大きいはず。近年、快適なオフィス空間への関心が高まっていますが、ワークスペースとビジネスパーソンのクリエイティビティにはどのような関係性があるのでしょうか。日本の職場環境に詳しい東京大学大学院 経済学研究科 准教授の稲水伸行先生に、最近話題の「ABW(Activity Based Working)」を中心に、次世代型オフィスにより期待できる効果と導入時の注意点についてお話をうかがいました。
- 稲水 伸行(いなみず・のぶゆき)さん
- 東京大学大学院 経済学研究科 准教授
東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員、同特任助教、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授を経て、2016年より現職。著書に『流動化する組織の意思決定』など。
パフォーマンスの最大化だけでなく採用効果も
ここ数年、フリーアドレスやABW(Activity Based Working)など、新しいオフィスの在り方が注目されています。
かつて日本企業の執務スペースは、机が向かい合ったおなじみの“対向島型”など、部署やチームごとに座席が固定され、作業のほとんどを自席で行うことが一般的でした。それに対して、フリーアドレスは座席を固定しない仕組みで、各自が座る場所を選ぶことができます。
フリーアドレスは1980年代の半ばに日本で生まれましたが、当初はスペースの節約を目的に、オフィスワークの時間が限られている営業職などで採用するケースが主流でした。しかし、現在は人と人との交流など、コミュニケーションの活性化を狙ってフリーアドレスを取り入れる企業が増えています。
近年注目を集めるABWは、簡単に説明すると「仕事の内容にふさわしい場所で作業する」という概念です。オフィスの場合、ブレストなら周囲を巻き込める壁のないオープンスペース、少人数のミーティングならファミリーレストランにあるようなソファ席、一人で作業に集中したいなら防音設備のある個室といったように、狙いに応じた空間を選択することでパフォーマンスの最大化を図ります。ABWは、欧米で先行して導入の動きがあり、日本でも2014年頃から徐々に広まりつつあります。
フリーアドレスとABWの違いが、よく分からないという人もいます。
現在の文脈で言うと、フリーアドレスはABWを実践する手段の一つと言えます。2000年代半ばにフリーアドレスブームが訪れましたが、今振り返ると明らかな失敗でした。これまでの島型オフィスの延長上で、席だけ「ご自由にどうぞ」としてしまったからです。従業員はどうすれば良いのかわからず、結局毎日同じ場所に座ったり、同じチームのメンバーで固まったりと、期待する効果が得られなかった企業が多かったのです。
ABWは“仕事内容に合わせて席を選びましょう”という考えですから、「席を固定させない=フリーアドレス」へとつながってくるわけです。
そもそもオフィス空間とビジネスパーソンや組織の間には、どのような関係があるのでしょう。
オフィスの環境によって集中力が高まったり、会議で議論が活発になったりするなど、働く人の気持ちや態度に影響する、ひいては組織の在り方につながってくることは、おそらく皆さんも感覚的に理解できるでしょう。しかし、私も企業と共同でいろいろな調査を行っていますが、残念ながら現時点では決定的な統計や研究があるわけではありません。
生産性の向上、組織活性化はいろいろな要素が複雑に絡み合っています。環境の影響を本格的に調べるとなると、オフィスでの人の行動や感情の動きを細かく計測する必要もあります。近年はオフィスのセキュリティーが厳しく、プライバシーへの配慮も欠かせません。そうした背景を踏まえると、空間による効果だけを抽出して定量的に調査することはとても難しいのです。
それでも多くの企業が、次世代型オフィスの導入に関心を示しています。
「ICT(情報通信技術)」の発達が大きいと思います。たとえばネットワーク環境を考えると、10年ほど前まではLANケーブルが欠かせませんでしたが、現在はWi-Fiが当たり前になって、行動の制約がなくなりました。ノートパソコンやタブレット、スマートフォンなどのデバイスもハイスペックなものが持ち歩けるようになり、情報のペーパーレス化やクラウドの進化なども大きく影響しているはずです。
また、近年は採用戦略の一つとして、先進的なオフィスを取り入れる企業も増えています。企業のイメージアップにつながるからです。例えば、学生がインターンでオフィスを訪れたとき、旧態依然とした空間で黙々と作業しているよりも、きれいなカフェスペースで明るく活発に議論している企業のほうが良い印象を持つでしょう。
また、IT系企業では、エンジニアの獲得競争が過熱化しています。都内の一等地にあるIT系企業の方は、「良い立地やオフィスのリノベーションは、採用のための投資だと考えている」と話していました。優秀な人材を一人獲得できるだけで売上がかなり変わってくること、また優秀な人材を自社に確保するためのリテンションの観点からも、オフィスへの投資は妥当なのだそうです。少し前ならオフィスはコストと捉えられていたことを思うと、価値観が大きく変化していることを感じます。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。